盗賊
「頭領、なんか変なのがきやすぜ」
御者がなにか訝しげな顔で報告してくる。
「なんだ?」
一旦考え事を止めて荷台の上に立ち上がる。
すこし離れた真向かいからニコニコとして両手を上げながら走って来るやつがいる。
気でも狂っちまってんのか。俺達は盗賊だ。盗賊に向かって喜んで走って来るやつがいるわけはない。
「おい。蟲車を止めろ。」
御者のハクフンが「へい。」と一言返事をすると全員に合図を送った。しばらくして蟲車の列がすべて止まる。
「ハクフン。弓であいつを射ろ。ただし当てるな。」
ハクフンの射った矢はスゥーっと吸い込まれるようにそいつの頬をかすめた。
そいつは足を止めて、今度は向きを変えて逃げるように走り始めた。
「よし。追いかけろ。」
「えぇ…。」
盗賊にニコニコと向かって来るようなヤバイやつなら関わらないほうがいいが、矢を射って逃げ出したところを見るとそうじゃないらしい。
ならば襲うに限る。
蟲車と徒歩では速度に雲泥の差がある。追いつくのはあっという間だ。
「捕まえろ!」
蟲車で周りをぐるっと囲み、素早い連携と手際の良さで少しの抵抗もさせずに縛り上げる。
「なんだお前、男かよ。」
遠くからじゃ線が細いせいで女に見えたのだ。適当に街で奴隷として売ろうにも、ついさっき街から出てきたばかりなのだ。
引き返すのは面倒だ。
「女だったらよかんたんだがぁー。」
顎を持ち上げて観察する。よく焼けていて分かりにくいが肌の色がうっすらと赤い。ブーメランも背負っている。
「お前蟲狩りか。」
「は、はい」
「どのくらいまで殺せる。」
「ひ、一人でなら跳蟲までです。」
跳蟲と言えばこの辺りじゃ知らないやつは居ない。頑丈な複眼に分厚い外骨格、途轍もない力を発揮する後ろ足。蟲狩りの一族でも四、五人で殺る筈だ。しかし、この子供が今この場面で嘘をつけるとは思えない。とりあえず信じることにする。
うまくやれば考え事の一つが解決するだろう。
「おい。こいつをアジトに連れていく。蟲狩りだ。」
ざわざわと部下達が騒ぎ出す。
「おめぇ、なんて言うんだ。」
「え?」
「名前をきいてんだよ!」
「り、リカルドです。」
積荷のように無造作に蟲車に乗せられ、リカルドはアジトへとつれられていった。