4.王太子の名案、異母妹の嘲笑
アドリアン王太子の両親の魔力量が少ないという話は聞いたことは無い。
だが魔力量も魔法も常に正しく遺伝するものではない。
両親の治癒魔法を受け継がなかった私だってそうだ。
そして魔力量を増やすことは出来ない。固有魔法を変えることが出来ないように。
だから国王は王太子では無く孫に期待をかけているのだ。
私とアドリアン王太子の魔力量を足して割った程度の子供が出来れば良いと思っている。
それは決して我が子を愛していないという訳ではない。寧ろ逆だ。
魔力量が少なくとも次期国王になれるように彼を私と早々に婚約させた。
だが親の心子知らずとはよく言ったものでアドリアン王太子はそのことを不服に思っている。
彼が聖女と呼び愛しているのはナビーナだからだ。
私の事は初対面から幽霊扱いし今も無能と見下している。
私としても王太子が私との婚約を破棄しナビーナと再婚約してくれれば喜ばしい。
けれど国王陛下はそれだけは認めないらしい。
ナビーナも豊かな魔力を持っているのだけれどそれでも不安なのだろうか。
私がそんなことを考えているとアドリアン王太子がわざとらしく咳払いをした。
「おい」
「何でしょうか」
「わざわざ俺がお前に会いに来た理由が知りたいか?」
そう言われて内心驚く。
彼が自分に会いに来たとは思っていなかったからだ。
庭でナビーナをお茶を楽しんでいたところに私が偶々通りがかっただけ。
私はそのように認識していたが違ったらしい。
「しかし何もやることが無い癖に屋敷にも居ないとはな、お前は人を不快にさせるのだけは得意だな」
「……申し訳ございません」
「お姉様を叱らないで。お姉様の友達は森に住む動物たちぐらいなのだから」
森の友達と言われてディオンの顔が一瞬浮かぶ。
顔と言われても長い前髪と眼鏡で隠れてよくわからないが。
「森に一人で? そのまま戻って来なければいいのにな……いや、それも困るか」
アドリアン殿下は一人でぶつぶつと何か呟き、そして私に向き直った。
彼の得意げな表情に嫌な予感がした。
「ロゼリア、お前が生んだ子供を俺とナビーナの子として扱うことにする」
「……は?」
「つまりお前との婚約は破棄するが、子供は産んでもらうということだ」
「どういう、ことでしょう……?」
「頭が悪いな、お前が魔力量の多い子供を産んだら俺とナビーナの子として公表するということだ」
そうすれば最初からナビーナを俺の妃にすることができる。
無邪気に笑う王太子が私は化け物に見えた。
名案を発表出来たアドリアン王太子は珍しく上機嫌で私の前から去った。
見送ることさえ忘れ私はその場に立ち尽くす。
ナビーナも使用人も王太子と一緒に去っていった。
「私は……そこまで子供を産むだけの、存在なの?」
自分でも驚く位ショックを受けていた。
お飾りの婚約者で子供を産めばお払い箱。そんな想像何度もして来た。
ただ最初から存在すら消され子供だけ取り上げられるとまでは考えなかった。
「……何で考えなかったのかしら」
口にして気付く。余りにも惨めだったからだ。
今の時点で既に尊厳など踏みにじられているけれど。
泣くことも出来ず、ふらふらとガゼボに備えられた椅子に座りこむ。
頭が痛い、耳鳴りもする。
父は、公爵はこのことを知っているのだろうか。
して国王陛下も。
疑問が浮かんだが、多分反対はしないだろうなという気がした。
父は娘のどちらかが王家の後継を産めばきっとそれでいいだろう。
国王陛下も特に反対する理由は無い気がした。
魔力が強い子供さえ手に入ればいいのだろうから。
そこまで想像して新しく疑問が浮かぶ。
では魔力の少ない子供を産んだならどうなるのだろう。
あるいは私と同じ吸魔の固有魔法を持つ子供が生まれたら。
冷や汗が流れる。急に風が冷たく感じ始めた。
ここで無く部屋で考えるべきかもしれない。
私が何を言ったって聞き入れられるとも思えないが。
ゆっくりと椅子から立ち上がった時、向こうから金髪の少女が歩いてくるのが見えた。
ナビーナはドレスの裾を鬱陶し気に抑えながらこちらに歩いてくる。使用人は連れていなかった。
何か忘れ物をしたのだろうか。ガゼボ内を見渡すが備え付けのテーブルと椅子以外特に何もない。
彼女は立ち上がった私と目が会うと微笑んだ。
愛らしい笑顔の筈なのに蛇に睨まれた蛙のように私の体は強張った。
動けなくなっていると益々近づいてきたナビーナが私の目の前に立つ。
そして赤く色づいた唇で告げた。
「お姉様ってよく生きて居られるわよね」
「……え?」
一瞬何を言われたかわからなかった。
そんな私を馬鹿な子供を見るようにナビーナは鼻で笑った。
「だってそうでしょう、生まれた時から失敗作扱いされて友達どころか誰も味方なんて居ない。使用人からも馬鹿にされる始末」
「それは……」
「王太子の婚約者になれても愛されるどころか嫌われている。まあ婚約は無くなるけれどね。ふふ、悔しい?」
「悔しくは……無いわ」
得意げな異母妹に本心を告げる。
もしかしたら王太子に言いつけられるかもしれないが最早どうでも良かった。
「そう、でもね。婚約破棄されたからってお姉様は殿下から逃げられない」
「痛っ」
肩を強く掴まれて悲鳴を上げる。けれどナビーナは力を緩めようとしなかった。
「お姉様はね、私とアドリアンが結婚した後ずっと部屋に閉じ込められるの。王家が望んだ子供を産むまでずっとね」
「そんな……!」
「一人で済めばいいけど、お姉様やアドリアンみたいに失敗作が生まれたらやり直し。当たりを引くまで産んで孕んでを繰り返すのよ」
先程まで考えていたことの何倍も残酷な事実を告げられ顔から血の気が引く。
「当然、産んだからって解放はされない、もしかしたら口封じに殺されるかもね……」
「ころ、される……?」
「だってお姉様が本当の母親だって知られたら不味いもの。ああでも、殺さず舌を切り落とすかもね」
どっち道死ぬまで解放されないわ。ナビーナが愉快そうに笑い声を上げる。
何が楽しいのか全く理解できない。
「でも私だったら絶対そんなの嫌。死んだ方がマシ。だからよく生きてられるわねって言ったのよ」
「死んだ方が……」
「ええ、まあお姉様にそんな勇気は無いでしょうけどね」
言いたいことだけ言うとナビーナは私を乱暴に突き放した。衝撃で床に尻もちをつく。
「でも一度王宮に入れば、死にたくても死ねないわ。それだけは教えてあげるわね」
さよなら。別れを告げてナビーナは去っていく。
異母妹の姿が完全に消えても、私の頭から彼女の言葉が離れることは無かった。