上手くいかない
泣いている私にノアがいつもの様に、ただ寄り添ってくれた。
高ぶっていた気持ちが段々と凪いで来る。
それと共に、先程から感じるノアの手のゴワゴワ感が気になった。
「ノア。なんだか手がゴワゴワしているわね。どうしたの?」
私は手を離してノアの手を広げて見ると、ノアの掌は豆がたくさん潰れていた。
「酷い!どうしたの?」
「どうもしてないよ。」
「だって、こんな・・・」
「魔力に頼っていたから。このぐらいやらないと剣を振るのも上手く出来ないんだ」
私は驚いてノアを見た。
こんな掌になる程、剣の練習をしていたと言うの?
一つや二つの豆が潰れたとはわけがちがうわ。
このゴワゴワの手は、ノアの努力を表していたのね。
「スピカが何を勘違いしているのか知らないけど。キュアに手を見せていたのは回復術をかけてもらっていたんだ。以前キュアが、僕の血だらけの手に気づいて。それから訓練の合間に回復術をかけてくれるようになったんだ。キュアは治せる程強くかけれないけれど血が止まれば剣が滑らなくなるから僕には有り難いことだし」
そうだったのね。
それなのに、私は二人が違う意味で手を握り合っていると勘違いしてしまったのね。
「私が回復術を使えたら良かったのに」
ノアの豆だらけの掌を見て、胸が痛くなった。
ミアプラお姉様がここにいたら綺麗に治してくれただろうに。
「いいんだ。こうやって豆が潰れて掌が固くなって、強くなっていくんだって辺境伯が言っていたよ」
そうなのかもしれない。
昔のノアの掌よりも、この傷だらけのゴワゴワした掌の方がなんだか頼れる感じがするわ。
「あなたって、凄いのね」
私は感心して言ったのに、ノアは横を向いてしまった。
「スピカ、君は少し考えてから話すことを覚えた方がいいよ」
「え?」
「僕だからいいけれど。頭に浮かんだままの言葉を君は言い過ぎるんだよ」
「例えば?」
ノアは顔を赤くさせて顔をそらした。
「教えてくれなきゃわからないわ」
「・・・離れたくないとか、他の女の子と手を繋いで欲しくないとか」
「ご、ごめんね。でも、だってそう思ってしまうんだもの」
私がすがるようにノアを見ると、ノアは「あーもうっ」と声をあげる。
「本当に、そう言うところだから。大体スピカだって、レオンと手を繋いだり二人で内緒話したりするじゃないか」
「えっ」
ノアはアッと慌てて口を押さえた。
「今の言葉は気にしなくていい」
「ノアが嫌なら私レオンと手を繋がないわ。内緒話もしない」
「スピカ・・・」
ノアは苦そうな顔をして私を見つめた。
「スピカはスピカの思うままに生きればいいんだよ。もう知っているだろう?僕には何も無いんだって。僕は君に何も返せない」
「えぇ」
魔力も私に対する想いも何もかも無くしたのよね。
「それでもいいの」
私はゴワゴワする豆が潰れている痛そうなノアの手をそっと握った。
「それでもいいの。私の生きたい様に生きていいのなら、あなたといたいの」
ノアは息を飲んで、うつむいていた。
少しすると顔をあげて私を真っ直ぐ見て言った。
「僕も、もっと努力をする。君の側にいられるように」
焦げ茶の瞳が、私を捕らえて離さなかった。
「スピカの護衛騎士になれるように」
私は一気に顔が赤くなり「え、ええ」と返事を返すのが精一杯だった。
あぁ、こうやってノアとずっといたいな、と思うばかりだった。
なんだかそれだけで幸せな気がしたから。
私の和んだ気配が伝わったのか、ポケットから出たラベンダーちゃんがプロキオンとじゃれ合う。
ラベンダーの香りが色濃い空間で、ノアの手をそっと握ったまま。
私達はずっと側にいたのだった。
あれから何日も経ったのに、王家から婚約解消の通知が届かなかった。
レグルスお兄様経由でユリウス王子の書簡が届いた。
〈婚約解消を父に話したが、スピカが使い魔を得ている事、橋の崩落を予言した事等から継続する様に諭された〉というような内容の書簡だった。
読んでくれてありがとうございます!




