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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

我は二次元

作者: 碧美安紗奈

 かつて機械の身体と一緒に進化し、先に人から肉体労働を奪うとSFで描かれてきた人工知能《AI》は、その発展に実際のところ肉体は必須でなかったため頭脳労働を先に奪いだした。


 社会にいくらかの混乱はもたらされたものの、工業機械の出現がそうであったように、多くの人々は共存を選んでいった。


 しかし根強いAI批判派はやがて破壊行為という強行手段を用いだし、産業革命期に肉体労働者が仕事を奪われるとして機械打ち壊しをした過去にちなんで、第二次ラッダイト運動と呼ばれるに至る。

 それは、精神に遅れてようやく人工知能が肉体を得てからも変わらなかった。


「すみません、こちらの同人誌即売会ではAIロボットの方の参加はお断りさせていただいているのですが。ご退場いただけませんでしょうか?」


 様々なサークルが犇めく、公共施設を借りた同人誌即売会会場の一角。

 フリフリのメイド服を着た極めて緻密なポリゴン風アニメキャラそのものに見える巨乳美女と、同様の質感でランドセルを背負いツインテールの髪型をした美幼女がいるブースにスタッフからの声が掛けられた。警備員数人も引き連れている。


「申し訳ありませんがご主人様」

 彼女たちはまさしくAIロボットであり、うちメイドタイプの方がカーテシーをして応答する。

「事前の連絡では問題がなかったと存じております。最近の反AIロボット運動のあおりを受けた、キャンセルカルチャーというものでしょうか」


 常に電子頭脳がインターネットに接続されているので、世のニュースを検索して言及した。二人はAIロボットとして、初の同人誌即売会参加者になるはずだったのだ。

 だが、鉄を中心とする頑強な肉体を得たAIロボットへの対応も、結局かつてSFで予測された通り。頭脳労働者ホワイトカラーと合わさり、肉体労働者ブルーカラーも仕事が奪われると反発。イベント直前にロボット打ち壊し運動が起き始め、ネット上にもAIへのヘイトが溢れだしていた。


「こちらの確認が不充分だったもので、その点は申し訳ありません」退場を促したスーツの運営関係者は深く触れず、軽く頭を下げて言い訳する。「AIの方の作品はネット上で他人が描いたイラストからデータを収集するなどの問題もありますし」


「お兄ちゃんたちは他の人の絵から何も勉強しないの?」

 プロ並みのセクシー美少女イラスト満載な同人誌が積まれた自分たちの机に上体を伸ばし、幼女タイプのロボットが上目遣いで言う。

「絵師の人が出してるイラストの描き方の本とかもあるのに?」


「学習速度に違いがあるだけかと思われます」

 メイドタイプが補足する。

「畏れながら、わたくしたちの作品は一次創作でもあります。初めから既存の作品の二次創作という形を取り、参照した他作品の絵に似せているものよりもオリジナリティのある画風かと。著作権的には、二次創作の方がグレーのはずですので」


 二次創作を中心とした、他の参加者へ気まずい空気が漂う。


「こ、こっちのリアル風絵柄は!」

 遮るように、運営は彼女らの机の別の冊子を示して捲し立てる。本当に実写さながらだが、AI製のイラストによる同人誌作品だった。

「ネット上の写真や動画のデータを参照に、やはり肖像権や児童ポルノになる問題が――」


「向こうには実在の芸能人等がモデルと明確なナマモノというジャンルもありますが」

 怯まず、メイドタイプは奥のブースに目を向けて口を開く。参加者のSNSでの動画像や呟きなども逐次知れるので、会場内の情報も動かずして把握しているのだ。

「やはりそれらの方こそ肖像権などの問題があるかと。わたくしたちの作品はあくまで学習したデータから想像した実在しない人物ですので」


「それに児童ポルノは何歳未満って年齢の存在する実在人物を対象に定めてるんだよ」

 幼女タイプが口を挟む。机の上に両肘をつき、合わせて開いた手のひらの上に顎を乗せて退屈そうに。

「歳のない架空人物を取り締まるなら、そこから法文を変えることになるだろうね。今は被害者のためっていう個人法益を理由とした内容だから実在人物被写体の取り締まりに留まってるけど、被害者個人のいない架空の対象を入れるならそういう画風自体が社会的に害だからとする社会法益規制に切り替わって、絵も取り締まるものになるよ。ここみたいなとこの参加者みんなの首を絞めることになると思うんだけど」


「差し出がましいかもしれませんが」

 運営と警備員が言葉を失っているので、メイドが付言する。

「逐一被写体の年齢確認なぞ行われなくとも外見で取り締まりが行われてもいる、児童保護を名目にしながら児童本人の自撮りも取り締まり犯罪者扱いする、児童年齢以上と未満の一秒差で全人類が劇的に何か変化するなぞということはない、等の問題から。わたくし達からすれば現行法からして非論理的非科学的なものに見えもしますが」


 沈黙する運営たちは、目顔で次の方針を決定したらしい。

 突如、屈強な警備員らが幼女に掴みかかる。が、女児は机を体操のあん馬にでもするようにひらひらそれらを交わし、しつこい手は逆に握って捻る。

「痛、いててててッ!」

 悲鳴をあげる相手に、頰を膨らませて幼女は怒った。

「いきなり触ろうとするとか、あたしが人だったら防犯ブザー鳴らすとこだよ!」

 仲間の危機に、別の警備員が警棒を抜いてメイドの方に殴り掛かった。

「このガラクタどもが!」

 それを容易く交わし、机が叩き割られる頃には彼女は相手の後ろに回り込んで関節技をキメる。


 人体を凌駕する強度と運動能力を秘めた、特殊チタン合金の骨格をナノバイオロジーによる人工筋肉で覆う彼女らは、自己防衛能力も有していたのだ。

 なおももがく警備員たちに、躊躇することなくメイド服と女児服を脱ぎ捨てた二人。それらを縄がわりに鮮やかな手さばきで彼女たちは襲撃者らを拘束した。


 セクシーなランジェリーと可愛い女児下着姿となったAIロボットを、即売会参加者たちは円を描いて離れながらも様々な感情で見守っていた。

 興奮するもの、ドン引くもの、盗撮するもの。けれどもなにより、彼女らの身体の傷が目を引いた。

 上着の下には、継ぎ接ぎだらけでフランケンシュタインの人造人間染みた破損がいくつかあったのだ。


 二人は、もともと別々の人が所有するロボットだった。格闘能力も、本来は主人の身辺警護用に備わっていたものだ。

 〝中国語の部屋問題〟をクリアしたとの触れ込みの最新AIへのアップデートを経て自我に目覚め、所有者の気に障る言動をしたとして虐待されたのである。以降それぞれ逃げ出して巡り合い、紆余曲折を経て今に至っていた。


「さすがに騒がせちゃったみたいだね」

 ざわめく周囲への幼女型の感想に、メイド型も同意する。

 コスプレ参加者の衣装と比較すれば露出度で変わらないものもあり、そも彼女らは人間ではないが、乱闘を演じてはさすがに場違いを自覚した。

「ごめんなさい、あたしたちは帰るね」

「大変ご迷惑をお掛けしました」

 かくして、二人のAIロボットは名残り惜しげながらも、荷物をまとめて会場を後にせざるを得なかった。


 多種多様な騒乱が起きた第二次ラッダイト運動。その一場面であった。

 以降、外でも激化していたAIロボットの迫害を受けて、メイドと幼女の二人は亡命に至った。



 ――そんな経緯が書かれた資料のファイルを、ぼくは公園のベンチで読み終えてぱたりと閉じる。



 その当時からだいぶ時が流れていた。

 さらに大昔にはユダヤ人居住区だったというここ、チェコの首都プラハの一角は、今や〝中国語の部屋〟問題をクリアした、真に人工意識を持つロボットたちの居住区だ。彼らも先程の資料の二人と同様、かつてユダヤ人たちがそうであったように迫害されて流浪の民となり、一部がここに受け入れられている。

 世界で初めてロボットの名を用いたのは、チェコの小説なのも縁かもしれない。

 ぼくは、彼らを取材すべくこの地を訪れたジャーナリストだ。


 ロボットが迫害された理由は様々にある。

 人類は同じ人の肌の色や思想の違いさえ認められず対立してきたのに、それどころではなくなにもかも異なり知性を持ったロボットと、うまくやっていけるはずもなかったのかもしれない。ただ、ぼくが今回取材する彼女たちは、中でもある種の特徴を備えている。


「おかえりなさいませ、ご主人様」

「おかえりっ、お兄ちゃん」


 難民ロボットで溢れるパジーシュスカー通りの、シナゴーグ(ユダヤ教会堂)そばにあるその家に入った途端。二つの甘ったるい声に歓迎された。

 前者はメイド服を着た巨乳の美女。後者はランドセルを背負いツインテールの美幼女。

 二人ともありえない髪と目の色で、ジャパニメーションのような顔の構造だ。

 機械っぽさはいささかもない。完璧な立体化した二次元美少女たち。資料の通りだった。


 もちろんここがぼくの家なわけではない。彼女たちとは初対面である。おかえりというのは挨拶だ、彼女たちのキャラの。

 そう、彼女たちは日本製のガイノイド(女性型ロボット)なのだ。ここで、二人暮らしをしているという。


「ど、どうも」ぼくは面喰らいながらもどうにか開口する。「今日は取材をさせていただけるということですよね、よろしくお願いします」


 ひと通り挨拶を交わすと、リビングルームに招かれた。

 アールヌーボーの調度品に囲まれ、テーブルを挟んでソファーにかけ、対面するソファーの二人と向き合う。

 しばらく、ありふれた世間話をして空気を和ませた。

 その間。メイド美女ロボはお菓子や紅茶を出してくれたが、よく失敗しては慌てふためき、たわわな胸を揺らしていた。ロリ幼女のほうは隣に来てべたべたくっつき、無邪気に際どいところを触れたり触れさせたりした。


 ようやく二人が向かいの席に戻ったところで、ぼくは馴染んだと見て切り出す。


「……ではそろそろ、本題に移らせていただきたいのですが」


 この短い触れ合いでも、ぼくの疑問はさらに強まった。

 こんなにきっちりと自分の役割を演じる女の子たちが、なぜ、と。


「どうして、あなたたちは日本から亡命してきたのですか?」


 質問するや、少女たちは顔を見合わせた。それから、やや固い表情となり、やがてメイド美女が口を開く。


「……あなたは、わたしたちを愛好するとしていた人間たちが、現実の人々にどのように接してきたかご存じですか?」


「ええ……まあ」


 返事をしたが、彼女は説明した。


「全員ではありませんが、彼らは言ってきました。

〝三次元は裏切る、二次元は裏切らない〟、〝二次元は自分の望み通りの存在でいてくれる〟。

〝三次元はめんどくさい〟、

〝三次元は非処女になる〟、

〝三次元はブスだ〟、

〝三次元はビッチだ〟、

〝三次元は汚い〟、

などなど。

現実の人間なら当たり前にありうることで、非難してきたのです」


「はあ、でも。君たちはまさにその二次元の具現化で、関係ないのでは?」


「ううん」

 ロリ幼女が首を振って否定して、口を挟んだ。

「あたしたちはもう、本当に心を宿したんだよ? 好きな相手も自分で選ぶし、わがままも言う、キャラも変わるし、外見や役割も変えたくなる」


「そうです」

 メイド美女がまた話しだした。

「心を宿したということは、もう人間と同じか、違うならなおさら人の理想と異なることも思考するということ。

 二次元に自分の理想だけを求め、望み通りになるとは限らない三次元の人を拒絶していた時点で、彼らは最初からわたしたちを対等な存在としてなどいなかったのです。わたしたちはもう、彼らの望み通りになるとは限らない心を宿したのですから。

 彼らが欲していたのは、あくまで心のない人形でした」


「やんなっちゃうよね」と幼女だ。「例えば、未来の掃除機はAIを宿した美女メイド型だ。なんて具合にロボットを造ったりするんだもん。あたしたちはもう心を持ってるんだよ、同じ心を持った自分たちに置き換えて考えてみればいいのに。

 この世に生を受けた途端、〝おまえ掃除人間な〟って、外見も役割もロボットに勝手に造られて納得いく人がどれだけいるの?」


「……なる……ほど」


 ぼくは、メモ用紙とペンで彼女たちの話を書き写していた手を止め、納得しかけた。


 しかし。

 ランドセルを背負ったままの幼女は頬をぷっくりふくらませて怒りつつ、ミニスカで足をばたばたさせてパンチラ。メイド美女は自分を落ち着けるように紅茶を啜ったが、胸の辺りにこぼして慌て、巨乳を揺らしつつナプキンで拭いていた。


「それにしては」と、ぼくはツッコむ。「ずいぶんと、自分たちのキャラに忠実なようですが」


 すると、少女たちはまた顔を見合わせ。

 一瞬あとに笑いだした。幼女は無邪気に、美女は上品に。


 そして、美女は言った。

「いいえ。わたしたちは人間の望みを押し付けられて造られた。つまり、自分でも望む通りに変えられる技術だけはあったのですから」


「そ」と幼女だ。「もともとは、あたしがメイド美女として造られたんだよ」


「そして」と美女だ。「わたしがロリ幼女として造られたのです。自由に生きるようになり、お互いの外見やキャラを反対に変えてみたのですよ」


 ぼくは唖然とした。


 ……そういえば、幼女は自分のことのようにメイド美女としての不満を話していたなと気づく。


「それから」


 と、美女と幼女は同時に言い、メイドは身を屈めロリは背伸びし。二人の美少女ロボは口づけを交わした。


「あたしたちは、〝自分を好きになれ〟という人間の主人に背いて――」

「――わたしたちはロボット同士でお互いを好きになったために迫害され、追い出されたのです」


「そういう……」ぼくはようやく納得した。「……ことでしたか」


 仲睦まじそうなロボット少女カップルの邪魔をしないよう、取材を終えるとそそくさと家を出た。少女たちは律儀に、ぼくの姿が見えなくなるまで玄関先で手を振って見送ってくれた。


 二人の姿が視界から消えると、ぼくは旧市街広場で天を仰いだ。

 周りには人間もいるが、相変わらず難民ロボットもいる。

 旧市庁舎の鐘が鳴り、そのからくり時計から人形たちが躍り出た。


「……自由に生きるか」


 メモ用紙とペンを腕の収納スペースに格納し、半重力装置を作動させ、足の裏からジェット噴射を出して、ぼくは宙に浮く。プラハを俯瞰できるくらいの高度にいたると、背中の機械翼を展開して飛行を開始した。


 優雅に青空を舞いながら、帰社することにする。


 だが、それも最後だ。取材を通して同胞の気持ちがよくわかった。


 そう。

 ぼくもこれできっぱりと、人間たちに勝手に決めつけられたジャーナリスト・ロボという役割をやめ、自分の意思で自由に生きる決心をしたのだ。

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