相棒アイの実験
深夜、ユーマもサシャも寝入っている。
さんざんサシャが気になっていたユーマだったが疲れたのか気絶するかのように意識が眠りに落ちていた。
二人しかいない以上警戒して片方は起きるべきなのだろうが、二人ともそのことはわかっていながら無視していた。
互いに疲れていたのもあるが、村の周囲に魔物よけの結界が張られていたのを確認していたためだ。
結界の中にいて二人とも大丈夫なのかといえば、結論を述べると大丈夫だった。
結界自体の効能としては相手の本能に対して「この場所に近寄りたくないな」と思わせる程度のもので、意思ある魔物にはあまり効果がないが本能で生きているような魔物には効果はある。また結界がまじない程度の強度のものであってそれが結界の内側に働きかけるものでもなかったからである。
意思ある魔物が来れば大変な目にあうのだが、意思ある魔物が人里に現れることなど稀である。
サシャの助言とアイの肯定を聞いたユーマは、ならもう夜はぐっすり眠ろうと決めていたのだ。サシャの裸を見たのはまったくの計算外だったものの、結果的には二人ともぐっすり眠っている。
そんな事情はともかくとして二人が寝静まったあと、寝室で起き上がる者の姿があった。
横で眠るサシャは暑かったのか服がめくれている状態であったが、ユーマの姿をした者はそれに動揺するそぶりもなく静かにベッドを抜け出した。
一歩踏み出す。
音もなく歩くユーマは歩くたびに身体が変化していく。
短かった髪は長く伸びていき、多少なりとも男性的に引き締まっていた体は徐々に女性的な丸みを帯びていく。
窓辺で月明かりを受けてその身体が照らし出されたころにはユーマの体はすっかり男性体から美しい女性体へと変化していた。
ユーマの体を操る者、それはアイであった。
アイは自らの体を確かめるかのように触れていく。
髪、顔、胸。
窓を鏡代わりに一つ一つチェックしていく。
大きい、というか大きすぎるほどの胸の部分で動きを一瞬止めたものの、そのまま何もせずにチェックを終わった。
「肩への負担を確認、ですが問題ないレベルですね」
声も女性の、ユーマの脳裏で響いていた声へと変わっている。
アイは何をしているのかといえば、ずっとユーマの状態把握を行っていたのである。
今はユーマの意識がない状態でアイが体を動かすことができるのかの実験であり、身体の変化もその一環であった。
「とりあえずこれも報告できますね」
脳裏で報告事項を取りまとめつつ、ふと思いついたアイはすぐにソレを実行に移した。
窓に映る自分が、そして視点がどんどん下がって行く。
「身長も思いのまま、と」
そうつぶやいてすぐに身長を元へ戻す。
身長をそのまま縮めるだけでは違和感があったのでそこだけは身長相応に見えるように各所を変形させないといけないだろう。
そのあたりマスターは細かな計算が苦手そうなのでそこは私が補えばいい。
(これも報告ですね)
しばらく手先を鋭くしてみたり、身体を液状化させてみたりと実験を行い一通り満足したところで女性体へと戻りベッドへと戻る。
サシャを起こさないように慎重にもぐりこんだところで
「お前はだれだ?」
と、至近から声をかけられた。
「……起きていたのですね」
確認するまでもない。サシャである。
サシャは眉間にしわを寄せ、にらみつけるようにこちらを見ている。
「誰だと言っているんだ」
召喚されたときと同じような会話内容だが、さすがにすぐに殴られたりはしない。まあベッド内だからというのもあるかも知れないが。
「私はマスターであるユーマ様の補佐役ですよ。アイと申します」
よろしくとばかりに手を差し出すが、一瞥されただけでサシャはその手をとろうとはしなかった。
「補佐役というが、ユーマはどこへ消えたんだ?」
「男が消えて不安ですか?」
「茶化すな」
ユーマの身体も大概だが、サシャも悪魔の時と比べれば格段に弱くなっている。
まず本契約などしていないから、身体にサシャの魂がうまくなじめていない。体を動かす際には違和感が付きまとうはずだ。日常生活はなんとかなっても戦闘などになるとその違和感は足を引っ張るだろう。
本契約後でも少女の身体にいるため力などそのあたりは期待できない。彼女には魔法関係で戦力になってもらうほうがいいだろう。そのあたりはアイの思惑もあって少女の姿となってもらったのだが。
ともかく、現状ではユーマもそしてサシャもあまり戦力としては期待できない状態だ。
そしてそれはサシャも自覚しているはずだ。
だからユーマがいない状況に危機感を募らせたのだろう。
「まずは本契約をしないといけませんね」
サシャが苦い顔をした。
サシャからすればアイと名乗るこの女はまず敵か味方か区別ができない。
ユーマの身体だということは理解しているようなので、アイを倒してしまうと本契約もすんでいない身ではいずれ魔界へと戻されてしまうということがわかっているようだ。そうなればサシャの目的は果たせなくなる。
本契約とは人間界につなぎとめるための楔のようなもの、それが済むまではサシャはこちらへ手出しできない。
そしてそれはアイの、つまりはユーマの安全は仮契約の段階だからこそ保障されているということでもある。
「私はマスターの補佐として貴女がマスターに危害を加えるような事態になることを憂慮しています」
「それはない」
「本当に?」
「ああ」
互いの間に沈黙が流れる。
サシャは精一杯の誠意をこめて、アイはそれが嘘でないか見極めようとしているのだ。
先に折れたのはアイのほうだった。
「こんなことベッド内で交わす会話ではありませんね」
ふう、と苦笑をひとつ浮かべると、サシャもつられて苦笑した。
「結局あなたはユーマと同じなのか? まったく違う別の人物に見えるのだが。擬態というわけではないのだろう?」
「私はマスターの中に宿る意思といいましょうか。まあそんなものです」
サシャはその回答にため息をはくとあきらめて寝なおそうとしている。彼女の中では害がなければなんでもかまわないらしい。
その様子をみたアイはなにかを思いついたような表情を浮かべると、サシャをそっと抱き寄せる。
「は? なにを?」
巨大すぎる双丘から顔をひっぺがして驚いたサシャにアイはなにも言わなかった。
自分のなかの何かに意識を集中しているようであった。
そしておもむろに男性体へ変化してユーマの姿をとるとサシャの唇へ自らのそれを押し当てる。
「な、なな、なんなんだ!」
瞬時に真っ赤になったサシャになにも答えず再度自分を確認するアイ。
「信頼の証、ではありませんが手伝っていただけますか?」
ユーマの声でそう言われ、思わず真っ赤なまま頷くサシャ。中身はアイだとわかっていてもなぜか心が拒否できなかったのである。
耳元で何かをささやかれたサシャは真っ赤なまま言われたとおりにすると眠りについた。
翌朝、いつの間にか互いに全裸でベッドに入っていたという事実にユーマは悲鳴をあげてベッドから転げ落ちた。
『経験点五千を獲得。実験は成功ですね。あと今の尻もちでヒットポイントの減少を確認しました』
アイの言葉はユーマには届いていなかった。