1話
───瞳を抉られる様な気持ち悪い激痛と、煮えたぎる様な熱。無理やり歯車を追加して、以前までとはまるで違う廻し方をする様な感覚。
揺れる視界と、酷く吐き気を催す雑音。既に規定の量の水が入っているペットボトルに、蓋をしたまま無理やり水を追加している様な感覚に、叫び出したい衝動が溢れ出る。
のたうち回りたい身体は動かない。上げたい声はあげられない。閉ざしたい意識は覚めたまま。
延々と続く苦しみに、その存在は心の中で歓喜を上げた。
ああ。生存本能が働いているぞ、と。
走ろうと踏ん張っただけで生存本能が諦めた命は、この興奮する意識を持ったまま苦しみを感じているぞ、と。
動け、動けと、身体に命じる。神経を張り巡らせて、ずっと意識して動かしてきた身体を無意識に動かす為に心臓を働かせる。
本能が理解した。これは生命の誕生で、己の生み親はすぐ近くに存在しているのだと。だから必死に身体を動かして、その存在に伝えるのだ。自分の誕生を。
働かない頭は本能に任せ、身体の神経を巡らせ、そして───産声を上げた。
♢♦︎♢
自身の誕生をふと思い出し、頭を押さえる。頭痛が出た訳ではないが、記憶が感覚を蘇らせたからだ。
深く溜め息を吐き、布団を剥がしてベッドから降りる。
───生まれてから十年。永遠に感じた生前の十七年は何だったのかと言いたくなるほど早い時の流れ。
異世界というのは存外普通だ。もちろん地図などから確認できる世界背景や歴史なんかは全く違うが、それでも生前に動画越しで視聴してた光景とよく似た世界が写されている。
家の作りも、効率的な道具も、暇を埋める娯楽も、何もかもがそっくりだった。決して同じではないものの、あらゆる全ては生前と大差がない。
自分は記憶を持っただけの転生者だったのか。そう考えることもあったが、決して違うと断言出来る風景を見つけた。魔物や魔法の存在と、白い空間で設定したステータスだ。
部屋から出て階段を降り、玄関先で靴を履いてトントンと靴先を地面に叩き、扉を開く。
眩しい光に一度目を閉じるが、即座に適応する様に光の痛みは消える。【健康】の効果だ。本来であれば感じていただろう寝起きの頭痛を感じなかったのも、これが理由だろう。
そして走る。それも、明らかに路上の車なんかよりも速い速度で。しかもそれは全速力などではなく、あくまで肩慣らし程度。
しかし、別段それは珍しい光景ではない。無論肩慣らしとは言い難いものの、全速力で走れば、時速40kmの走行はそこら中に存在している。
少年の思考の中では『車』なんてものが出ているが、この世界にそんな乗り物は存在しない。【速度向上】を一つでも持っていれば、この世界の人間は前世のトップアスリート並みの脚の速さを獲得する事が出来る。また、【体力向上】を持っていれば体力は前世の比じゃない。
例え前世上で便利なものだったとしても、この世界ではスペースを取るだけの物になりかねないのが現実だ。少年としては元の世界の基準という慣れが病弱故に大きく無かったから順応は早かったが、他の人はそうでも無いのではないか。
そんな思考は直ぐに裏切られた。
皆んな……少なくともこの付近の人達には、前世の記憶というものがない。この世界の人たちは此処が第二の人生だなんて微塵も思っていないのだ。
自分だけが転生者なのか。そんな思考も裏切られる。この世界の人間は生を受けた際にスキルを検出する義務が設けられており、それを参照にステータスプレートなるものが作られ、免許証として携帯する法が定められている。
それを親に見せてもらった所、スキルの合計ポイントは51だった。つまり転生者ではあるが、記憶がない。そこで思ったのが、自分の方が異端であるという事。本来ならば前世の記憶は無いのではないか。ならば自分に記憶が残っている理由は何なのか。
これは明らかだ。【世界耐性】以外にあり得ない。殆どの人間に付与されているそのスキルを持ってないが故に、自分は前世の記憶を保持しているのだろう。
親曰く、生まれた際に赤子では死にかねない超高熱と尋常ならない程の心拍が起きたという。起きる前に思い出したあの光景の事だろう。
その程度で前世の記憶を得られるというのであれば安い買い物だ、なんて一度思った事があるが、考えてみれば【健康】があるにも関わらず身体に異常をきたすのは可笑しい。高熱や心拍が落ち着いたのもふとした拍子にいきなりとの事だ。
つまり、高熱が出ている間は【健康】が無かったのだと推測できる。産まれる際のイメージ通りに描くのならば、本来【世界耐性】で囲っている場所に無理やりもう一つの脳を詰め込んだ様なものだ。
つまり世界耐性は前世の記憶を保持させない為のスキルであるという事。そしてもう一つ重要な事はあるが───。
「……まあいいや」
自分には関係ない……いや、関係はあるが、知ったところで別にいいと振り払えるものだ。少年は少しの間休息し、回復した体力で家に帰り始める。
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