シルフィとラウラとノヴァ
「ねぇ。今“第一夫人”とか第二夫人って言った?」
「二人も妻にしたってこと?最低じゃん…」
グサッ!?
ちょ、日本に重婚の文化が無いからって、その言い種は酷くない…?
どっちも好きになっちゃったんだから仕方ないじゃん!
クラスの女子二人が前世の俺を貶したからか、シルフィの眉がピクリと反応した。
「シルフィ」
「わかっております。向こうは伴侶は一人しか持たない文化なのは。しかし…」
「仕方ないわ。そこは徐々に慣れて頂くしかありません」
「……はっ…」
あの反応を見る限り、意外とシルフィは会ったこともない俺を慕ってくれてる。もしくは憧れを抱いてくれているのか?
……なんかちょっと嬉しい。
「勇者様方。他に質問はございますか?」
「……………」
「……なさそうですね。それではこれから、神器選定を執り行います。神器については、選定を行う際にご説明させて頂きますので、私たちの後に着いてきてください」
そう言って姫様は踵を返して、大きな重々しい扉へ向かっていった。
それを騎士たちが数人掛かりで開けた。
「……そういや。名前を聞いてないな」
質問の時間が終わった後で、姫様の名前を聞いてないことに思い至った。
まぁ後でいくらでも聞けるだろうし、そんなことよりこの世界の現状を知ることが先か。
この世界の元住人である俺も、皆ほどではないが正直混乱が収まらない。
なぜまた魔王が現れたのか?
前回はリョウタロウ一人だったのに、今回の勇者召喚の儀ではこのクラス(31人)全員が召喚されたのか?
癖というのもあって、地球でも立てるようになってからは鍛練は怠っていなかったが、久しく戦ってない今の俺はまともに戦えるのか?
強くて“ワクワクする”相手……じゃないやべぇ相手はどれくらいいるのか?
他にも調べたい情報が山ほどある。
(前世ではリョウタロウのサポートとして城に召集された時は、リョウタロウ共々国からの束縛がヤバかったからな。どうやって調べるか───あ。そういえば、今すぐわかる情報があったわ)
ここアクアスは。地球と異なる点は数多くあるのは姫様の話にもあったが、その一つに“ステータス”の閲覧の有無がある。地球のゲームみたいにな。
“オープン”と唱えればいつでも見れる、この世界独自のルールと言って良いだろう。ステータスは自分の頭の中に浮かび上がる感じだから、盗み見られる心配もない。
「さっそく。オープン……」
「早乙女殿?どうしたでござるか。早く行くでござるよ」
ステータスを確認しようとしたところで、横から田中ことヲタが……ん?違う逆だ。ヲタこと田中が肩を組むようにして話し掛けて来た。
一応、俺がこのクラスで一番仲が良いのはこのヲタである。自称コミュ力のあるヲタクと名乗るだけあって、それなりに交遊関係が広い。
不良の佐江に恐れず話し掛けるほどだ。
「皆行っちゃうでござるよ?」
「あ、ああすまない。このまま着いてって大丈夫なのか、不安になっちゃって…」
「気持ちはわかるでござるが、今は大人しく従った方が良いでござる。ほら。あそこのエルフ騎士殿が睨んでるでござるよ」
言われて見ると、シルフィが俺とヲタのことを確かに睨み付けるように見ている……ように見えるだけで、あれたぶん目付きが悪いだけだな…。
彼女はラウラにそっくりだし、本人は普通に待ってるつもりだと思う。
「佐江殿みたいにあの槍を突き付けられる前に行きましょうぞ。拙者、肝は据わってても今すぐ死に目に遭うのはごめんでござるよ。もちろん友人のことも含めて!」
キラン。とグルグル眼鏡を光らせてカッコいい?ことを言うヲタ。
「そうだな。でもちょっと待ってくれ。確認したいことが……」
「早くしろ!いつまでそうしてるつもりだ!?」
やべ。と思って後ろからの声に振り返ると、怒鳴られたのは俺とヲタではなく、召喚されてからずっと腰が抜けていた女子であった。
怒鳴られたその子は、真白彩芽さん。
黒髪ストレートロングの背が小さい内気な子で、いつも教室の隅っこで本を読んだり、すやすやと昼寝をしている幸薄そうな子だ。
彼女は男の騎士の怒号に、目に涙を浮かべて怯えていた。
「す、すみません…。腰が抜けてしまって…。思うように、立てなくて……」
「……チッ。こんなのが本当に勇者様なのかよ…。使い物にならねぇだろ」
「ひっ…!」
男の言葉にさらに怯える真白さん。
顔も青ざめており、完全に萎縮してしまっているな。
「真白さん。大丈夫か?」
「真白殿!大丈夫でござるか?」
それを見てヤバそうだと思った俺とヲタは一瞬目を合わせた後、真白さんに駆け寄って男との間に入る。
ヲタは屈んで真白さんに目線を合わせた。
「って、大丈夫じゃないからこうなってるんでござるよな。ほら。カッコいい王子ではなく、ヲタク如きの手で申し訳ないでござるが、拙者の手を握ってゆっくり深呼吸するでござるよ。“ひっひっふぅー”でござる」
「え?う、うん…。ひっ、ひっ、ふぅ~…」
ヲタの冗談を真に受けて、ラマーズ呼吸法を本当にやってしまう真白さん。
え。産むの…?
「やめぃそういう冗談言うの。真白さんもマジでやるな…。……悪いな騎士さん。この子は俺たちで連れてくから、先行ってて」
「……ふんっ。使い物にならん奴なぞ、放っておけばいいものを…。勇者というのは随分甘い連中のようだな」
「おい」
「あ?なん……ッ!?」
あまりに横暴な騎士の態度に、思わず殺意が沸いて睨んだ。
すると騎士の苛立った表情が消える。
「俺たちはお前らの勝手な都合で召喚された被害者だぞ?お前は戦い慣れてるのかもしれないが、俺たちは戦の“い”の字も知らない環境で育った学生だ。お前はもし。戦争を知らずにのんびり平穏に暮らしているところに、いきなり偉い人に呼び出されて『戦え』、『殺し合え』と言われて戦えるのか?躊躇なく相手を殺せるのか?……手を貸して欲しいんだったら、少しはこの子の気持ちを汲み取れや…!」
「……………チッ!」
俺の言葉に対して、男は舌打ちだけを残してその場を去ってった。
……あれぇ?
「なんだ?意外とすんなり引き下がったな?」
「正論言われて何も言えなくなったのでござろう。ご丁寧に捨て台詞みたいに舌打ちを残していくとは、こっちも地球とあまり変わらないようでござるな。ハッハッハッハ!」
「……その。ありがとう、二人とも。助けてくれて…」
か細く可愛らしい声でお礼を言う真白さん。
少し申し訳なさそうにしている。
「気にしなくていいでござるよ。早乙女殿の言う通り、拙者たちは単なる被害者。向こうは拉致監禁と変わらぬ、誘拐をしたんでござるからな。怖くて当然でござる。こっちにいる間は、拙者たちと一緒にいるでござるよ。……早乙女殿が守ってくれるでござるッ!」
「そこは“自分が”って言えや!?」
「……ふふふふっ。うん。ありがとう、早乙女くん。田中くん」
「ヲタで良いでござるよ」
「じゃあ……ヲタくん!」
「よしっ!」
「なんでガッツポーズしてんねん…」
真白さんを元気付けて、俺たち三人をずっと待っていたシルフィのところへ歩いて行く。
「励まし合いは済んだか?」
「ええ。待たせてすみません。騎士さま」
「構わない。先ほどは私も姫様に無礼な物言いをした赤髪の男に、向けてはいけない矛先を向けてしまった…。……信じてくれないかもしれないが、お前たちには申し訳なく思っている。後日お詫びをさせて欲しい」
ふむ。さすがはラウラの孫だ。
さっきの騎士よりかは良識がちゃんとしている。
「では行こう。着いて来てくれ」
そう言ってシルフィは歩き出し、その後を着いていく。
装飾なんてほとんど施されてなかった石の部屋から、打って変わって豪華な装飾品が飾られている廊下に出た。
かなり広々としており、横に10人並んでも余裕がありそうなほどだ。
「煌びやかな所でござるな~。拙者の故郷とは大違いでござる」
「うん。さっきまで薄暗い部屋にいたから、凄く眩しく感じちゃうね…」
「……………」
二人が廊下の内装に驚いてる中、俺は500年前の頃の城と比べていた。
(装飾とかはかなり増えているが、それ以外は特に変わった様子はない。グリフォンの紋章もあるし、やはりここは俺が想像してた国のようだ。この城がどんな構造をしてたかは思い出せないから、見取り図なんかが貰えたら嬉しいんだが…)
続いて等間隔に並ぶように設置されている窓から外を見てみる。
歩きながらだから途切れ途切れになってしまっているが、街の方は明らかに500年前より発展してる様子だ。
前世でサソりんとラウラ。そして子どもたちと一緒にエルフの里で隠居してからは、一度もこの国に帰らなかったな。国の名前も忘れた。
それでも朧気な記憶と比べても、その発展具合がわかるくらいには大きくなったようだ。
「そういえばシルフィ……さん。この国はなんていう名前なんですか?」
前世の俺の孫というのもあって、さん付けし忘れるところだった。
ガチの初対面だし、ちゃんとさん付けとかしないとな。
「サンタルス王国だ。500年前は世界最小の国とされていたが、勇者様たちの活躍のお陰で、今では世界最大の王国と言われている」
「サンタルス、ですね。覚えました」
そうだそうだ。サンタルス王国だ。
あの頃は街の端っこからでも城はほぼ真ん前なんじゃないかってくらい近く感じた憶えがあるが、今はもうかなり遠く感じるんだろうな。
「あとそうだ。シルフィさんは、勇者パーティーのラウラって人の孫なんですよね?」
「ああ。それがどうかしたか?」
「その……純粋にどんな人だったのか気になって…」
「どんな人、か…」
実はラウラのことが何よりも気になっていたから聞いたのだが、シルフィは暗い顔をした。
……え?ラウラはもしかして、もう…。
「……ああ、すまない。お前が考えてるようなことはないから、そんな申し訳なさそうな顔をするな。お婆様は今も元気にしている。というか元気過ぎるくらいだ。ただ、私もお婆様のことはそこまで詳しく知らないんだ。自分のことをあまり語らない人だからな。しかし厳しくも優しい性格をしている人だというのはわかる。槍の使い方を教わってた時は何度も泣かされたが、鍛練が終わった後はいつも疲れて眠った私に膝枕をして、子守唄を歌ってくれた」
「へぇ~」
(そこまでラウラのことを知ってれば十分だと思うけど…)
教育の仕方は孫に対しても変わってないんだな。てっきりラウラは孫には甘くなるタイプかと思ったが…。
にしてもラウラがタンクの役割を担ってたなんて間違って伝わってたのは、やっぱり自分語りしてなかったからなんだな。
まぁ訂正してやれよと言ったところで……
『知るか。いつ誰が敵になるかもわからないのに、なぜ正しい情報を教えねばならん?盾をぶち込めなくなるかもしれないだろう』
て言うだろうな。
アイツ警戒心が異常に高いから。
「……あれ?そういえばシルフィ殿もエルフでござるよな。エルフは非力という話なのに、なぜそんな重装備なのでござるか?」
ヲタがそんな疑問の声を上げる。
確かにエルフは非力な種族だ。なのにこんなに重そうな鎧を身に付けているのは違和感があるな?
「私のお祖父様がノヴァ様であることは聞いただろ?私はハーフエルフのお母様とエルフのお父様の子だが、どうやら隔世遺伝とやらでお祖父様の遺伝子がかなり濃いらしい。だからなのか、私はエルフの身体的特徴を持ちながら、人間と同じ力を持っている。さらにお婆様曰く、身体の柔軟さと頑強さもお祖父様と同等だと言われた。おかげで身体強化魔法に頼らずとも、こうしてパラディンの職に就き、皆の盾になることが出来ている」
「なるほどー!納得でござる」
「……………真白さん。遺伝子ってそこまで影響すると思う?」
「えっと……少なからず影響はあると思うよ。競馬のお馬さんとか、親が強いと子も強かったりするし」
適当に聞いてみただけなのに、存外まともな回答が返ってきた…。
「新事実。真白殿、まさかの競馬をやってたでござる」
「や、やってはないよ!?お父さんがよくテレビで観てるから、その影響でちょっと詳しいだけで…」
とりあえずシルフィがこんな重装備でいられる理由はわかった。
わかったが……俺はそれをタンクで活かすのは、なんだか“勿体無い”と思った。
早く戦わせたいけど、我慢我慢…。