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9.異母妹の計画

 アドリアン王太子が呼びに来た使用人と部屋を出ていく。

 常に付き従ってる赤髪の従者は何故か一緒に行かなかった。


 そのことに奇妙なざわつきを覚えて私は無意識に扉へと近づく。

 しかしドアが閉まると同時に目の前に真っ赤な炎が現れた。


「きゃっ……!」

「駄目よお姉様、婚約破棄がショックだからってアドリアン様に追い縋っては」

「ナビーナ……」

「無能とはいえ公爵令嬢としてみっともないでしょう?」


 微笑む彼女は火を生み出したエーゲルの横に立っていた。

 アドリアン王太子に寄り添っていた時よりも艶やかな表情をしているのは気のせいだろうか。


「追いかける気なんて無いわ、私はただ……」

「そうね。王太子が心変わりすることなんて絶対無い。だからお姉様は絶望してこの場で死ぬの」

「え?」


 ナビーナの発言が理解出来なくて私は口をぽかりと開ける。

 大輪の華のような笑顔で異母妹は私に言った。


「婚約破棄されたお姉様は、王太子への当てつけに自害するのよ……今からね」


 異母妹の冷酷な瞳にやっと理解する。

 彼女はこの場で私を殺そうとしているのだ。でも理由が分からない。

 私が婚約破棄されたのでナビーナは念願のアドリアン王太子の婚約者になれるというのに。


「どうして、アドリアン王太子の婚約者は貴方になるのよ?」

「そうね、でもそれだけじゃ足りないの」

「足りない?」

「私の子が次世代の国王にならないなら意味なんて無いわ」


 そう話すナビーナの目には炎のような憎しみが宿っていた。

 彼女が今までこれを隠して私やアドリアン王太子と会話出来ていたことに驚く。


「何で私が貴方の子供の母親なんてしなければいけないの、おかしいでしょう?」

「それは……」


 確かにおかしい。けれど私が決めたことではない。

 不満ならアドリアン王太子へ言えばいい。言葉には出さなかったけれどナビーナは私の気持ちを察したようだった。


「馬鹿ね、お姉様の子供なんて育てたくないと言える筈無いわ。婚約者のすげ替え自体が中止になってしまう」


 王太子が許しても国王が許さない。憎々し気に言うナビーナの周囲にはエーゲル以外にも貴族の子弟らしき少年たちが居た。

 そのことに真剣に恐怖を感じる。


「私が劣っているわけではない。私だって豊かな魔力を持っている、聖女だもの!」

「ナビーナ、落ち着いて」

「何を言っても無駄よ、お姉様はここで死ぬの。あの日に森で一人で死んでおけば良かったのに」


 異母妹に言われて少し前から抱えていた僅かな疑問の答えを見つけた気がした。

 王太子と公爵邸の庭で会った後、珍しくナビーナが私に話しかけてきた。その時何度も死んだらマシと繰り返された。


 そして私は死ぬつもりで森に入り、結果死ぬことを止めて屋敷に戻った。

 けれど誰も私が長く森に居たことを知らず、父は私が婚約破棄に拗ねて部屋に籠っていると思い込んでいた。


「ナビーナ、貴方ずっと前から私の命を奪おうとしていたのね」

「気付くのが遅いわよ、お姉様」


 異母妹が手を上げると少年たちが私の方へ近づいてきた。

 逃げようとしたが、後ろは壁と大きな窓しか無かった。


 ナビーナの欲望は王太子の婚約者になるだけでは満たせない。

 自分の子供を王家の跡継ぎにすることまでが彼女の目的。

 だから私を消そうとしている。


 一回目はアドリアンが私に婚約者の挿げ替え計画を伝えた時。

 ショックを受けた私を追い詰め死を連想させる言葉を繰り返した。


 父に私が部屋に引きこもっていると伝えたのもナビーナだろう。

 私の自殺を止めさせない為、誰にも捜索させないようにした。

 でも私は死なずに帰って来た。


 それは王家の子供を産む運命を受け入れた訳じゃない。

 この国から出ていく為だ。


「聞いて、ナビーナ、私は」

「命乞いなんて聞きたくないわ、やりなさい」


 私はナビーナの計画の邪魔なんてしない。

 そう伝えようとした口が見えない力で塞がれる。

 違う、口だけじゃない。顔全体に透明な何かが張り付いている。

 見えない何かを剥がそうとして体が動かないことに気が付いた。

 

 喋るどころか、呼吸が出来ない。

 耳は塞がれてないので会話だけは聞こえる。

 けれど聞こえない方が良かったと思う内容だった。 


「ナビーナ様、貴方に協力すれば本当に……」

「ええ、私は国母になる女よ。私の役に立ち続けるなら貴方たちもその家も目をかけて上げる」

「俺たちがやったこと、絶対殿下にばらさないでくださいよ」

「当たり前でしょ、良いから私の命じたことだけやりなさい」


 不安がる貴族の子弟たちにナビーナが微笑みかけている。

 私を拘束し、窒息させようとしているのは二人の魔法だと知った。

 身分で釣って私を殺す手伝いをナビーナがさせたのだ。

 こちらの視線に気づいたのかナビーナが私を振り返った。


「さっさと死になさいよ、そうしたら窓から外に出してあげるから。思い切り叩きつけて上げる」


 ここまで憎まれていたのか。実の異母妹に。

 苦しくて自分が怒ってるのか泣いているのかわからない。


「アドリアンには婚約破棄が辛くて自殺したって説明してあげる。大丈夫、あの男はナルシストだから信じるわ」


 大した魔力も持たない癖にね。

 そう見下したように言うナビーナに、初めて彼女がアドリアン王太子を愛していないことを知った。

 でも驚いている余裕などない、拘束と圧迫の魔法で私は窒息死させられそうになっている。


 死にたくない。少し前までは死んでもいいと思っていた。死んでるように生きていた。

 アドリアン王太子が言っていたように幽霊のような存在だった。


 でも今は絶対死にたくない。

 だって私は希望を知ってしまった。

 この国を出て、私は生きたい。 

 ディオンの笑顔と伸ばされた手を思い出す。

 彼の温かいスープをもう一度飲みたいと思った。


 幼い頃、私は魔法を封印された。

 無理に使えば死ぬ程の激痛を感じると散々に脅された。

 だから絶対使わなかった。


(でも、勇気を、出さなきゃ)


 魔力は幾らでもあった。量だけはある。十数年一度も使うことが無かったからだ。

 吸魔。この国に存在してはいけない魔法。私を苦しめ続けた魔法。


 でも今の私を助けてくれる唯一の魔法。


 限界まで膨らんだ風船に思い切り針を突き刺すイメージで私は魔法を解放した。


 魔力を解放するのはとても気持ちが良かった。

 そして周囲の魔力を吸収することも。


 窒息寸前に呼吸を許されたような解放感が私を満たしていた。

 同時に飢えた喉に栄養に溢れた果汁が流れ込んでくるような満足感。


 皆魔法を使う度にこのような快楽を味わっているのだろうか。

 先程まで私を拘束していた貴族の子弟たちは床に転がっていた。

 何故か体を丸めて震えている。雪山で凍えている人間のように。


「寒い、寒い、寒い……」

「力が、魔力が、抜けてくっ、どうしてだよ……」


 私の魔法の影響だろう。

 魔力を吸われるとここまで不調になってしまうのか。

 

 でも彼らが身動きできなくなったことで逆に私は自由になった。

 ふらつきながら扉を目指す。近くでナビーナが倒れていることに気付いた。


 泡を吹きながら俯せに倒れている。

 特にナビーナを狙って魔法を発動させて訳じゃないが彼女が一番ダメージを受けたようだ。

 そのままの姿勢で長くいると窒息してしまうかもしれない。


 少し考えて私はナビーナを仰向けにする。

 すると急に彼女の目がカッと見開かれた。

 そして私の手を掴む。気を失っていたとは思えない強さだった。


「ロゼリア、あんた……!!」

「ナ、ナビーナ……!」

「……ちがう? ロゼリアじゃな……」


 私が無意識に吸魔の魔法を発動してしまったのかナビーナは再び気絶した。

 命に別状はないと良いけれど。そう思いながらも彼女に二度と触れることはせず扉を開ける。


 使用人に不審がられて連れ戻されないように、何でもないふりをして廊下を歩いた。

 幸か不幸か誰とも擦れ違わなかった。

 ナビーナが私を事故に見せかけて殺す為、事前に人払いをしていたのかもしれない。


 このまま誰にも気づかれず城から出たい。

 ディオンとは公爵領と王家領の間の森で落ち合う約束をしていた。


 だから公爵家の馬車が待機している場所まで辿り着きたい。

 御者にはナビーナはまだ王太子との用があるから残ると言えば信じるだろう。


「うぐ、っ?」


 考え事をしていたら唐突に吐き気が込み上げる。

 手で口を押えたがその隙間から赤い液体が零れた。


「これ、がっ、封印の……?」


 血が濃酸のように喉を焼く。

 封印を破って魔法を使えば罰が与えられる。確かにそう言われていた。

 しかし時間差で訪れるとは。


 私はそれでもよろよろと歩き、なるべく目立たない場所を選んで倒れた。

 城の廊下の隅、赤いカーテンの陰に必死に身を隠す。

 どうか目が覚めるまで誰にも見つかっていませんように、それだけを願いながら気を失った。

   

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