家族会議
「戦はいけないわね。わかったわ。私が話をするわ」
「ありがとう。おばば様!」
私はホッとして、おばば様のスコーンを頬張った。
あぁ、美味しい。
「ねぇ、スピカ。あなたは死に戻りの聖女だと国に言うつもりは全く無いの?」
「無いわ」
私は迷いもなく言い切る。
「だって、使い魔がいるというだけで婚約解消に待ったをかけるのよ。」
「そうね…王家は権力を欲しがる一族だものね。死に戻りの聖女だと知ったらあなたを取り入れて離そうとはしないかもしれない。使い魔ではなく精霊獣だと知ったら。伝説の竜とも契約していると知ったら。森の精霊を何十体にも守護されていると知ったら。ユリウス王子ではなく皇太子のジェームスの側妃として召し抱えられてしまうかもしれない」
私はおばば様の言葉にゾッとした。
「そうしたら、確実にカミーユ伯は謀反をおこすでしょうね」
「絶対だめよ」
私のためにカミーユ領の皆を犠牲にする訳にはいかないわ。
「そんなことになったら国が滅びるでしょうね」
え?カミーユが滅びるのではなく、国が滅びると言ったの?
「精霊使いの一族出身のスピカの母君は何も言わないのかい?」
「精霊使いの一族?」
「・・・そう。それなら、まだアルタイルの亡くなった経緯も何も知らないのね」
おばば様が憐憫の瞳で私を見る。
私は切なくなっておばば様に尋ねた。
「私は何にも知らないの。アルタイルお兄様は何で亡くなったの?」
「それは私の口から言うべきことではないわね。あの子は敏い子供だった。私の後を継いで次期賢者になるべき子供だった。国内屈指の魔力を保持し溢れる程の慈愛と勇気を持つ子供だった」
おばば様の瞳に涙が浮かぶ。
口を引き結び、堪えるように瞼を閉じる。
皆がこうなのだ。
アルタイルお兄様を愛して惜しむ姿を私は何度も見てきた。
こうなると、私はもう何もきけなくなってしまう。
皆が傷を負ったように未だにアルタイルお兄様を想うから。
触れてはいけないと思ってしまう。
私はおばば様を慰めるように、ただ肩を何度も撫でた。
悲しみは薄まらないことはわかっていたけれど、そうせずにはいられなかった。
白いレグルスお兄様によく似た森の精霊を瞼に思い浮かべる。
あの人はもしかして。
そう何度も思うけれども。
口に出してその名を呼ぶことはできなかった。
翌日お父様が賢者のおばば様に呼び出されて一人森に向かった。
帰宅して皆にかけた言葉は「家族会議を執り行う。レグルスとミアプラを学院から呼び寄せる」だった。
春休みを二週間後に控えながらも今呼び戻すことにしたなんて、お父様の発言に驚いた。
そうして、本当に五日後に2人が戻って来たのだった。
「これからカミーユ家の家族会議を開く」
お父様が重々しく告げる。
集まったのは私達家族に加え、ベンジャミン叔父様とノアとレオンだった。
部屋には結界が引かれ、外に会話が漏れないように徹底されていた。
初めてのことに、家族しかいない空間なのに緊張が生まれる。
「我がカミーユ家に王家から喧嘩を売られたことは、皆わかっていることと思う」
えっ。喧嘩を売られていただなんて、大袈裟な。
驚く私とは別に皆は神妙な顔つきで頷いていた。
「ユリウス王子が選んだのはスピカではなくミアプラだったのでスピカとの婚約を解消しミアプラと婚約をすると言い出してきた。何故その時に言い出さなかったのだと腹は立ったが結婚をする前に事実がわかり、そんな男にスピカを渡さずに済んで不幸中の幸いであったと胸をなでおろしていた。ミアプラとユリウス王子が相思相愛ならば仕方が無いのでそれを認めてミアプラと婚約を結び直せば良いかと思っていたのだが」
お父様はそこで言葉を止めて、額に青筋を立てる。
「あのクズ王子が!父王にスピカが使い魔を持っている、橋の崩落を予言したから、と婚約解消を解消するよう説得されおった!」
あまりに怒りを抑えているからか、お父様からゆらりと陽炎のような物が立ち上がる。
あら、これって魔力漏れかしら。
「兄上落ち着いて下さい。稲妻でもここに落とすつもりですか?」
ベンジャミン叔父様が慌てて椅子から腰を浮かす。
「そうよ、あなた落ち着いて」
お母様がお父様の手に手を重ねる。
ホッとした私の耳に、お母様の不穏な言葉が飛び込んでくる。
「落とすのならここではなく、王城になさらなければ」
「ちょ、ちょっと、争いは絶対にダメ!お母様、お父様を煽らないで!」
あせってなだめようとする私の隣でミアプラお姉さまがすすり泣く。
「ごめんなさい。私が愚かな恋心を持ってしまったばっかりに」
小刻みに肩を震わせるお姉さま。
「ミアプラお姉さまが謝ることなんて何にも無いわ。間違った婚約を解消できればいいの。ユリウス王子とミアプラお姉さまが一緒になることを祈っているわ」
「スピカ」
顔を覆ってわんわん泣き出すお姉さまに胸が痛くなる。
「ミアプラ。あんな男であっても、あの男の伴侶になりたい気持ちは消えないのか」
「ごめんなさい。お父様。あの方の弱さも愛しいと思ってしまうの。王様と私の間に挟まれて苦しむ彼を見捨てられないの」
お父様は目を閉じて唸り声をあげた。
「実に、実に腹立たしい」
ミアプラお姉さまはびくりと震えたけれども、覚悟をした瞳でお父様をみつめていた。
あぁ、どうしよう。
お父様とお姉さまを対立させたくないわ。
私は助けを求めてノアとレオンを見たけれども、二人は俯いて黙していた。
どうしよう。
どうしよう。
私はプロキオンを無意識に撫でながら、パンクしそうな頭で思わず口から零れた言葉は。
「あのね。前回では婚約解消をしたのよ」
室内の音が全て消えた気がした。
「前回の時は、国王様も王妃様も賛成していたの。お父様もお母様も。レグルスお兄様だって、ノアもレオンも婚約解消に賛成だったのよ」
お父様が、私をみつめる。
お母様も。皆の視線が私に集まる。
私は皆の顔を見つめて、息を吸い込む。
「ここだけの内緒話よ。私は死に戻ったの」
読んでくれてありがとうございます。




