私は無価値じゃ無い
懐かしい校舎をユリウス王子に案内されて歩く。
いろいろな説明は上の空だった。
婚約解消の話をいつ切り出すかということだけを考えていた。
大好きだったユリウス王子の横顔を見ながら。
あぁ、こんなに素敵な人が一時でも間違えでも私の婚約者だったなんて。
それは幸福なことよ。
夢見る時間を貰えたと思うのよ。
ミアプラお姉様と比べられ自信の無い私は、ユリウス王子の婚約者となれた事で足りない自信を回復出来た。
けれども本当はミアプラお姉様のことが好きだったと婚約解消をされて粉々になったの。
大好きなミアプラお姉様と大好きなユリウス王子は相思相愛で。
お父様やお母様も。
国王夫妻も三大魔導士のおじいちゃま達も。
レグルスお兄様もレオンやノアも。
婚約解消に賛成だった。
私は混乱の中、ただ流されるように婚約解消をした。
それこそ夢の中の出来事のようだった。
私の価値が何もなくなってしまったような喪失感。
その中で何らかの理由で死んでしまった私。
私は何の価値も無いのかしら?
ユリウス王子の婚約者でなければ、本当に価値が無いのかしら?
いいえ。
ノアが何度も何度も私を呼び、魔力の全てを使って死に戻らせてくれたのよ。
あなたの魔力の価値以上に価値が有るものなんてあるのかしら?
それが私の命だと言うのならその価値を私が下げてはいけないのよ。
例え婚約解消で一時胸が痛んでも悲しくても乗り越えられる筈。
私はお守りのようにノアのひしゃげた眼鏡を胸ポケットに忍ばせていた。
ノア、お願い。私に勇気をちょうだい。
胸元を押さえつつ、私は息を整える。
「スピカ?どうしたんだい?」
立ち止まった私を優しく振り返るユリウス王子。
場所は校庭の入口。
周りには人がいない。
ごくり、と自分の喉が鳴った。
「ユリウス様。私との婚約は間違えだったのでしょう?」
震える手を自分で抑えながら、懸命に笑顔を浮かべる。
ユリウス王子はハッとした様に私を見た。
「ミアプラお姉様を望んでいたのに、お父様が勘違いをしたのでしょう?」
笑顔で告げたのに、涙がこらえきれず頬を伝ってしまう。
ユリウス王子があせった表情を浮かべ、慌てて私を抱き寄せて来た。
「ごめんよ、ごめんよ。スピカ」
それがユリウス王子の答え。
私はそっとユリウス王子の胸を押しやり後ろに下がる。
涙を手の甲で拭い、顔をあげる。
「それでは、婚約解消の話はユリウス王子が進めて下さい」
「あ、あぁ」
戸惑うユリウス王子とは逆に、私は言うだけ言ってスッキリとした心地だった。
胸につかえていた何かが外れたようで。
心からの笑顔を彼に向ける。
「さようなら、私の王子様」
「スピカ…」
「早くユリウスお兄様って呼べる日を待ってますわ」
私はそう告げると、くるりと向きを変えて駆け出した。
あぁ、言った。ついに言えたのだわ。
今日はもう寮に帰ってしまいましょう。
頑張ったご褒美にこのぐらいささやかに自分を甘やかしてもいいでしょ?
泣きながらも心は晴れ晴れとしていて、思っていた辛さ悲しさよりも言えなかった苦しみの方が辛かったのだとわかった。
そんな私にプロキオンが短く鳴き声をあげる。
「あ!」
気づいた時には遅かった。
私は石に躓いて、転ぶ所だった。
けれども私の体はふわりと風に包まれて転ばずに済んだ。
ハーブの香りが辺りに充満した。
爽やかな香りに思わず深呼吸してしまう。
この香りは覚えがあるわ。
ユリウス王子が前回、転びそうになった私を助けてくれた時の風魔法の香り。
そうだと思っていたけれど、違うのかしら。
後ろを振り返ってもユリウス王子はいなかった。周りを見回しても人影が無い。
一体誰が私を助けてくれたの?と周囲を見回す。
草むらでキラリと何かが光った。
私はそおっと屈んで草をかき分ける。
そこには手に乗るサイズのサファイアの様に煌めくワニがいた。
プロキオンが鼻を近づけると、キラキラ光る小さな青いワニは草むらの中に逃げていった。
そこには、ハーブの香りが色濃く残っていたのだった。
読んでくれてありがとうございます!




