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7.婚約破棄を待ち望む

「言い忘れてたけど俺はレスタール国の人間だ」

「そうだったの……だから魔法石を沢山持っていたのね」

「ああ、この国には調査の為一時的に訪れていただけ。留学したことはあるけどね」


 食後のお茶を私に差し出しながらディオンが言う。

 彼が隣国人だということに少し驚いたがすぐ納得した。

 魔法石もだけど魔法に対しての考えが確かに違うとは思ったのだ。


「調査?」

「そう、俺の国の魔獣が数年前から一部地域で凶暴化していてね」

「魔獣とは元々凶暴ではないの?」

「ディジェではそういう認識なんだろうね、でもレスタールでは違う」


 そう言いながら彼はお茶を一口飲んだ。


「魔力を吸われて無害化した角兎、覚えてる?」

「ええ、さっきも見た物」

「あの状態がレスタールでは通常なんだ。逆に大きくなって凶暴化してるのが異常」

「つまりディジェとは認識が逆なのね」


 私が言うとディオンはその通りと頷く。


「でもレスタールの郊外で凶暴化した魔獣の報告が増えていて、調査をしたら特定の地域に集中していると分かった」

「特定の地域?」

「そう、ディジェとレスタールの国境の近くだ」


 俺たちがいる場所の丁度逆になる。ディオンが補足する。

 国境には行ったことも見たことも無いので上手く想像が出来ない。


「ディジェから魔獣がレスタールに逃げ出しているのかしら」

「その可能性もあるね、ただ数が多すぎるから王家で話し合って出張調査という流れになったのさ」

「そうだったの」


 だからレスタール人で学者のディオンが国が管理している森にこうやって住んでいるのか。

 私は一人で暮らす分には問題無さそうな室内を見ながら思った。

 自分に与えられた部屋よりは狭いが、居心地はこちらの方がずっと良さそうだ。


「でも、色々キナ臭くなってきたから帰国命令がこの前来てね」

「すると、ディオンはもうすぐ帰ってしまうの……?」

「悲しそうな顔をしないで、君も連れていくと先程言っただろ」


 そう言って彼はウィンクをしたようだが前髪と眼鏡のせいでよくわからなかった。


「俺が国を出る時に君も一緒に連れていく。レスタールでの生活も贅沢は難しくても保障するよ」

「贅沢なんて、私はそんなものはいらない。許されるなら働きたいと思うわ」


 無能と言われ続けたが長年打ち込んでいた刺繍だけは得意だと思う。

 ナビーナがアドリアン王太子へ私に刺繍させたハンカチを贈り物にするぐらいの腕はある。

 無能なんだから平民になって刺繍職人になればと言われたこともある。そんな仕事があるかはわからないけれど。


「良い心がけだね、でもまずはこの国を出ることに集中しよう」

「確かにそうね」

「今のロゼリア嬢は王太子の婚約者だからね。国を出るにしても王家が邪魔してくると思う」

「アドリアン王太子なら私が消えて大喜びしそうだけれど」

「どうだろうね、ああいう下衆は逃げたら追うんじゃないかな」


 隣国の王太子を下衆と言い放ったディオンに少し驚く。

 そんな私に彼は「内緒にしてね」と人差し指を立てた。

 他国人のディオンにもアドリアン王太子は良く思われていないらしい。

 私はそのことに少し安堵する。彼を苦手だと思い続けた自分の気持ちが初めて許された気がした。

 

「ただロゼリア嬢の話だと王太子は君から妹に婚約者を挿げ替える筈だ」

「ええ、多分そうね」

「婚約破棄宣言をアドリアンがして君がそれを受諾した瞬間、王家は君を縛れなくなる」


 そうしたら大急ぎでこの国を出よう。

 ディオンの言葉に私は頷いた。

 婚約破棄を言い渡される瞬間が急に待ち遠しくて堪らなくなった。

 計画について話し終えるとディオンは私を公爵邸の裏まで送ってくれた。

 使用人に一切気づかれなかったのは彼が隠遁と疾風の魔法石を使ったかららしい。

 私にも魔法が適用されるよう彼に抱き上げられ続けたのは少し恥ずかしかった。


 使用人が休憩に使う裏庭に辿り着くとそこで降ろされる。

 都合良く屋敷へ続く扉の鍵が開いていたのでそこでディオンとは別れた。

 気づかれないようにずっと無言だったが彼が笑顔で手を振るので私も笑って手を振った。


『またね』


 そう口の動きだけで言われて頷く。

 こんな風に誰かと笑って別れるなんて初めてだった。

 公爵邸に戻った私はこの後どうするか悩んだ。


 時計は見ていないがいつもなら眠っている時間だ。

 それだけの時間私は屋敷に戻って無かったのだ。


 父に会いに行って謝罪すべきかと考えたが、屋敷内は静かでいつも通りの夜だ。

 私が居なくなったことに慌てている様子は一切感じられない。

 試しに自室まで堂々と歩いて戻ってみる。


 何人かの使用人と擦れ違う。

 怪訝な顔をされたがそれだけだった。行方不明だった人間を見つけたという反応ではない。

 そのまま問題なく自分の部屋まで辿り着いてしまった。


「……流石に変ね」


 飾り気の無い部屋で寝間着に着替えながら私は呟いた。

 専属侍女が居ないので凝った装いが必要な時以外は自分だけで身嗜みを整える。

 だから化粧も余りしないし髪を結いあげたりもしない。 


 多分父は私を他人と余り関わらせたくないのだ。

 この体に宿る吸魔の力を知られないように。

 なのに王太子と婚約させるだなんて矛盾していると思う。


 国王陛下は御存知だから安心しているのかもしれないけど、肝心の王太子は何も知らないのだ。

 アドリアン王太子が私の吸魔の能力を知ったらどうするのだろう。

 下手したら殺されてしまうかもしれない。私は少し震えた。


 でも怖がる必要はもう無い。私は婚約破棄をされる。

 そしてディオンとこの国を出るのだ。

 魔法で人間の価値を決めつけるこのディジェ国から。


 私が居なくなってもナビーナが居る。

 アドリアン王太子と愛し合っている彼女が婚約者になって妃になれば良い。

 ナビーナだって聖女と呼ばれる程魔力量に優れているし治癒の魔法だって使える。

 

 それに社交界では私ではなく彼女がアドリアン王太子のパートナーとして認識されている筈だ。

 私が婚約破棄され、妹が王太子の婚約者になる。


 そして私はこの国から出ていく。二度と戻らない。

 結局誰からも呼び出されることも無く私は眠り朝を迎えた。


 目覚めて身支度してから食事を済ませる。

 それを待っていたかのように父に呼ばれた。


 身嗜みを整え、髪に櫛を再度通してから公爵の執務室に赴く。

 ノックと呼びかけをしたところ入る許可が得られた。

 彼は皮張りの椅子に座ったまま入室した私を見つめる。冷たい瞳だった。

 

「気は済んだか」


 機嫌伺の挨拶をしようとすると唐突にそう言われる。

 何のことかわからなくて私は固まった。


「婚約解消がショックで部屋に引きこもっていたらしいが」


 そう言われて初めて合点がいった。

 成程、彼は私が昨日森に居たことを全く知らないのだ。

 それどころか私が屋敷に戻っていないことにも気づかなかった。

 夕食の場に居なかったのは自室に引きこもったからだと判断したわけだ。


 つまり誰も私なんて一切気にせず、食事時に居なくても呼ぶことは無かったと言う事だ。

 複雑な気持ちになりながら私は口を開いた。


「はい、申し訳ございませんでした」

「お前が落ち込むとナビーナが気にするだろう。姉ならもっと配慮をしろ」

「はい、以後気をつけます」


 何に対しての謝罪かなんて深く考えていない。

 とりあえず相手が機嫌の悪そうな顔でこちらを見ていれば謝る。

 それが私に対して一番熱心に与えられた教育だ。

 他はおざなりでもこれだけは入念に躾けられた。

 ひたすら従順でなければアドリアン王太子の妻など出来ないと判断したのかもしれない。


「まさか愛人は嫌だと我儘を言うつもりではないな?」

「いいえ、そのようなことは思っておりません」

「だろうな、お前をそんな身勝手な娘に育てた覚えは無い」


 公爵の満足そうな顔にどんどん心が乾いていく。

 私はアドリアン王太子を一切愛していない。婚約者になりたいと願ったことも無い。

 けれど一方的に婚約解消されて愛人になれと言われ、それを嫌がるのは我儘なのだろうか。


 もし私じゃなくナビーナがそれをされても父は同じことを言うのだろうか。

 そんな質問をすればお前とナビーナを一緒にするなと叱られるだけだとも知っていた。

 私が黙っていると公爵は忌々し気に舌打ちをした。


「本当はもっと早く婚約相手を挿げ替えるつもりだった、しかしあいつが中々死ななかったせいで……」

「……あいつ?」

「っ、何でもない。用は済んだからさっさと部屋に戻れ!」


 叱るように言われ私は一礼し部屋を出た。

 どうやら私に対してではなく独り言を言っていたらしい。しかも聞かれたくない類の。


「あいつって、誰かしら……」


 小さく口にしながら廊下を歩く。推測だがその人物が私を王太子の婚約者にさせたのだろうか。

 だとすると国王が浮かぶが、流石に公爵とは言え国王をあいつ呼ばわりはしないだろう。何より崩御されたという事実がない。


 推理を続けていると正面から複数の人物が歩いてきた。

 避けようとして相手の顔を見る。それはナビーナと侍女たちだった。

  

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