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前編

 




「見学の皆さんは白い線の外側でご覧ください」


「すごい人だね」

「200年ぶりだからね」


 ウェンディは見物客の多さに圧倒され、キョロキョロと辺りを見渡す。


「ウェンディはぐれたら大変だから手を繋ごう」

「うん」


 嬉しそうに頷くウェンディ。彼女に優しく微笑み返し、手を差し出したのは婚約者のノア。晴れた空のような水色の髪と深い海のような青い瞳をもつ。誰よりも格好よくて、優しくて、大好きなウェンディの婚約者だ。



 今日、ウェンディたちは観光名所の聖なる洞窟に来ていた。200年に1度出現するという聖剣を見るためだ。


 聖なる洞窟に聖剣が出現するのは約200年に1度復活する邪竜を討伐するためだ。邪竜はその体をとても硬い鱗で覆われているためどんな強力な武器も魔法も致命傷を与えることはできないという。この洞窟に出現する聖剣だけがそんな竜を倒すことができる唯一の武器だ。


 ちなみに200年ごとにどうしてこの洞窟に聖剣が出現するのかはわかっていない。大昔、邪竜に苦しむ人間のために神が与えた武器だとか、昔々の大魔法使いが特別な魔法で創りだしたものだとか…諸説ある。



 このたび前回の邪竜討伐から約200年を迎え、洞窟に再び聖剣が現れた。


 洞窟の最奥、低い石段をのぼると大きな岩の中心に聖剣が突き刺さっている。

 岩のちょうど真上の天井だけ、地上まで繋がった小さな穴が空いておりそこから自然光が剣に降り注ぎ幻想的な雰囲気を醸し出している。


 聖剣は誰もが扱える物ではなく、選ばれし勇者のみが手にすることができるという。

 勇者を見分ける方法は硬い岩に突き刺さっている聖剣を引き抜けるかどうかだ。




 大きな岩の前では屈強な男たちが列をなし、渾身の力を込めて聖剣を引き抜こうと頑張っていたが未だに誰ひとり成功していない。


 剣の出現からすでに半年が経ち、役人たちも焦っていた。邪竜が復活する前に聖剣を引き抜くことができる勇者をなんとしても見つけなければならない。


 半年も経つとすでに国内の有力な勇者候補者たちはみな挑戦し終えてしまい、我こそはと意気込んで聖なる洞窟にやってくる力自慢の男たちも徐々にその数が減っていた。



「他にどなたか挑戦してみませんか?」


 本日の挑戦者たちもみな失敗に終わってしまったらしく国の役人が見物客に声をかけ始めた。可能性は低くても限られた時間の中で多くの人間に試してほしいのだろう。


 ちょうど石段の手前、見物客の最前列にウェンディたちがいた時だった。


「ねえ、ノアも試しにやってみたら?」


「僕は魔法なら自信あるけど剣はなあ…でもこんな機会滅多にないし、やってみようかな」


 見物客の中から力自慢とおぼしき男たちがパラパラと手をあげる。


「せっかくだからウェンディも側で見ててよ」


 ノアもウェンディと手を繋いだままそこに混じった。


「はい終わり。次の方、前へ」

 役人は手際よく挑戦者たちをさばいていく。

 すぐにノアの順番がやって来た。


「硬いっ。やっぱり全然無理だ」

 ノアは剣の柄を握り力いっぱい引き抜こうとしたがびくともしなかった。


「そんなに硬いんだね」


「岩に突き刺さって全く動かないよ。何か特定の人にしか抜けないような魔法がかかってるのかもしれない。ウェンディもほら触ってみなよ」


「絶対無理だよ」

 クスクス

 ノアと笑いあいながらも、ウェンディも記念に触っておこうと聖剣の柄を握った。


「?」

(―――あれ?)


「どうかした?」

「う、ううん。なんでもない」


 今、ウェンディが触って引き抜こうとした時に剣がほんの少し動いた気がする。正直言って力を込めれば引き抜けてしまいそうだった。ちっとも硬く感じられなかった。


「終わったら退いてね。じゃあ次の方」

 役人に声をかけられ、2人は聖剣から離れた。



(……え?ちょっと待って、私って勇者なの?)


 いやいやいや。ウェンディは即座に自分の考えを否定した。そんなことあるはずがない。

 ウェンディは普通の貴族令嬢で、剣など生まれてこのかた握ったこともなかった。



「ウェンディ?大丈夫?」

「うん。硬くてびっくりしちゃった」

「だよね」


 ノアに笑顔を見せながら、ウェンディはさっきの聖剣の感触を何度も気のせいだと思おうとした。





 数日後の夜更け―――



「お嬢様、こんな夜更けにまずいですよ」

「どうしても確かめたいことがあるの」


 ウェンディは屋敷をこっそり抜け出し、信頼のおける侍女を引き連れて、再びあの洞窟までやってきた。


「でもこんなところ誰かに見つかりでもしたら…」

「見張りの兵たちは買収したわ」


 宝石をいくつか渡したところ10分だけだと見逃してもらえた。きっとこんな小娘に岩に突き刺さってびくともしない聖剣をどうこうされる恐れはないと思ったのだろう。



 洞窟の奥、岩に突き刺さる聖剣の前に立つ。岩の真上、地上につながる小さな穴から月明かりが聖剣を照らしていた。


 ウェンディはごくりと唾を飲み、聖剣の柄を握った。


(やっぱり抜ける!)


 簡単に力を込めただけで岩からスルスルと剣が抜けていく。あんなに屈強な男たちが力を込めて引き抜こうとしてもびくともしなかった剣が。

 天井の穴から降り注ぐ月明かりが、その光を増し聖剣が輝いていく。まるでウェンディを待ち望んでいたかのように。


(これは、まずい…)


 ウェンディは聖剣をすべて引き抜く前に、とっさに岩に戻した。


「おじょ、お嬢様!今、聖剣が抜けそうじゃありませんでしたか?!」


 侍女が目を丸くしてこちらを見ている。


「このことは絶対秘密にして!!」

「わ、わかりました」


 ウェンディの背を暑くもないのに嫌な汗がつたう。


(なぜ私が…)


 運動も得意じゃないし。ウェンディはごく普通のか弱い令嬢だ。剣だってまともに握った経験もないのに伝説の邪竜なんて倒せるはずない。


 それにノアがこのことを知ったら、どう思うだろう。婚約者が、それも女が聖剣の勇者なんて引かれてしまうかもしれない。


(絶対に嫌!)


 貴族令嬢という以外、特別取り柄もないウェンディにとって優しくて格好よくて魔法も使えるノアは大好きな自慢の婚約者だった。ノアに知られて、もしも婚約解消なんてなったら生きていけない。


(私がなりたいのは、聖剣の勇者じゃなくてノアのお嫁さんなんだから!)




  ◇




 国立学園の昼休み。

 ウェンディは今、この学園の普通科に通う2年生だ。

 同級生で魔術科に通うノアとはいつも待ち合わせて一緒にランチをしている。


「最近元気ないね?どうしたの?」


 ノアが心配そうにウェンディを覗きこんだ。


「ううん、なんでもない。ちょっと寝不足かな。…………ねえ、ノア」

「ん?」


「聖剣の勇者のことなんだけど…過去の勇者の中に女の人もいたことってあるのかな?」


「うーん。記録によると男性が多かったみたいだけど、僕もさすがに全員は知らないな。調べてみる?」


「ううん、大丈夫……ねえ、ノア。もし聖剣が引き抜ける女の人がいたらどう思う?」


「とてもかっこいいって思うよ」


「好きになる?結婚したいって思う?」

 思わず前のめりになりながらウェンディは尋ねた。


「えっ?どうかな?そもそも僕にはウェンディがいるし、ウェンディ以外と結婚するつもりはないよ」


「じゃ、じゃあ()()だよ、もし私が聖剣の勇者になっちゃっても結婚してくれる?」


「え…?ウェンディが聖剣の勇者?プッ、それ何の冗談?うーん、でもそうだな…もしウェンディが勇者だったら結婚するのも畏れ多くてちょっと考えちゃうかも。僕より断然強くなっちゃうしね」


 あまりに突拍子もないことを言うウェンディに、それが冗談だと思ったノアは可笑しそうにこたえた。



「だ、だよね」


 魔術科の生徒で学園トップクラスのノアより強くなった自分なんて全然想像できない。



「でもどうしてウェンディは急に聖剣の勇者に興味を持ったの?」

「あ、えっとこの前、ノアと聖なる洞窟を見に行って、それでなんとなく…」

「そうなんだ」



 ノアには聖剣が抜けることは絶対に隠さなければ。


 でも―――

 ウェンディは一抹の不安を覚えた。


(でも、勇者が名乗りでなければこの国はどうなるの?)





―――

――――――



 夢の中、ウェンディはひとり聖なる洞窟に来ていた。洞窟の奥で岩に突き刺さったままの聖剣が淡く光り明滅している。

 まるでウェンディを呼び寄せようとしているかのように。



 ここのところ毎晩のように同じ夢をみている。



――――――

――




「ふぁっ…」

 ウェンディは欠伸をかみ殺した。


「ウェンディ、もしかして昨日も眠れなかったの?」

「うん、ちょっと最近夢見が悪くて…」

「大丈夫?」


 ノアが心配そうにウェンディを見ている。


 本日はノアの住む屋敷に招待され、ふたりのんびりお茶をしていた。


「うん、平気。それより今日はなんだか屋敷が賑やかね」


 ノアの屋敷には何度も来ているが、今日は人の行き来がいつもより多い気がする。


「ああ、実は辺境近くに住む親戚がこっちまで避難してきて、しばらくうちで生活することになったんだ…」


「避難?」


「最近、邪竜復活の前兆なのか魔物の数が増えているらしい。辺境では特に顕著で、魔物被害もかなり出ているようだ。被害地域から中央へと避難してくる国民も多いみたいで、行くあてのない避難民を受け入れるため教会などが施設を開放しているがすでにそこも人でいっぱいらしい」


「そんな……」

 ウェンディは言葉を失った。


「はやく勇者が見つかるといいんだが…」


「………」



 軽く考えすぎていた。

 やはりこれは自分だけの問題ではなかったのだ。今は被害が辺境とその周辺地域に限られているが、このままでは住むところをなくす人々がどんどん増えていくだろう。

 そしてこのまま勇者があらわれず邪竜が復活してしまえば最悪、国が滅びるかもしれない。自分が名乗りでなければ、大好きなノアだっていつか危険な目にあうかもしれない。




「…ノアついてきてほしいところがあるの」

「うん?いいよ」


 覚悟を決めたウェンディは再び聖なる洞窟へ向かった。




「ちょ、ちょっと君たち!何をしてるんだ。挑戦者の邪魔になるから近寄らないで」


 ウェンディは役人の制止を無視して聖剣へと足を進める。ノアは驚いているようだけど、何も言わずに一緒についてきてくれた。


(ノアならきっと私が勇者でも受け入れてくれる…)



 突然やって来て、聖剣が突き刺さる岩の前まで進み出たごく普通の令嬢に、皆が呆気にとられていた。聖剣と令嬢のギャップがとにかくすごい。


 しかし次の瞬間ウェンディが聖剣の柄を手にすると、それを軽々と引き抜いた。

 騒がしかった周囲が一斉に静まる。皆、目の前で起きたことが信じられずに固まっていた。まるでこの空間だけ時間が止まったようだった。



「ウェンディ、嘘だろ…」


 聖剣を手にするウェンディを見て、ノアの青い瞳が揺れている。


「私もびっくりなんだけど抜けちゃったの。ねえノア、これからも―――」


「た、大変だ!ウェンディ少し時間をくれ。しばらくは会えそうもないっ」


「えっ…?ノア?」


 ノアはウェンディをその場に置き去りにして焦ったように帰ってしまった。あんなに慌てたノアは初めて見た。




 それ以降、ウェンディがいくら会いたいと連絡してもノアからの返事はなかった。








誤字報告ありがとうございます。

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