右往左往
ユリウス王子の書簡を破り捨て、お父様は激怒した。
「ユリウス王子はどういうつもりなのだ。王に諭されたから、解消しないと言うのか?スピカに対してもミアプラに対しても不誠実過ぎる!」
お父様の怒りは最もだと思った。
でも、ユリウス王子は優し過ぎて婚約解消を中々言い出せなかった方なのだ。
父王と争う事を避けたかったのだろう。
それはわかるけれど、ミアプラお姉様が可哀想だわ。
優しく争いを嫌うユリウス王子の性格は美徳だと思っていた。
それでも、これではミアプラお姉様を傷つけてしまう。
私は婚約解消にならなかった事に溜め息が出た。
前回の時ならば、涙を流して喜んだかもしれない。
でも、今はユリウス王子のことは終わったと思っているのだ。
やっぱり婚約解消は辞めようなどと言われても、喜びは少しも浮かんで来ない。
「そもそも私は真珠の様に輝く美しい娘が欲しいと言うからスピカとの婚約を認めたのだ。実はミアプラの方だったと言うことは見えていなかったと言う事ではないか。これは王家の詐欺ではないのか?レグルスも何を見ていたんだ!ユリウス王子は性格に問題は無いだと?穏やかな性格というよりも、あまりにも弱すぎる!私に国に反逆しろと言う事か?」
「お父様!物騒な事は言わないで」
「いいえ。スピカ。これはカミーユ家を謀ったと同じことなのです。さっさと解消を告げてくるのなら、水に流してあげられたのに」
普段は温厚なお母様までが鬼の形相でお父様に同意する。
「やってしまいましょう。あなた」
「あぁ。スピカどころかミアプラさえもあの屑王子に与えるものか!全面戦争も厭わぬわ!」
「ダメよ。ダメ!二人ともお願いだから落ち着いてちょうだい」
戦争なんて絶対おこしたくないわ!
「可哀想なのはミアプラお姉様だわ!ユリウス王子と相思相愛なのに・・・。私は二人を応援したいわ。私と無事婚約解消して二人が結ばれるようにしてあげたいわ」
私が二人に訴えかけるけれど、怒りはおさまらない。
「アルタイルになんと言えばいいの?」
お母様はそう言って泣き崩れた。
「私は亡くなったあの子に誓ったのよ。必ずスピカを幸せにすると。だから、スピカが愛しスピカを愛してくれる人と一緒にならなければいけないのよ」
いきなりアルタイルお兄様の名前が出てきて私は戸惑ってしまう。
「大丈夫。必ずこの婚約を解消させてみせるとも」
「あなた・・・」
お母様を抱き抱えるお父様。
お父様を見つめて涙するお母様。
え?あら?二人の顔が近づいていくわ。
「さぁ、スピカお嬢様こちらに」
「え?え?」
執事のガスパーに促されて部屋を退出させられてしまう。
「えぇ?!」
私は廊下で声をあげてしまうがお父様とお母様が部屋から顔を出すことは無かった。
「さぁ。お茶のご用意をしますね」
「ありがとう・・・いえ。お茶はいらないわ!のんびりしてる場合じゃないもの!賢者のおばば様の所に行ってくるわ!」
私はガスパーに一言告げ走り出す。
「スピカお嬢様!お一人では危のうございますよ」
「平気よ。プロキオンもラベンダーちゃんも一緒だから」
急いで賢者のおばば様にどうしたら良いのか聞きに行かなければ。
私が森に足を踏み入れると、あちらこちらから白い森の迷子たちが集まってくる。
「あのね、今日はとても急いでいて、遊んでいる暇が無いのよ。おばば様に正しき道へ送って欲しい子だけ付いて来て」
そう言って間を抜けようとして、あっと立ち止まる。
「そうだわ。あなた達にお礼を言ってなかった。ありがとう。私が体験入学に行く時ノアを照らしてくれたのはあなた達ね。おかげで私、ノアが私達を見送ってくれていることに気づけたの。すごく嬉しかったわ」
私が感謝を告げると彼らは私の周りを囲んで、人懐っこくスリスリとして来た。
「ふふ」
白い迷い子達は、そのままどこかへ行くのかと思ったけれど賢者のおばば様の家へ向う私の後をついてきた。
あら。皆、正しき道へ行くつもりになったのかしら。
「おばば様、久しぶり」
私がドアを開けると、おばば様は目を見開いて驚きの声をあげた。
「スピカ!スピカの後ろにいるのは・・・」
「森の迷子たちよ」
「森の迷子は、白い影のような存在」
「えぇ。でも、彼らはなんだか実体みたいでしょう?白い動物たちのようでしょう?それにレグルスお兄様に似た人もいるの」
「あぁ、そうなのね」
「あのね、彼らは迷子では無いのですって。森を彷徨うもの。守護するものだと言うの」
おばば様は「彼らと話せるのかい?」と近寄って来た。
「おばば様、それよりも私どうしたら良いか聞きたくて・・。いえ、それよりも森の迷子を正しき道に送る方が先ね。皆、おばば様に送ってもらいなさい」
白い彼らは誰もおばば様のそばへと行かなかった。
〈スピカ。守ってあげる〉
「私を守らなくてもいいのよ。正しき道へ行きなさい。そうしたくてついてきたのでしょう?」
〈スピカ〉
〈スピカ〉
〈スピカ〉
私の名を各々が呼びかけてくる。
私は困っておばば様を見た。
「スピカ。私が教えていた白い影の森の迷子は、死しても宙へ還れない物達の事なのよ。今、あなたの後ろにいる物達は精霊と化している。あなたを守ると言っているのね?あぁ、私はいくつあなたに奇跡を見せてもらえるのかしら」
おばば様は「森の精霊達、あなた達はスピカを守って下さるのね」と祈りのポーズをした。
「森の精霊達?」
「これから、彼らの事はそうお呼びなさい」
私が頷き、彼らに呼びかける。
「森の精霊達。私を守ってくれるのね。ありがとう」
私がそう言うと白い彼らは輝いて更に重量を増した気がした。
なんとなく白い動物ではなく、うっすら光る白い動物になった。
よりくっきりとした存在になったように見えた。
レグルスお兄様に似た彼も髪の毛一本一本も人と同じ様に見える。
全てが白いのだけれど。
私は彼を見つめる。
もしかして、あなたは・・・。
呼びかけたい気もしたけれど、私は何も言えなかった。
そんな存在感の増した彼等は私を囲むように側にいたのに、不意に煙のように姿をかき消した。
「あなたに正しく認識してもらえたので満足したのでしょうね」
そういうものなのね。
「それよりもおばば様、大変なの」
私はユリウス王子の書簡のこと、お父様達が戦も辞さない心意気になってしまっていることをおばば様に話したのだった。
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