合否
ノアとレオンが騎士クラスの実技試験を受けに学院へ行っている間、私はお母様と刺繍をして過ごしていた。
ミアプラお姉様なら喜んでやるだろう刺繍は、動き回りたい私には苦手なものだった。
それでも刺繍をお母様と共にやって過ごしたのは寂しさからだった。
私の、ではない。
私まで学院に行ってしまったらお母様はとても寂しくなってしまうのでは?と気付いたから。
レグルスお兄様は卒業を迎えたら家を継ぐまでは魔術省に勤めるだろうから家には戻ってこない。
ミアプラお姉様に加え、末っ子の私が学院に行ってしまったら。お母様は寂しいわね、きっと。
これも親孝行の一つだと肩をぐるぐる首をボキボキ鳴らしながら刺繍をする。
そんな私を横目で見てお母様が苦笑して針を置く。
「たまには外を散策しましょうか」
私はその言葉にすぐに賛同して立ち上がった。
外は私の領域だ。
「今の見頃はカンパニュラよ!西庭園に行きましょう」
「・・・ええ。バラも良いけれど、たまにはあなたのおすすめに付き合うわ」
お母様がバラをこよなく愛しているのは知っている。
でもカンパニュラが風に吹かれて鈴のように揺れる景色はとても可愛いのだ。
それに西庭園は森が近いもの。
本当は森へと行きたいけれど、ノアとレオンが戻って来るまでは我慢してお母様と一緒に過ごそうと決めていた。
「お母様!見て。カンパニュラが一斉に揺れてるわ!」
なんて見事なのかしら。
私は陽の光を浴びたカンパニュラを一本採ってお母様に差し出す。
「お母様の髪の色と同じ。私この花大好きよ」
私の言葉にお母様は目を見開き顔を歪めた。
「え?ごめんなさい。私何かいけないこと言ったのかしら?」
私が慌てふためくと、お母様は目元を拭って微笑んだ。
「アルタイルが、あなたと同じ事を言ったのよ」
お母様は眩しそうに目を細めて私の耳の横にカンパニュラを挿して飾る。
「こうやって、私の耳元にカンパニュラを挿して。お母様と同じ色ですねって。僕の一番好きな花ですって」
お母様の瞳からいくつもいくつも涙が零れ落ちた。
「そんな気の利いたセリフ、旦那様でさえも言ってくれないのに。・・・あの子よりも大きくなったレグルスだって言わないわ」
泣きながら微笑むお母様を見て胸が痛む。
「そんな顔をしないで。スピカ。あなたが誘ってくれなかったら私は今年もここに立てなかったわ。ありがとう」
「お母様・・・」
前回の私はお母様とカンパニュラを眺めたりしなかった。
お母様はバラをこよなく愛しているから他の花を愛でたりしないのだと思っていたから。
私は自分のことに浮かれてお母様の寂しさなんて考えもしなかった。
こんな風に二人で過ごす時間が無ければお母様を西庭園へ誘うことも無かっただろう。
「あぁ。カンパニュラが鈴のように揺れてるわ」
お母様は眩しそうに微笑んで庭を見つめていた。
青い空の下。
薄青のカンパニュラが風で一斉に揺れている。
私はまた一つ死に戻って良かったと思えたのだった。
ノアとレオンが帰ってきた。
合否の書かれている封筒をそれぞれ手にして。
何だか会わなかった2週間にも満たない間に二人が大きくなったように感じた。
子供らしい顔つきから精悍な顔つきになったような・・・。
私との挨拶もおざなりになるのも仕方が無い。
封筒の中身、合否が気になるのは私も一緒なのだから。
二人が手にしていた学院の封が押されている書簡は、ベンジャミン叔父様に手渡された。
叔父様は封をナイフで開けると中身を見ずにお父様に差し出した。
ベンジャミン叔父様、ノア、レオンと共に私も固唾を飲んで待つ。
お父様は一通目の紙に目を通し、笑顔でレオンに祝福を告げた。
「おめでとう。レオン。合格だ」
あぁ、良かった。
前回と同じだとわかっていてもドキドキするわね。
次にもう一通の封筒から紙を出す。
お願い!お父様!ノアにも同じ言葉を告げて!
神に祈るようにお父様に願う。
「あと一年猶予があったならば・・・。私の甥でベンジャミンの息子なのだ。センスは抜群に良いはずだ。本格的に剣の練習を始めて一年足らずでここまで伸びたのだから」
待って。
お父様。
それは。
その言葉は。
ノアを励ます言葉は。
「残念だったな。ノア」
あぁ、それではノアはダメだったのね。
がっかりと肩を落とす私の目の前で項垂れたノアの肩を抱くレオンがポロリと涙を零した。
そんなの見せられたら私まで泣いてしまうじゃないの。
それは駄目だとギュッと強く目を閉じる。
一番泣きたいはずのノアが泣いていないのだもの。
私が泣いたらダメだわ。
気を緩めれば簡単に零れそうな涙を必死に堪えてノアの手を取る。
「ノア。森に行くわよ」
私は返事も待たずにノアの手を引き歩き出す。
唐突な私の行動を止める人はいなかった。
ノアも私に引かれるままについてくる。
前を向いて歩く私の周りを森の精霊達が取り囲む。
ごめんね。今は構ってあげられないの。
少しも足を止めようともせずにズンズンと森の奥へと進み続ける私に、ノアが声をかけてきた。
「スピカ。どこまで行くの?」
「・・・わからないわ」
「スピカ。止まって少し話そう」
「・・・いやよ」
「スピカ・・・」
ノアが立ち止まり私の手を引いた。
それでも私はノアを振り返らなかった。
「スピカ。落ちてしまってごめん」
「謝らないで!」
私の声が醜く歪む。
「ノアは謝らないで!ノアはこんなとこで挫折を味わうような人生じゃなかった!学院の試験なんて苦も無く簡単に当たり前に受かってた!」
「スピカ。泣かなくていいよ」
柔らかくわたしの名前をノアが呼ぶから。
「泣いてなんて・・・」
肩が震えて、嗚咽を堪えることが出来ない。
ノアの手が肩にかかり、引かれ振り向かされる。
両手で顔を覆ったけれどぐしゃぐしゃに泣いている顔は見られてしまっただろう。
心配そうな森の精霊がこれでもかと私とノアを取り囲む。
「何で、私は死に戻ってしまったのかしら。そのせいでノアが。ノアが・・・」
ひゃくりあげて泣く私を、精霊達が宥めるように囲むけれど。
「ごめんなさい。私が泣いてしまって。」
泣いてはダメなのに。
ノアが泣いてないのに私が泣いてしまうなんて。
「前回のノアなら・・。私が死に戻らなかったなら。あなたは・・」
ボロボロと涙をこぼして話す私。
「ごめんね。スピカ・・・」
泣き止まない私がノアを困らせている。
それがわかるのに涙が止まらなくて。
「あら。あらあらあら」
私とノアはその声に驚いて振り向く。
「薬草を採りに来たのよ。何やら輝いていると思ったらあなた達だったのね。まぁ!輝いているのはたくさんの森の精霊達なのね」
「おばば様!」
「レモンケーキを焼いたのだけど寄って行かない?そろそろ冷めてアイシングをかけられるわ」
私とノアは顔を見合わせたのだった。
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