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2話




「あらお帰り。また走り込みに行ってたの、エスト?」

「ん、まあ。おはよ、母さん」

「本当に走るのが好きだな、お前は。速さは兎も角、体力はもう増えないだろ?」

「だからって減らない訳じゃないしさ。こう、衝動的に走りたいんだよ。父さん」



 少し照れる様に頬を掻きながら、母と父の問いに答える。前世では両親共に他界して叔父に預けられ、その叔父も滅多に出会う事なく過ごしていたので、現在の親という存在は自然と受け入れられた。

 エスト───フルネームではエスト・リーデン。そう名付けられた少年は、続きを紡ぐ。



「それに、最近学校を卒業したばっかりだからさ。何となく落ち着かない」



 この世界では義務教育が五歳からの五年間とされている。【知力向上】による効果でこの世界の子供は理性や思考能力の発達が早く、基礎的な知識を蓄えるのはそれだけの期間で充分とされているからだ。

 当然【知力向上】を持たない人物も存在するので、必ずしも五年間で遂行できる訳ではない。しかしそういった人物は必ず何かしらの特化した能力が存在するので、特化した能力に見合う教育を受けられる様になっている。それに関連する仕事も見つけられるのだ。


 エストの場合は、あまりにも特化し過ぎているので見合った教育がない。【筋力向上】の一つでも有れば荷物運びとして非常に役立つが、持ってない以上30キロの荷物でも一苦労だ。

 こういった人物も偶に産まれるので、その場合は義務教育の延長でプラス二年の教育を重ねるのだが、あくまでこの教育は理性・思考能力を磨く目的のもの。自分がやりたいものを明確化する為の教育であり、目標が定まっているので有れば必ずしも受けなければならないものという訳ではない。


 これもある種のメリットとなるが、【世界耐性】を剥がしたエストは二つの脳を持っていると言ってもいい。あくまでイメージで、機能上は一つとして判断するが、前世の記憶がエストの理性と思考能力を補っている。

 無論、【知力向上】を持っている大人に比べれば負けるが、基礎能力の中でも【知力向上】は才能の下限値と上限値の幅が非常に大きい。少なくとも子供の段階では、【知力向上】を持っている他の子供とそれほど大きな差というのは存在しない。

 故に、卒業条件を満たしているエストは義務教育の延長を受けずに済んだのだ。


 が、その言葉を受けた父はあまり良い顔をしない。学校卒業自体はめでたい話だ。しかし卒業資格の一つである仕事の件で、親はまだ認めていない。



「……まだ冒険者をやりたいと思っているのか?」

「もちろん」

「何度も説明するが───」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だろ? わかってるよ。それでもやりたい」

「国は、加護を持たない人に対しての補償を払う。魔物が存在している場所には近づけないところでの仕事を探してくれるし、仮に見つからない場合はお金も受け取れるんだぞ?」

「別に俺のスキルだと安全な場所での仕事が見つからないだろうから、とか、お金が欲しいからって訳でもないよ。ただ俺は、人助けがしたい」



 ───理由は心の底に仕舞う。この言葉を聞いても、この人たちは何の事かさっぱりだと思うだろうから。



「……意思は変わらないんだな?」

「うん」

「…………はぁ。全く、見た目は俺たちの遺伝を継いでるのに、性格なんて似つかないんだからなぁ」



 深く溜め息を吐く父に、母は苦笑。



「お前は【知力向上】を持たないのに不思議と聡明だからな。ちゃんと理解した上でそれを言ってるんだと思う」

「色々調べた上で、この結論だから」

「だろうな」



 魔物に近づく事で発生する生命力の減少。生命力というのは【体力向上】によって定められるもので、走る事で消費されるスタミナとは別種の概念。体力向上で表面的に上昇されるのはスタミナで、裏のステータスとして生命力というものが存在する。

 エストが産まれる四十年前に数値化する事に成功した生命力は、言ってしまえばHPの様なものだ。尽きない限りは死なないステータス。首を切り落とされたとて死なない者は死なない。

 が、あくまで即死を免れるだけだ。首を切り落とされた以上、生命力は減少し続ける。生命力が尽きた時点で死は確定だ。


 生命力の数値化に成功してからは医療機関が発達し、今では切り離された頭と胴体を繋げる技術が存在するし、心臓さえも修復される手段を見つけたという。生命力が尽きない限りは死なないから。

 だが逆に、生命力が尽きれば人は死ぬ。父の危惧はここにあった。


 魔物というのは、古来から存在している生き物だ。それは前世での動物の能力を大きく上回る性能を有しており、基礎能力の向上スキルを持たなければ即死しかねないと言われているほど強力な生き物。子犬程度の大きさの生物がゾウを上回る力を有していれば、ゾウ程の巨体を持ちながらもチーターさえ上回る速さを有している生物が存在する。

 その上で、だ。魔物には一定の領域内に於いて特殊な空気を発生させる能力が常備されており、その領域に入り込んだ人間の生命力は、一定の速度で減少し続ける。とは言え、これは【世界耐性】を持つ者には効かない。この世界に適応し、自身をこの世界だけの人物とさせるこのスキルには、魔物が発生させる特殊な空気を取り込まないという能力がある。これがもう一つの重要な事で、父が『加護』と言っている物の正体だ。


 いかなる手段を用いようとも“距離を取る”以外に生命力の減少を抑える方法がない。加護を持たない人間はいずれも能力こそ優れているが、一貫して戦闘には向かない体質だ。戦闘の才はあれど、戦闘すれば無条件に生命力を削られるから。

 無論、魔物さえ倒せば生命力を削る空気は霧散する。しかし減ったHPは魔法か自然回復、或いは専用のポーションに任せるしかなく、減少した全てを一瞬で取り戻せる訳ではない。

 結界が張られている街には魔物が侵入することなどないものの、結界の外には魔物が大量に存在する。一対一ならば兎も角、多くの魔物が存在する場所に近寄るのは危険だ。一人の勇気ある人物によって生命力減少が重複する事がないと判明されたものの、多数の存在は領域の拡張を示す。魔物を相手する冒険者にとって、多数の相手が不可能というのは依頼が限られてしまう。


 だから父は散々に言い続けた。だが不思議と聡明なエストが考え無しに冒険者を選ぶとは思えないと認める。



「止めるのはこれが最後だ。お前にはプレゼントを渡さないとな」

「プレゼント……?」

「まさか丸腰で行こうと思ってた訳じゃあるまい? 一つとは言え、お前には短剣を扱えるスキルはあったのだからな。……ほら、短剣だ」

「……!」



 渡された箱を開くと、銀色の柄に赤色の線が描かれた、純白の短剣。鉄や鋼ではない。脚の速さを決して殺さない為の軽さで持てる、超軽量金属素材で作られたものだ。

 綺麗な刀身に魅入っていると、父はふと笑みをこぼして言葉を紡ぐ。



「俺は魔法はあるが、武器術は持っていない。戦闘に活かせるスキルがないし経験がない以上、お前に教えられる事はない」

「私も家事と基礎能力全般だからね。戦うんだったら拳で! って感じだけど、それでもスキルを持ってる人には遠く及ばないわ。だから学校で学んだ基礎から、貴方は独学で磨いていくしかないのだけれど……」

「ん……大丈夫。俺の戦い方は変に教えて貰うより、その場に応じた使い方をするしかないから。魔物をただ倒すんじゃなくて───」



 箱にある鞘を取り出して、金属が擦れる音を奏でながら短剣を仕舞う。



「最速で倒す。俺にしか出来ない戦い方は、自分で編み出すしかないだろ?」

「……本当に危なくなったら逃げるんだぞ?」

「時と場合による」

「そこは約束しなさいよ。全く……」



 崩した笑みを浮かべるエストに、両親は呆れた溜め息を吐いた。



「じゃあ取り敢えず手に馴染ませる為に庭で使ってくる」

「ああ。しっかりと馴染ませてから冒険者になれよ」



 エストは頷き、再び扉を開けて庭へと出て行った。



「……加護を持たない特化能力の持ち主は殆どが戦闘に赴く、かぁ。王様の言う通りになったな」

「そうね。何か理由があるのかしら……?」

「強いて言うなら()()()()()()()()()()()()()()って事がなかったくらいだが、どうだかな。加護を持たない者たちの共通点は多い」



 加護を持たない故の呪いなのかと疑ったが、王様はそれを否定した。()()()()()()()()()()()()その穏やかな笑みから発せられたのは、酷く人間()()()()()言葉。


 “恩義”と“願い”、そして───



「『私も抱く“自己満足(エゴイズム)”だよ』、か」



 助け合う事が基本のこの世界では珍しいエゴが、助ける事。どんな意味を込めてるのだろうと考え、エストの後ろ姿を浮かべ、両親は揃って首を傾げた。




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