ハーブの香り
その日ミアプラお姉様が泣きながら私の部屋を訪ねて来た。
一日で一回りも小さくなってしまったように見えて、心配になってしまう。
「ごめんなさいスピカ。私、あなたの姉なのに・・」
こんなに子供のように泣きじゃくるミアプラお姉様は初めてで、私はミアプラお姉様の背中を撫でた。
「そんなに泣かないで。ミアプラお姉様大好きよ」
私が声を掛けると余計に泣きじゃくるので、プロキオンを差し出す。
ミアプラお姉様はプロキオンを抱き締めて少しづつ落ち着いたようで、ポツリポツリと話し始める。
「諦めようと思ったのよ」
「えぇ」
「それなのに、ダメな姉でごめんなさい」
「そんな事無いわ。それなら私はダメな妹よ。ユリウス様とミアプラお姉様のことわかっていたのに、中々言い出せなかったの」
「あなたが悪いところなど1つもないわ!」
「あぁ良かった。それならミアプラお姉様泣き止んでくださるわね」
「スピカ・・・」
ミアプラお姉様は、プロキオンを放し私を抱き締めた。
良かった。
私はミアプラお姉様を長く悲しませないですんだのよね。
翌日、ミアプラお姉様と寮を出てきた私をレグルスお兄様とレオンが待っていた。
レグルスお兄様は何も言わずに私を抱き締めた。
「レグルスお兄様。私は大丈夫よ」
私が顔を上げると、眉間にシワを寄せたレグルスお兄様と目が合った。
安心させるようににっこりと笑う。
レグルスお兄様は何かを堪えるように目頭を指で強く抑えた。
「スピカ、ペアは僕とになったから安心してくれ」
まぁ。確かにそうね。昨日の今日で仲良く話すのは少しハードルが高いわね。
「ありがとう。レグルスお兄様」
何だかレグルスお兄様の瞳がきらりと光った気がするけれど私の為に涙を浮かべたなんて・・・。
まさかね。
強いレグルスお兄様が。
もしかして前回の時にもそうだったのかしら。
婚約解消の時、こうやって涙を堪えてくださっていたのかしら。
「ありがとう」
私はもう一度噛み締める様に言う。
レグルスお兄様は、私の頭を優しく撫でた。
「私がお兄様とペアになるなら、まさかレオンはユリウス王子と?」
レオンは「別にそんなこといいんだよ」とぶっきらぼうに言った。
何だか、来て早々に言うべきじゃなかったのかもしれないわ。
いろんな方面で気まずい思いをさせてしまっているのかも。
「それよりも言えたんだな」
「ええ」
私はさも簡単に出来たようにレオンに頷く。
「頑張ったな」
急に笑顔で褒められて、私はドギマギしてしまう。
ノアも褒めてくれるかしら。
私は雲一つ無い青空を見上げた。
そこに強い北風が吹いて皆は髪を抑えたり目に砂が入らぬ様に手で覆ったりしていたけれど、何故か私の前ではそよ風のように優しく過ぎて行った。
まるで私を守るかのように優しい風が包んでいったようだった。
「ハーブの香り・・・」
私はもしかして、と草むらに目を凝らすと。
やっぱりキラリと輝く一点があった。
しゃがんで草をどかす。
昨日と同じサファイアのようにキラキラ輝く青い小さなワニがそこにいた。
「いやぁーっ!虫っ!」
虫嫌いのミアプラお姉様が悲鳴をあげる。
悲鳴につられて、炎の魔術を放とうとするレグルスお兄様。
私は慌ててワニを掴みポケットに入れた。
「虫なんてどこにもいませんわ。落ち着いてミアプラお姉様」
「え?あ。だって、トカゲのような何かがいたわよね」
私にはワニに見えたけれど。
ミアプラお姉様にはトカゲに見えたのね。
でもこんなに小さいワニはいないからトカゲなのかしら。
サファイアの様に輝くトカゲなんて聞いたことないけれど。
まぁそれを言うならそんなワニも聞いたことが無いけれど。
「レグルスお兄様。ミアプラお姉様の虫嫌いにいちいち対応していたら火事になってしまいます。二人とも落ち着いて」
「ごめんなさい。はしたない声をあげてしまって」
「咄嗟に駆除しようとしてしまった。火が他についたならすぐに水魔法を放つつもりだったんだよ」
「えぇ、えぇ」
危うくこの珍しいワニが焼滅するところだったわ。
ポケットのワニを出して観察をしたいけれど、ミアプラお姉様と別れてからじゃないとまずいわね。
それにしてもなんて爽やかなハーブの香りなのかしら。
ポケットに入れているからか、ハーブの香りが消えないわ。
プロキオンが私の足元をぐるぐるまわった。
この匂いが気になるようね。
私はポケットを片手で抑え、もう片手でプロキオンを抱き上げた。
読んでくれてありがとうございます




