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時間がなさすぎる!  作者: 茅野榛人
第一章
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第一話『爆弾』

「刑事ドラマのような、時間ギリッギリで間に合っちゃうみたいな展開は、御免ですから」

「(遅くなれ……遅くなれ……)」

「せっかくですから言っちゃいますけどね、タイマーを切断すればセーフです。タイマーと本体を繋ぐ一本のコードがありますから切って下さい。切れるものならね?」

「兎に角間に合わせて下さい! 場所はもう分かってるんですから! お願いします!」

「あの辺は人気が少ない……ハハハハハハハハハ!」

「(遅くなれ……遅くなれ!)」


 三日前。

「期待の新人ですね!」

 警視庁刑事部捜査一課のオフィスに、刑事の一人、原口はらぐちの声が響いた。

 今日、ここ捜査一課に、優秀な人材と噂される人間がやって来た。名前は、九条全人くじょうまさと。所轄の刑事課時代に、相当な活躍を見せていたらしく、ここへ引っ張られたらしい。

「所轄時代以上の活躍が出来るよう、精一杯努めます!」

「期待してるぞ」

「はい!」

 係長の内川うちかわが、九条と握手を交わした。その後、直ぐに原口が声を上げた。

「原口だ。これから厳しく、一課の味を、覚えさせてやるぜ」

 すると刑事の一人、逸見はやみが腹を鳴らし、押さえながら静かに呟いた。

「威厳ゼロ過ぎ、いい加減にして」

「あ、失礼しました!」

 カッコつけが嘘のように、原口は縮こまった。


「失礼ですが、今仕事中ですよ? 何ゲームしてるんですか?」

 九条が俺に声をかけた。

「俺は良いの。ってか今集中してるから話しかけないでくれるかな」

「何ですって。貴方刑事ですよね? 今貴方がしている事は、刑事の仕事と言えるんですか?」

 説教する声が邪魔で、集中が乱された俺は、ポーズをした。

「うるせえよ。俺は刑事であって刑事じゃない。内川からもお許しは出てる。だから話しかけんなよ」

「……はあ?」

「九条。ちょっと」

 九条の堪忍袋の緒が切れかけたその時、突然原口が声をかけて来た。

「あ、はい!」

 原口は九条を廊下に連れ出し、九条と小声で話をする。

「あの方には、気安く接してはいけないよ? これは本来、係長から密かに説明を受けるんだが、君が急に話しかけたもんだから、フライングして教えるよ」

「はい?」

「あの方の名前は、名無時正ななしときまさ巡査。名前、年齢、階級以外、殆どの情報が伏せられている。何故なら、あの方のお父様は、非常に強大な権力をお持ちでいらっしゃるんだ。あの方は、そのお父様の権力を利用して、ここにやって来たんだ。その証拠に、あの方の機嫌を大いに損ねさせたり、正体を突き止めようとした刑事いや、警察官は皆、警察を辞めたり……」

 周囲を確認し、距離を縮めて囁く。

「自殺や事故で、死亡したりしている」

「え? それは偶然とかでは……」

「ない。兎に角、あの方の機嫌を大いに損ねたり、勘繰ったりしたら、君も危険なんだよ?」

「もしそれが本当なら、僕はもう……」

「いや、まだ分からない。ヤバい目に遭うかどうかは、あの方のさじ加減だ。だからまだ分からないよ?」

「僕はさり気なく、恐ろしい事を、していたのですね。ごめんなさい」

 九条は原口のほうを見ず、ゆっくりと俯きながら謝った。

「仕方ないさ。普通、仕事をサボって、ゲームしている人が居たら、俺でも怒るからさ?」

「ごめんなさい」

「大丈夫だ。ただしあの方は、我々捜査一課に、多大なる貢献をなさっているんだ」

「貢献ですか? 一体どのような……」

「それはな?」


「名無さん! 名無さん!」

 人気も車通りも少ない公園を散歩をしていた俺に、名前を呼びながら接近して来る人物がいる。聞いた事がある声だ。

「名無さん!」

 うんざりした俺は、声のする方向を向いた。そこにはあの、ゲームの時間を盛大に奪った新人刑事、九条がいた。

「なんだよ、俺の貴重なゲーム時間を九秒も奪いやがった新人」

「先ほどは、大変失礼致しました! どうか、僕の無礼な態度をお許し下さい! しかし僕、名無さんに、どうしても頼みたい事がありまして!」

 声が大きくてうるさいが、どうやら分かってもらえたようだ。これで良い。

「頼みたい事って何だよ」

「僕と、バディを組んではいただけませんでしょうか! 先ほど原口さんから聞いたのですが、名無さんは、どう考えても間に合わない状況を、無理矢理間に合う状況に変える、天才刑事との事で! 僕、名無さんに惹かれました! どうか僕とバディを……」

「嫌だ。俺そういうの要らない。言う事を聞いてくれる存在しか要らない」

「なら、名無さんの言う事、何でも聞きます!」

「じゃあ今から八分以内に、ここから一キロ先にある、ドーナツ屋に行って、ドーナツを一つ買ってここに戻って来い」

「え? ここに戻って来るんですか?」

「そうだ。種類は何でも良い。場所分かるか? ここから広い道に出て真っ直ぐだぞ」

「ええ分かってます。いやしかし八分以内ってのは……」

「スタートはい行って来い」

「……分かりました」

 九条は走って公園を去った。この時俺は既に、九条が八分以内に、戻って来る事はない事を、確信した。俺もドーナツ屋に向かった。


「お待たせしました……やっぱり八分以内になんて……え?」

「ん、三分二十一秒オーバーしたやつが、やっと帰って来たな」

 ベンチに座り、残り少ないドーナツを食べている所に、息を切らした九条がやって来た。九条は俺の横に座った。

「どうしてもう着いてるんですか……そしてどうしてもう……食べ終わりそうなんですか……」

「お前、一課に見込まれてるのに、視野狭過ぎ。お前走っただろ」

「そりゃそうです! 八分以内に一キロの距離を、往復しろと言われたんですから。教えて下さい。どんな間に合わせ術を使ったんです」

「間に合わせ術? 大袈裟過ぎて草なんですけど。これ使っただけなのに」

 俺はポケットの中から、折り畳んだA4サイズの紙を二枚取り出した。一枚には、『近くのドーナツ屋までお願いします!』と書いてあり、もう一枚には、『近くの公園までお願いします!』と書いてあった。

「……ヒッチハイク!」

「お前大した事ないね。車を使うなとは、一言も言ってないのに、わざわざ走るんだからさ。確かにここは車通り少ないが、広い道は交通量が多い。ヒッチハイクも出来るし、なんならタクシーだって。まあ因みに、速い人なら走っても、八分以内に買って帰って来る事は、可能だがな。兎に角、俺の言う事聞けなかったんだから、バディなんかにはならない。ドーナツ食って早く戻れ。ごちそうさまでした」

「……いただきます」

 九条がドーナツを食べようとしたその時、公園に突如轟音が鳴り響いた。

 俺と九条は蹲った。何が起きたのかを確かめようと、ベンチから立ち上がり、辺りを確認すると、ここからやや離れた場所にある、自動販売機の横に設置されている、ゴミ箱から火が出ていた。どうやら爆発が起きたようだった。


「やはり、同一犯なんでしょうか」

 九条が不安を秘めた口調で言った。

「同一犯?」

「知りませんでしたか。実は昨日、こことは別の公園で、今回と全く同じ事件が起きたんです。幸い昨日の爆発でも、死傷者は出なかったようなのですが。今現場にいる人達、公安部の人達ですかね? 力入ってるでしょうねえ。まあ今回も、死傷者が出てなさそうなので、そこは良かったです」

「死傷者ゼロか」

 俺はこの前、父親に釘をさされた。認められていない捜査はするなと。この前、バレなければ良いと思い、勝手に捜査をした。すると何処から情報が入ったのか、あっさりとバレてしまったのである。どうしてバレたのかは教えてくれなかった。教えたら対策する可能性がある事を、既に察知していたのだろう。兎に角、もし次勝手に捜査をして、父親の耳に入れば、俺は捜査一課から追い出される。

「何かあったんですか?」

 突然女性から声をかけられた。恐らく野次馬の一人だろう。

「ゴミ箱が爆発したんです」

「ゴミ箱が? あの大きな音……爆発だったんだ……」

 女性はあくびをして、長い爪を気にしながら公園を去った。

「九条、昨日の爆発が起きた現場教えて。そしたらお前先に戻って」

「はい?」

「先輩の命令聞けない?」

「い……いえ!」


 オフィスに帰り、勢いよく椅子に座った。

「名無さん! 爆弾事件ですが、全て公安部に持っていかれて、私達は蚊帳の外ですね。それにしても一体、犯人の目的は何なんでしょうか? 共通しているのは、現場が公園である事と、ゴミ箱が爆発している事。他には、死傷者を出していない事ですかね?」

「名無さんに勝手についていっただけでなく、捜査に参加していない事件にも、首を突っ込むとは、随分と暴れるじゃないか」

 コーヒーを片手に、原口が九条に声をかけた。

「だって、僕の目の前で、一歩間違えれば、多数の死傷者が出たかもしれない、大事件が起きたんです! 放ってはおけませんって!」

「捜査は全て公安部が行っている。二件も発生したからには、必ず解決するに違いないさ」

「ですが!」

「九条君」

 内川が声をかけると、九条は内川に歩み寄った。

「はい」

「君は確かに優秀だが、警視庁という、組織の一人に過ぎないんだ。刑事ドラマのような、スタンドプレーで、事件を解決するような事は、許されていないんだ。君は、捜査一課の刑事として、悪と戦うんだ。良いね」

「……分かりました」

 内川からの話が終わると、九条はゆっくりと席に戻った。


「今回の爆弾も、昨日使われたものと同じ、ダークウェブ上で取引されている、遠隔爆破可能の爆弾でした」

「一体どうしてこんな方法なんだ。目的は何なんだ」

「目的としては、今回の事件は、言ってしまえば、私達への情報提供なわけですから……」

「だからと言って、進んで許せると思うか! これがバレれば、大騒ぎになるんだぞ!」

「しかし部長、こいつがいなければ、もうアレが止められません。いくら我々が監視を続けても、突き止める事が出来なかった……」

「もういい!」

 部長と俺の先輩が、言い争っている。このままでは、何時死者が出るか分からない。ここは腹をくくって、刑事部の仲間に、情報を流すしかない。もうこれ以上、爆発を起こしてはならない。


 突然俺の携帯が鳴った。表示された名前は、公安部にいる俺の友人、瀬野せのである。

「もしもし」

「俺だ」

「どうした。なんか面白いネタあんのか」

「今からとんでもない事を言う。この情報は、絶対に他人には、喋っちゃいけない情報なんだ」

「これまで話して来たネタとは違う、ずっと重たい話っぽいな」

「ああ……でも話さないと、何時か必ずいや、絶対に死者が出る」

「死者だと? おいまさか、あの連続爆弾事件の事か?」

「公安は最初から、連続爆弾事件が起きる事は、既に知ってたんだ。一件目の事件が起きた日の……前日にな」

「は? おい詳しく聞かせろ。一応言うけどな、箝口令かんこうれいが敷かれてたとしても、全部聞かせろ」


 原口が戻って来ると、直ぐに私のところへ走って来た。

「係長、ちょっとお話したい事が、すみません」

「ん?」

 私は原口を、会議室に連れて行き、話を聞く事にした。

「話って何だ」

「大変な事を知りました。今公安部は、連続爆弾事件の捜査をしていません。捜査をしているふりしかしていません」

「何? どうしてだ。ああ待て、何処からその情報を聞いた」

「公安部にいる、友人です。箝口令が敷かれている中、親しい僕にだけ、情報を流してくれたんです」

「君は、友人が沢山いるからな。公安部に友人がいてもおかしくない。真偽は後にして、聞かせろ」

「実は二日前、公安部長の自宅宛てに、地図と手紙が、送られて来たらしいんです。地図は、ここ警視庁を中心としたもので、地図の所々に、数字、アルファベット、記号が書かれていたそうです」

「手紙の内容は?」

「その事を話す前にもう一つ、話しておきたい事が」

「何だ」

「公安部は半年前から、ローンオフェンダー型のテロ、つまり単独で起こすテロを、計画していると思われる、一人の人物をマークしていました。ところがマークしてから、一週間が経過した頃、突如行方をくらましたそうなんです」

「行方を? 公安のマークを、かいくぐるなんて、素人では到底できっこないはずなのに」

「それから公安部は、必死にその人物の行方を、追ったそうなのですが、尻尾さえも捕まえられなかったそうです」

「なるほど。で、その手紙の件と、どう繋がるんだ?」

「その手紙の内容はこうです。公安部が追いかけている、例の人物が動かしている、SNSアカウントを知っているから教える。ただしタダでは教えられない。同封した地図上の何処かで、一日一回、爆弾事件を起こす。爆発した場所に書かれている文字を、一つずつ拾え。そうすれば自ずと、SNSアカウントのIDになるからと。そして手紙の最後には、こう書かれていたそうです。終了を伝える手紙が届くまで、私を泳がせ続けろ。もし捕まったら、完全黙秘を貫く。以上が、手紙の内容です」

「……」

「最後に、公安部は既に犯人の正体を掴んでいるらしいのですが、名前を聞く前に、またかけると言って切られました。勇気がなかったのか、もしくは……」

「気付かれたか……」


 今日、久々に彼女から連絡があり、人気のない夜の公園で、待ち合わせをしたいと言うチャットが来た為、ベンチで待っているところである。昨日、刑事部にいる友人、原口に情報を漏らした事が、バレていなければ良いのだが。電話をかけている時、誰かが近くにいた気がしたが、誰もいなかった。あれからずっと周囲に気を配っているが、監視されている様子は全くない。と言っても、自分が気付いていないだけと言う可能性も、十分にあり得る。

 喉が乾いた。自動販売機で、ココアでも飲もう。彼女、早く来ると良いな。


 目覚ましではない音が、けたたましく聞こえて来る。これは、着信音だ。瞼を無理矢理開けて、スマホを取る。内川からの電話だ。

「何?」

「お休みの所、申し訳ありません。三件目の事件が発生してしまいました」

「何の話? 連続してるヤマないでしょ……」

「連続爆弾事件です。三件目が起きました」

「連続爆弾事件? あれ公安部のヤマでしょ……」

「重傷者が一名、出てしまいました」

「そう……」

 普通に聞き流してしまったが、直ぐに聞き流した事を後悔した。

「は? 重傷者?」

「そうなんです。我々は今、重傷者が搬送された病院にいます。重傷者は今、手術中です。それに爆発に巻き込まれた重傷者は、私の部下である、原口の友人なんです」

「よりによって……重傷者が出たんなら、我々動けるよね」

「ええ、動けます。明日の朝に、刑事部が公安部に、交渉をするそうです。それに、いざと言う時の、切り札も手に入れましたから」


 大会議室に、刑事部長率いる刑事部の人間と、公安部長率いる公安部の人間が、集まっている。

 最初に口を開いたのは、刑事部の参事官だ。

「ご承知だと思いますが、昨夜発生した、三件目の爆弾事件で、重傷者が出ました。我々刑事部を、捜査に加えていただきたい」

 直ぐに公安部の参事官が口を開いた。

「そう来ると思いました」

 そう言うと、一枚の写真を見せて来た。そこには刑事部長と若い女性が写っていた。

「これは……」

 刑事部長が口を開いた。

「部長?」

「四日前に、突然抱きつかれた。だが直ぐに振りほどいた」

「嘘はいけませんね。仲良く歩いていたではありませんか」

「それこそ嘘だ」

「はあ……この女性、おたくがこしらえましたね? まさかおたくが、ハニートラップを仕掛けるとは」

 刑事部参事官が、俯きながら首を横に振った。

「仮にこれがハニートラップだとしてもですよ刑事部長。その写真が世に出たら、間違いなく不倫と取られますよ? 刑事部長の幸せなご家庭は、台無しになり、周りからバッシングを受ける毎日になりますね」

「公安部の皆々様は、我々を脅すおつもりなのですね」

「脅しだなんて人聞きの悪い。ただの手柄争いの手段に過ぎません。このヤマは、我々公安部が解決致しますので、どうか口を出さないでいただきたい」

 公安部参事官がそう言い切ると、大会議室を後にしようと公安部長が立ち上がり、後に続くように部下達が全員立ち上がった。その時刑事部長が口を開いた。

「こちらが丸腰だと何時言いましたかな?」

「はい?」

 公安部長がそう言うと、すかさず刑事部長が話を始めた。

「出来れば、このような手段は使わず、穏便に事を収めたかったのですが、仕方がありません。こちら側も、ほぼ同じ手段を、とらさせていただきますよ」

「ほぼ同じ手段……と言いますと?」

「おい、アレを出せ」

「はい」

 刑事部長が、刑事部参事官に命令すると、一枚の写真を取り出して見せた。そこには、公安部長と若い女性が写っていた。

「私の写っている写真とは違い、こちらに写っている女性は、我々の差し金ではありません。この写真が世に出れば、お分かりですね?」

「ほぼ同じどころか、全く同じではありませんか」

「いいえ。先ほども言った通り、これは本物の現場です。そちらが出して来た写真は、作られた現場だ」

 そう言うと刑事部長は、その作られた現場が写った写真を、片手でくしゃくしゃにして、投げ捨てた。

 部長同士が睨み合い、空気の張りつめた大会議室で、声を発したのは、刑事部参事官だった。

「我々を捜査に加える事は、決しておたくの不利益にはならないはずです。既に三件の爆発が発生し、重傷者も一名出ている。それに重傷者は、おたくのお仲間です。お仲間の為にも、これ以上、爆弾魔を野放しにしておくわけにはいきません」

 ここで刑事部長が起立し、部下達も全員起立した。そして刑事部長が口を開いた。

「それとも私を道連れに、吹っ飛びますか。爆弾のように」

「……」

「失敬、不謹慎でしたね」


 公安部が、刑事部を捜査に加えた為、俺達も捜査が出来るようになった。そして捜査会議終了間際に、犯人が、遠隔操作式の爆弾を使用している事から、発見時に起爆させられる可能性を鑑み、捜査員全員に拳銃を携帯するよう命じられた。捜査会議終了後、俺を含めた捜査員全員が、拳銃を携帯した。刑事部も捜査が出来るようにはなったものの、刑事部には、まともな命令が来ず、本庁の仕事にも関わらず、所轄と同等レベルの仕事しか与えられない。しかしこれは、当然の形と思われる。いくら刑事部を介入させたからと言って、地図の件まで共有する事は無理であり、だからと言って、刑事部に犯人を逮捕させるわけにもいかない。SNSのIDを知るまでは、この形が崩れる事はないだろう。

「役に立って良かったですよ……瀬野から受け取ったあの写真が……」

「ああ、しかしよくもまあ、あんな写真を持っていたな、原口」

「顔広いですから……」

「現公安部長の不倫写真だけでなく、六年前や十一年前、二十一年前当時の、公安部長の不倫写真まで持ってるとは、魂消たまげたよ」

「年上の公安部刑事とも……仲が良いですから……」

「捜査一課長も喜んでいた。前から刑事部長は、公安部を黙らせる、ネタが欲しかったみたいだからな」

「そうですか……」

「おい、無理はして欲しくない。どうしても立ち直れそうになければ、捜査から外れると言う道もあるぞ」

「……いえ。今の姿を、瀬野に見せれるかと言われたら、無理です。国民の為に、そして瀬野の為に、全力で捜査します」

「そうか、分かった。じゃあ捜査も出来るようになった事だから、俺は皆に、公安部の抱えている秘密を、明かす事にする。お前の友人からの情報という事も話すが、良いな?」

「はい」


 捜査の途中、リモート通話で内川から、公安部の抱えている衝撃的な秘密が告げられた。

「公安部は見事に犯人の操り人形になってたんだ……はあ……内川、公安部は刑事部を捜査に加えたんだよね?」

「ええ、ですが公安部主導の捜査な為、私達には現場の再捜索や、所轄相当の仕事しか来ておらず、犯人を見つけられる可能性の高い、防犯カメラや聞き込みは、全て公安部に独占されてます。恐らくこれからも、ろくな命令は来ないかと。SNSのIDが判明するまで、私達には、犯人を捕まえさせないつもりでしょう」

「警察なのに逮捕しちゃ駄目って……本末転倒じゃないですか!」

「公安部主導だから、墓穴を掘るような命令は、来ないと思うね」

「係長の言葉繰り返してるだけ。マジで黙ってて」

「仲良しだねえ!」

「そんな事!」

 原口と逸見の声が重なった。やはり仲が良いのだなと思った。

「それにしても、どうしてこんな方法なんでしょうか? 立て続けに公園のゴミ箱を爆破するなんて、いくらSNSのIDを教える方法だからって、あまりに意味不明過ぎます!」

 新人刑事が必死に熱弁すると、他の刑事達も考え始めた。

「こう言う説はどうだい? 実は、連続爆弾事件やSNS、IDと言ったものは、ブラフであって、目的は……瀬野巡査部長と言う説」

「君の友達が狙われたと? なんで」

「それは……意識が戻ってからだ」

「それまでに犯人逃げるぞ……いっ」

 突然逸見が腹を鳴らしながら、痛がり始めた。直ぐに声を発したのは新人刑事だった。

「大丈夫ですか!」

「なんでもない。気にすんな」

「いやでも!」

「気にすんなと言ったら気にすんな! いて……あ……無理だ……すみません離席します!」

「ちょっと! ちょっと!」

「大丈夫だよ。別に死んだわけじゃねえんだから。逸見君はな……」

 それ以上は話して欲しくない! と思った俺は、話を遮る事にした。

「捜査に加わる事が出来たなら……良し! 全員防犯カメラ調べよう!」

「ちょっと遮らないで下さいよ! ってかどうして防犯カメラを?」

「いやだって、犯人見つけられる可能性高いし、いっぺんに調べる事出来て、時間かからないから。今みんなバラバラに現場の近くいるじゃん。内川が一件目の近くで、新人が二件目の近く、そして逸見が三件目の近く。背景で分かる」

「現場じゃなくて現場の近くなのに……素晴らしいです! しかし、まだ行ってない三件目まで、どうして?」

「簡単。三件目の現場と、その近くの画像を検索したから。はいはいみんな調べた調べた」

「いやあの、名無さん。防犯カメラを調べる事は指示されて……」

「公安部から捜査の許可は下りたんでしょ? だったら命令なんてまどろっこしいもんは無視。はい早く! 時間無駄にすんな」

 父親からは、認められていない捜査をするなと言われている。なのでこのように、捜査の許可が下りている状態であれば、いくらでも暴れる事が出来る。

 伝えたい事を伝えた俺は、リモート通話から落ちようとしたのだが、原口が喚いた。

「すみません! 本当にすみません! どうか僕にも、何かしらの指示を下さい! 仲間外れはどうか……」

 ここで相方のツッコミを待ったが、聞こえて来ない。

「……あ、ツッコミ担当の逸見いねえんだった。兎に角俺からの指示はないから。じゃあね」

「あの! でしたら、科学捜査研究所に向かわせたらどうでしょうか!」

 なんと新人刑事が、原口への指示を考えてくれた。

「科捜研?」

「僕思ったんですけど、もし瀬野巡査部長がターゲットなのだとしたら、瀬野巡査部長の周辺人物が怪しいと思うんです。なので瀬野巡査部長のスマートフォンを調べたいんです! 捜査会議の時点では、まだ解析が終わってませんでしたが、今から行けば……」

「九条君。それは科捜研が報告を上げれば分かる事だ」

「名無さんなら、報告が上がるまで待ちませんよね?」

 急に俺にクエスチョンを向けられ、軽く動揺した。しかし新人の言っている事は間違ってない。解析が終わり、報告を上げるまでに失われる時間は、決して少なくない。

「確かに俺でも待たない。原口、科捜研で瀬野巡査部長のスマホな」

「はい! ありがとうござ……」

 俺は原口が喋っている最中に、リモート通話から落ちた。


 原口を除いて、公安部の秘密を知る、一課の人物全員が、内川によって鑑識課に呼び出された。

「大変な事が分かったんだ。これを見て欲しい。因みに井手いでさんには、公安部の件を既に話してある」

 鑑識課の井手が、パソコンのモニターを指さした。モニターには、三つの一時停止された映像が、漢字の『品』のように映し出されていた。映像には、公園の他に、日付や時刻が表示されており、防犯カメラの記録映像である事は、直ぐに分かった。

「これは、内川係長が持って来た、一件目の公園」

 そう言うと井手は、マウスを操作し、上の映像を再生した。しばらくして、黒いニット帽を被った人物が、爆弾らしき物体を、ゴミ箱に入れた。衝撃を与えない為か、ゴミ箱の中に、腕を突っ込んでいる。爆弾の設置を終えると、直ぐに退散した。しかし退散する時、一瞬だけこちらを向いたのである。井手が映像を巻き戻し、こちらを向いた瞬間で一時停止し、拡大する。そこには、見知らぬ男が映っていた。

「九条さんと、逸見さんが持って来た映像にも、同様に……」

 そう言いながら井手は、左下と右下の映像で、同様の操作をした。どちらにも、同じ顔の男が映っていた。

「こいつが爆弾魔のクソ野郎だな」

「これだけはっきり映ってると言う事は、公安部は既に……」

「掴んでただろうね分かってた。だから皆に調べさせたんだ」

「だがこれで終わりじゃない。井手さん」

「はい。実はこの人物、顔認証したらヒットしたんです」

「前歴者か」

「ええ、確かに前歴者ともヒットしました」

「え? 前歴者とも?」

「前歴者リストの他に、公安部の退職者リストともヒットしました。氏名、水澤椋一みずさわけいいち。二十一年前に公安部を退職、それから直ぐに、水澤の妻、美智みちを殺害し、殺人容疑で逮捕。懲役二十年の実刑判決を受け、一年前に出所しています」

 退職後に殺人容疑で逮捕。これは間違いなく、現職当時に犯行に及び、逮捕前に退職させたに違いない。

「あの時、瀬野巡査部長は、この水澤の事を話したかったんですね」

「当時の自宅にはもう住んでなかった。これから皆には、この防犯カメラの映像を基に、水澤の自宅を突き止めてもらう」

「でも……」

 内川の言葉を、井手が止めた。

「もし水澤を捕まえたら、テロを企てている人物を特定する、手がかりが消えるのでは?」

 誰も喋らなくなってしまった。しかしその静寂を、内川の着信音が引き裂いた。スマホがスピーカーフォンの設定になっている為、全員で話せる。

「どうした」

「原口です。衝撃と言う二文字では表せない、衝撃の走る事が判明しました」

「結局衝撃って言ってるんだよな」

「あの後科捜研にダッシュしまして、無理を言ってスマホの分析結果を、直接教えてもらいました。するとなんと、瀬野のスマホに、瀬野の交際相手からSNSで、あの三件目の事件が発生した公園で、待ち合わせをする旨を書いた文章が、送られていました」

「瀬野巡査部長の交際相手?」

「ええ、驚きでした。恋愛とは縁が無さそうな瀬野が、彼女を作っていたとは」

「そこは今気にすんな」

「はい! そして直ぐ、彼女の自宅を突き止め、向かいました。彼女に話を聞きましたが、知らないの一点張り、それどころか、瀬野とは長らく、連絡を取ってないとまで言い出す始末」

「当然だと思います」

「しかし現にSNSは、公園で待ち合わせをする旨を書いた文章を送るまで、八ヶ月間も、やりとりは行われてませんでした。彼女にとって瀬野は、交際相手ではなく、遊び相手だった模様です」

「途中から一旦同棲したんじゃないの」

「大家さんに聞いたら、彼女は五年前から住んでて、家を空けてた様子はなく、男の影もなかったとの事です」

「なら一応、彼女が言っている事は、本当と言う事になるか」

「ええ、俺も、彼女が爆弾事件に関わってるとは、思えませんでしたから」

「私情挟まない!」

「はいすんませんした!」

「で、衝撃の走る事って? まさか瀬野巡査部長に彼女がいたって事じゃねえよな? それだったらタダじゃおかねえぞ」

 逸見の低音ボイスが鑑識課に響く。原口に言っているのにもかかわらず、新人と井手がリアクションをしている。

「違います! 違いますので許して下さい!」

「よろしい話せ」

「ありがとうございます。俺は彼女の話を聞いて、スマホがハッキングされた、ないし何者かにスマホを触られた。そのどちらかと思いました。そこで俺は、彼女の自宅が映っている、防犯カメラを探し出し、文章が送られた時刻の、記録映像を確認しました。するとなんと、黒いニット帽を被った人物が、彼女の、留守中の自宅に侵入する瞬間が映っていたんです!」

「黒いニット帽……もしかしてその人物、こいつじゃありませんか! すみません井手さん、原口さんのスマホに、水澤の顔写真を送れますか?」

「全然送れますよ。重要な情報は、早急に送るに限りますからね?」

「水澤……」

「ありがとうございます! 送って下さい!」

「承知しました」

 原口の声を遮りつつ、新人が井手に礼を言い、井手がパソコンを操作し、原口のスマホに、水澤の顔写真を送った。

「え? 誰ですこの人」

「え? 違うんですか?」

「いやあの、その黒いニット帽を被った人物って……」

 声がフェードアウトし、原口の画面が、防犯カメラ映像に切り替わった。そこには確かに黒いニット帽を被った人物が映っていた。しかし最初は、サングラスとマスクで、顔を隠していた。そして見切れる寸前に、サングラスとマスクが外され、顔が映った。水澤ではなかった。

「こ……公安部長」

 内川が小声で囁いた。

「どう言う事! この事件、水澤だけじゃなくて、公安部長も絡んでたって言うの!」

「待って下さい! あの! 水澤も絡んでたんですか?」

「ああ、と言うか原口、水澤の事知ってるのか?」

「ええ、でも瀬野から聞いただけですが。確か水澤は、当時誰よりもスキルが高く、当時の公安部長に、かなり称賛されていた存在だったらしいんですが、不倫して、邪魔になった正妻を殺して、警察を辞めさせられてから捕まった、哀れな奴、と瀬野から聞いた事がありました。公安部の中では有名な話らしいです」

 やはり辞めさせられてたのだなと言う、納得と同時に、殺害動機の衝撃も受けた。

「因みに、数々の物的証拠があったにもかかわらず、取調べでも裁判でも、まるで身に覚えのない事のように、無実を主張していたらしく、心証は最悪だったらしいです」

「このクソ野郎、不倫で殺しやって反省の色なし。もう最悪」

「ちょっと整理させて下さい! えっと……三つの爆弾を仕掛けたのは、水澤。そして瀬野巡査部長の、交際相手の自宅に侵入したのが、公安部長……と言う事になります!」

「これではまるで、公安部長の件は、別件だな。良くない性癖……とでも言うべきか」

「しかし侵入した時間と、SNSで文章を送った時間は、見事に一致してます。それにその時間彼女は、ポケットのない服装で尚且つ、鞄も持たずに散歩をしていました」

「でもハッキングされた可能性だって消えてないじゃん」

「公安部長の自宅住所から、このアパートは離れているな。もしハッキングだとすれば、凄い偶然と言う事になる。今の所、公安部長が共犯、もしくは主犯の可能性があるな」

「でも……だとしたら、どうしてこんな方法でなんでしょう。いくら不可抗力に偽装したとしても、こんな方法をとったら、公安部の信用はガタ落ちです。事実公安部は今、炎上状態です」

 鑑識課に四人の声が響き渡り、井手が迷惑そうにしている。

「兎に角! 防犯カメラ映像を頼りに、水澤の自宅突き止めよう。内川は一件目の現場から、新人は二件目の現場から、そして逸見は三件目の現場から」

「あの……」

「大丈夫だちゃんと指示する」

「ありがとうございます良かったです」

「原口は公安部長に、侵入する所の防犯カメラ映像見せて、自首させろ」

「はい?」

「嫌なら良い。他にやらせる」

「いや大丈夫! です……」

「よろしい」

「これでも係長なんだけどね」

「僕も九条ではなく、新人としか呼ばれません」

 内川と新人が、ぼそぼそと愚痴をこぼしているのを、俺は聞き逃さなかった。

「ねえ、こうしている間にも、水澤は逃げるかもしれないんよ。愚痴なんか言ってる暇があるならさっさと動く!」

「すみませんでした!」

 内川と新人が深々と頭を下げ、鑑識課を飛び出し、その後ろを、呆れ返った逸見が追いかけて行った。


 リュックサックの中に爆弾達を入れ、アパートを出る。計画もラストスパートである。

 玄関の扉を開け、外に出て歩く。しかしその途中、電柱のそばに背が高くてガタイが良く、黒ワイシャツに黒スーツの女性が立っているのが見えた。俺は直ぐにスーツのバッジが目に入った。見覚えのあるバッジだった。しかしここで襲おうとしても、彼女のいる電柱からは距離がある為、一度スルーする事にした。これだけ静かな住宅街に、捜査一課の刑事がいるなんて、極めて珍しい。間違いなく俺が目的のはずだ。彼女をスルーし、平然と歩いてみせると、案の定尾行して来た。出来る限り俺の足音を重ねて、消音しようとしているようだが、この俺には何の効果もない。

 数十分ほど歩き、再びアパートの方に引き返して来た。俺は彼女の足音が止んだ瞬間を狙い、咄嗟に走り出し、土地勘のあるアパート周辺のマップを利用し、彼女を撒いた。これでようやく、邪魔が排除出来る。彼女の背後に密かに近づきながら、ポケットに隠し持っていた拳銃を取り出した。しかしここで発砲してしまっては、人が来てしまう、その為拳銃を、直接彼女の後頭部に振り下ろした。

「いっ! うう……」

 彼女は後頭部を押さえながら、殴られた人とは思えない勢いで振り向き、こっちを見た。そしてなんと驚いた事に、俺の背負ってるリュックサックごと、抱きしめてきたのである。

「クソ……や……」

 邪魔が俺をクソ呼ばわりして来た事に腹が立ち、腕を振りほどき、地面に叩きつけた。その衝撃が効いたのか、彼女は意識を失った。捜査一課の刑事が来ていると言う事は、刑事部が俺に纏わる情報を、掴んでしまったに違いない。公安部は刑事部に折れてしまったんだな。

 俺は急いでリュックサックを背負いなおし、最後の計画の準備を始める事にした。


 途中で係長と合流し、逸見から届いた水澤の自宅住所に向かった。しかし自宅の直ぐ近くに、誰かが倒れているのが見えた。咄嗟に逸見さんだと思った。

「逸見さん! 大丈夫ですか!」

「救急車を呼ぶ!」

 間違いなく水澤の仕業であると確信した。水澤は逸見のつけているバッジを目に入れたのだろう。しかしここで信じ難い事が起きた。

「んー……よく寝た……床冷た……いたっ……飲み過ぎた……」

 突如逸見さんが、大きな欠伸あくびをして起き上がった。

「は、逸見さん?」

「あれ? 九条君……あ! く、クソ野郎は?」

「何処にもいません! あ……緊急配備します!」

「緊配は駄目だ九条君! 公安部がどう動くか分からない!」

「マジですか……」

「手がかりはある! 意識を失う直前に、クソ野郎の背負ってたリュックに、俺のスマホを入れた。位置情報を確認すれば、居場所は直ぐに分かるはずだ! バレてないと良いがな」

「流石です逸見さん……捜査一課は格が違いますね!」

「褒めるのは後にしろ。兎に角クソ野郎の居場所だ!」

「でもその前に……」

 病院に! と言おうとした所で、内川の携帯が鳴った。

「原口からだ。どうした」

 係長がスピーカーフォンにしている為、全員で話せる。

「名無さんに頼まれて、公安部長を自首させようとしたんですが、公安部長が、行方をくらましました」

「は? 公安部長まで行方不明なったんか」

「公安部長までって……もしかして水澤もですか?」

「逸見君が暴行を受けた。水澤が逃亡の際に、逸見君を暴行を加えた可能性が高い。でも水澤を追う手がかりはある。お前は公安部長を探せ。良いな」

「は、はい!」

 原口の返事が聞こえると、係長は電話を切った。

「なんで公安部長まで消えたんだ」

「やはり二人は共犯……いやそんなはずはない……公安部長がたった一人への恨みを晴らす為に……自らがトップにいる組織に重傷を負わせるなんて……」

「水澤と公安部長の関係は一体何なんだ……でも兎に角今は、水澤を追いかけるぞ」

「はい!」

「逃がしません。逃がさない。とっ捕まえてやる。絶対に、逃がさない」

 逸見さんの目に、恐怖を覚えた。

 キイイイ……。

 突然アパートの一室の扉が開いた。そこは水澤の部屋だった。私達は何時でも拳銃が取り出せるように、拳銃に手を当てた。

 部屋からは人が一人出てきた。しかしその人は、一切見覚えのない人だった。相手は私達に気づくと、直ぐに部屋の扉を閉めてしまった。水澤の共犯者か何かだろうか。

「お……おい九条君! 裏回れ!」

「は……はい!」

「マジで誰だ!」


 邪魔が入りかけたが、何とか無事に仕掛けを施す事に成功した。これで俺の計画は、最後まで完璧に成し遂げられるに違いない。

 爆弾を取り出した際に、リュックサックに違和感を覚え、探ってみると、なんとスマホが入っていた。間違いなく、邪魔をどけた際に、入れられたのである。邪魔にしては随分と働いた。しかしそんな事、仕掛けを終えた今となっては、至極どうてもいい。

 誰かが来た。ナイトビジョンできちんと顔を確認する。公安部長だ。これでやっと、吹っ飛ばす事が出来る。

 俺は公安部長が自動販売機に近付くのを、目を乾かしながら待った。

「クソ野郎!」

 突然怒声が聞こえた。この時俺は、あのスマホの位置情報で、居場所が割れたのだと、直ぐに分かった。俺はポケットに入れていた、拳銃を取り出した。

「公安部長! 今直ぐ避難……」

「係長! いっ!」

「逸見さん! 嘘! や……あの……やめて下さい!」

 公安部長に駆け寄った三人のうち、二人の上を向いた拳銃を握った手を狙い発砲し、拳銃を手放させた。拳銃は二丁とも投げ飛ばされ、二人とも手から血を流し、蹲っている。三人目の持つ拳銃を手放させようとしたその時、彼は突然両手を上げたのである。よく見ると、両手がかなり震えている。

「ここにいる全員今の姿勢から動くな! 次は頭だ。あんた、新人だろ? その震え方、仲間が死ぬかもと言う不安、自分が撃たれるかもと言う恐怖の他に、強度の緊張が混じっていると見たぞ」

「は……はい! 全くその通りです!」

「撃てよ」

「はい?」

「俺を撃ってみろっつってんだよ。丸焦げになるぞ」

「やめて下さい!」

「だったら撃ってみろ! 俺の頭を貫け」

 彼は震える手でゆっくりと俺に拳銃を向けた。しかし照準が定まる気配は毛頭ない。更に両手の震えの他に、身体が上下し始めた。どうやら過呼吸気味になっているようだ。完全に読み通りな為、少し笑ってしまった。

「今から三つ数える。数え終わるまでに撃たないと、吹っ飛ぶからな。ちゃんと狙えよ。一つ……」

 彼に拳銃は撃てない。銃口を凝視し、ゆっくりと数えて、皆殺しにしてやる。

「二つ……」

 起爆用のリモコンを握る左手に力を込める。数秒後にこの左手は、爆弾を爆発させる為に使われる。

「三つ」

 さようなら。

「バン!」

 リモコンのボタンを押そうとしたその時、突然俺の左側から大声が聞こえた。急いで大声のした方向を向くと、もう一人刑事がいた。俺はすぐさまそいつに拳銃を向け、撃とうとした。しかし今度は右側から物音がした。震えながら拳銃を向ける、彼がいる方向からだ。またしてもすぐさま彼に拳銃を向けた。しかし彼はもう、震えてはいなかった。二人目に撃った刑事が立ち上がっており、撃たれた方と逆の方の手で、彼の手を覆うように握っている為であった。リモコンのボタンを押そうとしても、もう遅かった。発射される事はないだろうと思っていた、彼の拳銃が発射され、俺の左腕を貫いた。派手にリモコンを投げ飛ばしてしまい、激痛に襲われる。せめて殺さなければ……俺は激痛に耐えながら、公安部長に拳銃を向けた。しかし今度は右腕にも激痛が走った。一人目に撃った係長が、投げ飛ばされていた拳銃を、隙を突いて拾い、俺の右腕を貫いたのである。右手に握っていた拳銃も投げ飛ばしてしまい、あの大声を上げたと思われる刑事に、リモコンと拳銃を拾われた。

「動くな」

 武器を持たない俺は、係長の持つ拳銃により、動きを封じられた。とうとう殺せずじまいで終わってしまった。

「……間に合った」

「ぼ……僕……人撃っちゃった……」

「刑事ってのは時に残酷な決断も迫られる。これで分かったでしょ。新人君」

「は……はい……あ……早く手当てしないと死んじゃうんじゃ……」

「クソ野郎はそうかもしれないが、俺達は大丈夫。銃弾が手を掠っただけだ」

「ああ、心配は要らない。それより早く、クソ野郎を捕まえなさい」

「え? いいんですか?」

「今回九条君はよく頑張った。だから早く、捕まえるんだ」

「分かりました!」

 嫌だ……さっきまで俺が舐めきってた新人なんかに……手錠をかけられてたまるか……。

「来るな! お前にだけは絶対に捕まんねえぞ! やめろ!」

「貴方今、一人だけしか巻き込んでないからって、罪悪感から逃げてませんか? もしそうなら、貴方こそ吹っ飛ばされるべきです。巻き込まれた人の感じた痛みは、今貴方が感じている痛みとは、比べ物になりません」

 いっちょ前にカッコつけやがって……と思ったが、これ以上抵抗しても、下手したら心臓や頭を貫かれて、ここで死ぬかもしれない。クソッ、一人殺り損ねるどころか、新人なんかに捕まるなんて。俺は強烈に哀れさを実感した。

 だがまだ終わってない。俺の人生をへし折った、全ての根源を吹っ飛ばす、それまでは、何が何でも死ぬ事は出来ない。


 一時はどうなる事かと思った局面を、逸見と内川を利用し、くぐり抜ける事が出来た。

「捜査一課の諸君……よくぞ私を守ってくれた……礼を言うよ……」

「ふっ……礼なんかいるか」

「逸見君……大変失礼を致しました」

「大丈夫か! 銃声聞こえたぞ……って何事ですか!」

 かなり遅れて原口がやって来た。公園に水澤だけでなく、公安部長もいた事が判明した時、内川が原口に連絡を入れ、こちらに来るよう命じたのである。ところが水澤が、公安部長を爆殺しようとした為、原口を待たずに飛び込んだのである。

「随分と時間がかかったね」

「申し訳ございません! 公安部長の行方を捜す為に、駆けずり回っている最中の電話だった為、時間がかかってしまいました」

「係長に言い訳なんかすんな。お前の友人を巻き込んだクソ野郎はそこにいる。九条君を手伝え」

「はい! って違います! 俺は名無さんに命を受けて……」

「君達!」

 原口の言葉を、公安部長が遮った。

「頼む……あいつを泳がせてくれ……あいつは爆弾魔だが……我々の……貴重な情報提供者でもあるんだ! あいつの情報が……どれ程の重要性を含んでいるか……君達はもう分かってるはずだ」

「半年前に逃がしちまったテロ計画者の事だろ?」

「ああそうだ!」

「それならもう見つけた。今頃身柄は公安にあると思うよ」

「……へ? どうやって見つけたんだ……教えろ! どうやって見つけたんだ!」

「いやどうやっても何も、あいつの自宅訪ねたら見つけた。あんたが知らないわけないでしょ」

 水澤の自宅に隠れていた人物、その人物こそ、公安部が死に物狂いで探していた、ローンオフェンダー型のテロを、企てていた人物なのである。しかし顔を知らなかった我々は、逸見のスマホの位置情報を追う前に、俺と九条でその人物を、事情聴取として署に連れて行った。そして聴取の途中で突然、公安総務課の人物がやって来て、退室するよう命じられた。ここで九条が突如、あの人物こそ、公安の探してた人物だ、と言い出したのである。水澤がかつて公安の刑事だったという点、公安部の追いかけているテロ計画者が、半年前に突如行方をくらまし、一度も顔を出してないという点、そしてローンオフェンダーを扱う、公安総務課が動き出したという点、この三つの点から、結論を導き出したらしい。

 さらに九条は、何故公安部長がこの事件に関わっているのか、それも突き止めた。しかし、水澤がどうしてこのような事件を起こしたのかは、まだ分からないと言う。ただ水澤は、公安部に強い恨みを抱いている可能性があると言った。

 俺は正直、新人である九条の事を侮っていた。しかしここまで奥深い推理が出来る事を知った瞬間、俺は九条の事を、使える刑事と思うようになった。

 その後九条はタクシーで、スマホの位置情報を追いかける、逸見と内川を追いかけ、俺は取調室の隣室で、公安総務課の聴取を聞いた。九条の推理が正しい事を知り、俺も直ぐにタクシーで三人を追いかけようとしたのだが、タクシーが中々来ず、ヒッチハイクで追いかけ、今に至る。

「匿ってたという事か?」

「とぼけるな! どうして瀬野を殺そうとした! 俺は! あんたを許さない」

「原口君!」

 原口が、公安部長の犯行を示す証拠である、防犯カメラ映像を表示しているスマホの画面を、公安部長の顔に近付けている。

「それが何の証拠になるんだ?」

 原口はスマホを操作した後、再び顔に近付けた。

「おい……やめなさい」

「自首しなかったら、ボタンを押す」

「よせ! そんな事したら、どうなるか分かってるんだろうな!」

「いい加減にしろ原口!」

「落ち着けお前!」

「落ち着いて下さい原口さん!」

 スマホの画面を覗くと、そこにはSNSの投稿画面が表示されており、防犯カメラ映像が貼り付けられていた。送信ボタンを押せば、デジタルタトゥーと化し、二度と消せなくなる。原口はここまでして、瀬野を巻き込んだ公安部長を、落としたいようだ。

「この映像は所詮……住居侵入の証拠に過ぎない……自首しなければ……お前が瀬野に抱いた殺意は……立証出来ない……もうこれしか……方法はない……」

「……」

「そうか……分かった」

 そう言って原口は、送信ボタンを押そうとした。しかしその手を、逸見が強く握り締めた。

「やめてくれ! 分かった! 分かったから……もうやめろ……原口……お前だな……瀬野が情報を漏らした相手って……」

「ご存知だったんですか?」

「ああ、瀬野が誰かに情報を漏らした事は、知っていた。だからこれ以上、瀬野に情報を喋られる前に、水澤の計画を利用して、巻き込ませた」

「やはりそう言う事でしたか。公安部長、失礼致します」

 そう言うと九条は、公安部長のスーツの中に手を入れ、中から二枚の紙と、写真を取り出した。

「これが、水澤と、公安部長を繋ぐ、証拠です」

 その二枚には文章が書かれており、写真には、公安部長の不倫姿が写っていた。

 一枚目の文章の内容は、第三の現場となった公園に、日付が変わるまでに来るよう指示する文章が書かれていた。さらに、日付が変わるまでに来なかったり、誰かを連れてきたりしたら、即刻写真をばら撒くと、脅迫する文章も書かれていた。二枚目の文章の内容は、前回は人違いをしたが、次は必ずお前を吹っ飛ばす。来なければ前回同様、写真をばら撒く。つまり、テロ計画者を捕まえたければ死ねと言うものだった。

「今回の連続爆弾事件、標的は瀬野巡査部長ではありません。瀬野巡査部長は、公安部長、貴方に口封じをされかけた。それだけの事だったんだと思います。貴方は、この呼び出し文章を読み、丁度黙らせたかった、瀬野巡査部長に、人違いをさせるよう仕組んだんですよね?」

「あの人違い……お前が仕組んだものだったのか?」

「……テロ計画者を見つけるこのチャンスを、たった一人の部下に潰されたくなかった! 私は焦ってた……だからこんな事をしてしまった……」

「貴方は、上に立つべき人ではありませんね」

「お前に何が分かる! 新米のお前に! 何が分かる!」

「貴方がどんな思いを抱えていたとしても! 瀬野巡査部長の命を奪おうとした事は! 絶対に正当化される事はありません!」

「……」


 水澤は取調べで、二十一年前に起きた、水澤美智殺人事件の犯人は、自分ではないと話した。二十一年前、水澤は当時の公安部長の不倫現場を、偶然激写し、脅迫する事を思いついた。当時の公安部長をゆすり、金を要求するも、当時の公安部長が要求を飲まず、不倫現場の写った写真をばら撒いたという。しかし当時の公安部長は、頭のキレる優秀な人物だった為、部下達は全員、見て見ぬふりをしたという。そしてその後、水澤の妻、美智が何者かに殺され、証拠も動機も、何もかもを捏造され、冤罪で逮捕されたと言う。水澤曰く、当時の公安部長が口封じの為に、自分の社会的地位を失墜させ、自分に極度の精神的苦痛を与えたんだと言っているが、証拠は何一つとしてない。

 その後刑期を終えて出所した水澤は、当時の公安部長の殺害計画を練り続けていたと言う。そんな中、突如自分の周りに、公安部の人間がうろついている事に気が付き、計画がバレているのかと思ったが、マークされているのは別人である事を突き止め、マークされている張本人を探した所、ローンオフェンダー型のテロを計画している、テロ計画者を発見したと言う。水澤は、そのテロ計画者を利用する事を思いつき、公安部の人間にバレないように、マークの包囲網を突破する方法を吹き込み、事件が起きる半年前、テロ計画者は、公安部の前から姿を消し、水澤の自宅に匿われた。それから水澤は、そのテロ計画者と共に、公安部の信用失墜及び、現在の公安部長の殺害を計画。今回の連続爆弾事件を起こしたと言う。その為、公安部に届けられた地図や、SNSのIDと言うのは、全て公安部の信用を失墜させる為の、ブラフだったのである。いくら優秀な人間であっても、性格が全てを決めてしまう。今回はそれがよく分かる事件だった。


 突如として、捜査員全員が大会議室に集められた。

「先ほど、サイバー犯罪対策課から報告が上がって来た。テロ計画者が利用していたとされる、ダークウェブのサイトをチェックした所、爆弾を購入したサイトの購入履歴に、六つの爆弾を購入した履歴が残っていた事が判明した」

 大会議室中がざわめいた。これはつまり、爆発も発見もされてない、行方不明となった爆弾が、後二つほど残っている事を意味している。

「そしてさらに、未発見の爆弾は、二つとも、タイマーが接続されている爆弾、つまり、時限式の爆弾である事も、判明している」


 捜査員全員が、水澤の住んでいたアパート周辺や、当時の公安部長宅周辺を、徹底的に捜索している中、水澤を逮捕した九条は今、取調べを行っている。しかし水澤は、完全黙秘を貫いている。夜もすっかり明け、今は朝である。これまでに水澤は、必ず一日一つ爆弾を爆破していた。この法則に倣えば、今日と明日、何処かで爆弾が爆発すると言う事になる。俺は今、取調室の隣室で、取調べの様子を見ている。

「新人よ、今何時だ?」

「え? じ……十一時五十八分だ」

「秒数も言え」

「え? 十八秒だ」

「今頃もう、二十一年前当時の公安部長が、公園に着いてる事だろう」

「何を言ってるんだ?」

「今何秒だ?」

「三十秒だ」

「十二時丁度に爆弾が爆発する。場所は二件目の爆破を起こした場所の直ぐ近くの公園のゴミ箱。標的は二十一年前当時の公安部長」

「お前……」

 やっと喋った。しかしもう少し早く喋って欲しかった。これではあまりにも時間がなさすぎる。

 九条は慌てて電話をかけている。

 俺は、左腕につけている腕時計の秒針を、じっと見つめた。

「(遅くなれ……遅くなれ……)」

「刑事ドラマのような、時間ギリッギリで間に合っちゃうみたいな展開は、御免ですから」

「(遅くなれ……遅くなれ……)」

「せっかくですから言っちゃいますけどね、タイマーを切断すればセーフです。タイマーと本体を繋ぐ一本のコードがありますから切って下さい。切れるものならね?」

「兎に角間に合わせて下さい! 場所はもう分かってるんですから! お願いします!」

「あの辺は人気が少ない……ハハハハハハハハハ!」

「(遅くなれ……遅くなれ!)」

「ゴミ箱が? あの大きな音……爆発だったんだ……」

 まだ間に合う。

 俺は直ぐにとある人物に電話を入れた。

「もしもし……」

「今直ぐ家の近くの爆破されてない方の公園に向かって」

「何ですって?」

「いいから早く! 今は時間がなさすぎるんだ!」

「だから何ですか?」

「繋いだままでいい! 兎に角外出ろ!」

「は……はい」

「家の近くにある爆破されてない方の公園分かるか?」

「ええ」

「そこに行け! 行ったらゴミ箱探せ! その中にゴミ以外のものが入ってるはずだ! それを取り出してくれ!」

「よく分からないですけど……行きます」

「走って! 全速力だぞ!」

「……着きました……ゴミ箱の中探しますよ」

「早く探して!」

「ありました……爆弾みたいなのが二つ入ってます……」

 二つ? 二つとも仕掛けたのか。それは誤算だった。

「取り出して! タイマーと本体が繋がってるコードが一本あるよな! それを君の爪で切ってくれ! 二つともだぞ!」

「つ……爪?」

「君の長い爪だ! 早く! いいから早く!」

「は……はい!」

「急げ!」

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………き……切りました」

「……間に合った」


 ドーナツを食べた記憶がある、第二の現場となった公園の近くにやって来た。そこには、かなり疲れた様子になっている女性がいた。

「名無さん……貴方……私に爆弾解除をさせたんですか?」

「非常時だったもので、大変申し訳ありません」

「もし間に合ってなかったら?」

「……」

「爆弾が爆発してたら?」

「……」

「私が巻き込まれたら?」

「……」

「私……遠隔操作ロボットじゃないんですよ?」

「……」

「人間なんですよ?」

「……本当にすみません」

「名無さん! 私は貴方に! 爆弾で殺されかけました! 殺人未遂です……貴方を……訴えます……」

 彼女は涙を流しながら、俺を睨みつけていた。その時、彼女のスマホが鳴った。彼女はスマホの画面を見た後、直ぐに電話に出た。

「もしもしユミ? 私……え? どちら様……なんでそれ! 分かりました……はい……」

 どのような会話をしたかは知らないが、相手には察しがついた。

「やっぱり……気が変わりました……貴方を訴えません……すみません……」

「お気になさらず」

「失礼します……」

 そう言って彼女は、その場を立ち去った。

「名無!」

 後ろから突然、男が俺を呼んだ。振り向くと、そこには爆発物処理班の人間がいた。

「名無……」

 またしても呼び捨てで名前を呼び、俺の方に近づいてきた。そして思いっきり俺の顔を引っ叩いた。

「名無! お前民間人に爆弾解除を強いるなんて何考えてんだ!」

「……これ以外に間に合わせる方法は」

「黙れ! 口開くな!」

「駄目です駄目です! 落ち着いて下さい! 駄目ですって!」

 他の爆発物処理班の人達が止めに入って来た。

「名無……許さんぞ……」

「……」


 名無さんの恐ろしさを知った。確かに名無さんは、間に合わない状況を、間に合う状況にするプロかもしれない。しかし名無さんは、間に合わせる為には、一切手段を選ぶ事がないのである。今回はまさにそうだった。一歩間違えれば、二十一年前当時の公安部長だけでなく、二軒目の現場に来ていた、野次馬の一人であった女性まで、死なす所だった。

「何ぼーっとしちゃってんの。料理冷めちゃうぞ」

「あ……いや……その……」

「あ……初めて聞いた、『あ……いや……その……』って、ドラマでよくある台詞だけど、本当に言う人いるんだな」

「いるみたいですね……」

 今僕は、逸見さんと一緒に中華料理屋に来ている。逸見さんの方から一方的に誘われたのである。

「んふふふ……おいし……」

 何時もクールで男勝りの逸見さんだが、餃子やビールを口にすると、不敵な笑みを見せる。逸見さんの意外な一面を見た。

「瀬野巡査部長、意識戻って良かったわ」

「ですね! もう……本当に恐ろしい事件でした」

「もう二度と……こんな事件起きて欲しくない……って事件が起きる度に思う」

「これから僕も、そうなるんですかね」

「かもな」

「いやそれにしてもまあ、水澤取り押さえる時、名無さんが活躍してたとは思いませんでした」

「ヒッチハイクした時の紙を利用してメッセージ送って、咄嗟に連携取ったからね。ただ流石に野次馬で爆弾解除は……」

「あの時僕が先に戻らされたのは、野次馬の女性の住む場所の確認と、女性と連絡が取れるようにする為、だったんですね」

「至る所にいるよ? 名無さんの間に合わせ道具にされてる人は……でも名無さんのよくやる、間に合わせ術なんだよな」

「……ただ間に合わせる事柄に関して、鋭い事は間違いありません。あくびを見ただけで、家が近いと推理するのは……」

「あのこれさ……ここだけの話にして欲しいんだけどさ……名無さん……元カレなんだよね……」

 唐突過ぎた為、むせてしまった。

「……も……元カレ?」

「君面白い。ドラマあるある凄いしてくれる。驚いてむせる人初めて見た」

「そ……そうですか……ってか元カレって……一体どういう……」

「一回強引にプロポーズしたら二つ返事でOKしてくれて、結婚まで行ったんだけど、結婚した翌日、急に態度変えちゃってそのまま離婚。可哀想な女だろ?」

 ここでビールのおかわりが来て、逸見さんはジョッキの半分まで飲んだ。

「うま……でも俺、定期的に慰謝料振り込まれてるし、大好きな中華やビールが沢山楽しめる! あ、この後さ、家来ない?」

「え! いやでもその……」

「遠慮すんなよ? ん?」

「よろしいのであれば……」

 逸見さんの威圧的過ぎる顔に圧倒され、了承してしまった。しかし同時に、出会いのチャンスかもしれないと言う、ほんの些細な希望が芽生えた。

「そう来ないとね! 決定! はあ幸せ!」

「……ところで、一つ聞きたい事があるんですけど」

「何?」

「名無さん……そもそもどうして警視庁の捜査一課に来たんですか? 知っていればで結構なんですけど。お父様の力を使ってまで入って、あの態度ですよね? どうにも名無さんが、心の底から、警察官になりたかったようには見えなくて」

「警察官を味見したかったから……ってのは冗談。本当はね……名無さんの……お姉様……名無心美ななしここみさんの巻き込まれた……連続殺人事件の犯人を……捕まえたいから……」

「……す……すみません……相当重い理由なんですね」

「謝らないで。これは、模倣犯の増加を防ぐ為に、伏せられてる情報なんだけどね。名無心美さんの巻き込まれた、連続殺人事件には、最大の特徴があったんだ」

「最大の特徴……」

「遺体を放置した現場に必ず、殺された人の、裸体をモデルに描かれた、油絵が置かれていたんだ」

「名無心美さんも……犯人に……」

「我々はこの連続殺人事件の事を、『連続油絵殺人事件』と呼んでる。でも最近進展はない。名無さんは、この連続油絵殺人事件の犯人を捕まえるまで、絶対に警察は去らない」

「……すみません、聞いておいてアレなんですけど、どこからこの情報を?」

「名無さんと結婚する前に、名無さん自ら教えてくれた」

「そうですか……」

 名無さんの……お姉様……。


「訴えようとした女には金を、殴った男には死を与えた」

「ありがとうございます」

「もう少し大人しく出来ないのか」

「人が死ぬかもしれない状況で、大人しくなんて出来ません」

「私はゲームが好きじゃない。何故かは話した事あるよな?」

「必要性がなくて、尚且つ負ける確率まで孕んでるから。違った?」

「いや、正解だ。もし私が同じ立場なら、わざわざやらなくてもいい事に首を突っ込み、負ける確率を貰うなんてバカバカしい事は、絶対しない」

「人の命がかかっていても、バカバカしい事?」

「私は少々覚悟をし過ぎているのだろうね。私の心の中に、ホワイトリストと言うものがある。そのリストの中にいない人は、必要ない」

「そのホワイトリストに、当然俺や、捜査一課の人達もいるんだろうね」

「……さあね」

2025年4月、警視庁公安部は組織改編を行い、ローンオフェンダー対策の強化を行う予定である。

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