SIDEレグルス
カミーユ領では守らなければならない物が2つある。
森と、森に選ばれた者。
そこに真珠のように輝く妹が加わった。
アルタイル兄様が亡くなってから暗く沈んだ我が家に、我が領に、光をもたらせてくれたスピカが。
彼女は、アルタイル兄様の後を継ぐ者。
森に選ばれた者でもある。
普段一度も森から出ることの無い森の賢者のおばば様が、スピカの産まれた時だけ不意に現れ、スピカの額に祝福を願う古代文字を希少で貴重な青薔薇を惜しげもなく絞って、その汁で印した。
その青薔薇の香りが充満した神聖な儀式を見守り、僕はこの子を護るのだと心に刻んだ。
その日は双子で産まれ小さくか弱い従兄弟のノアが、いよいよもうダメなのではないかと言われていた日だった。
お父様はせめて死ぬ前にこの子にも合わせてやりたい、とスピカに保護魔法をかけて大事に包み連れて出た。
スピカはノアの命を救った。
産まれたその日に奇跡をおこしてみせたのだ。
凄い回復師になるかもしれないと期待されたけど、スピカは魔力を使えなかった。
がっかりした僕達にミアプラが私が凄い回復師になってスピカを護るわと告げた。
そうだ。スピカに魔力が無くても僕達で護ってあげればよいのだ、と納得した。
皆の予想に反してスピカは森に選ばれた者になった。
父もノアもそうだが、圧倒的な魔力を保持する者が森に選ばれた者となるのが通例だ。
それなのに魔力を扱えないスピカが選ばれた。
やはりこの子は特別なのだ。
スピカとノアは頻繁に二人で森に遊びに行った。
最初の頃は父が影から見守っていたが、その必要がなさそうだと二人きりで遊びに行った。
僕はそんな二人が信じられなかった。
何故なら賢者の森に繋がるこの特別なカミーユの森は神聖な空気が満ちていて、本能的な怖れを伴う場所でもあるのだ。
一人で森を歩くなど、勇気を奮い起こさないと出来ないほどに。
普段は森に近づこうともしないレオンが、2人と一緒だと森に楽しそうに出掛けていく。
それが気になって、僕もついていくことにした。
そうして、驚いた。
スピカと共に入る森は、僕の知っている森では無かった。
鬱蒼とした森の薄暗い中でスピカが仄かに光っているからかと思ったが、空気自体が違うのだ。
人を寄せ付けない筈の森の空気が。
まるでスピカを歓迎するように柔らかいのだ。
森全体が普段よりも明るく、鳥達の楽しそうな鳴き声が響く。
がさり、と音がしてサッと振り向けば、大きなシカがそっとこちらを伺うように木の影に立っていた。
さらにスピカの頭上の木にはハヤブサがこちらを見ていた。
「あ、キノコ」
スピカが手を伸ばした先にあるキノコは触れるとかぶれる毒キノコだった。
「ダメだよっ」
僕はスピカに駆け寄った。
間に合わない!とあせった僕の眼の前で、リスが素早くスピカの手が届く前に毒キノコを奪って逃げた。
「あら。あれはリスちゃんの食べるキノコなのね。採ってはだめなのね。ノア、ちゃんと覚えた?あのキノコは、採っちゃダメよ」
スピカはどんな危険があったかも気づかずに、けれども理由は間違えながらもこのキノコは採ってはいけないと覚えた様だった。
更に先に歩くと、黒いヘビ型の魔物がいた。
魔物なのに息を潜めるように動かずこちらを見ている。
「なんだか、お腹空いたわね」
スピカが呟いて、渋いことで有名な山葡萄を眺める。
再びがさりと音がして振り返ると、熊がオレンジが実っている木を力いっぱい押した。
すると、いくつかのオレンジがぼとぼとと落ちた。
「わぁ!オレンジが落ちたわ。食べましょう」
と、スピカが駆け出していく。
熊はそっと姿を消していた。
どうなっているんだ、この森は。
僕の知っている神聖で人を寄せ付けない冷たく薄暗い森はどこにいった。
ここはただスピカを優しく見守る空間だった。
僕は夢見るようにスピカ達と森を楽しみ帰宅した。
狐に抓まれたような僕の顔を見た父が苦笑して言った。
「私が一人で森に入ってもあんな風にはならん」と。
「ノアもスピカがいなければ森に近寄らないよ」と。
そうしてさらなる衝撃的な話を聞いた。
森に選ばれた者が、周期的に森を訪れることで、森を維持し魔物の襲来等を防げてきた。
森に選ばれた者がいる世代は領内で大きな災害が起こらないと言われているのだ。
それが、スピカが森に選ばれてから、領地の作物が豊作なのだという。
それも毎年。
「あの子が森に行くと、森が喜んでいるようだろう。あの子は単なる森に選ばれた者ではなく、森の神なのか森の精霊なのかわからないが、森に愛されし者なのだろうとおばば様が言っていた」
森に愛されし者。
あぁ、そうだ。
僕の見た森でのスピカは正しく森に愛されし者の姿だった。
僕は更にスピカを護って生きていこうと心に誓う。
そんなスピカを第三王子のユリウス殿下が見初めたという。
ユリウス王子はそこそこに魔法は使えるが、スピカの光が見える程の力は無いと思っていたのに。
何度かしつこいほど確認をしたが、真珠のように光り輝く僕の妹だと言うのだ。
まぁ、人格的にスピカの伴侶として問題は無さそうだと父に報告をする。
スピカはこの婚約をとても喜んだ。
ユリウス王子は見た目も良いし女の子の理想の王子様そのものだから、物語の大好きなスピカは顔を紅潮させ、瞳を煌めかせ本当に嬉しそうだった。
そんな幸せの真っ只中にいたスピカが家の庭の木から落ちた。
大した高さじゃないのに頭を打って意識を失ったのだ。
目を覚まして告げたのは。
「私は死んだんですもの」
その言葉の衝撃に僕の足はすくんだ。
再び倒れ目を覚ましたスピカは、ノアに本を読んでとねだった。
その本のタイトルは【死に戻り姫ソフィア】
そんな訳があるはずがないと思いながらもスピカを観察する。
ユリウス王子の来訪を喜んでいる様子は無く、寧ろ悲しげだった。
王家がまだ判明したばかりだというユリウス王子の花のアレルギーを知っていた。
スピカは死に戻りの聖女様になったのか?
いや、まだだ。決定では無い。
たったこれくらいのことで、僕の思い違いかもしれないし。
けれども同時期にノアがあの誇大な魔力を突然失った。
それはスピカと何か関係があるのだろうか?
僕の心に灯った疑念は消えなかった。
そんな中、学院から帰省しようとした僕の元に父から魔法書簡が届いた。
サラウト河の橋が壊れる夢見をスピカがしたので別ルートから帰還せよと。
僕は何の躊躇いもなくその言葉に従った。
そうしてサラウト河の橋はその予言通り崩壊した。
もうこれは確実ではないか。
父に報告をすると「私もあの子は死に戻ったのかもしれないと考えていた」と辛そうな顔をした。
「それでは聖女様!」
「レグルス。本当にそうだとしたら、あの子は一度死を味わったのだ。自分から告げてくるまではそっと見守っていてやろう」
父の考えに深く感銘した。
それは正しいと。
傷ついたあの子を護るのも私の役目だ。
カミーユの宝から国の宝へと変わるあの子を支えてやらなければ。
それがカミーユ辺境伯爵を引き継ぐ僕に課せられた役目なのだ。
アルタイル兄様と比べられどうにも満たない僕だけれど。
スピカの為なら、出来そうな気がするんだ。
君が打ち明けてくれるのを待つよ。
待っているよ、僕の妹。
可愛い輝く真珠星よ。
読んでくれてありがとうございます。




