第21話【カラオケ】
酒井先生のことや早矢仕先輩のことや、他の陸上部員のこととか考えながら歩いていたら、いつの間にか電車に乗って地元まで帰ってきてた。
さて、どうすっかなぁ
親には部活辞めた話ししてないから、家には帰りづらいし、この時間からお宮の公園まで歩くのも遠いし…
「百華っ!」
誰だ!?
ぼんやりと駅前商店街を歩いてたら、急に本名で、しかも下の名前で声をかけられた。
こんな所で私に声をかけるのは同級生ぐらいだけど、同級生で仲良い子は基本“マツコ”って呼ぶ。
だから、下と名前で呼ばれて驚いて警戒して振り返ると
「お姉ちゃん!?なんで駅前にいるの?」
私とよく似た、猪がいた。
「なんでって、そこのカラオケでバイトしてっから」
て言って、駅前のビルのひとつを指差す。
「あ、そうなんだ。ここだったの、お姉ちゃんのバイト先って」
カラオケなんて滅多に行かないけど、前に一回だけリナちゃん達と来たから知ってる店だった。
「そだよ。歌ってく?」
「いいよ、金ねーし、ヒトカラとか無理だし」
つーか、歌う気分じゃないし。
「いいよ、奢ってやるよ」
「へぁっ!?」
普通にやんわり断ってたら、まさかまさかお姉ちゃんが奢ってくれるとか、一生聞くことがないと思ってた言葉が飛び出て変な声出たやないかい。
なんだこりゃ、台風でも来るか!?
「ドリンクなしならな」
姉に勧誘されるまま、私はカラオケボックスに入った。
「お疲れ様ぁッス。ちょっと妹と出勤時間まで歌ってるんで、私でツケといてもらっていいッスか?」
「お、サキちゃんの妹?似てるね」
本当にここでバイトしてんだ。ってのがよくわかるぐらい、受け付けの店員さんとフランクにやりとりして、そのまま奥に突き進んで行くお姉ちゃん。
いきなり来て本当にいいの?って思いながら、あたしもペコペコしながらお姉ちゃんに着いて行く。
ん?
てか咲、今「妹と出勤時間まで歌ってるんで」とか言わなかったか?
え?お前と歌うの?
無理だよ?
中学のとき、リナちゃんたちと2回ぐらい行っただけで、カラオケはあんまり得意じゃないし、流行りの歌もサビしかわかんなかったりだし、そもそもお姉ちゃんと2人でカラオケとか普通に無理だし。
部屋に着いて、扉開けて電気つけてドスッて椅子に座るお姉ちゃん。
いや、マジかお前。
「なんでお前がいるの?」
やっぱりさっき受け付けで言ってたことは、私の聞き間違いじゃなさそうだから、聞いてみた。
「ん?バイト5時からだから、もうちょい時間あんだよ」
「いやいや、そうじゃなくて」
そういう「何で」を聞いてるんじゃない。
「だめか?」
いつものことだけど、こっちの空気を1ミリも読んでないお姉ちゃんは、既に歌を入れていた。
もう、何でもいいや。
「百華もなんか歌いなよ」
と言って、デンモクを渡される。
いや、無理だよ。
お姉ちゃんの歌を聞いたのも子供の頃以来だけど、お姉ちゃんの前で歌うってのも抵抗がある。
黙って首を横にフルフルして断る。
「一曲だけ聞かせてやる」
「いや、お前の歌を聴きに来たわけじゃねーしwww」
聞かせてやるって、なんでそんな上からなんだよwww
「いいから」
そう言ってお姉ちゃんは立ち上がる。
前奏が終わり
咲の歌声がマイクに乗った
え………
ちょ………
めっちゃうまい…!!!!
第一声聞いた瞬間、鳥肌立ったんだけど!?
本当に咲が歌ってるのか!?
子供の頃とか、あたしとそんなに変わらなかったのに!?
プロ並みじゃんか!!
「うおーい、サキっちぃ。妹来てんだって?」
「うわっ!!?」
お姉ちゃんの歌声に驚いていると、突然、変なオッサンが部屋に乱入してきた。
「あ、ども、妹氏?」
「はぁ、ども」
ガイコツみたいに頬骨が張ってて、なんかちょっと出っ歯でヒョロいオッサンがこっち見て、話しかけてきた。
「あはは、似てんなぁ」
「はぁ、ども」
同じ形してますからね。
てか誰?
『トモさん、急に入ってくんなよ』
ちょうど歌の間奏で、カラオケマイク通したまま喋るお姉ちゃん。
どうやら知り合いらしい。
「ええー、だってぇサキっちが妹氏とカラオケしてるって言うからサー」
なっ……なんだそのキモイ喋り方は!?
平然と隣に座ろうとするキモいオッサンから、すかさず距離を取る。
あたしもキモデブな自覚あるけど、それでもキモいものはキモい。
かまわず歌い続けるお姉ちゃんの歌声も、中途半端にしか入ってこない。
オッサンがなんか言って絡んで来るけど、とりあえず「はぁ」しか答えらんない。
「一緒にバイトしてるトモさん、私と同い年だよ」
歌い終わったお姉ちゃんが、こっちに来てトモさんと反対の隣に座る。
いや、せめて間に座ってくれよ。
お姉ちゃんが紹介して、トモさんとやらは改めてヨロシク的な感じで、こっち向いて「どもー」って手を挙げる。
つーか同い年って、お姉ちゃんの同級生…
「え!?てことは高3!?ウソ!?」
「ヌハーw妹氏正直でイイねーイイねー」
ヌハーってなんだよ!?
いやいや、ムリムリ!!これで18!?
どう見ても30過ぎてんだろ!?
「んじゃサキっち、わっちバイト中だから」
わ…わっち?
「おう、また後でな」
トモさんがめっちゃキモイウインクとキモイポーズで去って行った。
よかったー、ずっといられたらどうしようかと思った。
「面白いやつだろ、ちょっとオタ入ってるけど」
「いやー、面白いっつーか何つーか…強烈だねー」
「あいつあれでめちゃくちゃ歌うまいんだぜ」
「へぇー。てかお姉ちゃん、そんな歌うまかったんだ、びっくりしたよ」
トモさんとやらが衝撃的過ぎて、いろいろ吹っ飛んだけど、お姉ちゃんが歌の話題を出してくれて、さっきのお姉ちゃんの歌うまの衝撃が戻って来た。
「最近な、ちょっと練習してんだ、トモさんに教えてもらいながら」
「へぇー」
と、言いつつもトモさんとやらの歌を聞きたいとは、1ミリも思わない。
「百華もなんか歌いなよ」
「ええー、お姉ちゃんのアレ聞かされた後じゃ歌えないよー」
お姉ちゃんが渡して来るデンモクを押し返すと、お姉ちゃんはアッサリ引いた。
「そう?じゃもう一曲歌おうかな」
そう言って、ちょっと嬉しそうな顔で選曲を始める咲。
結局、お姉ちゃんが歌いたいだけじゃん。
さっきはミドルテンポの歌だったけど、今度は綺麗なバラードだった。
目を閉じると、凄く綺麗な情景が浮かんでくるのに
目を開くと、その美声は猪のような体から出ていた
てか、ほんと上手いなぁ
歌う姿も、なんか上手い人がやるみたいに、マイク持ってない方の手で音の高さに合わせて上下させたり、お腹に当てたり……おや?
気のせいかな
お腹に当てた手の位置が、随分深いというか…私の知ってる腹肉がそこに無いみたいだった。
この前も思ったけど、やっぱお姉ちゃんちょっと痩せた?
ダイエット続けてたのかな?
「じゃ、バイト行ってくる」
「はーい、がんばってねー」
2曲目を歌い終わると、お姉ちゃんは満足気な顔をして部屋を出ていった。
いつの間にあんなに歌が上手くなったんだろ。
声が全然違うんだ。
本当の歌手みたいな歌い方っていうか
なんか凄かった
お姉ちゃんが一曲目に歌ったのは私もよく知ってる歌だったから、ちょっと入れてみた。
〜♪〜
全然違う…
歌の上手さなんて気にするほど歌ったことないからわかんないけど、私ってこんなに下手だったっけって思うほど、お姉ちゃんの歌は全然違った。
なんか……あれ聞いちゃうと歌うのが恥ずかしいわ。帰ろ。
「あれ?百華もう帰るの?」
会計しにカウンターに行くと、お姉ちゃんがいた。
「うん、お姉ちゃんの歌聞いた後だと、なんか歌いづらいわww」
「だろぅ?」
お姉ちゃんは得意気な顔で、ジーンズベストの芸人みたいに言った。
「今度、百華にも教えてやるよ」
「いいよ、あたしは」
「ダイエットにもなるぜ?」
あ、やっぱりダイエットは意識してんだ。
「へー、そうなんだ。ま、いいや、先帰る」
「ん、じゃな」
なんか、お姉ちゃんイキイキしてたなぁ。
歌ってダイエットにもなるのか
そういえば、歌って腹筋使うって聞いたことあるけど、関係あるのかな?
ダイエットかぁ
でも陸上部も辞めちゃったしなぁ……
あっ!!
「しまった、姫ちゃん!!」
ダイエットのことを考えてたら、超絶美少女でスタイルも最強の姫ちゃんのことを思い出した。
そういえば、姫ちゃんの部活が終わるの待ってる約束してたんだ!!すっかり忘れてた!!
スマホの時計を見て、団地近くのローソンから駅までの道を早足で戻った。
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