髭男
ヴィィィィィィィン
電気シェーバーの音が鳴り響く。
時計の針は5時30分を指している。
仕事は6時からだ。朝食は取らない主義である。
社会人になりたての頃は食べるようにしていたがいつからか食べる時間も惜しくギリギリまで睡眠を優先するようになっていた。
あの頃は初めての彼女もできて幸せだった。
ーもう20年以上も前の話だー
そんな思い出が今も心の傷を抉ってくるが鏡に映る自分に向かって苦笑いしてみる。ふと違和感を抱いた。なんとなく若々しさを感じる。髭を剃ったばかりだからか。
ニャーーン
そんなことを思っていると愛猫のラビが眠そうな顔をしながら洗面所にやってきた。相変わらず可愛いやつだ。
ラビの名前の由来はコールラビという野菜からだ。ラビには相棒がいる。もちろん名前はコール。コールはまだ寝ているようだ。
ラビは子猫の時にペットショップで運命的な出会いをしてそれから飼っていた猫だ。とてもやんちゃですごく甘えん坊なメインクーンの男の子だった。
14歳で亡くなってしまったが。
……。
…?
亡くなったのだ。 ラビは数年前に…。
なのになぜここにラビがいる?
「お前は誰だ?」
ラビと思っていた猫を抱き上げ聞いてみるが返事はない。どこからか迷い込んできたのか?と思い部屋を見渡す。
おかしい。
この部屋は14年前に住んでいた家だ。なんで自分はここにいる。
さっき鏡に映った自分を見た時の違和感を思い出した。
ーもしかして!!ー
ポケットに入っていたスマートフォンで日付を確認してみる。
「2024年5月8日」
なんてこった。20年以上も前のゴーヤの日じゃないか。
自分の身になにが起こったのかにわかには信じがたいが40歳を超えても厨二病を拗らせている自分には簡単にわかった。
もう一度鏡の中の自分と向き合い目が合ったところで鏡に映った自分はニヤリと不適な笑を浮かべ言葉を発した。
『髭脱毛に行こうじゃないか』