第16話【陸上部】
なんつったっけ?クラウンなんとか…
あの、「よーいどん」のポーズ。体育で習った……
ああそうだ、クラウチングスタートだ。
放課後の校庭では、ソフトボール部やサッカー部の運動部が、大きな声を出しながら練習してる。
そんな校庭の一角には、100mの直前コースのスタート地点に2列に並んだ人たちがいて、その先頭の2人がクラウチングスタートに構える。
列の横に立った生徒が「よーい」って言うと、スタートの構えをした2人がグイッと腰を上げ
パンッ
と手を叩いた瞬間、全力で走り出す。
前の2人がスタートすると、すぐさま次の2人が位置につき、同じように手を叩く合図で駆けて行く。
「え!?マツコ陸上部入るの!?」
「うをっふ!?なんだ、姫ちゃんか。うん、まぁなんつーか、ちょっと、まぁ、本格的にやってみよっかなーって。ははは」
グランドを走る陸上部を眺めながら、教室で入部希望用紙に部活名を書いていたら、姫ちゃんが覗いてきた。
見られたのが姫ちゃんでまだよかった。あたしが陸上部だなんて、流石に恥ずかしくて他の人にはまだ言えないよ。
自分でも勘違いすぎるって自覚あるし、姫ちゃんが驚くのも無理はない。
90kg級の私が陸上部なんて、角界からジョニーズへ転身するようなものだ。
「マツコ…もしかしてダイエット?」
うおっ!?姫ちゃん察しが良すぎる!!
「いやぁ〜そういうんじゃないけど…お、お姉ちゃんがさ、ダイエット始めて走ってるから、私も無理やり付き合わされてっていうか、、、はははっ」
あれ?
「ふーん、そうなんだ。てか、マツコお姉ちゃんいたんだ」
「う、うん。あれ?え?姫ちゃん知らなかった?」
「うん、初聞き」
「そっかぁ」
マツコシスターズって、中学で割と知られてると思ってたけど、そうでもなかったか。
いや、それよりも
姫ちゃんが、キョトンとした顔で見てる。
自分でもわかるぐらい動揺してる。
ダイエット目的で陸上部に入ろうとしてることがバレたくない……じゃない。
身体測定の時、あんなにフラフラになるまで頑張ってた姫ちゃんを、あたしは他人事みたいにしか思ってなかったのに、なんで急にダイエットしようって思ったの?って、ツッコまれやしないかっていう動揺。
まさかね、
名前も知らない、年上の男性に告白したくて、痩せようと思ってる……
なんて、言えるわけない。
「桜井さーん」
教室の外から姫ちゃんを呼ぶ他のクラスの子の声がした。
さすがだなぁ姫ちゃんは、もう他のクラスの友達がいるのかー。
しかも、学校一可愛かった姫ちゃんと並んでも、遜色ないぐらい可愛い。
2人が喋ってると、まるでアイドルグループのMV見てるみたい。
ああああ、いいよなー、ああいうの!!
痩せたからって、姫ちゃん並みに可愛くなれるわけじゃないけど、でもあのぐらい細くなれば、あたしだってあの中に混ざってても、文句言われないだろうな。
やっぱ、目標は姫ちゃんだな!
姫ちゃん体型になるまで、陸上部で走って走って走りまくるぞ!!
そんな甘っちょろいことを考えていた時代が、あたしにもありました。
「ぶはぁー!!!!ぶはぁー!!!!」
ちょ、やば、しむ!!
速い!!
みんな速すぎる!!
部活初日
先輩達との自己紹介が終わり、全員でストレッチ
ストレッチが終わると、先輩達は外周を走り、その間私たち一年生はマネージャーの先輩の指示で器具の準備をした。
準備が終わったら1年生は外周を走るんだけど、スタートからみんなのペースが超速い!!
最初はなんとか食らいついた。
てか全力ダッシュ。
けど、校門の坂で置いて行かれ、最初のコーナーを曲がる頃には50mぐらい離されてた。
私が、二周目の最初のコーナーを曲がる頃、先頭の子に抜かれた。
そりゃ、最初からついていけないのはわかってた。
けど、ちょっとこの差は焦った。
結局、みんなが3周走り終わる頃、私は2周目を走り終えて倒れ込んだ。
「小松、大丈夫か?」
顧問の酒井先生が声をかけて来た。
「だ…だい…」
大丈夫なわけない
けど
「大丈夫…です…」
て言うよね
「そうか、まあちょっと休んでろ。よし、他の連中は100mダッシュ!!」
その日はその後ずっと見学してたけど、情け無い気持ちより、こんな厳しさについて行きたくないって気持ちの方が大きかった。
「小松さん、ちょっと手伝って」
不意に呼ぶのは、2年生のマネージャーの先輩…ハヤシ先輩だったかな
呼ばれて器具庫の方へ行く。
ハヤシ先輩は、デカ眼鏡の眼鏡っコで、オタク漫画のサブキャラにいそうな、グランドにいるより、教室の隅っこでラノベ読んでる方が似合ってそうな文化系タイプ。
マネージャーって、男子の野球部にしかいないと思ってた私は、まず女子校にマネージャーがいることに驚きだった。
部活初日は、マネージャーの手伝いをして終わった。
次の日、疲れすぎて朝寝坊して、電車に乗り遅れた。
乗り遅れたって言っても、陸上部の朝練に間に合う電車に乗れなかっただけで、授業には間に合ったけど。
部活の時間になり、顧問の先生に寝坊して朝練サボったことを謝って、また昨日みたいにみんなで器具の用意をしながら、他の一年部員のことをチラ見する。
特に走る系の種目の子達は、みんな体が細い。
中には砲丸投げとか、パワー系の種目もあるから、ガタイのいい子もいるけど、あたしみたいなブヨブヨのデブは1人もいない。
やっぱ、高校まで来て陸上部やろうって子は、みんな本格的だなぁ。
あたしなんかが、付いていけるわけがない。
だから今日は、自分のペースで走ろう。
そんなことを考えていた。
昨日より遅いペースで走ってた気がしたけど、また皆んなが3周走り終えたところへ、2周目を走り終えて合流できた。
昨日のように倒れこむことはなかったけど、疲れて立っているのがしんどかったから座ってたら、酒井先生からまた見学と言われた。
………
「小松さん」
「…は、はいっ!!」
マネージャーのハヤシ先輩に声をかけられ、バッと顔を上げた。
「ふふふっ、疲れちゃった?」
「え?」
「何度声掛けても起きないんだもん。昨日と今日で相当疲れちゃったんだね」
文化系眼鏡女子の良く似合う、優しい笑顔で語りかけられながら、何故かボヤボヤする頭で状況を考えて……
「え?私、寝てました?」
何があったか、ちょっと理解した。
「うん、ぐっすり(笑)」
どうやら座ったまま寝ていたらしい。
恐るべしデブの安定感。
昨日と同じく、今日も部活が終わるまで、ハヤシ先輩の手伝いをした。
「ただいまー」
「おかえり桃華ー、ご飯もうすぐだから着替えてらっしゃい」
「はーい」
家に着くまでの記憶があんまりない。
部活が始まってから姫ちゃんと帰ることもなくなったから、電車の途中から1人になる。
フラフラ帰って来たんだろうなー。
「明日は部活あるの?」
食事の時にお母さんが聞いてきた。
「あ、ああ、うん」
「何その返事は。あるの?ないの?」
「あるよ」
そっか、土曜日だけど部活あるんだ。
中学は一応美術部に入ってたけど、ほとんど行ってなかったからなぁ。
「じゃあ、お弁当いるのね」
「うん」
「桃華、あんたご飯もちゃんと食べなさい」
「いらないってば」
姫ちゃんみたいな体型になって、先生に告白するんだと決めたあの日から、私は一切の炭水化物を絶っていた。
芋は大丈夫と思ってポテチ食べてたら、姫ちゃんからジャガイモも澱粉があるからダメだよと言われ、ポテト系の物も避けるようになった。
「ダメよ!!アンタ陸上部入ったんでしょ!?走るんなら体力つけなきゃいけないから、ちゃんとご飯も食べなさい」
「いらないって言ってんでしょ!!」
「何その口のきき方は!!お母さん、あんたの身体を心配して言ってるのよ!?」
「じゃあ、心配しなくていいよ!!栄養ならここにしっかり貯めてるから」
言って腹を叩いてみせる。
お母さん譲りの大きなお腹を。
「そう言う問題じゃないの!!」
「ああ、もう煩い!!ごちそうさま!!」
まだ残ってるおかずを残飯入れに捨てて、私は2階へ上がって行った。
翌日、お母さんに叩き起こされて遅刻ギリギリで部活に着く。
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