蟲戦
本日二本目です。
西に向かい初めて三日がたった。あのあと瓦礫の中を少し見た限りでは、食べ物や水は蟲に食い尽くされていてめぼしいものは見つからなかった。
瓦礫群から歩いてすぐに砂ヨットをみつけた。僕はおいてきたことをすっかり忘れていた。
しばらくの間、昼はヨットの影に隠れて暑さをやり過ごし、夜になるとヨットを操作する日々が続いた。朝方にヨットの帆に溜まった露をすすってなんとか生きていた。
蟲が蝶番の油をすすったのか、少しヨットの挙動がおかしくなってきている。
あまりに腹が減るので、時々みかける跳蟲の死骸を食べてやろうかなども思ったが、酷い匂いがしていたのでやめた。
四日目の夜、ヨットがギシギシと変な音を立てたかと思うと帆の柱が根本から弾けて折れてしまった。
折れた帆に思い切りひだりの二の腕を殴られて、僕はヨットから投げ出されてしまった。しばらく痛みで悶絶して動けなくなったが意を決して立ち上がり、また歩き始めた。
ヨットのパーツは蟲の外骨格が使われていて、帆は羽でできている。そのためかなり軽い。16の少年でも帆を引きずれるぐらいには。
夜の間も昼の日陰を確保するためにヨットの羽を引きずって歩いている。朝露の確保も兼ねている。
左腕はほんの少ししか力が入らない。なんだか変な色になっていて、何かするたびにズキズキと痛むのだ。
今朝も左腕をかばうようにして体を折り曲げ、朝露を飲んでから寝た。
ギチギチ、ギチギチという音で目が冷めた。まだ太陽は正午をまたいだ辺りにある。
さっと起き上がると五十歩ほどさきに跳蟲がいた。一匹だけだ。こちらを完全に獲物としてみている。そっと背中のブーメランに手を掛ける。
いつだったか族長が言っていた。「あいつらは触覚がなけりゃあなんにもみえないんだ。」と。
話によると、近づかなくても触覚を切れる武器が必要だったらしい。たしかに理にかなっている。
痛む左手に鞭打つようにしてブーメランを支え、右手で真ん中を押す。
僕のブーメランは特別製で中心の膨らんだ部分をベコンと裏側におせば、投げてもかえってくるようになるのだ。
反対からもう一度押すと、もとの遠くまで飛んでいく状態に戻る。
蟲とにらみ合いながらゆっくりと構える。触覚をフヨフヨと動かしながら僕の位置を探っているようだ。
「僕はここだぞ!」
思い切り蟲にむかってブーメランを投げる。蟲はすぐさま高く跳び上がり、攻撃をよけつつ僕の方へ向かって来た。
弱っていたのか、蟲は空中で姿勢を崩し、僕のすぐ手前に倒れ込んだ。
(まずい!!)
すぐさま後ろに引いてすんでのところで前足をかわす。僕の胴体ほどもある前足の一撃は、当たると確実に死ぬ。オマケのように鋭い棘が幾つもついてあるのだ。攻撃力の高さは折り紙付きだ。
「もっとこっちだ!」
挑発に乗ったのか、蟲は空振った前足をそのまま地について前のめりになり、さっきと反対の前足を大きく振り上げ僕めがけーーー
スパッ!!という音とともに蟲と僕の間を小さな風が過ぎていった。
糸が切れたように蟲は動きをとめた。
「ふう」
危なかった。蟲をはねさせるのはうまく行ったが弱っていてよろけたのは予想外だった。
あの時ほんの少しでも蟲が前に出ていなかったらブーメランは素通りして、僕は蟲に襲われていた。
かえってくるブーメランで触覚を切り落とすやり方は叔父さんがよくやっていた。叔父さんは狩りの名手だった。
みんなが5、6人で狩りをするのに叔父は一人でやるのだ。僕も一人で戦ったのは初めてだった。
帆は真上に蟲が覆いかぶさってしまっていてもう使えなかった。仕方なく蟲の影で夜まで過ごした。
もう日陰は持ち運べない。夜がくる前にすこしだけ蟲の血を飲んだ。なんとも言えないまずさだったが喉は潤った。
今度はブーメランだけを背負って少しずつあるき始めた。
また朝が来た。今度は日陰が無いので仕方なく歩き続けた。喉は乾くし腹は空く。気の所為で無ければ随分沢山歩いた。とっくに街についている頃だ。
街はヨットを飛ばせば4日でつく距離のはずだ。おかしい。めまいがする。太陽が暑い。いや熱い。しばらくして僕は気絶してしまった。