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魔力無しと虐げられた公爵令嬢が隣国で聖女と呼ばれるようになるまで  作者: 砂礫レキ@死に戻り皇帝(旧白豚皇帝)発売中


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2.魔大樹と研究者

 そのまま屋敷に戻って再度ナビーナと顔を合わせるのも憂鬱だ。

 彼女が出かけるまでもう少し中庭に居よう。

 私がそんなことを考えていると頭上から小鳥の鳴き声がした。


「あら」


 見上げると水色の小鳥がクルクルと旋回していた。

 目の良い者が見ればその小鳥が本物ではなく作りものであるとわかる。


「彼がいるのね」


 私は小声で呟く。

 その声が聞こえたように小鳥は回るのを止め庭の端まで移動していく。

 アシャール公爵邸の庭はとても広い。隅は森になっている。

 その森も大変広く、遥か先に大きな木が一本生えている。


 魔大樹と呼ばれるそれは五百年前突然生えたらしい。

 昔国の滅ぼそうとした魔女が姿を変えて木になったとも言われている。

 木が生えている一帯は国の管理地となっており立ち入り禁止となっている。

 魔大樹が近づく者の魔力を吸い取るからだ。だから魔女の化身と言われている。

 この国は魔獣が多いが、魔獣さえもこの森には居ない。

 

 だから公爵邸内の森を散歩気分で歩くのも私ぐらいだ。

 私は魔力量だけは潤沢だから少しぐらい魔力を吸われても平気なのだろう。

 二十分程歩くと公爵家と王家の土地の境界に到着する。


 昔建てられたらしい石塀は一部が崩れたまま修復もされないままだった。

 私が子供の頃からそうだったので数十年から数百年単位でそうなのかもしれない。

 その石塀に体を預けるようにして一人の黒髪の青年が立っていた。

 彼の肩には先程まで案内役をしていた水色の小鳥が座している。


「ディオン、そんなところにいたら危ないわよ」

「ロゼリア嬢」


 私が声をかけると相手も私の名を呼び嬉しそうに笑う。

 白衣を纏った青年の名前はディオン。

 すらりとした長身だがぼさぼさの髪と眼鏡の方が毎回気になってしまう。

 目が悪いのはその前髪のせいではないかと。もう少し親しくなったら指摘しようと思ってまだ言えずじまいだ。


 彼は王命により魔大樹の調査をしている学者らしい。

 そんなことが出来るのは魔力を持たない平民だからだろう。


 去年水色の小鳥に誘われるように森の奥へ踏み込んだ私は、古い石塀を興味深そうに見る彼と出会った。

 それから月に一度程度、こうやって彼と話をするようになった。


 家族や婚約者でもない男性と二人きりで話すなんて公爵令嬢として有り得ない行動だとは理解している。だから誰にも言っていない。

 けれど私は話し相手に飢えていた。

 そして使用人にさえ失敗作の公爵令嬢と見下されている私を彼は差別しなかった。


 ディオンは魔法を使えない代わりに魔道具というものの開発が得意らしい。

 水色の小鳥も魔道具の一つだと説明された。隣国のレスタールでは魔道具がとても発展しているらしい。

 父も王太子も魔法が衰退し道具に頼るしかできなくなった惨めな国だと馬鹿にしていたが、私はそうは思わなかった。


 魔法が盛んと言っても恩恵を受けているのは殆どが王族と貴族だけ。

 でも魔道具なら彼のように魔力を持たない平民でも扱える。 


「今日も魔大樹の研究に来たの?」

「ああ、ちょっとした実験をしていてね」

「実験?」

「捕えた角兎を魔大樹の近くで飼育してみたのさ」

「角兎って、危険な魔獣じゃないの?」

「この国ではね」


 ディオンはニヤリと笑うと、足元の籠を持ち上げて見せた。


「もしかして、その籠の中って……」

「そう、危険な角兎が入っている……ほらっ!」

「きゃっ」


 ディオンが大きな声を上げて籠の扉を開けたので思わず悲鳴を上げてしまう。

 けれど凶暴な魔獣が襲ってくる気配は無かった。


 籠の中を覗き込むとふわふわの白兎が口をもごもごと動かしている。



「可愛い! ……けど、だたの兎じゃないの? 角兎ってこんな籠には入らないぐらい大きい筈よ」

「いや、ちゃんと角は生えているよ。ほら」


 そう言いながらディオンが兎の額を示すと、確かに小さな角が生えていた。

 けれどそれ以外は普通と兎と同じようにしか見えない。

 許可を得て抱き上げるとふわふわして柔らかかった。思わず微笑んでしまう。


「俺の国の角兎は全部こんな感じだよ。だからこの国では危険な魔獣扱いされていると知った時は驚いたな」

「そうなの……でも、どうして魔大樹の近くだと姿が代わるのかしら?」

「今はそれを研究中だけど、国王はあの木の伐採を望んでいるみたいだ」

「魔大樹を、伐採……?」

「俺は止めた方が良いと思うけどね」


 彼の長い前髪と眼鏡の奥で紫の瞳が遠くの大樹を見つめていた。

 私も彼と同じ意見だった。理由はわからないけれど魔大樹を伐採してはならないと強く感じた。


「ところでロゼリア嬢、頬の傷どうしたの?」

「これは……薔薇の棘で少し切ってしまっただけよ」


 唐突に質問され、私はすっかり忘れてしまっていた傷の事を思い出す。

 血はハンカチで拭ったし髪で隠れて気づかれないと思っていた。


「薔薇の棘で?」

「ええ、さっきまで庭の薔薇を見ていたの」

「その傷、俺が治してもいい?」


 ディオンに言われ私は内心首を傾げた。

 彼が治癒魔法を使えるという話は聞いたことが無い。


「構わないけれど、貴方は治癒魔法が使えるの?」

「使えるよ、魔法では無いけどね」


 そう言いながら彼がポケットから何か取り出した。

 目の前に近づけられたのは美しい石だった。


「これは緑色の……宝石?」

「正確には魔法石かな、これには魔法が封じられているんだ……癒せ」 


 ディオンの厳かな声と同時に魔法石が優しく光る。

 ふわりとした温もりを頬に感じた。


「よし、これで大丈夫。元通りの綺麗な肌だよ」

「……有難う」


 自分の手で頬に触れても痛みを感じない。

 本当に治ったのだ。私は半信半疑でお礼を言った。


「でもどうして治癒魔法が使えるの? もしかしてその石があれば魔力が無い人でも……」

「そうだよ、魔法石自体に魔力と魔法が封じられているから誰にでも使える」

「凄いわ……これなら魔獣退治をしている兵士たちも治癒魔法を使えるわね」


 私がそう言うとディオンは困ったように笑った。

 

「この国では無理だろうね、魔法も魔力も王家や貴族が占有すべきだという考えらしいから」

「そんな……いえ、そうかしもれないわね」


 否定しようとしたが、自分の立場を考え同意する。

 確かにこの国は魔法と魔力至上主義だ。

 魔力量が膨大というそれだけの理由で王太子の婚約者にされている私の存在こそが証拠。


「でも城外で魔獣と戦っているのは主に平民の兵士でしょう、治癒魔法が使えればどれだけ助かるか……」

「ロゼリア嬢のような考えを王家か影響力のある貴族が持ってくれれば良いんだけれどね」


 そう苦笑いされて、私は自分の無力さが嫌になった。

 私は数年後には王家の一員になる。

 今でも名門公爵家の長女だ。

 

 なのに民が傷つく現状を変えられるとは全く思えない。

 そんな自分の不甲斐なさに気が沈んだ。  

 私の様子に気付いたのかディオンがおどけた調子で言葉を発した。


「だから俺が魔法石を使ったことは内緒だよ。これは隣国からこっそり持ってきた奴だから」

「わかったわ、確かディオンは留学していたのよね」

「そう、色々勉強になるよ。隣国と言っても全然別の国だからね」



 その後ディオンと色々話した後私は屋敷に戻ることにした。

 籠の鳥を気取るつもりは無いけれど自分が世間知らずだという自覚はある。


 勉強は家庭教師がついているが、ちゃんとした王太子妃教育というものを覚えは無い。

 私は本当に子供を産むだけの存在なのだなと思う時がある。

 

 アドリアンは私とナビーナの二人を王太子の妻として迎えるつもりらしい。

 私が正妻、そして異母妹は側室という形で。

 だが彼がどちらを大事にするかは誰の目から見ても明らかだ。


 何故私を正妃にするかというと単に後継争いの回避の為。

 魔力量の多い子供に王家を継がせたい、それだけだ。


 子供を産んだ後はお払い箱にされるだろう。

 最悪正妃を挿げ替える為に病死に見せかけて殺されるかもしれない。


 逃げ出したいと思うことはある。けれどどこへ逃げればいいのかわからない。

 もしかしたらあの日、私が水色の小鳥に導かれて森の奥へ足を踏み入れたのは逃避願望が背を押したのかもしれない。


 深い森を抜け出せたら自由になれるかもしれないと。

 抜け道には辿り着けなかったけれどディオンには出会えた。


 少し不思議で博識で優しい人。

 彼は別れ際、私に治癒の魔法石を一つくれた。

 

「ロゼリア嬢が傷ついたままなのは嫌だからね」


 緑色の魔法石をそっと両手で握る。優しい温もりが心を癒してくれた。




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