異世界神話 火の伝承(前編)
一。
私は戦場の火に焼かれて死んだ。どうせ独り身だ、後悔は無い。三十と数年の人生は短かったが。しかも戦火に襲われた男児を助けようとして、である。中々ヒロイックじゃないか。心残りは男児が助かったかどうか不明なところだ。無事でいてくれればいいのだが。
カア!カア!。さて、死んだはずの私は、鳥の声で目が覚めた。カラスかと思ったそれは、嘴から足の先まで真っ黒な小鳥である。こんな鳥は見たこともない。どこかの森の中にいた。木々や草花も見たことのないものばかり。きっとここが異世界というやつなのだ。ならば最初にやるべき事がある。
「どこかに村は無いか」ボソリ呟く。カア!真っ黒な小鳥が一声鳴くと、行く先を先導するかのように、枝から枝へ飛び移った。後で知ったところによると真っ黒な小鳥は「カカ」という。不思議にも、私の言葉もこの世界の言葉も理解し、オウム返しに喋る事も出来た。この世界の言葉を習得できなかった私にとって、良き通訳となってくれたわけだ。
カカの先導により「東の村」に着いた。クワッ!クワ―!クワ―!村に住む異世界人たちは驚きをもって私を迎えた。彼らはトリとヒトの中間のような姿で羽毛も嘴もある。二足歩行で身の丈は私の半分ほど。みな赤い衣装を羽織っている。見慣れぬ顔つきの170cmもある私はさぞかし異形に映った事だろう。
異形の私を神の使いか何かと思ったようである。元々あった木組みの神殿の奥に小屋が作られ、そこに住むようになった。毎日食べ物が供えられた。彼らの主食は木の実であり、村の近くで栽培もしていた。魚や獣の肉もたまにあった。困ったのはそれらが全て生だったことだ。食べれない事は無かったがやはり腹を下しがちだ。彼らは火を使用しない。原始的な生活様式に止まっているのもそれが理由らしい。
ある日、細い木の棒と板で火を熾した。焼いた食材たちはやはり美味かった。火を熾すのは思ったよりも重労働で食事の度にやるのは大変である。そこで、小屋の周辺で樹木の密集する場所をみつけ、その下で焚火をした。火を絶やさなければいつでも使える。
燃える炎をみると落ち着いた。元の世界での、私の死因は焼死だったが、生活の上でやはり火は欠かせない。こうやって眺めていると、キャンプの準備を始めようやく焚火に火を点けた気分になる。全ては火を熾すことから始まるのだ。
二。
「何だこれは!何が起こった!」。異世界人たちが初めて焚火をみた驚きを、カカはこう訳してくれた。彼らの顔には驚きよりも恐れの方が色濃くあった。獣としての本性がそうさせているのだろう。
おかげで村の神殿、その奥にある小屋及び焚火は、異世界人にとってより重要なものとなった。ヒトであれ異世界人であれ、恐れているものほど神聖化されるのは変わらぬようだ。彼らの言葉で火は「フォウ」である。それを扱う私は「フォウア」と呼ばれるようになった。
この村では月に一度、神殿の前で祈りを捧げる儀式が行われる。何時からか供物と一緒に篝火も供されるようになった。その役割を担ったのが神の使いとしての私だ。何せ彼らは火を恐れている。扱うことなど出来るはずがなかった。
「フォウア」としての仕事は火を絶やさない事だ。大量の薪が要る。薪の調達が毎日の仕事となった。薪割に疲れたある日「どこかに枯れ木がたくさん落ちていればなあ」ため息まじりに独り言ちた。すると傍にいたカカがカア!一声鳴いて、私を森の奥へ誘った。半日ほど歩き、かなり奥へ行くと、大岩がせり出した川辺に着いた。大岩の川辺は一キロも続き、そこに無数の乾いた流木が打ち上げられているのだった。薪にピッタリだ。薪割の労力もかなり軽減されるだろう。カカ様様だ。
三。
異世界の生活に慣れた頃、いつものように大岩の川辺へ薪を拾いに行った。岩の上でウッカリ足を滑らせ川に落ち、そのまま流されてしまった。
目が覚めると、見知らぬ小屋に寝かされていた。カカはいない。はぐれてしまったようだ。傷だらけになった体を起こすと、小屋の隅で作業をしている、青い衣装の異世界人がいた。東の村とは別の種族らしい。
私が目を覚ましたことに気づくと、彼女は粉状にした木の実と水を差しだした。傷を癒すための食事というところか。平らげて一息つく。「クオー、コオアー」優し気に何やら話しかけてくる。そこへカカがどこからともなくやってきた。おかげでそれ以降の三日三晩、彼女とコミュニケーションがとれたわけだ。
彼女は西の村からやってきた。村の長の娘である。数日間この小屋で一人で過ごす、という成人の儀を行っていた。その最中、川のほとりに流れ着いた私を保護したのだった。異形の私を恐れたものの、儀式の最中であったし、私を神の使いだと思ったという。
彼女のおかげで体は日に日に良くなった。看病の中には男女の交わりもあった。この世界ではこうやって生体エネルギーか何かを補充し合うことが出来るらしい。実際に驚くべき速さで体が回復していった。
「私は東の村から来た、フォウアと呼ばれている」いうと「あら、珍しい!」といって彼女は驚いた。二つの村の間に交流は全くなく、互いに無関心であるという。半獣の彼らが手を取り合うことはない。その分争いもないわけだ。
「青い衣装が似合ってるね」戯れに声をかける。「本当?嬉しい・・・」といって彼女は可愛らしい反応を示した。私の人生に恋人というものは存在しなかったが、もしいればこういう感じなのだろうか。中々良い。相手は鳥人間だが。
四日目の朝。彼女が外へ出ると「キャアッ!」という悲鳴を上げた。急いで小屋を出るが、彼女はもうそこにいなかった。遥か東の方角に、煙が立ち上っているのが見えた。やはり彼女も火を本能的に恐れたようだ。
それにしても東の村で何が?彼らは火を恐れ、焚火に近づく事すら出来ないはずだ。嫌な予感がする。「カカよ、私を東の村まで案内してくれ」。カア!と彼は返事をした。こうして我々は東に向かって歩き出した。