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短編

英雄夫は愛妻が聖女であることを隠し通す

作者: 氷雨そら

妻が好きすぎる故に暴走してしまうしちょっと素直じゃない妻一筋妻溺愛幼なじみ夫が許せる人向けです


 七歳の子ども全員が受ける魔力認定の儀。それはこの国に生まれた者が受ける通過儀礼だ。


 七歳になった娘の付き添いとして、私は夫と共に会場に来ていた。


「どうしてそんなに不機嫌なの?」

「不機嫌などではない」

「不機嫌だわ……その証拠に眉根が寄っているわよ」

「これは元々だ」


 夫は数日前からなぜか不機嫌だ。


(まるで結婚する前に戻ってしまったみたい)


 夫と私は幼なじみで、幼いころ夫は私のことが嫌いだった。

 私は伯爵家の長女だが魔力がない落ちこぼれだ。

 けれど家同士の関係が深かったため、一緒に過ごすことが多かった。


 しかし――七歳の魔力測定式で、私には魔力がないことが判明した。

 あの日から、家族たちの私への態度はすっかり変わってしまった。


『しかたがないから俺が嫁にもらってやる』

『アベル様……?』

『魔力がないんじゃ、俺のほかには嫁にもらってくれる人間なんていないだろうからな!』


 この国において魔力がないことは貴族令嬢としては致命的な欠陥だ。

 そんな私に対する幼なじみからの告白はそんな残念な台詞だった。

 あのとき私たちは互いに七歳。夫は私に意地悪ばかり。だから、幼なじみがかわいそうになっただけですぐに撤回するだろうと思ったのに、王立学園を卒業するやいなやプロポーズされ今に至る。


『ゴホン……俺のほかにはもらい手はいないだろうから……ずっとそばにいてやる』

『本当に良いのですか?』

『これはもう決定事項だ! まさか、不服なのか!?』

『いいえ、よろしくお願いします』


 実家でも家族たちからつらく当たられていた私には、ほかに選択肢はなかった。

 どちらかと言えば、嬉しかった。

 彼の気持ちが、幼なじみへの同情なのだとしても……。


 しかし予想外に結婚してからの彼の愛は重くて甘くて私を翻弄し続けているのだ。


 お蔭様で可愛い娘にも恵まれた。

 夫は娘と私を溺愛している。

 だから今のような結婚前を彷彿とさせるような態度は本当に久しぶりだ。


(もしかして、緊張しているのかしら――でも)


 周囲を見渡せば、どの親も緊張した面持ちだ。それはそうだろう、私のようになんの魔力もないとわかれば子どもの未来はある意味閉ざされる。

 魔力のあるなしなんて気にせず愛してくれる夫と結婚できるなんて幸運が、誰にでもあるはずない。


 ――それほど、この国において魔力のありなし、強弱は重要なのだ。


 それでも、魔力がない私を結婚相手に選び大事にしてくれている夫が、娘の魔力のありなしをそこまで気にするとは思えない。


(本当に……どうしてしまったの)


 そのとき、ピンク色の花弁が舞い散った。

 淡いブルーの空に煌めくような花びらに誰も彼も見蕩れた。


(あれ……どこかで見た光景ね)


 急に手を握られ、強く引き寄せられる。

 少し痛くて顔をしかめ、文句を言おうと夫に視線を向ける。

 しかし彼の顔はひどく青ざめていた。


「やっぱりいつもと違うわ……ねえ、大丈夫なの?」

「大丈夫だ、それよりリシェル……本当に、覚えていないのか」

「何を言っているの、アベル様……?」


 その言葉の意味を確かめる前に、娘の順番が回ってきた。


 娘のシェリーが水晶玉に手をかざす。

 淡い金色の光……娘には弱いながらも光属性の魔力があるようだ。


「……ふう」


 あからさまなため息。明らかに夫は今、安堵した。


「あーあ。聖女様だったら良かったのに」

「光魔法の素質があることだって、とても珍しくて素晴らしいことよ」


 娘は諦めきれないのか水晶から手を離さない。帰ろうと手を繋いだそのときだった……。


 ――水晶玉が七色に輝いたのだ。


「七色!! 聖女様の降臨だ!!」


 周囲がざわめく。七色の光は聖女や英雄の降臨を示すと伝えられている。

 驚いて娘から手を離すと、水晶玉は光を失う。


「もう一度触れてみるように」


 駆けつけてきた高位神官が娘に厳しい口調でそう言った。


「はい……」


 しかし、娘が触れても水晶玉はやはり淡い金色に輝いただけだった。


「間違いか……?」


 神官は首を捻ったが、娘がその後何度触っても光の色は変わらなかった。


「これ以上無駄な時間だろう」

「――何かの間違いだったようですね」

「……はは、この俺を待たせるとは」


 夫がアイスブルーの瞳でにらみつけると、神官は明らかに慌てた。

 そう、夫はこの国で誰よりも強く人々に尊敬される英雄なのだ。


(家にいるときはそんなすごい人には見えないんだけど……)


「ほら、行くぞ」

「ええ……」


 娘の手を取り、夫と手を繋ぐ。

 よほど緊張していたのだろう。夫の手の平は汗ばんでいた。


 * * *


 家に帰ると、娘は疲れていたのかすぐに眠ってしまった。


「もしかして、あなたの魔力に反応したのかしら?」


 夫は幼い七歳の頃、水晶玉を七色に光らせて以来、幾度となく最前線で戦いこの国を勝利に導いた。

 彼は水晶玉を七色に光らせただけでなく、名実ともにこの国の英雄となった。


「……あの日」


 そう、あの日私たちは手を繋いでいた。

 今日、私が娘と手を繋いでいたように。


「……」

「本当に、大丈夫なの? 具合が悪いの?」


 いつも家では朗らかで冗談ばかり言う夫のただならぬ様子が心配で顔を近づけると、ガバリと抱き締められた。


 ――そう、七歳のあの日と同じように。


 あの日、夫に力を与える代わりに失われてしまった記憶が甦る。


 七色に光った神殿の水晶玉……私に対して『どうせなんの力もないだろう……だから俺が』なんて言いながらも私から離れなかった夫はとっさに私の手を掴んで引き寄せ私の耳元でこう言った。


『だめだ……お前みたいな泣き虫が聖女になったら、戦場に駆り出されたりしたら』


 あのとき、夫は私を押しのけて水晶玉に触れた。

 幼かった私は、夢は普通のお嫁さんという臆病なごく普通の少女だった。人一倍臆病で、怖いことが苦手だった。


『俺を守護者に選べ、聖女なら出来るだろう?』

『わ……私』


 夫は水晶玉に触れたまま周囲には聞こえないように、掠れた声で言った。

 私はあのとき、彼の願いを聞き届けてしまった――彼のことを聖女がたった一人選ぶことができる守護者に選んでしまったのだ。


「……あなたが、英雄になったのは」

「ちっ……忘れていればいいものを」

「――どうしてあのとき」


 夫は私のことを嫌っていたはずだ。

 結婚してからは大事にしてくれたけれど、それは妻になった私への義務で……。


「好きだからに決まっているだろう!」

「えぇ……だって」


 プレゼントをもらって喜んでいれば中から蛇のおもちゃが出てきて大泣きしたことは生涯忘れないし、顔を合わせる度に可愛くないと言ってきた、それなのに……いつも私のそばをうろついて……。


「え? 子どものころから、私のことが好きだったの?」

「結婚してからは大事にしていただろう!」

「――それは大人になってからで、あのときは嫌われていたのだと」


 けれど、嫌っている相手の守護者になどなるものか。

 それくらいは私にだってわかる。

 大人になって私と結婚してくれて、それからは大事にしてくれたけれど、まさかそんなに幼いころから私を守ってくれていたなんて。


 ボロボロ泣いていると、寝ていたはずの娘が現れて「お父様がお母様を泣かせた!」と大騒ぎになってしまった。私たち夫婦は娘を宥めるのに必死になり、彼を問いつめることはそれ以上できなかった。


 * * *


「はあ……ようやく誤解が解けましたね」

「そうだな……それにしても、シェリーは見た目だけでなく性格まで君によく似ているな。普段は臆病なくせに大事な者のためとなると急に勇敢になる」

「そうでしょうか……」


 私たちの間ですやすやと眠る愛娘。

 柔らかい笑みを浮かべた夫を見つめていると、彼もじっと私のことを見つめ返してくる。


「――あの」

「皆まで言うな……君から栄光の人生を奪った自覚はある」


 夫は私から視線を逸らした。

 けれど、幼いころから色々あってもずっとそばにいた彼は、ある意味私よりも私のことをよく知っているのだ。


 泣き虫で怖がりで人付き合いも苦手な私は、聖女になんてなりたくなかった。

 だからきっと、私は聖女になることを拒否して、彼を英雄たらしめてしまったのだ。


「――アベル様」

「なんだ」

「大好きです……」

「俺も愛しているが」


 私たちは見つめ合った。


「でも、今度戦いに出るときには私もついて行きますね」


 本来であれば、聖女と守護者は共に戦うものなのだ。


「だめだ!」

「どうして!」

「ううん……」


 娘が起きそうになったため、私たちの口論は一時中断する。


「でも……」

「だめだ、君はずっと」


 ――俺の帰る場所であってほしい、と夫が言った気がしたけれど……。

 その言葉は、深い口づけで告げられることなく消えてしまったのだった。


最後までご覧いただきありがとうございます。

面白いと思っていただけたら『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけると創作意欲に直結します。

よろしくお願いします!

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