表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/9

8.婚約破棄目前

「ナビーナ……」

「あら、お姉様」



 私に気付いたナビーナが赤く塗られた唇を開く。

 五年前からだろうか、彼女が化粧をするようになったのは。

 外出用のドレスでは無いけれどしっかりと髪を結い顔も整えている。


 彼女に比べれば私など寝起きとそれ程変わらないだろう。

 専属侍女が二人ついているとはいえナビーナの美意識の高さは素直に尊敬する。

 だから彼女が王太子妃になることに不満など一切無いのだ。


 父やナビーナが考える程私はその立場に固執していない。

 婚約破棄されても自由にはなれないことに絶望していただけで。


「もしかしてお父さまに叱られてきたの?」

「ええ……そうよ」


 微笑みながら異母妹が言う。追従するように侍女たちがくすくすと笑った。

 このように馬鹿にされるのは慣れているが決して楽しい訳では無い。

 幸い公爵邸の廊下は広い。


 私は一方的に話を打ち切り彼女たちの横を通り抜けようとした。

 しかしそれを許さないナビーナが私の腕を掴む。強い力だった。


「痛っ」


 反射的に叫ぶが異母妹は私から手を離さない。

 流石に抗議しようと彼女を正面から見てゾッとした。

 先程までの嘲笑が嘘のようなナビーナの青い瞳には怒りが宿っていた。

 けれど全く理由が分からない。


「ねえ、どうして帰って来たの?」

「え?」

「昨日、死ぬ為に森に行ったのではないの?」


 顔を近づけられ小声で責められる。


「どうしてそれを……」

「死ぬ勇気も無かったのね、意気地なし」


 こちらの質問には一切答えずナビーナは吐き捨てた。

 そして思い切り私を突き飛ばす。そこまでされるとは思わず私は床に転がった。


「あら、ごめんなさい。邪魔だからどかそうとしただけなのよ?」


 笑顔を取り戻したナビーナが、私の前に腰を下ろす。

 また暴力を振るわれるのかと思って震えた。


「ちょっと、大袈裟に怯えないで。私がお姉様を虐めていると思われるでしょ」

「……実際、そうではないの?」


 私に言い返されると思われなかったのか異母妹は驚いた表情した。

 確かに彼女に抗議するなんて何年ぶりだろう。

 

 子供の頃のナビーナは今よりもっと暴力的で、癇癪を起しそうになっては私を殴ったり蹴ったりした。

 アドリアン王太子と会った時などに特に暴力を振るわれた。

 ナビーナも彼に対しストレスを感じることは多々あったのだろう。


 でも私が彼女に虐められていたことに誰も信じてくれなかった。

 私の価値が伯爵邸内で低いことも原因だが、やり過ぎた時はナビーナが治癒の魔法で治してしまうからだ。

 彼女に傷つけられた証拠消され、ただ痛みの記憶は私の中に蓄積されていった。 

 抵抗しないのが一番マシだと諦め、ずっとそうしてきた。


 なのに反抗する言葉が出てきたのは私が変わりつつあるからだろうか。

 ディオンと一緒にこの国を出るという希望。今の私にはそれがある。


「ふん、どうやら婚約破棄されるのがショックで自暴自棄になっているようね」


 そのことを知らないナビーナは勝手に結論付けて立ち上がる。


「顔に怪我をしていたら治さなきゃと思ったけど元気みたいだから大丈夫ね」

「ええ、私は平気よナビーナ」

「そう、王太子は三日後に婚約破棄の宣言をするらしいわ。心の準備をしておくことね」


 みっともなく泣き喚かないように。

 そう言ってナビーナは去って行く。

 泣きたくなるどころか、私は寧ろ生まれて初めてワクワクした。


 ◆◆◆


「ロゼリア・アシャール公爵令嬢、本日この場でお前との婚約を破棄する」


 アドリアン王太子が個人で行っている茶会。招待客は婚約者である私とその妹であるナビーナ。

 王太子の従者のエーゲル他、貴族の子弟らしき青年たちもその場に居た。

 公爵邸から出ることなど殆ど無い私はエーゲル以外誰かわからない。


 しかしナビーナは全員と顔見知りらしく先程までにこやかに歓談していた。

 昨日の段階で登城するよう通達が来た。

 とうとう婚約破棄されるのだと思い私は上機嫌の異母妹と一緒に馬車で城まで訪れた。

 だけどこういう形で婚約破棄が行われるとは思わなかった。

 まるで見世物のようだ。


「お前は自分が膨大な魔力の持ち主だと長年嘘を吐いていた。妹であるナビーナから全部聞いたぞ!」

「御免なさいお姉様……私お姉様と違って嘘を吐くことが本当に苦手で」


 傍らに座るナビーナの肩を抱きアドリアンは向かいに立つ私を責めた。

 二人とも金髪碧眼で整った顔をしている。お手本のような美男美女だ。

 しかし役者には向いていないと思う。本人たちは真剣かもしれないが、だからこそ滑稽だった。

 

「嘘ではございません」

「なら今すぐその能力を解放してみろ!」

「私の固有魔法はとても危険なのです、殿下」


 言っても無駄だとわかりつつ口にする。

 どうしてシンプルに終わらせてくれないのだろう。婚約を解消するとだけ言ってくれれば、承諾するだけで済んだのに。

 王太子を騙していたなどと大声で言われたら否定しない訳にはいかない。認めれば重罪人になってしまう。



「そうやって嘘を吐いて父たちを騙して私と婚約したのだろう、この罪人め!」

「でしたら国王陛下に私の固有魔法についてお尋ね下さい。私は陛下によって口外を禁じられております」 

「黙れ!」


 アドリアン王太子が力任せにテーブルを叩く、カップから零れた紅茶が対面に居た私のドレスを勢い良く濡らした。

 飛距離が長すぎる。恐らく王太子の取り巻きの誰かが固有魔法を使ったのだろう。

 全員馬鹿にするような笑みを浮かべているから犯人はわからない。


 今日身に着けていたのは亡き母の形見を仕立て直したドレスだった。胸の辺りが濡れて張り付く。

 紅茶が冷めていたことだけは不幸中の幸いだった。


 どうしてここまで馬鹿にされなければいけないのだろう。

 悲しみと苛立ちが胸中に募る。それでも耐えるしか無かった。


 早くこの悪趣味な茶番が終わってくれることだけを願う。

 そしてこの場から退出し、ディオンと合流するのだ。


「……王太子殿下、私は婚約解消に対して一切不満を抱いておりません。仰せのままに受け入れます」


 汚れた部分を隠すようにして私は一礼した。

 一刻も早くこの場から出ていきたかった。


「ふん、お前の従順なところは唯一の美徳だな。なら俺を騙していた罪も不問にしてやる……なんだ?」


 外から扉が叩かれ、アドリアン王太子が眉を顰める。

 従者のエーゲルが扉を開け使用人と何事か話した後、王太子に耳打ちをした。


「ちっ、良い所だというのに……」


 文句を言いながら王太子は腕からナビーナを外して立ち上がる。

 そして私を睨みつけながら言った。


「少し席を外す、逃げるなよ」

「……かしこまりました」


 これ以上私に何の用があるというのだろう。

 彼の命令を断りたいという気持ちに耐えながら私は頷いた。

 今日を終えれば、私は王太子の言う事を聞かなくて済むのだと己を励ました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ