アルタイルお兄様
玄関ホールの鈴が鳴り、ガスパーが身を翻して部屋を出ていく。
お父様が戻って来たのだ。
ガスパーから事情を聞いたであろうお父様は部屋に駆け込んできてお母様を支えた。
「ソフィア!」
「あなた!ごめんなさい。私、ミアプラを神殿に行かせてしまったわ」
「ソフィア、そんなに嘆かなくても良い。ミアプラは大丈夫だ。神殿の聖女認定を受けたら無事戻されるだろう」
お父様がお母様の背を撫でる。
それでもお母様は涙を零してお父様を見上げた。
「アルタイルが。あなた、アルタイルが・・・」
「ソフィア、それは似ている他人だよ。ほら、これをゆっくり飲んで」
お父様が鎮静作用のあると言われる月葡萄のワインの入ったグラスをガスパーから受け取りお母様の口に含ませる。
お父様はお母様を寝かせて来ると言って、抱き抱えて部屋を後にした。
残された私達は誰も喋らず、お父様が戻るのを待った。
お父様は戻るとすぐに、ガスパーに事実を確認した。
「私とベンジャミンが領民のいざこざを治めに行っている隙に神官達が前触れも出さずに我が家へ来たと」
「えぇ、左様でございます。前触れの無いこと、旦那様が不在な事を理由に追い返そうとしたのですが。幾度も神殿からの通達を無視するこちらに非があると・・・。更に神殿にて聖女の認定を受けるように促す国王の書まで取り出しまして」
「国王め!大方神殿からしつこく言われて面倒になりこちらに丸投げしてきたな!」
お父様の怒りがどんどんボルテージをあげていく。
「大体、あの小競り合いも訳がわからなかったのだ。旅商人が絡んでたのは、神殿の手先だったのだろう。私不在の時を故意に作ったのだ!」
ベンジャミン叔父様が申し訳無さそうに肩を落とす。
「兄上。私一人で向かえば良かったのに。ご同行願った私の落ち度です」
「いいや。お前は悪く無い。神殿の腹黒共が全て悪いのだ」
お父様は自分を落ち着かせようとぐっと両手を握りしめ、息を吸った。
「ミアプラにはレグルスが付き添ったのだな」
「はい。他にも人を付けたかったのですが馬車に乗せられるのはミアプラ様の他に一人だけだと。あちら側はお付きの侍女でもついてくると思ったのでしょうが、レグルス様が乗り込みまして」
「ああ。レグルスがついているのならば心配は無いだろう。辺境伯の跡取りの前で、ミアプラに強く出ることもかなわんだろうからな」
お父様はふっと息をつくと、眉を寄せてガスパーを見る。
「ソフィアがあんなに取り乱すほど、アルタイルに似た神官が居たのか?」
珍しくガスパーが言い淀む。
目を閉じて暫く黙り込み、意を決したように顔をあげで述べる。
「アルタイル様が生き返ったのかと思いました」
「ぐっ!」
お父様が唇をかみしめた。
「それ程か・・・」
「ちょうどアルタイル様が亡くなった時と同じ年格好なのです」
ガスパーが目頭を抑える。
お父様とベンジャミン叔父様が顔を見合わせて苦しそうな顔をした。
私はそっと、隣の森の精霊を見つめる。
その神官とこの森の精霊と。どちらがアルタイルお兄様に似ているのかしら。
森の精霊は〈スピカ。守ってあげる〉と口にする。
他の言葉は話せないのだろうか。
私はゆっくりと首を振った。
「スピカ」
突然名を呼ばれ、驚いてお父様を見る。
「ところで、スピカの横にいる白い物は何だ?」
お父様の言葉に皆が驚き、こちらを見た。
私は逆にお父様に尋ねた。
「お父様にはどう見えますか?」と。
「白い森の迷子のようだが、影ではなく立体を伴っているようだな・・・」
お父様はじっと目を凝らして森の精霊を見つめる。
「ま、まさか!」
目を見開いたお父様の言葉の続きを待って私はごくりと息を呑んだ。
「人型に?森の精霊なのか?」
お父様の言葉に、私は戸惑いつつ頷いた。
お父様ならアルタイルお兄様なのかわかるかと期待をしていたのに。
森の迷子が見えるお父様でも、森の精霊をくっきりと見ることはできないのだわ。
だから、賢者のおばば様も、私がレグルスお兄様に似ていると話してもピンときていなかったのだ。
「お父様、アルタイルお兄様はどうして亡くなってしまったの?」
アルタイルお兄様のことを聞くなら今しか無いと思った。
お父様の痛そうな表情を見て、失敗してしまったとあせる。
「ごめんなさい。聞いて良い話では無かったわ」
「・・・いいや。スピカ、あの子は皆を守って死んだのだよ」
お父様の瞳に涙が浮かび上がった。
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