10話
倒したゴブリンの下へと歩いている間に、エストはアリアへと問い掛けた。
「さっきのは、氷で弓の型を作り、弦を風で補う。矢は雷で……発射の時の爆発は水と火か?」
「正解! やっぱ【速度向上】があると思考速度も段違いね~」
「俺が魔法を始めて見たときの威力の比じゃなかった」
「単純に発動するだけだと避けられる可能性が高いもの」
「魔法型ってこんな奴ばっかか……?」
「いいえ? 特化ではないにしろ、現状この国だと私より優れた魔法使いはいないわ。今のだって使い方は公開しているけれど、扱える人物はいない。扱うための工程段階で必ず失敗してしまう……。何でか分かる?」
「……魔力のコントロールをする為のイメージ力?」
「ぶぶー。半分正解の半分外れ。これは【身体操作】と少しでもMPを保有してないと分からないんだけどね、MPってある種の身体機能なの」
言わば体力と同じ概念だ。基本能力の体力、知力、速度、筋力などとは違い、新たに追加される身体機能。故に向上ではなく『増加』。
そこまで言えばエストは気付く。
「ああ、イメージだけだと補えないコントロールが必要になるのか」
「そう。貴方も所持しているから分かるでしょうけど───ごめんなさい、分かるかしら?」
歩く、走る、動かす。人間の基本動作はほとんどの人間が問題なく扱える。が、その殆どから外れている人物が目の前のエストの前世だったと思い出し、謝りながら問いかける。
エストは「本当に小さい頃は歩く程度なら大丈夫だった」と言い感覚の覚えを肯定した。アリアは今後気を付けて会話しようと心に刻み言葉を紡ぐ。
「【身体操作】を所持している状態での身体能力の扱いやすさは段違いよ。……ただこのスキル、消費ポイントは2つよね?」
「あー……ああ、そっか。魔法五種で10ポイント、身体操作で計12。残りを全部振るとしても【知力向上】と【MP保有量増加】をバランス良く取るなら7つずつが限度になる。けど」
「ええ。身体能力を出来るだけ保持しておきたいと思うのが殆どのはず。そのおかげで4ポイント……仮に身体能力を追加せずとも、武器術や外見に費やすし、人によっては【健康】や【精力向上】なんかにも振るでしょうから」
「結果的にイメージ力……知力不足になるのか」
【世界耐性】に25ポイントも使っている以上、半分程度でやりくりするしかない。その中からでもギリギリ、アリアが発動したあの魔法を扱える可能性はあるだろう。だがアリアの言う通り、魔法系統の能力を保持しつつ【身体操作】を獲得するなんて奴はほぼいない。アリア自身、あくまで身体能力を上げたが故に獲得したスキルだからだ。
魔法特化だけならばあり得る。アリアがそうであったように、“憧れ”から成る人物は多いから。しかし身体操作を獲得してかつ魔法特化である事を選べる人物などいないだろう。
「もちろんこの国だと人が少ないから、世界中探せば見つかるかもしれないけどね」
前世との大きな違いと言えば、間違いなく人口だ。もちろん国の大きさにもよるが、世界中を合わせたとしても前世には遠く及ばない。それこそ“死”を前提とした世界だからと言えばそこまでだが、毎日死者が出る世界の後の世界で考えると“少ない”と判断して然るべきだ。
「……ちなみに魔法の形が弓である理由は?」
「趣味」
「嘘つけ」
「あははー、半分は本音よ。だってカッコいいじゃない?」
「うん、分かる。めっちゃカッコよかった」
真面目な表情から一転、エストは瞳を輝かせながら頷く。強いて言うならば水と火による、文字通り爆発的な加速の音が気になる所ではあるが、氷で型を作り風で弦を張り雷の矢で穿つ。文字だけでもテンションが上がるファンタジー的ロマンだ。
ドヤ顔で胸を張るアリアに、エストは先程の光景を思い出しながら何度も頷いた。
「で、もう半分は確かな実用性。曲がりなりにも弓の形を作っているから、【弓術】が発動するのよ」
「……ん、ああ。なるほど、威力とかの補正ってよりは、並列行動を可能にする方面か」
「正解! 方角設定や射出タイミングはイメージで出来る。でも【弓術】を持っていればそのイメージを無意識に定着できるから、私みたいに身体能力の向上も持っていれば動きながら放つ事も可能になるって訳!」
エスト自身に【短剣術】の武器術スキルがあるから理解出来るが、武器術は扱い方を把握させる“直感”的な側面が存在する。スキルの範囲内にさえ収まっていれば、武器を変えようが問題なく扱えるのだ。
そしてそれは魔法にも反映された。つまるところ、魔法として扱うべきイメージを【弓術】として扱う事が出来るという事だ。本来の集中力を無意識に作動させる事が出来るので、空間認識や判断思考に意識を向ける事が可能となる。
「……バグかな?」
「言い得て妙ね。多分想定されてない使い方だわ、これ」
「流石【知力向上】を9つ持ってるだけあるな」
「…………」
「……ん?」
「えっと、正確には私が思い付いたんじゃないのよね」
これだけドヤ顔しといて恥ずかしながら、と言わんばかりに頬を赤く染めて視線を逸らすアリアに、エストは「ほう」と相槌を打つ。
じゃあ誰が? そう促すように見つめていると、アリアは答えた。
「世界の中で最も大きい国、人類史上最大の知力を持つと言われてるカムンヘイルの王様」
「……わざわざ他国から逢いに来たのか?」
「いえ、録画よ。私がまだ6歳の頃かしら。その時に親から映像を見せられて、私の能力に対してのアドバイスをくれた」
「なるほど」
「あ、でもアドバイスはあくまで『魔法に【弓術】を反映させる』って所までよ!? ああやって形にしたのは間違いなく私の研究の成果であって、全部が全部あの王様のお陰って訳でも───」
「うん」
「……呆れでも慰めでもなく、本音の肯定って凄く助かるわ。ごめんなさい、落ち着いた」
王様が切っ掛けだっただけだろう。そうやって頷くエストに、慌ててた方が恥ずかしいとアリアは表情を整える。
「しかし、人類史上最大の知力かぁ……噂は聴いてるけど、どっちだと思う?」
「……まあ、魔法を習得する訳でもないのに【知力向上】へ極振りするんだもの。正直20を超えた時点で思考能力が違い過ぎてどれだけ振ってるかなんて分からない。ただ言えるのは」
アリアはエストの目を見て答える。
「加護ありだろうと加護無しだろうと、貴方が抱く走りへの“執着心”と同じレベルのそれでしょうね」
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