7話 『バカ』
「ってて……今何時だ……?」
目覚めたヒロが身体を起こし、壁に掛けた時計を見る。時計は8時を刺している。
少し頭が痛いのは気の所為であろう。
「おっ、やっと起きたか!おはよう!」
「ヒロお兄ちゃん、おはよう!」
朝から2人で遊んでいたらしいユウキとハナがヒロに向き、片手を少し上げ朝の挨拶をする。
「おはよう、ヒロ」
マイは2人から少し離れた所で朝食の準備をしながら言う。
「ああ、みんなおはよう」
ヒロはまた3人揃ったことに喜びを感じ笑顔で返事をする。
朝食を済ませ、着替え等の身支度を済ませたヒロ達4人は席に着き、外の状況を知るユウキと情報交換を始める。
「ユウキ、外は今安全なのか?」
「安全とは言いきれないかな、一昨日の夕方程ではないが黒い奴はいるな」
「えっ、ちょっと待って。まだいるってことは、ユウキはどうやってここまで来たの?」
疑問に思ったマイは思わずユウキに聞いてみる。
「走ってきたんだけど」
「いや、違う、そうじゃないだろ」
ヒロは質問の意図を理解していない発言に嘲笑混じりに軽いツッコミを入れる。
「あっそういうことな、あの黒い奴は顔を殴ったら消えたから俺は大丈夫だったぞ」
「ユウキのことなら心配する必要もなかったかもね」
その平然としたユウキの発言に2人は安堵するがユウキは深呼吸をすると表情を真面目な顔に変え「でもな…」と続ける。
「でもな、何にもしてない人間を何人も何十人も殺していい訳がない!オレはこんな事をする奴らが許せない!」
その言葉にヒロ達はユウキもここへ来るまでに色んな物を見てしまったのだろうと思い込み、黙り込む。
先程まで笑顔で話し続けていたユウキが豹変して怒りの表情に変えたことにより、ハナは怯えてしまう。
「あっ、ゴメンな、ハナちゃん!オレ怒ってないから!そんな顔しないで!」
そのハナの怯えを見たユウキは慌てて笑顔を繕い直し謝る。
「ユウキとマイもゴメンな、こんな事を言うの、オレらしくないよな」
続けて2人にも謝るユウキ。
「俺ら3人の仲だし全然いいって」
「むしろ、聞けてよかったよ」
2人はユウキに笑いかける。
ユウキはいつも何も考えて無さそうな奴だと勝手に思っていた2人は嬉しく思い微笑む。
「やっぱオレお前らのこと好きだわ!」
ユウキはその2人の言葉を聞き、いつもの調子に戻り笑い始めた。
その後も情報交換を続けるヒロ達。
ユウキからヒロ達に与えられた情報は
モール内で見たことはなかったが、外には敵はいるので出発する時は警戒しながら進むべきこと。
現在、国内は混乱状態にあり、各地からの情報は全くと言ってもいいほど、ほぼない状況であること。
ヒロ達がこれから戻るカルミア学園は現在、家に帰れない人達が集まる避難所になっているということが伝えられ
ヒロ達からユウキに与える情報は
敵の特性やショッピングモール内で起こったこと、『円卓』のガウェインとの遭遇、そして……
「最後に私から、いい?」
「……本当にいいのか?」
すぐにマイの剣についてのことだと察したヒロは彼女に確認を取る。
「3人の仲だし、ね?」
そう言ったマイはユウキに向けて剣について知りうる事全てを話し始めたのであった……
◼️◼️◼️
「こんないいもん持ってたのか!いいなーマイー」
「「え?」」
全てを話し、マイは黒い瘴気を纏う剣をユウキに見せる。
ユウキから返ってきた反応は予想外にも能天気な反応で、思わず2人は声に出してしまう。
「本当に、怖くないの……?」
「お前がそれ言うのかよ」
困惑したマイはユウキの言葉が信じきれずに何故か虚空に剣を振り始め、ユウキにもう一度確認を取る。
マイのとったよく分からない行動にため息混じりに小声でツッコミを入れた。
「だって、マイが持ってるんだろ?大丈夫だって」
ユウキはマイの確認に躊躇うことなく答え、にししと笑う。
その平然とした態度を見たマイは剣をしまい、顔を俯けた。
俯いたマイは数秒経つと「ふっ…」という声を少しずつ漏らす。
「……?」
一同はそのマイの様子を心配し顔を覗こうとするが…
「ふふっ…あっはっはっははは!!!」
その瞬間、マイは顔を上げ大声で笑い始めた。
「おい……どうしたんだ……お前?」
ヒロ達は見たことも無い笑い方をし始めた彼女を目の当たりにし、固まる。
マイは十数秒笑い続け、疲れたのか「はぁ…」という声を出すと、「決めた」と小声で言いながら立ち上がり、笑顔で胸に片方の手を当て大声で宣言する───
「私、バカになるわ!!!」
「「はぁ!?」」
「お姉ちゃん……?」
その唐突なバカ宣言に一同は更に困惑する。
そんな周りの状況を気にせずマイは続ける。
「私、真面目に生き過ぎてたみたい!今まで"こんなこと"で悩んできたけど今日こうしてあなた達と話してみて、やっと気づけた。」
記憶の最初から抱えてきた10年間の悩みを"こんなこと"として片付けるマイ。その顔に迷いはない。
「私は自分が嫌いだった。自分の嫌な部分は他人から全て見えないように隠して、良く振舞おうとしているだけの優等生気取りの人間が嫌いだった。」
「そんなことしても結局、私は次に進まなかった!進めなかった!でも、そんな私も今日で終わりにするわ。」
マイの声音は力強くなる。
「これから私は自分の嫌な部分も全部受け入れて、3人で能天気に笑い合える。そんな、あなた達みたいな『バカ』に私はなるわ!」
マイは清々しい笑顔で宣言を終えた。
「おう、その高みで待ってるぜ」
「オレ達に勝てると思うなよ!」
「お姉ちゃん、頑張ってね!」
マイ以外の3人はそれぞれの言葉で彼女の背中を押す言葉を送る。
「別に私は勝負をしたかった訳じゃないんだけどなぁ…」
マイはそう言い肩を落とすが、その表情は笑顔のままであった。