1.無能と呼ばれた公爵令嬢
ディジェ魔法国。
その名の通りこの国の貴族は誰もが魔法を使える。
但し、殆どが一種類だけ。
それは固有魔法と呼ばれ、強力な攻撃魔法や治癒魔法を使える者程尊敬される。
私、ロゼリア・アシャールはそんな国に公爵家の長女として生まれた。
しかし私は父母から治癒魔法を引き継ぐことは無かった。
代わりに授かった固有魔法は『吸魔』
周囲の魔力を吸い取るという、魔法国では存在するだけで厭われる能力。
なので赤子の時に父の判断で私の固有魔法は封印された。
その時、うなじに入れられた小さな薔薇のタトゥー。
これは私が無意識に魔法を使おうとすると赤く輝き激痛を走らせる。
だから私は自分の意思で固有魔法を使ったことは無い。
そして父は私が魔法を使えることを秘密にした。
固有魔法が役に立たなかったり魔力量が少ないだけで貴族は笑い者にされる。
けれど吸魔の魔法を使うことが知られれば馬鹿にされるだけでは済まないだろう。
この国には昔、魔女と呼ばれた女がいた。彼女は恐ろしい力で国中から魔力を奪ったそうだ。
その邪悪な魔法を打ち破り人々を救った女性は大聖女と呼ばれた。
きっとその魔女は私と同じ吸魔の固有魔法持ちだったのだろう。
だから父の判断が間違っているとは思わない。
たとえそれが私の為で無く、自分と公爵家を守る為の措置であっても。
そのような事情で私は魔法を使えない公爵令嬢として世間に知られている。
父や一部の者以外は全員そう思っている。
だから失敗作や出来損ないという陰口は子供の頃から耳が腐る程聞いてきた。
母は私を産み落としてすぐ亡くなったらしい。私の青い髪と赤い瞳は彼女から受け継いだものだ。
出来たら治癒の魔法を引き継ぎたかったけれど。
◆◆◆
「よく公爵令嬢として暮していられるわね、私なら恥ずかしくて平民にしてくださいってお父様に言うわ」
公爵家の中庭、咲き誇る薔薇を愛でる私に一人の少女が話しかける。
彼女は庭師に用意させたのか大きな薔薇の花束を持っていた。
ナビーナ・アシャール。私の一つ違いで今年十七歳になる異母妹だ。
十年前、母子で公爵家にやってきた少女。
固有魔法は治癒で巷では聖女と呼ばれているらしい。
その眩い金髪は丁寧にカールされ、艶やかに光り輝いている。
大きな青い瞳が印象的な美少女だ。
しかし意地悪そうな表情がそれを台無しにしている。
私以外にはそんな顔を見せないから聖女と呼ばれているのだろうけれど。
「お姉様、ご自身がアシャール公爵家の汚点の無能令嬢、そう呼ばれてるのを御存じ?」
「……私もお父さまが許してくれるなら、いつだってこの家を出ていきたいと思っているわ」
言い返した途端に顔と肩に痛みが走る。
ナビーナが思い切り薔薇の花束を叩きつけたのだ。
棘の処理はされていなかったらしく、引っ掻くような痛みを頬に感じた。
私に対し使う為にわざと処理させなかったのかもしれない。
地面に散らばった薔薇を踏みつけながらナビーナが顔を覗き込んでくる。
「あらごめんなさい、手が滑っちゃった」
「……薔薇が可哀想だと思わないの」
「別に? そうそう、今日はアドリアン様にお茶会に呼ばれているの。お姉様は?」
ニコニコと笑いながらナビーナが質問する。私は無言で頬を拭った。血がついている。
「やっぱり呼ばれてないのね? 仕方ないわ、お姉様みたいな失敗作が婚約者だなんて誰だって認めたくないものね」
可哀想な王太子様。私が慰めて上げなくちゃ。
ナビーナは薔薇の花束を地面に投げ捨てたまま公爵邸へと戻っていく。
聖女と呼ばれる彼女の慈悲は私と花束には一切適用されないようだった。
ナビーナが私に攻撃的な理由は少しだけ理解できる。
彼女の想い人であるアドリアン王太子の婚約者が私だからだ。
無能令嬢と呼ばれているのに何故と誰もが疑問に思うだろう。
答えは簡単で私の魔力量が年頃な貴族の娘の中で一番多い。それだけだ。封印のせいで気づく者は殆ど居ない。
ディジェ国では固有魔法だけでなく魔力量もかなりの確率で遺伝するらしい。
つまり私に求められているのは王家に嫁ぎ魔力量の多い子供を産み落とすこと、それだけだ。
忌み嫌われている『吸魔』の魔法が遺伝したらどうするのだろう。
そう父に尋ねたが、お前が考えることではないと叱られるだけだった。
どちらにしろ幸福な結婚も育児も期待など出来ないだろう。
アドリアン王太子が私を心から嫌っているからだ。
十年前、私は当時九歳のアドリアン王太子の婚約者にされた。
金髪の少年は私の青い髪と痩せた体を見て「幽霊みたいだ」と馬鹿にしたように笑った。
彼との婚約が決まってから間もなく父はナビーナ母子を公爵邸に連れてきた。
私を魔法を使えない姉と紹介された七歳の異母妹は「あなたが失敗作だから私を作ったのね」と笑った。
アドリアン王太子とよく似た笑顔だった。
そんなナビーナに腹が立つよりも、こんな小さい子さえそんな酷いことを言うのだと怖かった。
無能力者をここまで差別して嘲笑うこの国にいることが、きっと死ぬまで出られないことが怖かったのだ。
ある日アドリアン王太子が公爵邸に遊びに来て、庭の薔薇を乱暴に毟って棘で怪我をした。
それをナビーナが固有魔法で治療した時、彼の頬が赤く染まっていたことを今でも私は覚えている。
王太子を傷つけたという罪で根まで焼き捨てられた薔薇は亡き母が愛した品種だった。
「お前なんかじゃなくナビーナと結婚したかった。お前は幽霊だけどナビーナは天使だ」
その日からアドリアン王太子は何度も私にそう言うようになった。
それにうんざりした私はある日彼にこう返した。
「では私との婚約は解消してナビーナと婚約してはいかがでしょうか」
「お前にしてはいい考えだな!」
次の日、頬と目をを赤く腫らしたアドリアン王太子は公爵邸にやってくるなり呼びつけた私を力任せに殴った。
やってきたナビーナは王太子だけ心配し治療をして、そして二人は子供部屋に引っ込んだ。
まだ七歳の異母妹は幼さに似つかわしくない笑みを浮かべていた。
その夜、余計な事を言うなと私は父親に酷く叱責された。
頬の腫れを案じる言葉を聞くことは無かった。
この日を始めとして私は十年以上アドリアン王太子の八つ当たりを受け続けている。
「何故魔法も使えないお前なんだ、何故聖女のナビーナを妻に出来ないのだ」と。
私だって自分よりも異母妹のナビーナが彼と婚約して結婚して欲しいと願っていた。
「だって二人はずっと前から恋人なのだから……」
そう呟いて頬を撫でた。知っているのは私だけではない。
父も継母も使用人たちもきっと一部の貴族だって知っている。二人は関係を全く隠していないのだから。
「こんなことになるのなら、魔力なんて一切持たず生まれてきた方が良かった」
まともな魔法は使えず馬鹿にされ、だけど公爵令嬢という身分と何より魔力量だけは国内一なせいで王太子と婚約を結ばされた。
その婚約者は異母妹と愛し合っていて、二人とも私を邪魔者扱いしている。誰も味方はいない。
前世でどんな悪事を働いたら、ここまで拗れた存在として生まれてくるのだろう。
涙さえ流せず私は苦く笑った。