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Wizards Storia外伝~天諭の豊刈~  作者: iokiss/薄倉
1/7

其の一

――王国歴1455年 ミクマリノ バガーテの村


 ミクマリノ国内の南東の海に面する村『バガーテ』

 人口は二百人ほどの小さな村である。この村からさほど遠くない場所にドーズ港という大型の港があるが、この村に住む者は基本的にドーズ港を使うことは無く、個人個人が浜辺に括り付けた小さな舟で漁を行い、輸出を行うことで生計を立てている。

 ルストリア大陸を囲う大海を考えれば水産資源は十分にあるように見えるが、北に位置するスルトには活火山がいくつも存在するため、火山灰が近海の水質を悪化させ、更には海底にも存在する活火山が頻繁に噴火を繰り返すため、水質が安定しない。

 その為、漁を行う者も居らず、スルトから水産資源が得られることは無い。西のラミッツでは、水質こそ安定しているものの、偏西風の影響で漁に出ることが難しく、また、船を泊めることの出来る港が限られているため漁を行う者は限られている。

 そして南に位置するシーナは、海に面した南側は切り立った崖が多いうえに、様々な工場が複数稼働しており、水質を損なっていることに加えて、その付近一帯が大規模なスラム街と化しているため、漁を行う者はほとんどいない。


 そういった理由から、ミクマリノは大陸内で人々の手に渡る水産資源の約七割を供給しており、人々の生活を支える大切な仕事である。当然、このバガーテもこういった背景の元に海で仕事を行う者たちが寄り添うために作られたコミュニティであるが、大きな漁船に乗り大量に魚を漁獲するドーズ港の漁師たちとは少し毛色が違う。

 バガーテの漁師たちは、一本釣り、それも魔法による一本釣りを行っていた。ミクマリノに複数ある漁村の中でもこれは珍しいものであり、万が一の暴発事故や、対人、対船に対して間違いが起こらないように、海には浮きがいくつも設置されており、ドーズ港から出港した漁師たちは決してここに近づかないよう規定されている。


 ミクマリノで獲れた魚は、大陸全土の輸出されるわけだが、当然その保存方法が重要となってくる。干物であったり、漬物であったり様々な方法で腐らないようにして輸出されるが、ミクマリノで獲れた魚がラミッツの王都に届くまでに最低でも一か月以上はかかってしまうため、通常の方法では新鮮な魚を届けることが出来ない。そんな、問題を解決すべく生まれたのが『冷安士(れいあんし)』という職業である。冷安士は、冷やすことで安全を確保する仕事の総称であり、起源はスルトの溶岩を食い止める仕事であるが、ここミクマリノでは、これを水産資源に対して使うことにより冷凍して輸出することを可能にさせている。

 バガーテの冷安士は、イグナート夫婦のみであったが、主人であるイグナートが非常に優秀であったことと、バガーテの漁獲が大量という趣向ではなく、希少という方向性であったため、丁寧な仕事を行うイグナートとうまくマッチして輸出を安定させていた。

 そんなある日、イグナート夫妻に一人の子供が生まれる。イグナートは我が子に「イグナ」と名付け、愛情を注ぎ丁寧に育てた。


――王国歴1462年 ミクマリノ バガーテの村


「目の輝きを見れば、この魚にまだ命が宿っていることがわかる。この状態でなくては、血抜きは難しい」

「はい、父上」


 七歳になったイグナは、父から仕事を教わっていた。この小さな漁村には学校と呼べるものは無く、近所に住むパラスという初老に文字を教わっている。彼は一昨年に軍を退役後、故郷のバガーテに帰り、軍で培った知識や経験を役立てている。

 又、月に二回訪れる行商人に話を聞いたりして、基本的な教養を身に着けていくのがこの村の教育にあたる。小さな村で協力しあって生きていくと言えば聞こえは良いが、働ける体になれば働く必要が生まれ、手早く一人前にならなければあっという間に、村での笑いものにされてしまう。そういった排他的な住人の行動によって村を小さくしてしまうわけだが、それに気が付いている者は少ない。


「イグナ、箱をもってこい」


 そう言われたイグナが台車に載せた金属製の生け簀を持ってくる。生け簀にはなみなみと注がれた海水が入っている。父は血抜きされた魚を、その生け簀にドボンと入れた。


「下がっていなさい」


 父にそう命じられると、イグナは言われるがまま、後方に一歩、二歩離れた。

「幾何の道 幾何の足 行っては戻る冥府の祈り イサの御手 エダの心臓 停止せよ スターモ・ティータ」

 父が掌に魔力を込めると、金属製の生け簀に霜が走っていき。見る見るうちに中の海水が凍っていく。一五分程して、金属製の生け簀が完全に凍ると、ふう、と父は息を吐いた。その様子を見て、イグナは手に持っていた手ぬぐいを父に渡した。


「海水を扱うのは非常に難しい。水質によって凍る温度が違うからな。お前はまず、真水と小魚から徐々に慣らしていく。オーバーフローの危険があるから、一人で練習したりはするなよ、必ず私の前で練習するのだ」

「はい、父上」

「精が出るわね、イグナ」


 イグナのすぐ後ろに、いつのまにか母が立っていた。イグナは振り返り、母の顔を見るとニッコリと笑った。


「母上、今日もお仕事ですか?」


 そう聞かれた母は、首を横に振ると両腕を広げイグナを抱きしめて言った。


「今日はお休み! だから今晩は私が料理を振る舞うわよ」

「やったー!」


 そう大声をあげてからイグナは仕事中であったことを思い出し、恐る恐る振り返ると、父は少しの時間真顔でイグナを見つめた後で、ニコリと微笑み、今日の仕事の終わりを告げた。


 イグナの母は、原魔修道院の巫女であり、イグナを育てつつ、明け方や、夕方になると村の広場で漁の安全を願う歌や、催事などで原魔結晶石に祈りを捧げるための歌を歌い、原魔修道院から収入を得ていた。

 大陸では原魔結晶石崇拝という信仰は身近なものであり、バガーテも例に漏れず、原魔結晶石の加護により漁を行え、その加護のおかげで健やかな生活が送れるものと考えられていた。

 それに加えて、イグナの母は修道院にて治癒魔法を簡易的ではあるものの会得しており、治療院の無いこの村では医者の代わりのようなこともやっていた。

 冷安士と巫女、そのどちらもこの村の中心を担っていることもあり、イグナの家庭は比較的裕福であった。イグナは、そんな家庭の恩恵を授かり育っていった。


 イグナの母は料理をするためにエプロンを着けながら、イグナに声をかけた。


「そうだ、イグナ……」

「キールの家のスパイスだね、もらってくるよ!」


 イグナは、母がお願いをする前に母の言いたい事を察すると、先回りをして返事をする。バガーテは常に海風が吹いている為、香りのよいスパイスほど湿気て品質を落としてしまいやすく、必要な分を必要な時に摘みに行くのがこの村の常識である。

 だが、イグナの友人であり、家族ぐるみで付き合いのある、隣に住んでいるキールの両親の家業がサフランなどのスパイスを扱う農家であるため、都度貰いに行くのは習慣であった。


「イグナ、そこの瓶を持って行ってちょうだい」


 母が机の上を指さすと、麻布でぐるぐる巻きにした瓶が置いてあり、イグナはその瓶が修道院から持ってきた酒だとすぐに理解した。


「わかった、いってきます!」


 イグナは、酒瓶を大事に抱えすぐ隣にあるキールの家に向かった。外は日が暮れかかっており、家を出て正面に見える海には太陽が半分ほど隠れ、海面を赤く照らしていた。日中漁師で賑わっている海も、この時間帯になると人の姿はほとんど無く、代わりに、民家からは灯りと楽しそうな家族団らんの声が聞こえる。

 キールの住んでいる石造りの家からも同様で、イグナはその家の扉を三回ノックした。


「はーい! ちょっと待ってねー!」


 溌溂な声でキールの母はノックに応えると、数秒の後に扉を開いた。


「まあ、イグナちゃん! この時間に来るってことはスパイスでしょ?」


 そう言ったキールの母は、先ほどの数秒間で用意してくれたであろう布袋をイグナに手渡した。その際に、イグナが手に持っていた酒瓶を見つけると、


「あら、わざわざいいのにー!」


 などと、遠慮の言葉とは裏腹にイグナの返答を待たず、酒瓶を取り上げた。キールの母は、恰幅の良い女性でとても優しく、豪快な人であった。イグナの家庭を裕福な家庭として特別扱いする村人も居る中、キールの家族は皆、イグナの家庭に対して偏見無く関わり合いを持ってくれていた。そんなキール家をイグナはとても大切に思っていた。


「やあイグナ、明日時間ある?」


 そういって、家の奥から現れたのはイグナの友人であるキールであった。キールは、麻布一枚を腰に巻いただけのかなりラフな格好で出てきたため、イグナは何か言おうと思ったものの、自分の格好だってそんな大差ないことに気が付くと、口をつぐんだ。


「明日は午後から休みだから、時間はあるよ!」


 イグナがそう言うと、キールは微笑みながら近寄り、こっそりと言った。


「じゃあさ、秘密基地に行こうぜ」


 それを聞いたイグナも、楽しみで仕方なく、微笑みを返して頷いた。その後、イグナは家に帰り、久しぶりの母の手料理を食べて、家族で少しだけ歓談し、自室で今日学んだことを小さなノートに書き綴った。ノートには今まで学んだことが、びっしりと書き込まれていた。


「延髄、脳幹を適切に凍結させる」

「適切に処理すれば魚は苦痛を感じない」

「脳天を締める、血抜き、神経を締める」

「魚は食べられる運命を受けている」

「冷却魔法は決して、人へ向けて使用してはいけない」


 書き綴った文字を一通り眺めると、イグナは明日の約束を楽しみに床に就いた。


 翌日の午後、イグナは冷安士見習いとしての仕事を終えると、海岸沿いの洞穴に向かった。バガーテからは大人の足で二十分ほど歩いた先にある洞窟には、イグナとキールで一年前からこつこつと建設した秘密基地があり、イグナの仕事が午前のみで、なおかつ、キールの体調が良い日には必ずここに集まり、秘密基地増築の相談や、日ごろの悩みなどをお互いに打ち明ける場として重宝していた。

 イグナの冷安士見習いとしての仕事は、イグナの年齢としては相当に早く、父もそれを考慮し週に三回、魔法を使った職業訓練を行い、イグナの体調に配慮した構成で指導していた。朝の六時から昼の十一時までは毎日雑用をこなすが、午後の魔法を使う訓練は本日休みであり、休みの日は家で本を読むか、キールと共に秘密基地の作成に明け暮れるか、これがイグナの日常であった。


 イグナが洞穴に到着すると、キールは既に秘密基地に到着しており、海岸に打ち上げられた流木を組み上げて作った小屋の中で横たわり寝息を立てていた。


「キール、起きて」


 イグナがキールの肩に手をあて軽くゆすると、キールは目を覚ました。


「お、イグナ。来たか」

「大丈夫? また頭痛い?」

「うん、ちょっと頭痛いかな。でも、少し寝たら良くなったよ」


 キールは起き上がると、ゆっくりと歩きだし、小屋の外に出た。イグナは肩を貸そうとしたが、キールは手ぶりでそれを断り、小屋を指さして言った。


「問題です! イグナ、この小屋には足りないものがあります。それはなんでしょうか?」


 キールの突然の問いかけに、イグナは少し頭を悩ませたが、すぐに閃きキールと同じように小屋を眺めながら言った。


「わかった! 看板でしょ!」


 キールは残念そうに首を振り、イグナに語り掛ける。


「違うよー、秘密基地に看板なんてつけるわけないじゃん。秘密じゃなくなっちゃうもん。答えは、罠です! 僕たち以外の人間がこの小屋に近づくことが出来ないようにする、『ぼうえいしすてむ』が必要なのです」


 キールはパラス爺から聞いた防衛システムという言葉を使いたいだけで言っているだけだったが、イグナはそれに対して「なるほど」と思った。


「そしたら、なんだろう、落とし穴? うーん、でもそれじゃ相当深く掘らないと、侵入者の足を止められないし……。分かった! キールの家から農工具を借りてきて、鍬が侵入者の頭に刺さるようにすれば、一撃かもしれない!」


 イグナの幼いからこそ出てくる残酷な発想に対して、キールは少し驚いたような様子で口を開く。


「イグナ、お前時々怖いこと言うよな」

「でも、だって、半端な罠にかかった人は可哀想だよ?」

「うーん、相変わらずイグナはちょっとズレてるなぁ……。ここでの罠は、驚かせるだけのものでいいんだよ」

「えー、例えば?」

「うーん、扉を開けると上から枯れ木がいっぱい降ってくるとか?」

「……そっかぁ」


 イグナは、何か言いかけたがそれを口にすることなく、飲み込むことにした。キールもイグナが何か言いよどんだことはわかっていたが、これは割といつもの事なので、防衛システムの資材集めとして、洞窟を出て目の前にある海岸に出ることにした。


「ところでさぁ、イグナ」

「ん? なあに?」

「魔法が出るって、どんな感じ?」

「うーん、そうだなぁ。手がポカポカしたり、ちょっと痛かったりかな」

「いいなぁー。俺は去年来た軍の人から受けた魔法適正検査で、適正無しって言われちゃったからさ。可能性が少ない、とかそういう言い方できないのかな。全く無しなんて……本当に残念」


 ミクマリノでは、このバガーテの村のような小規模な集落が複数存在している。山奥であったり、離島であったり環境は様々であり、住んでいる住人も純粋なミクマリノ人であったり、異民族であったり多種多様である。

 数年前までは、集落間や、王都と村などで争いが絶えなかったが、ミクマリノのヘルドット中尉が指揮する部隊が中心となり、話し合いの場を設けて発案に至った「人間不殺(じんかんふさつ)の法」が施工されると、大規模な闘争や、人々の直接的な攻撃の姿勢は極端に弱くなっていった。その法律の設立に伴い、その集落に住む人間を調査し、魔法適正を確認することで騒ぎがあったときに、速やかに適切な人員で鎮圧が出来るうえ、軍へのスカウトも容易となる、正に一石二鳥の法律である。


「キール、あのさ……」

「いいよ、イグナ。分かってる。この村では魔法が使えなければ、かなり大変な重労働をやらされることになる。だけど、俺はそんなことでは挫けない。魔法が使えなくても、香りのよいサフランを育てることは出来るし、父さんみたいに掌から水は出なくても、郊外にある寂れた井戸を再び掘り返せば、汲んでくることは出来る。この世は、魔法に支配されてるわけじゃないんだ」


「そっか。……うん、そうだね」


 キールは、足元に無数にある貝殻を一つ摘まみ上げると、海に向かって投げ入れた。


「だけど、本当、よくわかんないことばかりだよな」

「うん?」


 キールの唐突な疑問に、イグナは意味を図りかねていたが、そんな様子を気にすることも無くキールは続けた。


「みんな同じ人間なのに、魔法使える人と使えない人がいたり……」


 キールは、海に浮かぶ船を指さす。広大な海に対してあまりにも小さな船が一人の漁師を乗せている。


「あれだって、この見える範囲から先に行くことは出来ないんだよ?」

「……」


 イグナは、顎に指をあて何かを考えている様子だった。キールは続ける。


「本当にあるのかな、『海の果て』なんてさ」


『海の果て』海と関りが深いミクマリノでは、文字の読み書きと同じくらいに覚える、いわば常識である。具体的な距離は示されていないが、沖から更に先へ行こうとすると、海流が乱れ、船の操縦が難しくなる。

 海は生命に溢れ、同時に豊富に魔力が宿っている。その魔力を使用し動力とする魔導船などはあるが、海流が乱れれば、魔力の流れも乱れるということになり、同じように操縦不能になる。そして、その海流が乱れた更に先には、『海の果て』があるとされていて、そこまで行ってしまうともう戻ってくることは出来ないという。


 イグナは、普段から様々な本を読み、多くの知識を勉強している、好奇心の強い子供であった。キールの言う魔法の適性の話や、海の果てに関する話は、非常に興味があり、先ほどから黙っているのは、思考が巡っているからに他ならなかった。


 「行けば戻れないのかぁ。いっその事、海を全部凍らせれば、歩いて海の果てに辿り着けちゃったりしないかなぁ」


 イグナが一人でボソボソ呟いていると、キールが突然村の方を指さした。


「あれ? 何があったんだろう?」


 キールが村の方を見ると、何やら人だかりが出来ている。二人は急いで村に戻ることにした。


「さて、みなさん。我々もこのような手荒な真似はこれっきりにしたいんですが、いかがでしょうか?」


 鎖帷子を来た男が、バガーテの村の広場で胡坐をかいている。


 そしてその目の前にはパラス爺がうつぶせになり、額から血を流しながら倒れている。これだけでもかなり異常な状況ではあるが、その広場を取り囲むようにミクマリノ兵が立ち並び、広場の真ん中にパラス爺と鎖帷子の男二人だけがいるというその様子が、まるでこの広場で何かの儀式を皆でやっていて、その生贄がパラス爺なのではないか、と思える奇妙な空間だった。

 そこに集まり心配そうに見守る住人達は、最初こそ声を上げていたが、パラス爺が目の前の男を追い払おうと魔法を放つ素振りを見せたところで、鎖帷子の男に鞘がついたままの剣で頭を強打されると、誰一人として声を上げる者はいなくなった。


「こ、これ、どういうこと?」


 そこに到着したキールは、それを見ていた住人に話しかけると、住人は脂汗をかきながら小さな声で言った。


「また整地の為の立ち退きでミクマリノ軍が来たんだ。前回はイグナ、お前のお母さんが修道院経由で有耶無耶にしてくれたから、立ち退かずに済んだんだがな。どうやら、今回の軍人は結晶石信仰ではないらしいな」

「……」


 それを聞いたイグナは、顎に手をあて何かを考えている様子だった。


「危ないからお前たちは帰りなさい」


 キールは、慌てた様子で、どうするか迷ったようだったが、イグナはキールの手を引くと、広場を後にしようとした。すると、聞いたことのある声が広場に響く。


「ちょっと! 誰が望んでいるっていうんだい! 私たちは生まれてこの方、この土地に住んでいるんだ、あんたらには故郷を奪う権利があるっていうのかい!」


 その声がした方向を見ると、声を上げたのは今ここに来たばかりという様相のキールの母であった。


「かあさん!」


 思わずキールは声を上げる。それを聞いた鎖帷子の男は、ゆっくりと立ち上がると、首を回しながら、キールの母に言った。


「こんにちは、ご婦人。私、ミクマリノ国軍少尉シードルと申します。今後ともお見知りおきを」

「あんたの名前なんて聞いてないよ! 私たちの平和な生活に入ってきてほしくないの! さっさと消えなよ!」

「んー……先ほど、そちらのお爺さんにも説明をさせていただいたのですがね、ここの村の海面は数年前から異常な魔力が検出されていましてね。高波、あるでしょ? それがね、もしかしたら津波になってしまうかもしれません。村の中には頭痛に悩まされている方もいるんじゃありませんか? それ、海面の魔力の影響ですよ。ねぇ、キール君のお母さん」


 初めて会ったシードルに、家族の名前を言われたことでキールの母は驚きが隠せず、言葉に詰まる。その様子を見たシードルは、パラス爺の元にゆっくりと近づいていく。そして、目の前まで行くと自身の腰に差した剣に手をかけた。


「パラスさん、いやパラス先輩。軍人、あるいは元軍人が、同様の軍人に手をかけた場合、ミクマリノでは立派な違法行為にあたります。ご存じですよね?」

「ぐ、若造が! 儂は故郷を守っているだけだ!」


 横たわるパラス爺は、魔力を手に溜めていた。


「はぁ……。どうしても自国に牙を剝くのですね、分かりました」


 そう言うと、シードルは剣を振り上げた。それを見ていた周りの住人たちが声をあげる、が、次の瞬間。


「終わりにしましょうかっ!」


 シードルは剣を振り下ろし、パラス爺の右足首を切り落とした。パラス爺の悲鳴がこだまする。周りの住人たちは、これを見て怯える者、激高し兵士に向かっていくもの、逃げ出す者、様々だったが、兵士に向かっていったものは漏れなく痛めつけられ鎮圧させられた。

 荒れに荒れた広場で、イグナは一人パラス爺に駆け寄ると、出血で意識が朦朧としている様子を見て、斬られた足首に手を当て、小さな声で詠唱を始める。


「幾何の道 幾何の足 行っては戻る冥府の祈り

イサの御手 エダの心臓 停止せよ スターモ・ティータ」


 イグナは魔法発動時の発光が周りに見えないように、自身の体で覆いかぶさる。イグナの体の内側は青白く発光し、パラス爺の足首はみるみる凍っていく。傷口が凍ると出血は止まり、同時にパラス爺は意識を失った。パラス爺が意識を失う直前に見たのは、イグナの涎を垂らすほどの驚異的な集中力であった。


「なんてことをっ!」


 と、慌てて駆け寄ってきたのはイグナの父であった。父から『氷結魔法は人体に使うな』と厳しく教えられてきた。近くの住人も、パラス爺の元へと集まってくる。


「これは……すごい。しっかりと止血されている! イグナート! お前の子供は天才かもしれんな!」


 そう言う住人が一人、二人と増えていき、イグナはその場で父に[[rb:叱咤 > しった]]されることは無かった。パラス爺は体格の良い漁師の住人に抱きかかえられると、すぐにイグナの家に運ばれ、イグナの母により治療が行われ一命を取り留めた。


「愚か者めっ! 人様に冷却魔法を使うとはっ!」


 一通り事態が落ち着いたイグナの家で、イグナは父から軽く体が浮き上がるほど強く頬をぶたれていた。


「申し訳ありません、父上」


 イグナは、涙を流すこともなく、よろよろと壁を使って立ち上がる。


「あなた、もういいでしょ。イグナだってわかったうえで、それでも助けたかったのよ。イグナの適切な処置が無ければ、パラス爺は正直危なかったわ」


 イグナの母は、イグナをかばう様に抱きしめて言った。イグナが行った止血方法は、発想こそ素晴らしいものの、攻撃性が高い魔法を人体に使うリスクを、父はよく理解していた。その為、イグナは厳しく躾けられていた。

 しかし、そんな『ルール』というものを人はいつだって守らない事も、イグナは同時に理解していた。パラス爺さんだってルールを守らない結果が、今の状態だ。きっと、ルールは正しさではない。イグナはそんな事を考えていた。

 父は、まだ怒りが目に宿ったままであったが、気が付くとイグナの家の前にはパラス爺の様子を見に来た住人たちがぞろぞろと集まっていたので、住人たちにパラス爺の容態について説明するべく、両親は外に出ていった。


 イグナは、自室に戻ると、そこにある窓から外に飛び出し、キールの家に向かった。


 キールはあれから、頭痛がひどくなりその場で意識を失ってしまった。キールは両親に運ばれて自宅に帰ったが、イグナはその様子が気になったのだ。


 コンッ、コンッ!


 イグナはキールの自室の窓に小さな小石を投げる。すると、窓がススス、と開きキールが顔を出す。キールの顔は真っ青で、イグナは素直に可哀想だと思った。


「やあ、イグナ。すごい働きをしたみたいじゃないか。親友として誇らしいよ!」


 キールは体調が悪いにも関わらず、いつものように話しかけた。ここにきてようやく、イグナはキールに対して迷惑なことをやっていると気が付いた。


「あの、キール。その、体調大丈夫かな……って。それどころじゃないね、ごめん!」


 そう言ってイグナは自宅に引き返そうとするが、キールの自宅から聞こえる両親の話し声が聞こえ、その場にとどまった。


「ミクマリノ軍はこの近くにキャンプをしているらしい……」

「明日、また来るつもりだ。今度はより強固な対応で立ち退きを迫ってくるんじゃ……」

「私たち、本当にここを離れなくちゃいけなくなるかも……」


 イグナは少し考え事をする様子を見せたが、すぐに表情を戻し、キールにお別れを言うと、その場を立ち去り、日没頃には自宅へ戻った。イグナの家の前には遅くまで人がいたが、三日月が空高く上がるころには、誰もいなくなり、辺りは静かになった。

 イグナの両親も、しばらくパラス爺の容態を気にかけていたが、すでに状態は安定していることを確認すると、二人とも床についた。それを合図にイグナは一人家を抜け出した。



 バガーテから十五分ほど西に歩いたところにある川辺に、先ほどまで村に来ていたミクマリノ軍の野営地が出来ていた。


 軍は、鎮圧に対し魔法使用の許可されたシードル少尉と歩兵十五名で各地を回り、立ち退きの勧告を行っていた。歩兵の中には初級魔法くらいであれば扱える者も何名か居り、緊急時に限り、これを行使することを許されていた。

 これは、立ち退きを迫った住人が暴動を起こす可能性を加味したもので、特にこのバガーテの村は、魔法を駆使した漁が有名な為、万が一の際には、こちらも魔法で応戦する手はずになっている。


「しかし、今回の任務はしんどいですね」


 作戦室代わりの小さなテントの中で、兵士の話を聞いているシードルは濡れタオルで顔を拭きながら答える。


「そうだな。自分から望んで故郷を失いたい者など居ないからな。だが、こうしなくては多くの人間が大きな水害の危険性にさらされてしまうことになる。これを未然に防ぐ為の任務だ、栄誉あることだと考えねばなるまい」


 どうやらシードルは、兵士たちから慕われているらしく、シードルの言葉に感銘を受けた兵士は、その場で敬礼の姿勢をとり「見回りに行ってきます!」とテントの外へと出て行った。


 兵士が外に出ると見張りの兵が居眠りしていたが、これを起こさないように代わりに見張りを行った。三日月に雲がうっすらとかかり、淡い黄色が暗闇を静かに照らす。


「バガーテは美しい村だな……。切り拓いてしまうのは勿体ないよなぁ」


 そうつぶやいた後、ふと奇妙なことに気が付く。居眠りをしている兵士から寝息が聞こえない。念のため兵士を揺すると、バタンをその場で倒れてしまった。


「お、おい!」


 と、倒れた兵士をよく見るためにかがむと、ヒタっ、と自分の首筋に何か冷たいものが当たる。


「何者っ!」


 と、振り返ろうと思っても首が動かない。それどころか、両手両足も自由が利かなくなり、倒れている兵士に覆いかぶさるように倒れてしまった。


 ミクマリノ軍十二名が就寝しているテントの、既に十名が絶命しており、残りの二人も息絶え絶えという状況であった。原因は、テントのすぐわきにある井戸水の中に毒が混入していたことである。村の人間も使う井戸だと聞いていたため、まさかここに毒が混入しているとは思わずに、兵士たちは一人最低コップ一杯、多いもので四、五杯は飲んでいた。

 なんとか、テントを出ることに成功した兵士が、緊急を知らせる呼び笛を吹こうとしたところで、目の前に少年が立っていることに気が付いた。


「おじさん、そんなことしないで」


 そう言うと、手に持った果物ナイフを喉に突き刺した。


「よかった。おじさん、よかったね」


 兵士の首から滴る血がナイフを伝って、少年の指に触れる。


「もう一人くらい居るかな……」


 テントの中に入り、残った生き残りの一名も同様に処置した。少年は内心驚いていた。人を殺すことに抵抗の無い自分にではなく、七年という短い歳月で学んだ全てが、今ここに活かされているということにだ。


「魚の毒は、人に使えば武器になる」

「人も魚も急所は同じ、神経、脳幹、理解して冷やせば動きを止めることが出来て、しっかりと締めることができる」


 そして、手を血まみれにしてテントから出てくると既に唯一の生き残りとなったシードルが目の前にいた。


「少年、大丈夫か! 一体どうしたんだ」


 シードルは状況が掴めておらず、目前の少年に手を差し伸べる。それを受けて少年は差し伸べられた手を優しく握り返し、シードルに抱き着くと、シードルは悲鳴を上げた。


「痛っっっ! 何をっ!」


 思わず突き飛ばし、握られた手をまじまじと見つめると、指がぴったりと凍りついて、手を開くことが出来ない。


「……そう、これはやってはいけないこと」


 少年は、ぼそりと呟くと、シードルの固まった手を観察しているようだった。シードルは、何か独り言を話している少年を睨みつけ、もう片方を手で剣を抜いた。よもや信じがたいことだが、この惨状はこの少年が招いたものだと、血濡れた手を見て確信した。


「生きているうちに、端の方から氷結すると、体が縮み上がってしまうから、身が硬くなってしまう、そして……」


 シードルは少年がまだ話していることなど気にかけずに、剣を振り上げ、少年を襲った。が、その剣は天高く振り上げたまま、シードルは後ろに倒れてしまった。


「おじさん、既に肝臓を凍らせたんだよ、さっき抱き着いたときに」

「ばっ、ばっ、はっ、ばか、な」


 既にシードルは自由に声を上げることも出来ない。


「生き物を殺すことは、難しいことじゃない。それでは、おやすみなさい」


 少年は、倒れているシードルの後頭部付近に優しく触れると、まもなくシードルは絶命した。


「よかった。これで、この村の誰も困らずに済む」


 一時間と経たずに村へやってきた兵士たちを全滅させ、ミクマリノ軍のキャンプ地を出ようとしたところで、村の方から大人が数十人で列を為してこちらへ向かってくるのが見えた。既に目の焦点が合っておらずオーバーフローの兆候が出始めていた。ふらふらと歩く少年に真っ先に駆け寄ってきたのはキールの両親であった。


「イグナちゃん!!」


 キールの両親は、農具で武装していたが、すぐに武器を捨ててイグナを抱きかかえた。


 その後、村の大人たちは、襲撃しようとしていたキャンプ地が壊滅していることを確認すると、にわかには信じがたいが、オーバーフローになりかけながら出てきたイグナがやったことなのではないか、と思ったが、イグナは既に気を失っている為、回復を待つことにした。


 そして、イグナが眠っている間に、村の皆は掃除に取り掛かった。犯人が誰かなんて事はもう問題ではない。村が疑われることは明白だった。皆で結託し、兵士の死体は細切れにして海にばら撒き、燃やせるものは全て燃やし、武器や防具などは今後のためにと、村の広場の地中に埋めた。この事件を村ぐるみで隠蔽したのだ。


 広場での事、この事件の事、村中の人間は恥じていた。本来は我々大人が立ち上がらなければならないのに、こんな小さな子供にやらせてしまった事を。



 イグナは夢を見た。その夢では、イグナに肉体は無く、様々なところから話し声が聞こえる。


 人を殺したんだね――


 声はどこかで聞いたような、心地が良いような、はらわたが煮えくり返りそうになるような、形容しがたいものだった。


 海、生命がやってくる場所。生命、それは魔力。魔の法を扱う者にとってそれは、必要な力――


 その言葉は、イグナにとってやや難しい話に聞こえたが、不思議と意味は理解できたし、次の言葉も想像が出来た。


 海、木々、魚、人、山、貝殻、木苺、山菜、空、雨、夕日、蝙蝠、どれもが同じ。どれもが違う――


 イグナが思った通り、言葉が響くこの環境に、イグナは奇妙な高揚感を覚えていた。


「そうか、これは僕が心の中で言っているのか。僕は今僕と会話している。それなら、次はこう言う」


「僕がやらなくちゃ」


 はっきりとした口調で突然声を上げたものだから、近くでイグナの汗を拭こうとタオルを持ってきたイグナの母は「きゃ!」と声を上げたが、イグナの意識が戻ったことに喜び強く抱きしめた。


「あれ? 僕……」


「イグナ、あなた三日間も眠っていたのよ。あなたが、起きなかったら私、私……」


 イグナは、母に抱きしめられ、母の修道院独特のお香のにおいをとても愛おしくなり、抱きしめ返した。そして、決意のこもった声でイグナは切り出した。


「母上、僕は、何者かはわかりませんが、啓示を受けました。今からそのことを話します」


 イグナは、夢の内容をかいつまんで説明した。その説明は荒唐無稽で、子供の夢だと言ってしまえばそれまで、という感じだったが、母はそんなことは考えずに真剣に聞いた。そして、一通り説明が終わると、一つの見解を述べた。


「この夢の内容は、真の平等、魔法の追及を行え、という啓示なんじゃないかと僕は思うんです、だから……」


 と、ここでイグナは言葉に詰まる。それは、目の前の母が泣いていたことが理由であった。


「それは、原魔結晶石の導きなのかもしれない……。だから村を出る、あなたはそう言いたいのね?」


 イグナの母は涙声で尋ねる。イグナは、それに涙声で答えた。


「……はい。」


「でも、今すぐでなければならないの?」

「分かりません。でも、胸騒ぎがするんです。ここに居ちゃいけないって」

「なぜそんな事思うの? あなたは此処に居ていいのよ。野営地での事だって大丈夫。イグナは立派な事をしたの、皆を守ったのよ」

「……」

「ううん、ごめんなさい。本当は私達が勇気を持って、もっと早く行動しなければならなかったの」

「違うんです。それは、その……」


 イグナは自分が正しい事をしていると思っていた、正確には、したい事をしただけなのだ。だが、まるで正しくない事を正当化されているみたいな口調に、これを言えなかった。大好きな母を困らせたくなかった。


「どこへでも行くといい」


 気が付くと、イグナの部屋の入り口に立っていたイグナの父が、ぶっきらぼうに言うと、そのままどこかへと行ってしまった。イグナは立ち上がり、父を追おうとしたが、母にそれを引き止められた。


「今行くのはやめてあげて。きっと、お父さん、泣いてると思うから」


 あの父上が? とイグナは思ったが、母が言うのだからそうなのだろうと思い、追いかけることをやめた。そんな様子を見て母は語りだす。


「イグナ、あなたの啓示の話、私は信じるわ。これまでには、啓示を受けたとされる人は何人かいるわ。私の所属している、修道院の院長もそうだし、オグズ民話に出てくる始祖の人もそうね。こんなこと誰にでも起きることじゃない、確かにあなたは何かの使命を背負っているのかもしれない」


 母は涙を拭い、真剣な目つきで続けた。


「行っておいで。気の済むまで旅をしてきなさい。」


 イグナは喜びと、寂しさが込み上げたが、涙を拭い答えた。


「母上……ありがとうございます」


「ただし、最初はスルトの魔法研究所がある街へ行く事。あそこには私の知り合いも働いているし、紹介状を持たせるわ。道中までの馬車も用意するから、それに乗って向かう事! 約束出来るわね?」

「はい! 頑張ってきます!」

「手紙送るから、イグナも頂戴ね!」


 明るく笑う母に、思わず抱き着いて、イグナはまた泣いてしまった。優しく頭を撫でながら、耳元でそっと祈りを捧げる。


「あなたに、原魔結晶石の加護がありますように」



 数日後、イグナは門出の時を迎えようとしていた。あれから、回復したパラス爺にはお礼を言われ、キールの両親からはあの夜のことを聞かれた。何をしたのか正直に答えると、たちまちイグナは村の英雄として囃し立てられた。


 誰かを殺し、誰かを守った。やっぱりそれは善い事だったんだ、とイグナな納得していた。そして、村の入り口に立つと、村の皆がそれぞれ別れの言葉を口にした。


「イグナは原魔結晶石の導きを受けた勇者だ」


 そんな言葉が、誰かから出ると、皆が皆、イグナを勇者と呼んだ。イグナはそんな言葉に照れつつも、この場に居ない父を思っていた。そして、まもなく出立の時がやってきた。すると、大急ぎで駆け寄ってくる足音が聞こえる。それは、イグナの父であった。


「これを持っていきなさい」


 父はそう言うと、美しい刺繡があつらえた布でくるんだ棒状の何かをイグナに手渡した。イグナは、その布を丁寧に外すと中から一本の杖を取り出した。


「イグナ、お前の誕生日に渡そうと思っていた杖だ。小さいが複数の雷のルーンが入ってる。元々は、魚を締めるための杖だが、護身用くらいにはなるだろう」

「……ありがとう」

「お前は、自慢の息子だ。本来なら……いや、どこへ行ってもしっかりやれる。頑張って来い」


 家業を継がせる。イグナートはその為にイグナを大切に育ててきたが、息子が村を救った事実も含めて、全て飲み込んで送り出したが、その声は少し震えていた。そして間もなく、迎えの馬車が到着した。


 馬車へ乗り村の入り口を出たイグナだが、スルトへ向かう前に立ち寄るべき場所があった。それは、秘密基地である。昨日、イグナはキールに事情を話し、最後に秘密基地で会おうと約束を取り付けていた。


「すみません、ここで少し待っていてもらえますか? 最後にお別れをしておきたい友達がいるんです」


 御者は、スッと馬を停めて「行っておいで」と優しく見送った。


 イグナが秘密基地に入ろうと、足を踏み入れた瞬間、頭上からたくさんの花吹雪が舞い降りてきた。基地の中からニタニタと笑みを浮かべてキールが出てきた。


「どうだ、イグナ! ぼうえいしすてむが完成したんだぞ。すごいだろ!」

「驚いた、これ全部ひとりで?」

「当然さ、これからこの秘密基地は俺一人で守らなくちゃいけないからね!」

「……ごめん、突然」

「いいんだよ、元々イグナはこの村で収まるような人間じゃないってことは、俺が一番知ってるからね」


 キールに連れられ、イグナは秘密基地の中に入る。


「そもそも、この村のエースになるためのライバルが減るってことだから、考えようによっちゃ、俺にとっても悪い話じゃないしね!」

「ははは、随分と卑怯なエース、だね」

「真のエースは手段を選ばないのだ! はははっ!」


 いつも通りの、他愛ない会話だが、いつもとは違う沈黙が流れる。


「イグナ、寂しいよ」


 キールは小さな声で言った。イグナは、涙も悲しみも堪えてキールに言う。


「大丈夫、いつかこれが正解だったって言える日が来るから」

「正解?」

「そう、正しさの正解、人の在るべき回答なんだ」

「相変わらず良く分からない事を言うな、イグナは」

「ふふふ、僕がやらなくちゃ! だからキール、寂しくなんてないんだよ」


 そして、涙をいっぱいに溜めた目で、優しくキールの肩を触り、頬を触り、頭を撫でた。


「なんだよ、気持ち悪いなー。変なやつ」


「じゃあね、キール。……行ってきます」



「…………」




 秘密基地にばら撒かれた色鮮やかな花びらは一か所にまとめられ、晴天の陽に包まれる中、まるで其処だけ花野の様でもあった。イグナは一人優しく微笑み、秘密基地を出て馬車へ向かう。


「お待たせしてすみません。出発してください」


「お友達とはちゃんとお別れできたかい?」


「……はい! ありがとうございます」


 イグナは故郷の海を眺めながら、馬車に揺られる。


 もう二度と戻る事がないであろう風景を満足気に見つめる少年の眼は、希望と光に満ち溢れていた。

お読み頂きありがとうございます。

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