SIDE王子
城への帰路、揺れる馬車の中。
窓の外を流れる景色を見るともなしに見ていた。
「ユリウス浮かない表情だね」
声をかけてきたウィルの方を向く。
「僕は、スピカに何かしただろうか?」
「そう思うようなことが?」
ウィルに問われて、今回の訪問中のスピカを思い出していく。
「あの子は、あんな風に笑う子じゃなかったんだ」
他の令嬢と同じように、いつもうっとりと夢見るように僕を見ていた。
そうして、僕に会えて心から嬉しいと笑っていた筈なんだ。
それなのに今回の訪問中、その表情は見られなかった。
何か思い詰めたような、悲しげな表情ばかり見ていた気がする。
「ユリウスが、ミアプラ嬢ばかり恋しそうに見てたからじゃないの?」
「そ、そんな訳無い!」
僕はドキリとして声を上げてしまう。
ウィルの言う通りだったからだ。
水の妖精と名高いレグルスの妹と出会ったのは学院祭の時だった。
「すごく可愛い子がいる」
「カミーユ辺境伯の水の妖精だ」
皆が指差す先に、彼女はいた。
胸が震えたのは初めてだった。
僕は彼女に魅入ってしまった。
その日僕は、魔術クラスの出し物として、特大の火球を操ったのだが、ミスをして、手のひらがジクジクする痛みを持っていた。
誰にも気づかれないように振る舞い、失敗はしていないことにしようとしていた。
彼女はこちらに近寄り「いつも兄がお世話になっております」と頭を下げた。
そうして、僕に「握手して頂けますか?先程の術感銘を受けました」と手を出してきた。
僕は火傷をしていたことを忘れて、うっかり彼女に手を差し出した。
彼女に見惚れて失念していたのだ。
彼女は僕の手を優しく包み込み、回復術をそっとかけてきた。
僕以外の誰も気づかなかっただろう。
顔を上げた彼女と目があった。
こんなにも美しく、回復術も扱え、人の気持ちを慮ることが出来る人がいるのだ。
僕は彼女と出会えるのを待っていたんだ。
これは運命だ。
そう思った。
目が合った彼女も、時を止めたように僕を見て動かなかった。
何秒も僕達は見つめ合って動かなかったんだ。
僕を呼ぶウィルの声で、はっとしたのだがそっと去って行こうとする彼女に声をかける。
「時間が無いから行かなきゃ行けない。でも今度、必ず君の元へ行くから」
彼女はポッと頬を赤らめて、口許を手で被い頷いてくれた。
僕は無欲な三番目の王子で、長男のジェームス兄上や次男のエドワード兄上とは10も年が離れているし、王位継承の争いとは程遠く何も期待されてなければ何も期待しない日々だった。
なので、王家の者なのに、婚約者が決まっていなかった。
数多いる姉上達は政略結婚で次々と嫁いでいく中、末っ子の僕ぐらいは自分の好きな子と結ばれても良いのでは?と言う空気が出来上がっていたのだ。
どこかの貴族に婿入りしても良し、嫁に取るなら新たな公爵家を設立しても良し、と。
そんな僕が一目で恋に落ちてしまったのだ。
その日の内に父上と会い、婚約を打診して欲しいと願い出た。
父上は嬉しそうに「それで、その娘は?どこの誰だ?」と訊いてきた。
「カミーユ辺境伯の」
そこまで言い募り、僕は彼女の名前を知らないことに気づく。
「あの光り輝くような人です。レグルスの妹の。美しく妖精のような」
「何?!カミーユ辺境伯の娘?光輝くだと?それは真珠のような?」
父上が腰をあげ身を乗り出して聞いてきたので、僕は思わず頷く。
真珠も間違ってやしないけれど、どちらかと言えば彼女は水色の透き通る宝石アクアマリンのような人だと思っていたのだけれど。
「おお!誰か、辺境伯に伝えよ!そちの所の真珠のような姫をユリウス王子が見初めたのだと。婚約者として請うと」
父上のはしゃぎぶりに、驚いてしまったが、トントン拍子ですすんでいく婚約話に、僕はホッとしていた。
そうして婚約式の日まで、あの偉大なる三大魔導師の方々にも祝福の言葉を頂いたり、父上に見直したぞと誉められたり、とにかく持ち上げられる日々だった。
婚約式の時、僕の前に立つのは小さな女の子。彼女と似てないとは言わない。けれども、パッと目を惹く彼女と違って地味な印象しかなかった。
こっちじゃない。
彼女の斜め後に立っているミアプラ。
僕は君と。
思いを込めて見つめると、さっと目をそらされた。
絶望を隠して小さな女の子、スピカを見る。
うっとり夢見るようにこちらを見ては慌てて視線を下にそらしていた。
幼いな。
とても、ミアプラと一才違いには見えない。
ここで彼女では無いと言ってしまったら、この子は貴族の笑い者とされてしまうだろうか。
それは出来ないと思った。
スピカは僕の恋い焦がれた人ではないけれども、傷つけたいわけではなかったから。
僕以外にこれは間違いだと気づいているのは、ウィルだけだった。
「早く言っちゃった方が傷が浅いと思うけどね」
「そうは言っても、父上や三大魔導師様達がスピカを嫁に迎える事を大喜びしているだろう。あんなに喜ばれて、実は違うだなんて。言い出しづらい」
スピカを選んだ僕は慧眼だ!と大袈裟に褒められていた。
ミアプラだと告げたら、何故かがっかりされる絵しか浮かばない。
「それなら、我慢するしか無いと思うけど。罪作りだな、君は」
ウィルの言葉を冷たいと思いながらも「僕もそう思う」とため息を吐く。
ミアプラの悲しそうな顔。
ごめんよ。ミアプラ不甲斐ない僕で。
あぁ、けれどスピカも悲しそうな顔をしていたな。
涙を堪えるような表情。
僕が君を悲しませたのだろうか。
ウィルの言うように、ミアプラに見惚れる僕に気づいて。
あんなに朗らかに笑う子だったのに。
涙を堪えて微笑むような子ではなかったのに。
揺れる馬車の中、あの子の悲しそうな笑顔が、いつまでも頭から離れないのだった。
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