3話 これから
「それ、なんなんだ…?!」
ヒロはマイの持つ謎の剣を指をさし1歩後ずさりながら聞く。
「……ごめん」
マイは謝るだけで何も言わなかった。
それを見てヒロはギリッと奥歯を噛み鳴らし黙り込む。
さっきから分かんねぇことばっかり…!何が起きてんだよ…!このモールだけじゃなくてマイにも分かんないことが起きてるとかもう分かんねぇよ!とヒロは心の中で叫ぶ。
ヒロとマイは互いに黙ったまま数十秒、沈黙の時が訪れる。
「お姉ちゃんがたすけてくれたの!だからそんな顔しないでお兄ちゃん…」
ヒロの顔の変化を感じとったハナは沈黙の時を破り口を開く。
その言葉でヒロはハッと我に返る。
(今目の前で起きてることはマイ達は生きててマイは生き残る為の手段を持っていた、それだけだ)
「そうだよな、悪い、とりあえず生きてて本当に良かったマイ、えーっと…」
「…ハナだよ」
「ハナちゃんか、よろしくね」
ヒロはしばらく忘れていた笑みをハナに向ける。
■■■
「じゃあここには奴らは入ってこないんだな」
「……うん」
疲れたハナをソファーに寝かせ、椅子に座り、状況確認をする。
ラウンジにはもう既に多くの黒い奴らが居て、奴らをマイがその剣で首を撥ねると消滅したという。だが、俺が奴と戦ったときのことを思い出すと、奴らは急所以外は絶命させることができないともわかる。あくまで推測だが。
しかし、不自然なことに敵の数が多くいたことに関わらず元からここにいた人の遺体は何故か無かったそうだ。なのに血痕はある、おかしい。
新しく敵がこの部屋に入ってくるということは無かったらしい。現に俺がここへ来てから数十分以上経ったが近くに足音すらない。
このことにより確実な証拠、ではないが敵の索敵能力の低さくらいは伺えた。見えていなければ襲うこともわざわざ扉を開けて探すことも無い。
遺体が無いのは人間に噛み付こうとするというとこから連想させて、ゾンビ映画のように感染させる性質がありラウンジの中の人を全員を感染・変異させて、たまたまやってきたマイが全て消滅させたと考えると辻褄が合う気がする。
数分黙り込み、考えがまとまったヒロは遂に椅子に体育座りで座り俯いたままのマイに向けて口を開く
「あの…さっきの剣についてそろそろ聞いていい?」
「……」
「怒んないから」
「………」
マイは沈黙したまま、ヒロは頭を掻きながら説得を続ける
「悩み事、これからちゃんと言うからさ。おあいこってことにしよう?」
「……わかった」
マイは顔を上げて普通に椅子に座り、剣を召喚するように何も無い場所から出し、テーブルに乗せて、剣について話し始める。その表情は暗いままだ。
「この剣は私達がおじいちゃんに拾われて育てられ始めた時に出せるようになったの」
「えっ?そんな前から?」
ヒロは10年前から既に起きていた身内の事実に驚き、思わず声に出してしまう。
「この剣についておじいちゃんに話したら『その剣を決して人前に出しちゃいけない、ヒロにもだ、2人の秘密だ』と言われて、まだこの剣で何ができるのかすらわかんないけど、何か悪いものなんだと思ってずっと……」
「その時のおじいちゃんの顔が忘れられないの…!凄く怖い顔をしてた…次また出したらおじいちゃんに捨てられてしまいそうで……もうあんな顔見たくないって思って……」
マイは話を進める度に涙ぐんだ声になっていく
「私はこの剣を持ってることを人に知られたら…私の周りから人が…っ!大切な人達すらも……っ!私を避けて居なくなると思いこんで……っ!」
一言一言、必死そうに言葉を綴る。それほどトラウマになってしまったのであろう。
ヒロは顔を少し俯け、マイの持つ剣を見た時の自分の発言を思い出す。
(確かに一瞬でも俺は避けてしまった…でも!)
ヒロは顔を上げ、マイの顔を見て、真剣な眼差しで
「でも、マイはその剣でハナちゃんを守りきることが出来た、それは事実だ。そうだろ?」
そう問いかけるとマイは涙ぐんだ顔で頷く。
「だからさ、そんな顔すんなよ。悪いことなんて俺とマイ、2人で起きさせなければいい。その剣が何だろうが俺達ならなんとかなるさ。」
それを聞いたマイはヒロに突然抱きついた。
「少しこうしてていい…?」
抱きつかれた瞬間、突然だったのでヒロは顔が思わず紅潮するが、理性により一瞬で振り払う。
「ああ、分かった」と彼女の背中に優しく両手を乗せた。
「あのね?私、嬉しかったの」
「ん?何が?」
抱きついたまま腕の中にいるマイはヒロに話し出す
「悩み事、これからちゃんと言うからさって言ってくれたこと。」
「普段、俺が悩み事を自分から言わないからか?」
「ううん、違う」
マイは顔を上げてから続ける
「"これから"って言ってくれたこと。あれを見せたらこれからなんて無くなると思ってたから…ありがとう」
その後、マイはありがとうねと再び小さく言い、ヒロは察してマイに乗せていた手をどける。
マイはヒロから離れ椅子から降りて、ヒロに向いて後ろに手を組みながら立つ。
「だからね、これからもよろしくね、ヒロ!」
マイは満面の笑みで感謝を伝えたのであった。
■■■
あれから数時間が経った。
時計は午前の5時を刺そうとしていた。
ラウンジには窓がなかったので外の状況が全く分からない。
ハナはよっぽど疲れていたのか未だに寝ている。
念の為、俺とマイ交代で奴らが来ないか扉の前で見張っていた。やはり、奴らはこちらには来ようともしなかった。
助けが来る事を願っていたがそうもいかないらしい。外の人間はどうなっているんだろうか。
「ユウキ…あいつ大丈夫かな?」
ヒロはテーブルに肘を着き、手に顔を乗せて呟く。
「ユウキなら大丈夫でしょ、アレでも学校の中ではデタラメな強さだったし。次交代するよ」
その呟きを聞いていたマイは答える。
「ああ、そうだな」
ヒロはふたつの事柄を同時に答え、ソファーに寝転ぶ。
ユウキは自己防衛の為の魔法の中でも自強化の魔法が圧倒的に得意だった。
そもそも自強化の魔法とは自身の筋力を強化したり殴ったり蹴ったりした時の反動を軽減する魔法で、一般的に魔法をかけてコンクリートの壁を殴っても微かなヒビが入る程度なのだが、ユウキは違う。コンクリートにぽっかり穴が空いてしまうくらいには強かった。
「なぁ、これから俺達どうする?ラウンジの中にはお菓子とか飲み物は幾つかあるし数日は持つから多少は助けを待てるが、もし外もこうなってたら助けは来ない可能性の方が高く感じるんだ」
ヒロはソファーに横になりながらマイに問いかけてみる。
「もしこのモール内の奴ら、全員倒せたらここでずっと暮らせるんじゃない?電気も途切れてる訳じゃないみたいだし」
「流石に無茶すぎる、却下」
「もしもの話よ」
幸いモール内の明かりが消えてない所を見る限り術式が弄られて電気が切れているということは無い。
確かに奴ら全て倒し切れたらそれがいいだろうがもし本当にゾンビのように感染して増えていくなら今このモール内だけでも少なくとも100以上は居るだろう。
数で攻められたらひとたまりもない。
「非常口、探してみる?」
マイは数分の無言の時間があった後、ヒロに提案する。
「そうだよな、奴らに見つからなくてもそれは出来そうではある…」
…がやはり見つかった時のリスクが高過ぎる。
でもこのまま何もしなかったらここで餓死するだけだ。
「分かった、今から俺が行く、見つけたら戻る」
「ちょっと!何1人で行こうとしてるの!?」
「2人だと奴らにもっとバレやすくなる、しかも今はハナちゃんがいる。ハナちゃんを1人にする訳にはいかない。」
ヒロはソファーで寝ているハナを見遣る。
「お前が守るって決めたんだ。だから最後までお前がハナちゃんを守らないと、俺はその手伝いをするだけだ。」
マイは数秒、黙り込んで何か思い付いたのか「じゃあ…」と口を開こうとしたその瞬間。
──外で勢いよく何かが破壊される轟音がした。
「どうしたの?お姉ちゃん…」
音でハナが目覚める。
「ハナちゃんはここで待ってて、安全だから」
「うん…」
「ヒロ!」
ハナをラウンジから出ないよう優しい笑みで忠告してからヒロに声をかける。
「ああ、一緒に行ってくれるか?」
■■■
ヒロは武器を持ち、2人でラウンジから出て、音がした方向へ向かう。奴らは音がした方に先に向かったのか、周りには何処にもいない。
「助けかな…?」
「だといいんだが…」
走って向かいながらヒロに質問するが顔を顰めながら答える。
──不自然過ぎる。
助けに来た人間ならば、この轟音によって集まった奴らと戦闘している筈だ。なのに周りには何一つ音がしない。
音がしていた場所に到着する。
吹き抜けで2階から1階が体を伏せてギリギリ見える位置に来て見ると1階に異様な光景が広がってるのがすぐ分かった。
───黒い奴らは整列し1人ずつ目の前にいる黒いローブを着た者に何かを体内から抉りだしそれを捧げ、ローブの者はそれを口にしていた。奴らは捧げ終わった者から消滅していく。
「こんなことって…」
「オイオイ…マジかよ…」
異様な光景に2人は思わず小さく呟く。
2人は奴らが捧げていたものが心臓だと分かるとそれぞれ目を逸らしたり口を抑えたりする。
「10年振りの食事、実に美味であった。」
────ローブの男は全ての捧げ物を食すと、ヒロ達がいる方向を見て、満足気に感想を述べた。