SIDE王子2
僕は取り返しのつかない事をしてしまったのかもしれない。
ウィルの手助けもあって、愛するミアプラと逢瀬を重ねた僕は何とか穏便にスピカと婚約解消をしなければいけないと考えていた。
とにかく波風を立てないように、誰も傷つけないように慎重に進めて行こうと思っていた。
体験入学でペアになったスピカに少しでも良い思い出を与えたい。
婚約解消までは良き婚約者でいたいと考えていたのだ。
そういう僕は、忌憚無くウィルに言わせると八方美人の臆病者。
思わず頭に来る程、的確だった。
スピカのために婚約解消を急ぐべきだと言われて頭でわかっていても、なかなか行動には移せないのだから。
罪悪感を少しでも薄めたくて、スピカにできるだけ丁寧で優しく校内を案内した。
けれどもスピカはどこか上の空で、僕は落ち着かない気持ちになってしまう。
すると「私のことは間違いだったのでしょう」と笑顔で僕に告げてきた。
僕は驚いてスピカを見た。
「ミアプラお姉様を望んでいたのに、お父様が勘違いをしたのでしょう」
そう笑いながら口にして、片方の目からポロリと涙がこぼれ落ちた。
僕は罪悪感に苛まれて思わずスピカを抱き寄せた。
本当は僕が言い出さなければいけなかった言葉を君に言わせてしまった。
「ごめんよ、ごめんよスピカ」
腕の中のスピカは小さな小さな少女だった。
僕は後悔で胸を掻きむしりたいくらいだった。
小さな手が僕の胸を押す。
僕は力無く後ろに下がる。
涙を手で拭ったスピカが顔を上げて言う。
「それでは、婚約解消の話はユリウス王子が進めて下さい」
「あ、あぁ」
僕は情けなくも頷くことしか出来ない。
「さようなら、私の王子様」
そう告げて笑ったスピカを初めて美しいと思った。
僕の手を離れて走り去る後ろ姿さえもが、ただ潔く美しく。
「さようなら、僕のスピカ」
その後ろ姿に別れがたい何かを感じながらも、僕は僕の婚約者に別れを呟いたのだった。
その後が大変だった。
喜ぶと思ったミアプラが「やっぱりあの子は知っていたのだわ!」と泣き伏したのだ。
「愚かな私があの子を追い詰めたのだわ」
なだめようとする僕の腕を払い、スピカのところに行くと走り去る。
僕が呆気に取られ助けを求めるようにウィルを見れば、あれだけ婚約解消を急かしていたくせに苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
「あんな可憐な子に婚約解消を告げさせるなんて・・・」
冷たい目に怯えていると、いつも温厚なレグルスがゾッとする様な冷たい視線を僕に向けて部屋に入って来た。
「ミアプラから全て聞きました。スピカとの婚約にあたり、何度も確認したはずですが。本当に私の真珠のように輝く妹なのか?と。それなのに、間違えですか。えぇ、すぐにでも父に魔法書簡を飛ばしましょう。そんなことを言い出す者に妹のスピカを渡すわけにはいかないので、すぐに承諾されるでしょう。明日からの体験入学のペアは交換させてもらいます。一刻も早く国王に申し出て正式に婚約解消を願い出てください。では、失礼します」
あまりのレグルスの剣幕に僕は一言も口を挟むことができなかった。
ただ、荒れ狂う風の様に去っていくレグルスを見送ることしかできなかった。
「ふだん、怒らないやつが一番怖いって本当だね」
ウィルはニヤニヤと言ったけれど何が楽しいのかわからない。
僕はため息を吐いて、父上に奏上する言葉を考えていた。
「ならん!」
父上の言葉はこの一言だった。
「魔術師達の崇める真珠をどうして手放すことができようか」
魔術師達の崇める真珠?
「魔力の高い者にしか見えない真珠を見出したのはおまえだろう?」
見出したも何も。
ただ、勘違いの果てにスピカがいただけで。
「わしはお前ならきっと見出すと信じていたのだ。三大魔導師様たちの噓発見魔導器の前でも不正では無く純粋にカミーユ家の宝石に恋をしているのだと認められ、スピカの婚約者になれたのだぞ。それを・・・」
スピカが僕の婚約者になれたのではなく、僕がスピカの婚約者になれたと?
「しかしながら、魔導師達に認められると言うのでしたら、魔法を使えないスピカよりもミアプラの方が喜ばれるのではないでしょうか?」
混乱する頭で、疑問は膨らむばかりだった。
「確かにミアプラは回復術を扱え魔法クラスで優秀な成績を収めていると聞く。しかし、使い魔を得ているか?」
使い魔を得るということは容易なことではない。
よっぽど幸運に恵まれているか、魔法を習得したある程度ベテランがようやく得ることができるのだ。
「年末、カミーユ辺境伯は魔法書簡を学院に飛ばしたそうだな嫡男のレグルスに。サラウト河の橋が崩落する夢をスピカが見たと。そうしてレグルスが何のためらいもなく別のルートに変えたので、便乗して何人かがサラウト河ルートを通らなかった為助かった貴族達の間で、スピカに夢見の力があるのでは無いかと噂話が上がっているのをお前は知っているか?」
僕は何も知らない。
「こんな貴重で稀少な婚約者を手放す等できるわけがなかろう」
何だか頭がいっぱいで、反論する言葉も何も出てこなかった。
ただ一つ言えるのは、どんなにミアプラが良いと父上に述べても、僕の意思で婚約者を替えるのは不可能だということだ。
父上に反旗を翻す事等できないのだから。
疲れた体を引き摺って、学院で事の次第を語れば、レグルスとウィルに罵倒され、ミアプラには憐憫の目で見つめられた。
そうさ、父上に婚約解消を認めてもらうこともできない脆弱な男なのだと、下を向くことしかできない。
レグルスが婚約を継続するように国王に諭されたようだという書簡を、僕の目の前で書き上げ、そのまま魔法でカミーユ辺境伯に飛ばした。
その後、春休みを目前に控えているというのに、レグルスとミアプラは学院からカミーユ領へ帰ってしまった。
一身上の都合ということだったが、真実の理由が明かされた時、全てが転がるように上手くまわりはじめた。
ミアプラが死に戻りの聖女だと判明したのだ。
ミアプラの予言通り、学院の時計塔には鳥が巣作りをしていたし、何よりも特別な行事の時に出される他は誰も触れることが出来ない国宝の間にしまわれている王冠の宝石の留め具が緩んでいることを当てたのだ。左側にあるルビーと事細かなところまでも。
父上は手のひらを返したように、スピカとの婚約解消を認め、ミアプラを新たな婚約者にすることを決定した。
「お前は先見の明がある!」
父上が満足そうに笑ったけれども、僕はお愛想の笑いしか返せなかった。
あれよあれよという間に、ミアプラは聖女として国民の前に立ちパレードを立派にやり遂げた。
祝賀会では僕の婚約者として、妖精のように可憐にダンスを踊った。
「ミアプラ、きれいだよ。それにしても君が死に戻りの聖女になったとは。そのおかげで君と結ばれることができるのだから運命に感謝しなくてはいけないな」
僕の言葉にミアプラは微笑む。
彼女の胸元の雛菊の刺繡を見て僕は去年の夏休みを思い出した。
「そういえばスピカは僕にマーガレットのアレルギーがあると発覚したばかりなのに知っていたね。まるで・・・」
僕の言葉をふさぐように、ミアプラの髪飾りの鳥の羽が僕の唇に触れた。
ミアプラが魔法でやったのだ。
(まるでスピカも死に戻りの聖女のようだね)
笑いながら言おうとしたその言葉を僕は飲み込んだ。
ミアプラの覚悟を灯した瞳を見て、僕は言えなくなってしまったんだ。
まさか本当にスピカが・・・。
まるで宙を踊るかのように足がおぼつかなくなる。
ミアプラの手に力がこもった。支えるはずの僕がミアプラに支えられダンスを踊るようで。
僕は取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない。
僕たちは取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない。
それでも、それがどんなに棘の道でも僕たちは歩くしかないのだ。
この秘密を永遠に口に出せずに。
僕とミアプラは歩き続けるしかないのだ。
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