おばば様の言う通り
私は迷子を見かけても絶対深く追いかけないとお父様と約束をして、おばば様の所に行くことを許してもらえた。
なのに森に入ると私の周りに白い彼や白い動物が近寄ってくる。
私はちらりとノアを見たけれど、やっぱり見えていないのだった。
<スピカ>
<スピカ、もう泣いていない?>
<スピカ、助けてあげるよ>
私は見えないふりをしようかと思ったのに、彼等は話しかけてくる。
「あのね、あなた達。私と共におばば様の所に行くつもりあるの?森の迷子は、おばば様が正しき道に送ってくれるわ」
仕方なく相手をすると、ノアとレオンが驚いた顔をして私を見た。
「あなた達の後を追いかけないとお父様と約束したの。だから、あなた達を捕まえようとはしないわ。もしも、おばば様に正しき道へ送ってもらいたいのなら付いてきて」
白い彼らは私の言葉に首を傾げ、それからしばらくすると姿を消した。
「さあ、行きましょう」
気を取り直して双子に声を掛ける。
レオンは辺りを恐る恐る見回し、ノアは眼鏡を外して辺りを伺った。
「いなくなっちゃったわ」
レオンはホッとし、ノアは残念そうに森を眺めた。
おばば様の家の前で、私はノアとレオンに手を差し出す。
「私と手を繋いでいたなら家が見えて中に入れたのよね?ノア」
それならレオンも入れるだろう。
頷いて、私の右手をそっと掴むノア。
レオンはびくびくしながら、恐る恐る私の手を掴んだ。
「わ!なんだ!これ」
両手が塞がってるけれど、どうやってドアを開けようかしらと思った時、中からおばば様が顔を出した。
「いらっしゃいスピカ、ノア。それからレオン」
やっぱりおばば様は凄い。
一度も会ったことのないレオンを呼び当てた。
そう言えば、私も初めて会った時にスピカと声をかけられたわね。
三人で中に入ると香ばしいバターの香りがした。
「わぁ!今日のおやつはショートブレッドね」
私はバターたっぷりのおばば様特製ショートブレッドが大好物なのだ。
「ありがとう、おばば様」
おばば様は何でもお見通しなのね。
私が覚悟を告げに来たことを。
「美味しくって涙がでそう」
サクッとした歯応えに口の中でバターが溢れるかのよう。
「私ね、やっぱり未来を変えようと思うの。その為にはね、何をしたらいいかしら?」
甘くて香ばしいショートブレッドを、また一つかじる。
「何をしたら大きく未来が変わるかしらって考えてたのだけれどね。やっぱり大きく未来を変えるとしたら、あれかしら」
私は勇気を得るように、ショートブレッドを口に頬張る。
「ユリウス王子との婚約解消をすぐにするのが簡単だと思うの」
声が掠れる。
「だって。お父様の勘違いだったのだもの。ミアプラお姉様もユリウス王子も好きあっているのだもの。私が、私が…」
嫌だわ、涙がこぼれそうになる。
もう一つショートブレッドをかじりなら、頑張って言葉を紡ぐ。
「私が、諦めるべきなのよ」
どうしてかしら、大好きなショートブレッドが喉を通っていかない。
胸につまっているようで、苦しくて涙が出そう。
「スピカは婚約解消させないようにしようとは思わないんだね」
だって、おばば様。
私にミアプラお姉様に勝てる所なんて一つも無いわ。
この間の誕生会のユリウス王子の様子を見てしまったら、そんな希望を抱けないのよ。
「お前、食べ過ぎなんだよ。紅茶飲め」
レオンが怒った顔でこちらを睨む。
「だって。美味し過ぎるんだもの。おばば様のショートブレッド。泣くほど美味しいんだから」
ムスッとしたままショートブレッドをつまんで頬張るレオン。
「あー確かに。これじゃ泣いてもしょうがねぇな」
そんな一言で私は泣くことを許された気分になり、ぼろぼろと涙をこぼす。
「そんなに辛いなら、婚約解消を急がなくてもいいんじゃないの?」
ノアは私を宥めるように言う。
「いや。俺はスピカに賛成。すぐに解消する方がいいだろ」
珍しくレオンが私を推す。
「他のことで変えられそうな事は無いの?ほら、死に戻りの聖女様は過去に起こった災害などを防いだり飢饉を防いだりするよね。そういうことは?」
ノアは期待を込めて私を見るけれど。
「私、世間を見る広い目を持たなかったわ。周りの小さい世界しか把握してないの。しかもたった三年よ。三年の間にそんな大きな災害なんて」
ごめんなさいね、がっかりさせて。
私達が黙り込むとおばば様が紅茶のお代わりを出してくれた。
「三年後に死なない為になんとかしなきゃなんだけれど」
ため息を吐きながら紅茶を飲む。
「スピカ、一つだけ言ってもいいかしら?」
「はい」
「あなたが死に戻ったのは七月だったわね。今は十一月。残りの時間は二年七ヶ月よ」
「!」
私は双子を慌てて見るが、二人は当たり前の顔をしてこちらを見ている。
嫌だわ。
私だけが、あと三年と数えていたなんて。
え?あと二年七ヶ月…。
三年でさえ、何かを変えるのは難しいと思っていたのに。
「あせってもどうにもならないけれどね」
そうね、おばば様の言う通りだわ。
何にも進まない計画にため息を吐いてショートブレッドをつまむのだった。
そうして、そろそろ帰る頃合いの頃に、もう一つの話をおばば様にする。
「あのね、魔力回復薬のレシピを教えて欲しいの」
私の言葉を聞いてノアが嫌そうな顔をする。
「僕はおばば様特製の物を飲ませてもらったけれど、何の回復もしなかったから魔力の無い人になってしまったとわかったんだよ」
「えぇ。いいの。あなたは私の気休めに付き合ってくれればいいのよ」
私が諭すように言うと、ノアは顔を歪めた。
「おばば様、素人の私が作っても毒にはならないわよね。薬にもならないだろうけど」
おばば様は私とノアを見て優しく微笑んだ。
「そうね。効果は出なくても、元々は滋養強壮の古のレシピなの。だから、ノアは安心して飲んであげてね」
ノアは仕方なさそうにこくりと、頷く。
私はおばば様からもらったレシピを大事にハンカチで包み、ポケットの奥にしまいこんだのだった。
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