サファイアの・・・
私はいつポケットの中のサファイアのワニを出そうかと思っていたけれど、教室までミアプラお姉様やレグルスお兄様に送られて、取り出す機会を失っていた。
クラスの中は微妙な空気が漂っていた。
なんだか、皆に遠巻きで見られているような。
「スピカ。ごきげんよう」
そんな中、シャーロットが声をかけてくれる。
「シャーロット。ごきげんよう」
「人の噂も七十五日と言うわ。何があったのか詳しくは知らないけれど。本当の入学の時には、誰も気にしない話になっているわよ」
「ありがとう」
シャーロットにしてみれば昨日知り合ったばかりの私に、こんなに優しい言葉をかけてくれるなんて。
そうね、噂にならない訳が無いわよね。
校内案内中に突然寮に帰ってしまった私。
ユリウス王子とのペア解消。
話に上がらない訳が無いわ。
「ウィル様がペアを代わってあげたいと・・・」
「それは大丈夫よ。レグルスお兄様が引き受けてくれたの」
シャーロットはホッとした様に笑った。
あぁ、なんて可愛らしいのかしら。
私、シャーロットの恋を応援するわね。
ネイサン先生が教室に現れるとクラスが静かになった。
「はい。皆さん、体験入学二日目となりました。体験入学にはトラブルがつきものです。気にせず楽しんで行きましょう」
ちらりと私を見た気がするけど、先生にまで気を遣わせたのなら申し訳ないわ。
「昨日に引き続き、ペアの先輩と過ごしてもらいます。ペアである最上級生以外の学年は通常授業をおこなっていますので、気になる授業を参観するのも良いかもしれませんね。各自ペアと話し合い決めて下さい」
先生の言葉が終わるかどうかの時に、既にレグルスお兄様は私の横にやってきていた。
「さぁ、スピカ。どこからまわろうか」
私はポケットのサファイアの様なワニが気になっていたので、外に行きたかった。
「んー。あ!レグルスお兄様、温室が見たいわ。キアル先生の!」
「あ、ああ」
お兄様は一瞬驚きの顔をしたが、笑顔で私を連れ出した。
「スピカはキアル先生のことまで知っているのか」
歩きながら言われて、私は頷きそうになって慌てて黙り込む。
キアル先生は薬草学の先生で、賢者のおばば様を尊敬していて、よく私に賢者のおばば様の話をねだるのだ。
帰省の度にファンレターを手渡されて届けていたっけ。
先生の薬草茶を良くご馳走してもらったのは良い思い出だわ。
でも、それは前回の話。
体験入学の時にキアル先生を知ってるってまずいかしら。
「あぁ、僕が帰省した時話したから知っているのか」
あら?レグルスお兄様がキアル先生の話しなんてしたかしら?
でも、そう思ってくれているのなら、乗っかるべきよね。
「え、えぇ」
ホッとしてレグルスお兄様と外の温室にむかう。
思っていた通り校庭の片隅にある温室には人気が無かった。
そこで私はポケットに手を突っ込んでサファイアのワニを取り出す。
「スピカ!それは?!」
驚き声をあげるお兄様にシーっと人差し指を口元にあてる。
何故ならサファイアのワニは心地良さそうにすやすやと寝ていたから。
「さっき、ミアプラお姉様が虫って騒いでたでしょ。あのままじゃレグルスお兄様が滅してしまうと思ってポケットに隠していたの」
「い、いや。そっちじゃなくて・・・この生き物は何なんだ?」
レグルスお兄様の言葉に首をこてんと横に倒す。
「わからないわ。こんなに小さなキラキラする青いワニなんて、動物図鑑にも載っていなかったと思うの」
「ワニ?ワニなのか?」
「どうなのかしらね?ミアプラお姉様はトカゲですって」
「とかげ?ワニにしろトカゲにしろ、角なんて生えているのか?」
あら?本当に頭に二本角のようなものがあるわ。
「髭が生えているか?」
あらあら。レグルスお兄様って良く観察していること。
「これではまるで伝説の!」
レグルスお兄様が声を張り上げるからワニが起きてしまったわ。
「あらあら。瞳までサファイアの様に綺麗なのね」
私の掌で寛ぐサファイアのワニを、私は人差し指の腹で優しく撫でた。
私はミアプラお姉様と違い虫でも爬虫類でも大丈夫なのだ。
私はしゃがんで掌を薬草が生え繁っている場所においた。
「あまり人に見つからないようにね。あなた滅せられるとこだったのよ」
あぁ、本当によい香り。この香りはラベンダーの香りなのね。
いつまでも私の掌から降りようとしないワニに声をかける。
「ラベンダーちゃん、元気でね」
何とはなしに口にした呼び名。
その瞬間、掌のワニは光輝き、宙に浮き私の額にそっと触れた。
何が起こったのかわからない私はもう一度「ラベンダーちゃん?」と呼び掛ける。
ふわふわと宙を泳ぐ様な姿に目を奪われる。
「レグルスお兄様、ワニって空を飛ぶのかしら?それなら、やっぱりトカゲなのかしら?」
「いや、トカゲも飛ばない」
「そうよね。やっぱり。この子は何なのかしらね?」
「伝説の竜・・・」
「うふふ。レグルスお兄様ったら。こんなに小さくて可愛らしい子が竜だなんて」
レグルスお兄様は、顔色を悪くさせながら力無く笑った。
「は、はは。ついに竜まで・・・」
「レグルスお兄様?」
「いや、大丈夫。スピカ、お前のことを守るからね」
ラベンダーちゃんは、いつまでも私とレグルスお兄様の周りを泳ぐように漂っていた。
お兄様のショックな様子を見て、他の人もラベンダーちゃんを見たら青ざめてしまうかもしれないと思い「人に見つからないように早くおうちに帰りなさい」と呼び掛ける。
ラベンダーちゃんは、キュンキュン鳴きながら私に頬擦りをしてくる。
「なんだか、懐かれてしまったみたい。どうしましょう。レグルスお兄様」
見ると、お兄様は天を仰いでいた。
「魔法書簡を飛ばしてお父様に報告していいかな」
「えぇ。勿論。それでね、お兄様。ラベンダーちゃんが懐いてるって書いてくださる?」
私はふわふわと漂うように宙を泳ぎすりすりと甘えてくるこの子に、すっかり心を持っていかれていた。
「もしもお父様が良いと言うのならプロキオンの様に飼いたいのだけれど」
「は、はは。わかったよ」
やったわ!なんだか、お父様はいいよって言ってくれると思うのよ。
「しかし、余りにも目立つな」
ラベンダーちゃんは、確かにキラキラして可愛くて目立つわね。
「どこかに、隠しておくのは可哀想よね」
するとラベンダーちゃんは、私のポケットにするすると入った。
「あら。良い子。あなた、そこで窮屈じゃないの?」
ポケットを覗き込むとラベンダーちゃんは丸まって心地良さそうに目を閉じた。
「うふふ。可愛い。お父様が良いと言ってくれたなら、あなたにも素敵な名前をつけてもらおうね」
私はそう言ってポケットをそっと閉じた。
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