9話
「……ん」
「どうかしたか?」
「いえ、ちょっと冷たい空気を……。コキュートスの出現予兆で現れる冷たさって、どのくらい強いのかしら?」
「直接感じた訳じゃないから詳しくは不明だけど、情報だと中心部で文字通り凍るレベル。その周りだと、動きにちょっとした遅れが出る程度だな」
「なら違うわね。私の五感でこの程度なら、どこかの誰かが放った氷系統の魔法か……」
「小妖魔の類だな。あいつら身体能力は弱いけど、魔法やスキルにバラつきがあるから」
冒険者に上下関係はない。エストの前に座って話した大男、ファルスのその言葉に偽りはない。が、区別はされている。冒険者にランク付けをしないのは無意味だから。冒険者には必ず独自の戦闘スタイルが存在しており、対峙する魔物によって適正度が変化するから、難易度や格付けなんかは余計な要素にしかならない。
では魔物はどうか。これは人間と違って強さにばらつきが存在する。ここが強いからここは弱いなんてバランスは存在しておらず、この種類の魔物は弱いと決定づけることが出来るのだ。
例えばエストが口に出したゴブリン。全魔物中最弱とも言われている魔物だ。身体能力は固定されているが、武器術や魔法など、一体ずつに違いが存在する。だから例に出た通り氷魔法を有している可能性はあり得るだろう。
「……ちょっと警戒しすぎかしらね。コキュートスの話を聞いてからどうも冷気に敏感になっているかも」
「まぁ警戒心が高いに越したことはないだろ。油断してやられるよりかはマシだ」
「そうね。それとエスト、朗報よ」
「ん?」
「ゴブリン、四体ほど現れたわ」
エストに探知・索敵系のスキルはない。だから購入した生命力数値化の道具で生命力の低下を確認できれば近くに魔物がいると判断することが出来る。しかし【五感向上】のスキルを三つ持っているアリアにとっては、生命力の減少が始まる前に感知することが出来るため、リスクが少なかった。
「……朗報か、それ?」
「私の実力を見るならちょうどいいんじゃないかしら? これでも私、魔法研究所では優秀なのよね~」
「だろうな」
【世界耐性】を外している以上、対魔物に関しての持久力は誰よりも劣っている。だがその分スキルの種類と質は非常に良く、魔法を研究する場で【知力向上】と【MP保有量増加】を9つずつ所持している。魔物と関わらない場では、特化型ではない加護無しほど優秀な人材はいないだろう。
そも、魔物と関わったとしても───。
「じゃ、やりますか」
向上した身体能力と、それを万全に扱える身体操作で木々を上る。木の頂上までたやすく上ったアリアは手元に氷を顕現させる。
「弓、か? 弦も矢もない……いや」
見ればそれは弓の握の形をしている。ただそれだけだ。しかし注視すると中仕掛けに指をかけてる動作をするアリアの傍に不自然な揺らぎ。空間が捻じれているような歪んだその場所を注視していると、突如として閃光が現れる。雷だ。
「あー、なるほど?」
エストが何かを察したように顔を引きつらせると同時に、小規模の爆発音が鳴り響く。
耳鳴りが収まり呆然としていると、いつの間にかアリアは降りて来ており、「どうかしたの?」と言いたげな表情を向けた後に攻撃を放った方向へと歩いて行った。慌ててエストも追いかける。
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