カサリ攻防戦 ローブの女サイド
「さっさとこうしていればよかったかしら」
ローブの女は鼻歌でも歌いそうなくらいに上機嫌であった。
手のひらから生やした触手でたった今兵士の頭を潰したローブの女はその死体を放り投げる。
すぐさまゴブリンたちがその死体へ押し寄せた。ゴブリンたちは鎧をはぐのも面倒だとばかりに、素肌の見えるところからその肉を齧りとり始める光景にローブの女は満足げに頷く。
カサリ北門はローブの女率いるゴブリンらに突破された。
ローブの女による魔法攻撃での目くらまし、はしごを架け城壁を一気に精鋭ゴブリンたちが上って城壁で戦闘が始まる。
門への注意がそれたところにゴブリン・キングたちによる破城槌攻撃で門を無理やり突破したのだ。
温存しておいた精鋭たちでの電撃戦。これが功を奏した形である。
(予定が狂った事が上手く行くと言うのも皮肉なものね)
目標であったラーナがカサリへ逃げ込んで以来狂いっぱなしだった計画がようやく進められる。ローブの女が上機嫌になるのも無理はなかった。
ラーナの捕捉失敗からやり方を変えゴブリンたちを使いカサリを包囲したはいいが問題は山積みであった。
カサリ南側は大型の魔物が出ることがあると言うことでゴブリン達が近寄らずに全包囲とはならなかった。だったら南側からラーナたちが逃げるかと思えば閉じこもって出て来ない。そうこうしている内に食料不足である。
ローブの女も待つことに我慢ができず方針をカサリ包囲から攻勢に転じた。
カサリ攻めが始まる当初のローブの女やゴブリン・キングの計画では北門ではなく南門から突破する計画を立てていた。
これは南側にゴブリンたちがいないことを利用し、北や東西にて姿をさらし続けることによってそちらに敵戦力を集中させ、さらに南側を手薄にした後に攻撃を加える計画であった。こちらはゴブリン・ハンターたちの監視程度は置いていたので船の往来もわかっている。計画には擬装した船を使用してゴブリン達の大量輸送を行おうとしていたのだ。
計画段階でこれは上手く行くだろうと予測していたがそう上手く行かず、南門から入ったとしても内門を突破できないことが判ったのだ。
さすがに海運も盛んなカサリだけあって海賊対策等もあってか細かく区画が仕切られていたのである。それらを突破しつつと考えると内門の守備が間に合ってしまう可能性は高かった。
いくら船で侵入するといっても船だってそこまで大きいものではない。ゴブリン・キングなど指揮官級は図体もデカイし、その分破城槌やはしごなどを十分に乗せるスペースもない。それらも乗せるとなればもっと大きな船が要るし、量も必要になる。それほど多くの船を分捕れるかと言われると無理だろうの一言だった。
仮に船の問題をクリアしたとして、南門を突破できたとしても今度は内門という旧城壁が待っている。
常時戦力が内門に張り付いているとは思えないが、聞き出すところによればそれなりの設備が整っていることが判った。南門突破が気づかれればすぐに防衛体制が整う可能性を考えると厳しいものとなる。そう何度も城門など突破できるものではない。しかも南側の内門は昼夜問わず常時閉鎖されていると聞けば南門襲撃は撤回せざるを得なかった。
この情報は捕虜として捕らえた商人から聞き取った。
この商人は南門に小さな船で商品を納品したことがあったらしかった。彼がカサリへ来たのも船なのだが運悪く事故に遭い座礁した所をゴブリン達に捕らえられたのである。
おそらく出発時にはカサリ襲撃の話を聞かなかったのか、あるいは無視でもしたのだろう。彼は運が悪かったと言うほか無い。
泣き喚いて命乞いをする商人にカサリの知りうるすべてを話させ、約束どおりローブの女は商人を釈放した。ゴブリンたちの群れのど真ん中で。
周囲にいたゴブリンたちが逃げる彼をいたぶりながら再度捕らえて餌にしたが、ローブの女としては釈放するという約束はきっちり守っている。
さて、南門攻略が思った以上に難しいことが判ったローブの女とゴブリン・キングであったがこれ以上活路を見出すことができずにいた。
食糧問題が大きな問題となったのだ。
大群での生活から食料などはほとんど底をついており、食料の自給をしていた彼らであったが狩猟や木の実採取程度では全員に食料を行き渡らせることが出来ず、生まれたばかりのゴブリンの仔を食肉にしたり、人間の捕虜を肉へ変えたりをしたもののそれでも足りなかった。
さらに悪いことが起きる。豊かな森が広がることから自給の要となっていた北側のゴブリンの個体数が洞窟の(ユーマたちの拠点)襲撃で激減したことである。
北側戦力の半分をサタニスト捕獲作戦に投与していたため、食料確保に向かっていた個体たちも相当数失い、さらに目標であった孕み袋とするはずだった人間も手に入らず、食料確保はさらに困難となってしまった。
これによって今までは精鋭ゴブリンたちへの食料供給は途絶えさせなかったのだがそちらも途絶えがちになってしまったのである。
精鋭を温存する予定であったローブの女たちは、ここに至って精鋭たちをカサリ攻めへ投入することを決定した。
これ以上餓えて戦えなくなる前にどうにかしなければならなかったのだ。やらざるを得なかったという言葉が近い。
やるとなれば各門の突破方法である。
突破できる公算がなければ精鋭すら使いつぶしてしまう。すぐに繁殖出来ると言ってもやはり精鋭は貴重なのだ。全滅するようなことだけは避けたい。
ゴブリン・キングの提案で梯子の生産が急ピッチで進められた。
ゴブリンたちが人間の作った梯子を見様見真似で作ったものの、出来栄えはあまり良くなかった。ただ形自体はできていたため補強はローブの女も手伝うことで何とか使用に耐え得るものが出来た。体の大きいゴブリン・キングやロードが使うには耐久性が疑問視されるが体の小さなゴブリンたちが使用する分には問題がない。
梯子の用意を終わらせたローブの女たちであったがここでまたしても良くない類の急報が入る。
カサリ西門にて攻城戦術を試しに出ていたゴブリン・ナイトが戦死したのである。
これにはローブの女よりゴブリン・キングが慌てた。
何しろゴブリン・ナイトはゴブリン軍団の中でも上位の実力者である。その敗死はそれを倒すような戦力が未だ敵側に存在するという証明以外の何でもない。ロードよりも強かったナイトの戦死はゴブリン・キングを震え上がらせた。
その様子を見たローブの女はゴブリンたちが戦意を喪失する前に作戦を早める事とした。
東西と比べ拡張工事の少なかった北門を攻略することとし、繁殖場を北側へ移し兵力を増産することとした。
兵力も少しずつ東側から移動させるなど、大掛かりな配置転換を経て一息ついたと思いきやまたも問題が発生した。
移転したばかりの繁殖場が何者かに破壊されてしまったのである。
ゴブリンの生き残りがほとんどおらず、ローブの女やゴブリン・キングがその情報に接したのは繁殖場を襲撃したセバスチャンが救い出した人間たちを連れて拠点へ引き返した後のことだったのである。
襲撃された繁殖場に残されたスケルトンのものと思われる足跡からローブの女は角を生やしたスケルトンのことを思い出していた。
(あの小雪という女と一緒にいたスケルトン。同族がほかにもいたのかしら。これほど多くの足跡があるということはいたのでしょうね。ちょっと待って。その同属もあの角有りスケルトンと同じくらい強いとかないわよね)
ローブの女の脳裏では並みのゴブリンだけでなく精鋭ゴブリンやゴブリン・キングまでもがスケルトン軍団になぎ払われる姿が映し出されていた。
(自然発生したやけに強い個体が洞窟の者たちに味方しているだけかと思ったけど、こんな軍勢を作れるほどにいるなんて。いったいどこから沸いたというの。召喚? まさかほかのサタニストの妨害? あるいは洞窟にいた人間たちがサタニストであの里にいたサタニストが洞窟に隠れ住んだとか? ああもう敵対ではなく助力を仰げば良かった)
実際にはユーマたちはサタニストでもなんでもないのだが、スケルトン軍団の存在を知ったローブの女は混乱に陥っていた。
混乱していたのはローブの女だけではない。ゴブリン・キングも同様であった。
アンデッドと生者は互いに対立しているという関係性は魔物たちの間でも同じである。
本能的に生きているゴブリンたちはアンデッドの脅威も敏感に感じ取っている。
特にゴブリンの戦術とアンデッドは相性が悪い。
ゴブリンたちの戦術は最初に弱いゴブリンたちを送り込み相手が疲弊したのちに精鋭で叩き潰すという戦術を取っている。ところが相手がアンデッドだと疲弊することがないため純粋な実力勝負となってしまう。殴って倒せる相手ならまだいいとしてもゴースト系が相手だと対抗手段が少なすぎて完敗してしまう可能性だってあるのだ。
撤退を訴えるゴブリン・キングの様子にローブの女も今回ばかりはカサリ攻めを諦めようかと考えた。
自軍の状況を見てみれば食糧難に戦術を支えていた繁殖場は破壊され、自軍の武力の要とも言えるゴブリン・ナイトは戦死。
カサリの状況を見ればまだまだ兵力はあるように見える。門の攻略もはっきり言えば成功するかどうかなどさっぱりわからない。攻略できるという確信が持てなかったのである。
さらにゴブリン・キングとローブの女では目的が違う。
ゴブリン・キング率いるゴブリン達は北方から追い出された後に流浪の身となっている。
ゴブリン達だって巣は作る。組織の発展のためには拠点が必要である。それもできるだけ外敵が襲わないような安全な場所が要る。
その点城壁に守られたカサリは理想的といえるが他の街や都市も城壁が存在する場所はあるのでカサリにこだわる必要性はない。それに稚拙ではあるが彼らにも多少の防御能力を持った拠点は作れるはずである。
対してローブの女もカサリ自体にこだわっているわけでなく、当初は内部に逃げ込んだラーナが目的だったのだ。そこにさらに聖女が加わり器の少女が加わりと、ラーナだけだったときに比べてカサリの価値は上がっている。いや、価値が上がりすぎているといったほうが正しい。
その価値に比例して攻城戦となるという点で難易度も高い。ローブの女が強かったとしても一人で都市攻めなどできない上に獲物を取りこぼす可能性が高い。戦力としては見劣りしても兵力を出してくれるゴブリンたちの協力が無ければ目的は達せられない。
カサリにこだわる必要のないゴブリン・キング、同じくカサリにはこだわっていないのだが中にいるラーナたちに用があるローブの女。どちらもカサリにこだわっていないのにカサリから離れられない。
ゴブリン・キングは自分たちがローブの女からすれば価値がある集団だということが見抜けていなかった。魔物の常識は弱肉強食。強いものが正義となる。特に生物ピラミッドの下層であるゴブリン達はこの認識が顕著である。自分たちより強いローブの女の言うことだからと不満は抱きつつもしぶしぶ従っている。故に大きく反対することはない。
「駄目もとで力押ししてみましょう。今まで凡戦を繰り返した分油断してくれているかも知れないから。これで無理なら待ち伏せ案に切り替えるわ」
「……」
こうしてカサリ攻めは決行されたのであった。
カサリ攻めにあたって想定外はあった。
決行当日にカサリ側が北門側へ打って出た。
北門にいたゴブリンたちはさして抵抗できずに壊走し、ゴブリン・キングやローブの女がいる本陣近くまでカサリ側の兵たちが迫っていた。
ローブの女たちは洞窟の勢力(ユーマ達のこと)とカサリ兵たちを争わせることができるのではないかと一部のゴブリンを洞窟へ向かわせ、自分達は西側へ大きく迂回しながらカサリを目指した。
(うまくいくかもしれない)
ローブの女は最初のカサリ側の兵らの襲撃に驚いたもののそんな風に考えていた。
期せずして相手の兵力を誘引できたのだ。門の兵力も少なくなっているに違いない。
(今ならいけるかもしれない)
ゴブリン・キングも同じ結論に至ったのだろう。横目で見やれば終始不満げな表情だったゴブリン・キングもカサリを陥落させたときに手に入るものの大きさに欲望に染まった顔をしている。
(どうせならさらに確度を上げておきたい。使ってしまいましょう)
貴重なゴブリン召喚アイテムを道中で何度か使用し洞窟勢力対カサリ対ゴブリンの三つ巴状態にし、カサリへの帰還を遅らせるように仕向けると、カサリへ向かって猛進撃を開始した。
ローブの女とゴブリン・キング率いるゴブリン軍約六百対カサリ北門守備隊約百の戦いが始まった。
北門は一つと言えど守備範囲は広い。
門自体も無論大事だがカサリが巨大な分城壁も広いのだ。それらも守るとなると百名程度では守りきれない。
今までの戦いからゴブリン達が本気で攻めてくることはないと思っていたカサリ側は虚を突かれた形となった。
「ファイアーボール」
ローブの女が放った魔法は胸壁に炸裂、着弾箇所の一部を破壊しながら周囲に熱風を撒き散らす。
たまらず離れた守備兵らの隙を狙ってゴブリン達が梯子をかける。
一部は梯子ごと落とされたりもしたが多勢に無勢、すぐにゴブリン達に押し切られる。
城壁へゴブリンが殺到したことで妨害されることの無くなったゴブリン・キングたちも破城槌で門を破るとカサリ北門内部へ侵入した。
こうなればもはや蹂躙劇であった。
近くで交代の待機中であったカサリ守備隊の予備隊三十名ほどが北門へ駆けつけたころには現場は凄惨を極め、男女を問わず至る所に食害にいたった死体が散乱していた。男女の区別さえわからない白骨遺体まである。
「急いで内門を閉めろ!」
予備隊は北門守備隊を壊滅と判断、救助を諦めこれ以上の被害を出さないために自分たちがやってきた内門の閉鎖に走る。
カサリの北側への拡張はほとんど無く、北側の内門を破られるとすぐにカサリ中心部へ届いてしまう。カサリ中心部へゴブリンが迫る事態など絶対に避けなければならなかった。
対して一番の難所であった外壁を突破したローブの女たちに焦りはない。
カサリ北側の森では敵を足止め中である。外からの敵援軍はしばらく来ないだろう。
せっかく確保した北側を橋頭堡とすべくローブの女はゴブリン・キングに食事中のゴブリン達を呼び戻すよう命じた。
様子を見に来た予備隊が無傷で撤収できたのもちょうどこのタイミングだったからであった。
そんなカサリ側の事情は知らず、ローブの女は次の行動方針を示す。
まずは外に残置されていた梯子と破城槌の回収である。相手に再利用されないようにとの意味もあるが大きくは内門攻略のためである。
次に破壊した扉や投石用に備蓄されていた石などあらゆる資材を先ほど突破した門の跡に集積した。こちらは敵援軍阻止が目的である。
ゴブリン百匹をその場で作業や警戒のために残して、ローブの女とゴブリン・キングは残りの五百匹ほどを率いてカサリ中心部を目指す。




