それでも
私の様子がおかしかったので、心配症のお父様から外出を禁じられてしまった。
そんな私の元へノアとレオンがお見舞いにやってきた。
「あのねもう何とも無いのよ。私は本当は森へと遊びに行ったりしたいのだけど」
「しばらく無理だろうな。辺境伯をあれだけオタオタさせられるのはお前だけだよ」
「お父様、そんなにオタオタしてた?」
私が心配気に訊くと、レオンはニヤッとして大袈裟に身振り手振りでお父様の様子をあらわした。
「髪の毛なんか、こう逆立たんばかりに魔力で膨れてさ。俺は辺境伯が魔力暴発起こすかと本気でびびったけどね。それで、医者を呼べ!回復師を呼べ!ってお前抱えながら走り出して」
「うふふ」
レオンのモノマネが面白すぎて声を出して笑ってしまう。
お父様は本気で心配していたのだろうけど、レオンが面白すぎるのがいけないわ。
私の笑い声にレオンはニヤッと笑い、表情の固かったノアは少し頬を緩めた。
「あとさ、キュアがノアの婚約者とか全然違うから」
「え?」
「マジ怖いよな。体験入学の時にレグルス兄様に聞いた話と同じなんだもの。なんかさ、周りから噂とかで固められて結婚とかって持っていかれる事があるみたいだから、お前達も気を付けろよって言われてたの思い出して身震いしたぜ」
「え?それって、キュアはノアの婚約者じゃないってこと?」
私はレオンに訊く。
「長男の俺にも婚約者いないのになんでノアが先に婚約者作るんだよ。俺はその場にいたけど父様はキュアの名前なんて一切口に出していないぜ。息子達の伴侶にも私のように回復術の使える者がいいかもしれんなって。単に母様のこと惚気けてただけだしな。あれで何でノアの婚約者ってなるんだよ。それだったら俺の婚約者ってことにもなるはずじゃん?いや婚約者になんてなりたくないけどさ。キュアは早合点しない様に母様に説教されてたよ」
私はその話にホッとして顔を緩ませてしまう。
こんなことで喜ぶような浅ましさに自分を少し嫌いになるけれど。
それでも。思わずノアを見つめる。
「僕は婚約者を作らないよ。君の護衛騎士として生きると決めているから」
真っ直ぐな瞳で告げられて、嬉しさを隠せなかった。
「ノア・・・」
思わず両手で口許を覆ってしまう。
顔の赤味は隠せないだろうけど。
身体の中がぶわりと幸せで膨らんだ気がした。
私の恋は最初から終わっている。
何の実りも無い恋だと、最初からわかっている。
私を決して好きにならないあなたを、それでも私は好きだから。
婚約者を本当に作らないの?ずっと私の護衛騎士として傍にいてくれるの?
「は?!ノアが護衛騎士?スピカの?」
レオンは心底驚いた顔をしてノアを見た。
「な、何言い出してるんだよ。スピカの護衛騎士は・・・」
そこで言葉をつまらせて、何故か私を見るレオン。
私は両手で口許を覆ったまま、首をコテンと横に倒してレオンを見る。
「スピカの護衛騎士は・・・」
私を見つめたまま、もう一度同じ言葉を口にして。
そのまま固まったように私を見続けるレオン。
その様子がいつもの威張っているレオンと違って、何故か頼りなげに見えた。
私は心配になって、声をかける。
「レオン?」
「俺が・・・」
言葉の続きを根気強く待つ。
レオンはグッと息を呑むと一度天井を仰いで、白けた視線をノアに向けた。
「大体何でスピカの護衛騎士だよ。俺よりも全然弱いのに」
唇を噛むノアを庇うようにレオンを非難する。
「酷いわ!ノアは凄く頑張っているもの。そのうちきっとレオンよりも強くなるわ!」
「勝手にしろよ!」
そう言い捨てて部屋を去っていくレオンに私は戸惑っていた。
何故なら、レオンが私に向けた視線は怒りではなく悲しみだったから。
まるで泣き出す一歩手前の様な。
残されたノアと私は目を見交わす。
「どうしたのかしらね?レオン・・・」
追いかけるか逡巡した私の瞳をノアの焦げ茶の瞳が見つめてくる。
「あ。あのね。ノア。あなた本当に婚約者を作らないつもりなの?」
「うん。スピカの護衛騎士として生きるからね」
迷いの無い言葉に泣きそうになってしまう。
あまりにも幸せで。
だって最初から終わっている恋なのに。
私を決して好きにならない人を求めている不毛な恋なのに。
ノアに好きな人が出来ても耐えなければと思っていた。
でもノアは誰も傍に置かないと、私と共にいると言ってくれているのでしょう?
これ以上の幸せは無いわ。
「私もよ。私も婚約者を作らないわ」
「何を言い出すの?スピカ、それはダメだよ」
ノアの瞳が揺れる。
私はその瞳から目を離さずに言う。
「私まで政略結婚しなくても辺境伯領は大丈夫なんですって。お母様が言ってたわ」
「そうじゃない。スピカは、幸せにならなくちゃダメだよ」
ノアの瞳が苦しげに揺れた。
私は本当に幸せなのにな。
「だって。本当に好きな人とは結ばれないってわかっているのよ?」
苦しさを隠して笑って告げる。
だって私を好きにならないのだもの。
「そんなにまだ好きなの?」
「え?は?え、ええ?」
何で急に悲痛な顔をするの?
「ユリウス王子を諦められないんだね」
「え?ちょっ、ちがっ」
「訓練に遅れるからもう行くよ」
去っていくノアの後ろ姿を目で追って、私はパクパクと口を開けたり閉じたりしかできなかった。
え?
何で今さらユリウス王子なの?
レオンもノアもいなくなった部屋で私はプロキオンを抱き寄せてラベンダーちゃんをポケットから取り出して撫でることで無心に到ろうとしたのだった。




