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カタストロ暗殺

「いい夢を見ているようね」

カタストロの寝室で、全裸で寝そべる男と半裸の女がいる。

男は当然部屋の主でもあるカタストロ男爵である。女の方はカタストロが娼館から連れてきた女だ。

部屋は薄暗く、採光のために窓が開けられているが月明かりだけでは充分な視界は確保できない。

ベッドに横たわるカタストロのそばで女は添い寝でもしているかのように軽い微笑を浮かべてカタストロの顔を眺めている。

これだけ見ればただの情事を思わせるものだが、もしこの場に人が居れば視覚は無理でも嗅覚が異常を検知しただろう。

部屋に充満する鉄臭い臭い。

それらは部屋の片隅に転がっているカタストロの護衛達が流した血の臭いである。

そして視覚が通常通りに働いていれば血の池とも称すべきほどに床や壁中を真っ赤に染め上げ、その中にベッドだけが清潔に保たれている異様さが分かったはずである。

カタストロが痙攣するかのような動きを見せたのを見た女はうれしそうに微笑む。

「あら、嬉しいわ。まだまだ元気なのね」

自身の出したもので自身を汚すカタストロを愉快げに、そしてあざ笑いながら女はカタストロの耳元で何かを囁く。

一段と硬さを増すカタストロの分身に少しばかり愛おしさの混じった表情を浮かべた女だが、すぐに頭を振って脳裏に浮かびかけた思考を追いやる。

「いけないわ。ちょっと楽しんでみたくなっちゃう。依頼はむごたらしく殺せってことだもの。私が楽しんじゃだめよね」

サキュバスの私には分からないわ、こんなに楽しそうな素材なのに。などとぼやきつつ、その女、悪魔は顔いっぱいに歪んだ笑みを浮かべる。

「たっぷり楽しい夢を見ていることですし、依頼どおりにしていきましょうかね」

女悪魔は隠し持っていた切れ味の悪くなったナイフを取り出しカタストロの左手小指にそのナイフを押し当てる。

「楽しい夢を見たままイかせてあげるのだから、私ったら優しいわ」

主人から言われた内容とは違うかもしれないが、まあ傍目にはむごたらしそうに見えるのだ。これでもいいだろう。

悪魔らしく最低限主人の依頼をこなしつつ、自身の楽しみを追求した女は楽しげに笑い出す。その笑みは愉悦と虫けらを踏み潰すような暗い喜びにあふれたものだ。

「私を拘束して遊ぶ夢を見ているのだから、先に腕から切り落としてあげようかしら。その次は足ね。そうして動けなくしてから夢から覚ましてあげるの。望どおり私が跨って奉仕してあげるわ。どんな表情になるのか、今から楽しみね!」

少しずつ身体をバラバラにされていく痛みも全て快楽に変えられたカタストロは、自身がどうなっているか知ることもなく切り刻まれ続けた。

目を覚ましたカタストロは激痛と自身の状態を理解して悲鳴を上げたが助けはどこからも現れなかった。


深夜。

微かでしかなかった月明かりは分厚い雲が完全に隠してしまい、あたりは少し歩くのにも灯りを必要とするほどにまで暗い。

カタストロの屋敷を脱した女悪魔は夜道を歩く。

夜目を利かせながら、あたりを注意深く見回す彼女は小さく嘆息して歩みを進める。

(監視していたのは数名ってところかしらね。でも突入してこなかったのは中の様子が分からなかったか、死なせたかったのかどちらかしら。監視者たちが手におえないほど強いかどうかわからない以上冒険するわけにもいかないか)

装着した腕輪に魔力を通し、効果を発揮させると手早く移動を開始する。

カタストロの評判の悪さは女悪魔、嫉妬も召喚主であるラーナから聞いている。

もっとも怨みがあふれんばかりにこもったものだったので、嫉妬自身はラーナの話の半分程度の評判の悪さだろうと思っていた。

だがもしあそこの監視者達の上の者がカタストロを死なせたかったのであれば、ラーナの話も額面どおりに受けとってもいいほど評判が悪いのだろうな、と考えなおしている。

(手当てもしてもっと楽しむべきだったかしら)

突入してこなかったのなら、とそんな考えが嫉妬によぎるがもう過ぎたことだ。一瞬の不満も押し殺し、嫉妬は決められたコースを歩き続ける。

もし追っ手がついた場合、そのまま真っ直ぐラーナの元へ向かってはラーナに危険が迫ることとなってしまう。それだけは避けたいとラーナの仲間たちが決めたことだった。

(腕輪の効果は確認済み。大丈夫とは思うけどね。それにしても男共はご主人様にずいぶんと優しいこと。……味を知ったからかしら)

嫉妬は主人がサタニストとやらの仲間達から性の捌け口として扱われていることは知っている。

サキュバスである嫉妬からすればご褒美以外のなんでもないのだが、それをラーナが嫌っているのも知っている。そしてその意を汲んで護っていた暴食のことも。

暴食のことを考えたとき、胸の奥で感情が荒れるのを感じたが、嫉妬はそれをねじ伏せ表情を変えずに、しかし先ほどよりも足早となって歩く。

(それにしても面倒だわ。大罪の悪魔となるとその代表する大罪に心が引っ張られるなんて。私がなんで暴食に嫉妬しなければならないのかしら)

暴食は理性を失う前、ラーナをよく護っていたようだ。

美女、豊満、性格もいい(まあ多少歪んでしまったが良いほうだろう)女が居て、それが弱っていて、だなんてどうぞ食べてくださいといわんばかりの状態だったラーナを男共から護っていたのが暴食である。

結局暴食が理性を失ってからは護られずにラーナは元の性の捌け口へと戻ってしまったが、護られている間どれほどラーナが救われていたことか。暴食を失って取り乱したラーナを見ていた嫉妬には暴食がラーナの心の支えとなっていたことくらい容易に想像がつく。

嫉妬の炎が上がりかけるのを力ずくでねじ伏せる。

ラーナの傍には暴食はいない。

今は自分しか、ラーナには頼れる者がいないのだ。

そう思って一瞬の平穏を得るが、それはすぐに破られる。

ラーナは暴食を失ってひたすら泣いていた。

私が傍にいるにもかかわらず。

男共にラーナの代わりを申し出て、彼女の負担を減らしても、言葉で彼女を癒そうとも、ラーナは泣いてばかりだった。

(まあいいわ。ラーナの願いは叶えたんだ。あとはどうでもいい。ラーナのことで煩わされることもなくなる)

そうなんでもないように思いながら、だったらこのままラーナの元に戻らずにこのままどこかへ行ってしまえばいいという心の声には嫉妬は従わなかった。

分厚い雲に覆われていた月が顔を覗かせ嫉妬の帰り道を照らしている。


翌朝。

カサリの町はカタストロの死で騒然となっていた。

より詳しく言えば「カタストロはまあいつか刺されるだろう」くらいには思われていたが、護衛を含めて屋敷で働いていた者たちも皆殺されていたとなればそれ以上に話題となる。

カサリへ出稼ぎに来ているような人たちは例えばカタストロの口に自身の分身が突っ込まれていただの、あるいは縦に半分にされていただのとゴシップ的なものに対しての笑いを交えたような噂話が大半であったが、まったく笑えなかったのは統治する側であった。

警備体制に不備はなかったかから調査が始まり、捜査の過程で使途不明の経費やら行方不明として衛兵詰め所へ上げられていた女性の情報などが出てきたのである。

それは隠されていたというよりはカタストロという重みを失って一気に湧き出したとも言える醜聞の数々であった。

さらに聖女が来ていたという情報は悪い噂に拍車をかけた。

聖女来訪に対する喜びよりも、これだけ悪事を働いていたのだから教会に弓引くこともやっていたのだろうという噂が勝ったのである。

そのように状況が悪化するなか、カタストロの属する派閥の長であるカーマイン伯爵と問題の聖女、老ソフィアは非公式の会談を設けていた。

カサリの町、町長が執務を行う執務室は当然ながらカサリの最高権力者の居る場所となるのだが、今はその機能は同じ建物内の応接室が担っている。

というのも町長室には衛兵らの調査が入っており使用出来ないからだ。

応接室には書類の束が所狭しと積まれているが、応接用のテーブル周りは紙束の侵食は受けていない。そのあたりに老ソフィアとカーマイン伯爵は二人だけで腰を落ち着かせていた。

「カーマイン伯爵、ご無沙汰しております」

「いやいや。何年ぶりでありましょうな。お元気そうで何よりです」

笑顔で握手を交わし、しばらくは近況報告に似た雑談をしていた二人であったが本題に入るにあたってどちらともなく姿勢を正した。

「こちらには貴方のところのカタストロ男爵がサタニストと親交があると噂が流れておりましたの。私が来たのはちょうど私にこちらで観劇の予定があったものですから」

確かに老ソフィアは観劇の予定でこの町へ来た。だがそれも急遽ねじ込まれたもので実際はその予定が出来る前にこちらへ向かっていたことはカーマイン伯爵も知っている。

「それは、お楽しみにされていたところにこのようなことに巻き込んでしまい申し訳ありません」

カーマイン伯爵は腰を浮かせ、感謝しつつも深々と謝罪した。

王国貴族に対し、教会の聖女は立場が下ではある。大陸全土に権威有る教会の教皇であっても各国家よりも上とは認められていない。人類の存続を賭けた聖戦という特殊状態で無い限り教会は各国へ干渉できない。

教会が干渉できるのは将来的に人類に禍根を残しかねない場合、サタニストが絡む事態を察知したときなどに協力を要請する、あるいは為政者に対し助言をする程度のものだ。

カーマインが腰を折ったのは異例とも言える。協力要請も突っぱねることが出来るとはいえ、貴族社会では何が傷となるか分からない。出来るだけ協力したほうが良いのもまた事実である。

その上で対外的に観劇のために来たのですよと言い訳を作ったということは大事にするつもりは無いと言ってくれているに等しい。

派閥内にサタニストが居たという話で他の貴族から攻撃を受けるより格段に良いのである。カーマインとしては感謝しないわけにはいかなかった。

「ここだけの話、カタストロが例の件にかかわっているというのは事実でしょうか」

人払いをしてドアの前に信頼できる衛兵をつけてなお用心のために小声で問いかける。

その用心深さを笑いもせず、老ソフィアも声を抑え真剣な表情で頷く。

「それは間違いのないことかと。聖騎士隊が捕らえたサタニストからその名と、押収した資料からも名前があがっております」

「あやつはなんとバカなことを」

頭を押さえ嘆息するカーマインに老ソフィアは労わりの表情を見せる。

「確かカタストロ男爵はカーマイン伯爵のご親族でしたね」

「ええ。出来の悪いと言っては従兄を悪く言うようで気がひけるが、少しばかりあやつを手助けしてやって多少の情がわいていたのもまた事実です。亡くなった従兄も分かってくださるでしょう」

二人はしばらくなくなったカタストロを偲びつつ話を続ける。

「私が今回ここへ来たのは託宣の聖女メアリからこの町に魔が集まりつつあると聞いたからです」

「託宣の聖女殿がですか」

託宣の聖女メアリはほとんど寝たきりとなっている女性である。

彼女は十五で成人した後、雷に打たれて昏倒した。

死ななかったことが奇跡だと注目されたが、さすがに無傷ではなく下半身は動かなくなってしまった。その代わりに神々の声が聞こえるようになったという。

彼女の口からでる予言は外れることがないとされ、事実統一帝国での死人病の蔓延、ゴブリンキング率いる一万の軍勢が北部諸王国連合を荒らしまわるという事も言い当てていた。

その噂を聞きつけた教会が彼女を聖女として保護したのである。

保護するに当たってメアリがいた国家と協会が少し揉めているが、教会側で交渉にあたった人物がこの老ソフィアである。

「私がここへ来たのも魔の気配を探るためです。他の二聖女たちよりもうってつけでしょう」

他の二聖女は癒しと守護を司る。

癒しは字のままだが守護聖女は悪魔祓いの聖女老ソフィアと同じように魔を払う力に長けた聖女である。老ソフィアが悪魔を見て悪魔をその場から祓うことに特化しているとしたら守護の聖女は悪魔を寄せ付けない能力に特化している。

両聖女は教会本部から出向くことは少ない。

癒しの魔法は神官たちも使えるが、それよりも強い力を持つ聖女と、教会を清浄に保つ守護の聖女は外に出して万が一にも害されることがあれば取り返しがつかないからだ。

老ソフィアの言うことも納得の話で、言ってしまえば動ける聖女が他に居ないということである。

「それで、町を「視た」結果は?」

「まだ、わかりません。正直なところ実体を持たない悪魔もいますがそれはどこにでもいるので気にならない程度です。これからかもしれませんね」

それからしばらくカーマイン伯爵と老ソフィアは長々と話しこみ、一応の協力体制を維持していくことに決めた。


部屋に入る前に左右を確認し、尾行がついていないことを確認した嫉妬は遠慮なくドアを開け放った。

「ふーう。一仕事終えてきましたよ、と?」

普段この家は明かりなど灯さない。

気が沈んだラーナは明かりをつけようなどと考えてもいないようだったし、嫉妬自身は夜目が効くため必要がなかった。

だというのに明かりがついている。

壁についた魔道具のランプを不審げに見つつラーナの姿を探す。

見当たらない。

油断なく部屋を見ていた嫉妬が内側に開いたドアを後ろ手で閉めようとしてドアに視線をやったとき、ドアの後ろに立つ女に気がついた。

「つっ! 驚いた。こんなところにいたのかい」

そこには幽鬼のように佇むラーナがいた。

「……したの?」

声が小さすぎてよく聞き取れなかった嫉妬は怪訝な表情を見せる。

「殺したの?」

今度ははっきりとした口調でラーナが問いかける。

「ええ、貴女の希望どおりに」

その言葉を聞いたラーナの口は裂けるほどに大きく笑みの形に歪み、大粒の涙を流して笑い声を上げた。

悲しみと喜びが入り混じった狂気の笑い声だ。

ひとしきり笑ったあと、ラーナは壊れたようにゆらゆらと歩き出す。その後を嫉妬は黙って従った。

廊下を歩き、階段を下りて地下室に入る。

地下室は樽や木箱が並んでいて元の持ち主は純粋に倉庫として使っていたらしい。

その元の持ち主も木箱の一つに納まっていたが、その木箱はすでにここにない。人知れず処理されている。

ラーナは木箱の一つを空け、隠しておいた金の入った袋を取り出すとそれを嫉妬に投げて寄越した。

「……必要でしょ? 逃げるのに」

嫉妬の疑問をつぶすかのようにラーナはそう言うと、焦点の合っていない目をしたまままたふらふらと歩き出す。

「待った。これは囮になって逃げろということかい? それとも他になにかあるのかい?」

ラーナは不思議そうな顔をすると少し首をかしげながら「何のこと?」と聞き返している。

「貴女は私の願いをかなえてくれた。それはその報酬と、これから生きていくのに必要だと思っているのだけれど」

「はあ、分かった。気持ちはありがたく受取っておくよ。勘違いしているようだから言うけどまず私は契約完了でいつだって帰れるんだ。死ねばだけどね。この金はいらないよ。あんたのほうにこの金は必要だろう」

「私は、いいの」

ラーナの焦点の合わない瞳が何かを探して虚空をさまよう。

ふらふらとした足取りながら次々と木箱を開けていくラーナを嫉妬は黙って見つめていたが、ラーナの動きが止まったときに嫉妬はラーナが手に持ったものを奪い取った。

「……返して」

ラーナの何も映していない瞳が嫉妬を見据える。

微動だにしない嫉妬を見て返す気がないのだと悟るとラーナははじかれたように勢いよく嫉妬へと迫った。

「返して! 返してっていっているでしょう!」

嫉妬の手にあるものを奪い取ろうとして二人はもみ合いになるが、悪魔と人間では基本的な肉体性能が違う。すぐにラーナを嫉妬は引き剥がして手に持ったナイフを後ろへ投げ捨てた。

ナイフは床を滑るように移動し、小さな音を立てて壁に当たって止まった。

小ぶりな宝石のついた祭儀用で刃がついていないが、切っ先はとがっているため刺すことは出来るものである。

「旦那の後を追おうなんてバカな真似はやめな!」

「なによ! 私の事などどうでもいいでしょう!」

嫉妬の前に立つラーナは肩を怒らせ、怒気を孕んだ瞳からは涙がとめどなくあふれている。

「私は暴食からあんたを頼むって言われているんだよ。あんたなら分かるだろう」

暴食の名前が出てラーナは小さく肩を震わせたが、そのまなざしは変らず嫉妬を睨んだままである。

「あんたの旦那もあんたがすぐに追いかけてきて欲しいなんて思ってないさ。きっとね。暴食だってあんたが死ねば悲しむ。せめて二人のためにも楽しい思い出でも作ってさ。寿命で死んだときにでもあの世で語ってやりなよ」

嫉妬が話す間、更に泣き出して力尽きたように座り込むラーナを嫉妬は優しく抱きしめた。



実はこの話前にはせ〇くすシーンがあったのですが、丸々削除です。カタストロの「いい夢」の内容ですので、夢オチといえば夢オチになるのかな。目覚めたら彼は現実を知るわけです。

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