乙女ゲーヒロインだけど、gitで逆ハールート達成を目指す
「はは、今日もシーシャ嬢は美しいね。」
「そんな、殿下恐れ多いですよ…」
王国に君臨する私立プラグラミング学園。
その燦々と輝く学園の高貴な庭のもとで見目麗しい男女二人が会話を交わしていた。
男の方はこの国の第一皇子、ジャバ・ザ・スクリプトジャナーイ。
コーヒーの山地で有名なジャバ王国をつかさどるジャバ家の嫡男である。
女の方はシーシャ・シーノ・ハセーイ。
隣国シー王国の分家でありながら最近商家で功績をあげ、勢いをもつ新興男爵家の娘だ。
一見ただの仲の良い二人であったがシーシャの方はまったく別のことを考えていた。
(よし、ジャバの好感度を10あげた今ジャバルートは達成。あとはパイソンとピーエイチピーのルートをマージすれば逆ハールート達成ね。)
この女、前世エンジニアの転生者であった。
シーシャが自分が転生者であることに気づいたのはこの世界に生まれる前の時点であった。
新卒エンジニアとして就職したはいい物の、就職した会社が俗にいうブラック企業。
朝から夜まで繰り返されるデスマーチに疲弊し、慢性的な寝不足による判断力の低下の結果、トラックに轢かれて短い生涯を終えた。
そんな彼女を神は憐れみ、転生前にチート能力をくれる運びとなった。
「お前は次の世界でどんな能力が欲しい?」
「人生をgitで管理したいです。」
即答であった。
能力、「git管理」。
自分の人生をブランチに分割し、任意のタイミングで各人生をマージすることができる能力。
神はそれを許し、ついでにシーシャの好きだった「ドキッ!私立プログラミング学園」という乙女ゲームの世界に転生させてくれた。
「ドキッ!私立プログラミング学園」は前世で最も攻略が難しいとされる乙女ゲームだった。
登場人物は30人に及び、細かいルート分岐や好感度発生イベントが設定されていて、すこしでも判断をミスるとすぐゲームオーバーになる。
ただでさえ難しいが得に難しいとされるのが俗にいう逆ハールートであった。
30人の登場人物の細かい好感度の調節等ほぼ不可能であり、存在はするらしいが前世で達成者を聞いたことはなかった。
しかし、シーシャは「git管理」を手にしている。
自分が今かつて好きだった乙女ゲームの世界におり、チート能力「git管理」を持っているということに気づいた時、シーシャは決めた。
逆ハールートを達成すると。
それからのシーシャは忙しかった。
まず自分の人生を31ブランチに分割し、それぞれのブランチを個別の登場人物に対応させた。
基本的な生活はmaster-C#ブランチですごし、個別ルートに対応させたroute-javaブランチ、route-pythonブランチ等で好感度イベントを過ごして好感度が閾値を超えた時にマージさせた。
「タイプ・スクリプトが一世を風靡した今、俺なんかお役御免なんだよ!」
「そんなことない!ジャバ・スクリプト君には今までタイプ・スクリプト君がいなかった17年を支えてきた歴史があるじゃない!」
時には攻略対象を励まして好感度を上げ。
「そこにいるのは…誰…?」
「俺のことが…分かるのか…?俺の名は…コボル…」
時には伝説上の隠しキャラである攻略対象を古代の遺跡から見つけ出し。
次々と攻略対象のルートをmaster-C#ブランチにマージさせていった。
そして現在、最後に残ったブランチはmaster-C#ブランチ、route-pythonブランチ、route-phpブランチの三ブランチとなった。
(ゲーム終了までの残り時間は後一時間…!この一時間で勝負を決める…!)
シーシャがぐっと拳を握った時。
丁度よくパイソンとピーエイチピーが廊下の向こうから歩いてきた。
よし来たとばかりに話しかけるシーシャ。
「パイソンくーん、ピーエイチピーく…」
その時。
逆ハールート達成を目前にして浮かれていたシーシャは忘れていた。
gitのあの概念を。
「お、シーシャじゃーん…」
「シーシャ嬢、なんですか…」
同時に振り向いた二人が止まった。
ビービーとシーシャの頭の中で赤い警告音が鳴る。
(やって…しまった…)
そう、コンフリクトだ。
好感度アップイベントを同時に発生させてしまった今、コンフリクトが起こってしまったのだ。
このままではmaster-C#ブランチに二人の個別ルートをマージさせることができない。
「これほど自分がシングルトンパターンで設計された存在であることを恨んだことはないわ…」
がっくりと項垂れるシーシャ。
しかし乙女ゲーム終了まで1時間を切っている今、項垂れている暇などない。
気を取り直したシーシャはブランチの状態をコンフリクトが発生する前の状態に戻した。
(よし…これで…)
時が巻き戻る。
再び廊下の向こう側からパイソンとピーエイチピーが歩いてきた。
「お、シーシャじゃーん…」
「シーシャ嬢「わー、パイソンくーん、久しぶりー!元気してたー!?」
ピーエイチピーの言葉にのめり込むシーシャ。
何としてでもコンフリクトを阻止しなければいけない。
「お、おう、今日はまた一段と威勢がいいな…」
「そうかなー?気のせいじゃないかな??」
シーシャ、ぎりぎりでヒロインの面目を保つ。
好感度アップイベントの発生を確認したシーシャは次にピーエイチピーに話しかける。
「ピーエイチピー君も久しぶり!」
「おひさしぶりですね、シーシャ嬢。今日も一段とお美しい。」
こちらの好感度アップイベントも完了。
これで全てのキャラクターの好感度は閾値に達した。
(これで後はmaster-C#ブランチにマージすれば…!)
逆ハールート達成である。
こうしてすべてのブランチはmaster-C#に統合された。
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いかがだったでしょうか?
gitを用いればどんなに攻略対象が多く好感度操作の難しい乙女ゲームでも簡単にクリア可能ですね!
仮にイベントが同時発生してコンフリクトが発生してもgitならゲームオーバーになりません!
一つ前の状態からやり直すことができます。
こんなに便利なツールが無料で使用できる現代は素晴らしいですね!
巷のゲームセーブ機能にもgitを取り入れるべきだと思います。
みなさんも良いgitライフを!
※この小説はネタ小説です。実在するgitを忠実に再現したものではありません。また、何らかの言語を貶める意図もありません。