プロローグ1
───世界は平等ではない。
生まれた時点で決まる体格、体質、才能。あらゆる要素に於いて、人間とは平等に生まれる事が無い。200cmを優に超える人物もいれば140cmにも満たない小柄の人物もいる。食べても痩せている体質の人もいれば、食べずとも太る体質の人もいるだろう。努力は慣れを産み、開花された才能はそれを凌駕する。
───世界は平等だ。
だが、それでも『選択』は平等だ。する・しない、選ばれる・選ばれない。どれだけの努力、才能を以ってしても、勝者と敗者の関係は絶対。
努力量、才能の強さ、身長体格。どれだけの不平等な要素を持っていても、絶対的な平等事項として「選択」がある。
故に、世界は平等では無く、平等だ。
だが思うだろう。選択が平等であれ、それに至るまでの過程は不平等だ。だから平等な選択で「やらない」を選ぶ。自分では追いつかないからと、試してもないのに諦める。
そしてその中には、試せなかった人物もいる。病気の問題で才能も努力も発揮できず、散りゆく人々。誰よりも不平等を感じる劣等感だらけの人生。
恥知らずと笑えば良い。今やらずにいつやるのかと笑えば良い。ちっぽけな願い、叶わぬ願い、あり得ない願い、妄想、想像───幾らでも笑え。
これは、切望だ。嫉妬だ。狂おしい程の願いだ。
───俺はただ、走りたいだけなのだと。
生まれながらにして病を抱え、走りたいと願っても走れず、故に一握りの希望を持っている。不平等でも良い、努力すら出来ない何かを背負っても良い。自分はこの脚で、走ってみたいと。
病弱な身体で一歩踏み出して。そして倒れ込む。口から溢れ出そうな程の心臓の高鳴りと、脳に響き渡る雑音。祈りは許しを得られず、体質に逆らい抱いた願望は打ち砕かれる。
それでも、「やらなければよかった」なんて後悔は微塵もなくて。意識が遠のく最後まで抱いていたのは「走りたい」という……誰もが当たり前のように出来る事への渇望だった。
───では、一つ目の人生を終えるとしよう。平等じゃなく、平等な世界を歩んだ人物は、皆こう願う。「こうならば」「この才能があれば」と。
そんな世界の法則に則った最後の幕間だ。
平等で平等じゃない世界で、君はどうするのだろうかと。
♢♦︎♢
「……なにこれ?」
真っ白な部屋。否、空間か。見慣れた無菌室とはまた違う、見渡す限りの辺り一面が真っ白な空間と、そこに佇む一つの真四角な石。
あまりにも異質な場所と、場違いな程の安心感。明らかな異常事態だ。なのに嫌に冷静である。
「───ッ」
その冷静さが先までの記憶を呼び起こし、反射的に左胸に手を当てた。
「……動いてない」
なるほど、夢のようなモノかと。人体の痛みや苦しみは生存本能が駆り立てる危険信号と聞いたことがある。感じていた息苦しさがシャットダウンしたように消え去ったのは、つまるところ生存本能が諦める事態になった。
端的に言えば、死が確定したからだ。
「はは、最後に見る夢がこれかぁ……。せめて最後の夢くらい、友達と走る事を許して欲しいよ」
夢ならば、自分の願望を叶えてくれと苦笑する。学校帰りか、体育か、はたまたスポーツか。何でも良い。機械的なやりとりとは違う。心を許して感情的に笑える友達と一緒に“当たり前”を過ごせれば未練など無く成仏出来たのに、と。
少年は、夢の中の身体を倒し、地面に背中につける。冷たくも温かくもない、寒さも暑さも感じない不思議な空間で、意識を閉ざす。
「…………」
閉ざした、つもりだが。眠気は全くこない。夢だからと言われればそれまでだが、それにしてもいつまでも意識があっていいものではないだろう。
それとも、実際に天国や地獄なんてものはなく、ただただ意識が在り続けるのが“あの世”なのだろうか。時間という概念すらあやふやな空間の中、少年はパチリと目を開けた。
「……?」
ふと唯一存在する“石”へと視線を向けてみれば、懐かしいような雰囲気。否、ぬくもりを感じた。導かれるように寄ってみれば、それは石を枠としたガラス板。よく見るスマートフォンやテレビモニターなどの液晶パネルだった。
「うぉっ───」
恐る恐る触れれば、何かが勢いよく飛び出る。水色の透明なオブジェクトだ。それが何十と空中に浮かび上がり、その全てに黒い文字で何かが綴られている。
視線を落としてデバイスを見ると、恐らく透明なオブジェクトと繋がっているだろう四角い枠が浮かんでいる。試しに左上端の枠に触れてみれば、一つの水色で透明なオブジェクトが少年の前に移動した。
「なんだ、これ……?」
映っているのは、人の形をしているだけの、色も服もない能面なアバター。視線を右にずらせば、“スキル”という文字とその下に並べられた数々の単語。
「まさか」という思考が浮かび上がるが、その手は堪らずゲームで見るような○に囲まれたはてなマーク……つまりヘルプの欄をタップしていた。
『第一の人生を終え、貴方は「平等じゃなく平等な世界」を経験しました。その経験を経て願う「平等で平等じゃない世界」を叶える為の場所がこの空間です。コンソールに映る左上が選択したスキルや残りのポイントを表すステータス画面となり、その他は全てスキル選択画面となります。なりたい自分を創り上げて下さい』
浮世離れしている。現実感がない、ただの夢だ。夢の筈……と、そう思いながらも指は左上端から一つ右をタップ。水色の透明なオブジェクト……ホログラムに映っていたアバターとスキルが消え、代わりに縦に多くの単語が並ぶ。
そこには『筋力向上』や『速度向上』などのスキルと思わしき単語とチェック欄。そして右端に纏められる数字……ステータス画面にもあったポイントが映っていた。
「……はは、未練がましいにも程があるぞ。死後の世界は次の世界への権利です……ってか?」
これが夢ならば、自分はどれだけ諦めが悪いのだろうかと笑ってしまう。そうやって口元は笑みをこぼしているが、眼はどこまでも真剣である。
「前の世界での不具合を調べて、次の世界で改善……ゲームのアップデートみたいだな」
もし神様みたいな存在がいるのだとして、神様が世界や人間を作ったと言うのであれば、その神様は随分と人間らしい概念だ。親は子に似ると言うが、神様も似たようなものだろうか。
人がゲームやその他で扱うものを、神様は世界規模で行うと。まあ神様がいるなんて前提がそもそも認識を間違えてるかもしれないが。
「……平等で平等じゃない世界、か」
何が平等で、何が平等ではないのか。……否、明確だ。本当に次の世界があるとして、その世界はここで選んだスキルが反映されている世界なのだろう。つまり平等の意味は、世界中のすべての人物が転生者であるという事。
それとまた、もう一つ。
「……」
少年は再度左上端の四角い枠、ウインドウをタップしてステータスを浮かばせる。並んでいるのは数多くのスキルと、『0』と描かれたポイント欄。その内のスキル欄を確認し、内容を把握。
「【筋力向上】に【速度向上】、【体力向上】……【料理】に【掃除】に【選択】……【空間把握】や【観察眼】……【計算】と【感性】……」
他にも多くのスキルが存在している。それを確認した後、今度はコンソールの適当な場所をタップ。そこに綴られている、先程まで確認していた画面と同じスキル名をタップ。
短く小さな警告音と共に浮かび上がる文章。
『ポイントが足りません』
既に習得しているものが不可能とは書かれていない。つまりスキルの重複が可能だという事。
「……なるほど」
要するに、左上端のウインドウはステータス初期欄だ。世界での平均的な能力だという事。
少年は再度左上端のウインドウをタップし、初期に並べられてるスキルの内の一つを適当にタップ。
『【弓術】を外しますか? はい/いいえ』と綴られたウインドウが浮かび上がったことに少し驚きつつも、予想してた事だ。喉を鳴らして『はい』をタップする。選択画面のウインドウは消え、スキル欄に並べられた【弓術】も消えた。その代わり、“0”だった筈のポイントが“1”に増えている。
つまりこれは───
「得意が生まれれば不得意も生まれる……全部に於いて上質な能力を獲得するのは不可能って事か」
なるほど、平等極まっている。
しかし考えてみれば、『平等じゃない』の意味が見えてこない。普通に考えれば得意不得意がバラける不平等さと思いつくが、これは正当な対価だ。
一体何が平等じゃないのかと熟考。そこから浮かぶ、一つの可能性。
「……選ばなかったスキルは、努力で補えるものじゃない?」
元の世界で当てはめれば、どれだけ才能が無くとも技術を磨けば技術が手に入る。サッカーで例えれば、初心者の頃にリフティングで躓いたとて、“やり方”と“感覚”を掴む練習をすれば、一回から二回、二回から三回へと、徐々に熟せる回数が増やせる筈だ。
しかし次の世界は、一回しか出来ないものはどれだけ努力しても一回しか出来ないという事だ。差し詰めスキルという存在は、『才能の上限』と『努力の限界値』という事なのだろう。
「おいおい、マジかよ……」
もちろん可能性の一つに過ぎない。『平等じゃない』という言葉はまた違う意味を込めてのものかもしれないし、努力で身につける事が可能になるかもしれない。
だが逆説的に考えよう。要らないものに対して努力しようとする気が起きるだろうか、と。最初から選べる立場にあるのだ、選ばなかったものは要らないという事だろう、と。
大変理にかなっている、当然なアップデートだ。なまじ努力で何とか出来るかもしれないという前提があったから生まれた胸糞悪い出来事は幾らでも存在する。そういった不都合を無くせる、言ってしまえば神アプデ。
少年の考えは、推測から要望へと移り変わる。そうであって欲しいという願いへと。
「……どんな世界なんだろうな」
剣術や弓術などを考えれば、もしかしたら王道ファンタジーよろしくな世界なのかもしれない。だが現代社会に於いて『スポーツ』としても扱われていることを考えれば、必ずしも倒す為の技術とは限らないだろう。
じっくりと考察を重ねるか、或いは───
「スキルの説明か」
スキルには各種、それがどんな能力であるかの説明が割り振られている。ステータス制のゲームみたいな細かな数字なんかは表れないが、『どんな事をする為の能力なのか』は綴られている。
どんな世界なのかを知るのなら、各種スキルの説明から情報を引き出す必要がある。
「……さて、時間はたっぷりあるみたいだし? 夢だとしてもいい夢見れたと思って、消えるまでたっぷり悩むとしますか」
あくまで個人的にですが、題名の略称として『ななでな』と呼んでいます。他に呼びやすい題名があればお好きにお呼び下さい。
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