11話
ゴブリンを合計で10体ほど倒してからだろうか。腕を組んで発動される魔法を見守っているエストに対し、アリアはジト目を向ける。
「……そろそろ手伝ってくれても良いんじゃないかしら?」
「ん? 手伝えって言うなら手伝うけど……正直俺がやるよりもアリアが魔法でやった方が効率的じゃないか?」
そも、今回の依頼は『万が一の時の護衛』だ。依頼料が低いのは主に依頼主が討伐を務め、魔法の研究をする為。遠距離からの魔法で倒せる以上、生命力を消費するリスクが大きい近接戦闘を無理にやる必要はない。
依頼に反してる訳じゃないだろ? と言わんばかりに首を傾げるエストへ、アリアは溜め息を吐く。
「意図を汲み取りなさい。貴方の戦闘法が見たい、って事よ。極振り……と言っても、万全に扱う為の【動体視力向上】があるから完全に速度へ割り振ってる訳じゃないけど……万全な速度特化って貴重だもの。どんな戦闘法なのかは気になるわ」
「んー……やるのはいいけど、見れるかは分からないぞ」
「え?」
アリアはその意図を汲み取れなかったのだろう。それはそうだ。彼女は【動体視力向上】を持っていないが、【速度向上】を三つ持っている。万全ではないが、それでも扱うのが苦という訳ではない。
その理由は、単純に逃げる為の脚でしかないから。【五感向上】によって索敵範囲が広い上、思考速度は上がっている。場を把握して行動へ反映するだけならば、【動体視力向上】は必須になる訳じゃない。
だから、動体視力が無くても問題なく扱えているという認識。別にあっても無くても変わらないだろうと思い込んでいるのだ。
そも、新幹線などで300キロなんて速度を見ている訳で、まさか目で追えないなんて事はないだろう。そうやってアリアがキョトンとしていると、エストは苦笑する。
───そして次の瞬間、エストはブレる。そしてアリアの身体は一瞬の浮遊感、と同時に鋭い冷気を感じた。吹っ飛ばされたのかと身体を丸めようとするが、痛みはないし何かに抱えられているようで体を丸められない。
そして急停止とそれに伴うGに脳が揺らされ、ほんのちょっとの頭痛。アリアが顔を顰めると、頭上からエストの声が聞こえた。
「悪い、緊急時だから結構距離取った。状況は?」
「……え、ええ。分かってるわ。この冷気、少し強い。ゴブリンじゃ出せないレベルよ」
「ああ。変異種のコキュートス。道理で見つからない訳だ」
出現予兆で現れる冷気が異常に弱かったのも、その弱さで残り続けたのも、恐らくその場に潜んでいた為。つまり───。
「幻覚か隠蔽系のスキル持ちだな」
「幾ら冷気が弱まってるからって、あの速さの魔物が隠蔽可能は危険でしょ……! エスト、討伐出来るなら今すぐにでも!」
「ああ、だから倒した」
「はぇ?」
アリアは呆けた声を出すと、頭痛が治ったと判断したエストが地面へと降ろし、「ほれ」と言いながら指を後ろへ向ける。
そこには、倒れ伏しているコキュートスの姿があった。
「……え? いつ?」
「抱えて逃げるついでに」
「離れる必要、あったの?」
「ああ。生命力の減少が行われる瘴気って、魔物を倒して直ぐに消える訳じゃない。もちろんほんの数秒程度のラグみたいなもんだけど……範囲外に逃れる方が速いからさ。連戦とか想定するならこっちの方が安全なんだよ」
倒して逃げたのではなく、逃げるついでに倒す。理由はついでで倒せたし、こっちの方が安全だから。
【五感向上】を三つ持っているにも関わらず、それを潜り抜けるほどの速さで接近したコキュートスを相手にその発言をするエストに対し、アリアは酷く呆れた様子で思わず呟く。
「最初に見せた魔法を撃ってもエストに当たる気がしないわ」
「……ロマンと実用性は別だから」
敢えて直接的な表現をせずに気を遣ったエストに、アリアは「こいつに当たるレベルの魔法作ったら世界中から賞賛されて良いんじゃないかしら」と新しい魔法について考え始めていた。
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