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何で私は戻ったのでしょうか?死に戻り令嬢の何にもしたくない日々  作者: 万月月子


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SIDEノア2

僕の世界を彩っていくのはいつも君なんだ。



魔力とスピカへの思いが消えた僕の胸に空いた隙間は、思った以上に大きくて何もかもどうでも良いような、空虚さに消えてしまいそうな心細さを抱えていた。


けれども、その事を誰かに相談することもましてやスピカに話すこともできずに日々を過ごしていた。


全てを知ったスピカが僕のために生きると泣いた。

なんとも思っていない筈なのに、僕の心は震えた。

からっぽの心に灯りが灯ったんだ。


君を泣かしたくないなと思ってからの日々。

僕は気づくとスピカの姿を目で追っていた。

光らない君なのに、僕は君の姿を追っていた。


気休めに付き合ってくれればいいの、と魔力回復薬を手作りし始めたスピカ。

賢者のおばば様が作った特別に良く効く魔力回復薬を飲んでも、少しも回復しなかった僕なのに。

少しでも魔力が残っているのならば回復が見込めるけど、全く魔力が無い者にはいくら薬を注いでも水を注ぐのと同じなのに。


そのレシピに必要な夜露を集めるために、眼の下に隈を作るスピカ。


期待を込める瞳も、喉を通る甘い薬も、少しも魔力の回復を感じられない状況の全てが辛かった。

スピカの気持ちがこもっているとわかればわかる程、苦いと口にするほどに。

僕には何にも無いのに。

スピカには何にも返せないのに。


僕は学院に入学する権利を失った。魔力が無ければ、魔法科に入学できる筈もなく。学院のスピカの側にいてやれることは無いのだ。


スピカの為に離れた方が良いと言うレオンの言葉は正しい。

教会に鈴を取りに行った時、レオンはスピカを庇って守った。

その激しさにスピカは怯えたようだけど、僕はレオンは学院でスピカを守るだろうと信じられた。


でも、僕は離れられなかった。

鈴掛けの当日、スピカを森の入口で待った。

僕に満面の笑みを浮かべて駆けて来るスピカを見て胸が苦しくなる。

スピカと共にいたいなと思わずにいられなかった。


輝かないスピカなのに。

光をまとわないスピカなのに。

僕の中のスピカの想いは消えた筈なのに。


鈴掛けの途中でスピカが予言をした。

荒ぶった魔物が出てきたと。それを僕が雷の魔法で撃退したのだと。


辺境伯を慌てて探したが姿が見えない。

魔力を無くした僕にスピカを守れるだろうか。

いや、無理だ。

焦る僕の前方に現れたのは真っ赤に燃える狼のような魔物だった。


一目見て、僕は死を覚悟した。せめてスピカだけでも守れないだろうか。

魔物を僕に引き寄せて、スピカの逃げる時間を作るのだ。


スピカは、僕が逃げるように諭しても頼んでも逃げ出すことは無かった。

それどころか僕の前に躍り出て、黙って見ていろと言う。

しゃがみ込み、唸り声をあげる魔物にこっちに来いと呼びかける。

魔力回復薬を手のひらにこぼして傷が少しでも良くなればいいけれど、と魔物に語りかけながら。

僕はスピカを止められなかった。

ただ息を飲んで魔物と対峙するスピカを見ていた。

最初は震える声だったのに。

華奢な少女の筈なのに。

魔物に真摯に向き合う姿に目を瞠った。

「私は森に選ばれた者。おいで」

澄んだスピカの凛とした声は魔物をも触発し、魔物は一飛びで目前に来た。

僕は夢中でスピカに覆い被さる。

僕は死ぬ気でスピカを守ったつもりだったけど魔物は禍々しさを消し去り、白い子犬に姿を変えスピカに甘えてすり寄った。


その後賢者のおばば様にこの子は魔物ではなく、炎の精霊獣でスピカの守護獣だと認定された。


プロキオンと名付けられた精霊獣を見ながら、何もできなかった自分を歯がゆく感じる。

プロキオンが本当に魔物だったら、スピカを守れなかっただろうと思うと怖くて震えた。

魔力が無いのなら無くても守れるように、今まで避けてきた武力を磨こうと思った。

自分の筋力の無い細い腕を情けない思いで見つめる。

レオンの様に、僕も訓練を重ねるのだ。


日常の殆どを筋トレに費やしていく。

身長が伸びないと嫌なので腹筋はそこそこに留めて。

時間を惜しむように汗が目に入っても拭うことさえせずにトレーニングに励む。

それでも、レオンの様に騎士クラスに入るレベルには全然追いつかなかった。

そんな付け焼刃で受かる程学院に入るのは簡単ではないのだ。


それなのにスピカが言う。

体験入学に行かないの?と。

二週間以上も私たち離れたことないじゃない、平気なの?と。

嫌だわ、と。

絞り出すようなスピカの声が胸に痛くて、どうしようもできない自分が悔しくて、僕にできたのは無表情を貫くことだった。

そんな情けないことしかできなかったのだ。

泣いているであろうスピカを追いかけることもできずに。

レオンが後を追うのをただ見送ることしかできなかった。


これから僕はスピカと離れて過ごすのだ。

スピカが泣いていても、傍にはいてやれないのだ。

魔力があったのなら、スピカと共にいれたのに。


辛い気持ちで過ごした翌日、スピカが目を腫らして魔力回復薬を五本も僕に差し出して来た。

スピカの気持ちが辛かった。

そんなにまで、君が僕に負い目を感じなくていいのに。

君をそこまで追いつめてしまった自分にうんざりする。

僕の未練が、君をそこまで追いつめてしまったのだ。

僕は未練を断ち切るように眼鏡を踏み潰した。


僕の魔力は戻らないのだ。

君を眩しく感じた瞳は戻らないのだ。

いらない眼鏡など、ただの感傷に過ぎないんだ。



それからスピカは僕にどう接して良いのかわからない様だった。

このまま離れて過ごすのだから近寄らない方が良いだろう、と体験入学までの日々敢えてスピカとの関係を修復しようとはしなかった。


体験入学に出発する日。

僕はやるせない気持ちで森の前に立っていた。

スピカを見送りたいけれど、見送りにいけない。

旅の無事を祈りたいけれど、傍によることができない。

森に選ばれた者では無くなった僕は、森に足を踏み入れることにさえ躊躇してしまう。

逡巡している僕の前で木々が葉を揺らし、音を鳴らした。

僕は意を決して、森に足を踏み入れる。

ここを通るであろうスピカとレオンを木の影から見送ろうと、木を選ぶ。

鬱蒼とした森から街道は明るくよく見えた。

逆に向こうからは暗い森の中など見えないだろう、と安心した。


馬車の音が聞こえた。

もうすぐ、スピカがここを通る。

そうしたら、二週間も会うことができないんだ。

震えるような寂しさが押し寄せて来る。

スピカの顔が見えたのは一瞬だった。

驚いたような顔に見えた。

まさか僕の事が見えたりする訳がないのに。

それでも目が合ったような気がするのだ。

あぁ、嫌だな。

これからずっと会えなくなってしまうなんて。

僕は全力を尽くしただろうか。

もっともっとあがいても良いのではないか。

手のひらの豆が潰れたのを悠長に治るまで待ったりしないで、死に物狂いでやれることがあるのでは無いか?


僕は辺境伯に頭を下げ、訓練の参加を取り付けた。

それこそ、朝起きてから寝るまで。体が悲鳴をあげても、訓練を頑張った。

そんな僕をみかねて、縁者であるキュアがメイド仕事の合間に回復術をかけてくれるようになった。

母の回復術よりも弱いそれは、気休め程度だったけれど助かった。


スピカは学院に着いて早々にユリウス王子と婚約解消を話し合ったらしい。

そのうえ、レグルス兄様の見立てでは竜を得たらしいのだ。

弱そうで強いスピカ。

なんて君らしく逞しいのだろう。


久しぶりに学院から帰ってきたスピカは少しも変わらず走ってやってきて、僕を見て満面の笑顔を向ける。

ねぇおばば様。スピカが光ってないのに眩しいんだ。

僕の中から魔力もスピカへの想いも消えた筈なのに。

体内の魔力は相変わらず、何も感じ取れない。

それなのにスピカをいつも目で追う僕は何なのだろう。

喧嘩ばかりしていたレオンとコソコソ話しながら笑いあうスピカを見て胸が痛いのは何でなんだろう。

彼女を守るために何かしたいと願うこの気持ちは何なのだろう。



訓練に明け暮れる日の中で、キュアに血止めをしてもらっていると、背後にスピカとレオンがいた。

スピカはレオンに緑の瓶を渡すとレオンの手を引き去って行く。


あれは、瓶の色が違うが魔力回復薬だろうか。

確かに僕にではなくレオンに渡せと言ったのは僕自身だ。

それなのに胸に迫る焦燥感は何なのだろう。

僕はキュアに「もういい。ありがとう」と礼もそこそこにスピカを追いかけた。


何か言いたげなスピカの瞳に「何か用があるのか」と尋ねても「何も」と目をそらされてしまう。

「そう」と平然を装って去って行こうとしたが、耐えられず戻ってスピカの手を摑む。

「私、ノアと離れたくないなぁ」

涙目で見上げられて、思わず奥歯をかんだ。

「どうしよう、私ノアに対して独占欲が強すぎるみたい」

スピカの言葉に眩暈がしそうだった。

ぼろぼろ零れるスピカの綺麗な涙。

「あなたが私の知らない誰かと恋をして、私ではない誰かと歩んでいくなんて」

やめてくれ、スピカ。

「どうしよう。ノア。あなたが他の女の子と手を繋ぐなんて嫌だって思ってしまうの」

「スピカ」

何にも無くなったはずなのに。

こんなにこみ上げて来る想いは一体何なのだろう。

「ごめんね、ごめんね。ノア」

君への想いが溢れそうだよ。

無垢で無邪気な君はそんな言葉を言ったら、君が僕を好きなんじゃないかと勘違いさせるなんて思いもよらないんだろうな。

「ノアが嫌なら私レオンと手を繋がないわ。内緒話もしない」

僕を真っすぐ見つめるスピカを見つめ返す。

「スピカはスピカの思うままに生きればいいんだよ。知っているだろう?僕には何も無いんだって」

何も無いんだよ。

無くなった魔力は欠片も戻る気配が無い。

この先、君が死んでしまっても死に戻りさせることはもう出来ないんだ。

君を守るすべを僕は失ってしまった。

あぁ、それなのに。

心の隙間はどこもかしこもスピカで埋め尽くされている。

君への想いも魔力と共にすっかり無くなったはずだったのに。

崇めるように君を好きだった気持ちは確かに無いのかもしれない。

それでも君を好きだと、君を守りたいと思う気持ちは後から後から溢れ出て、僕の心をいっぱいにするんだ。

「僕は君に何も返せない」

「それでもいいの。私の生きたいように生きていいのなら、あなたといたいの」

僕は息を飲んだ。

スピカはまた、頭に浮かんだままの言葉を考えもせずに口に出しているんだろうな。

それでも、世界が彩りを変えて広がって行く。

体から力が湧いてくる。

魔力が無い僕でも君を何からも守れるように護衛騎士になりたいと心の底から思ったんだ。

もっともっと努力しよう。

足掻いて足掻いて強くならなければ。

スピカを死から守る為に。

それがどんなに辛くても苦しくても

君の為ならやれそうな気がするんだ。


ラベンダーの香りに包まれて、スピカと手を繋ぎながら、このままずっと一緒にいたいな・・・と思った。

スピカを好きだと言うことさえ出来ない、何も持たない僕だけど。

君を守りたいと。

ずっと一緒にいたいと。


願ってしまったんだ。









読んでくれてありがとうございます!

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