ドキドキの初体験?
佐藤悠馬三十二歳。
前述のとおり彼女いない暦は年齢と同じである。
風俗通いを覚える前にクロスブレイドにどハマリしたため、そういうお店の経験も皆無。
つまり悠馬は童貞である。
一つ屋根の下に異性と過ごすなど幼少のころの母親くらいしか覚えがない上に身内のことであり、当然ながら女性として意識する相手などサシャが初である。
元が悪魔だとしてもだ。
故にユーマはベッドで背中越しに感じるぬくもりとやわらかさというものを否応にも意識せざるを得なかった。
まあ意識せざるを得なかった理由というのがつい先ほどあったのだが。
食事を終えて食器を洗う段階となったときの話である。
台所といっても現代日本のように蛇口をひねれば水が出てくるなどということはなかった。
故に近くの井戸から水を汲み、たらいなり桶で食器を水洗いするのだが、お風呂事情も農村では良くなかった。
農村ではお風呂はなかなか難しい。
水を汲む労力もそうだがそもそも水を沸かす燃料に余裕がないのである。
サタニストたちがいなくなった今、各民家から薪などを持ってきても良いのだが、肝心の風呂、バスタブらしきものがないのだ。
では農村で風呂はどうしていたのかというとサシャが文字通り体で示した。
「もうあとは任せてよさそうだね」
「んー」
食器をさっさと洗ったサシャの言葉にユーマは生返事を返した。
ユーマは現代日本を知っている。
ユーマにとって食器には食器用洗剤をつけて洗うのは常識であり、このように水洗いだけで済ますなどというのはユーマには考えられなかった。
故に水洗いを何度も何度も繰り返して満足いく出来映えを追求していたのであった。
心の片隅では汚らしい食器で食事していたのかというショックも受けてはいたが、そこは意識の奥へと追いやっていた。気づいてしまうと食事が出来なくなりそうだったからである。
熱中のあまり衣擦れの音にユーマは気づくことなく事態は進行していく。
「おっ。これは結構綺麗になったんじゃない……か?」
食器の油特有のぬめりがようやく取れて感動したユーマは、その感動を共有しようとサシャを見て凍りついた。
しみ一つない肌。
着ていたはずの服は綺麗に畳まれて汚れないように草の上に置かれている。
「ん?」
全身を濡らした布で拭いていたサシャはユーマの声に反応してそちらを向く。その顔に羞恥というものはない。
真っ赤な顔をして口をパクパクさせているユーマの様子が気になり、サシャは心配してユーマへ近寄っていく。
ちょうどサシャの腕で見えなかったささやかな双丘が、さらに寒さのせいかツンと立った桜色の何かをユーマの脳が認めたとき、意識が遠のいた。
漫画のように鼻血を出すわけでもなく、また倒れこむわけでもなく、皿を見せようとしたその状態のままユーマのちっぽけな脳の情報処理が追いつかずに硬直したのである。
「え、ちょっとどうした!?」
必死に呼びかけるサシャの声も遠くに、というかむしろ
『二千経験点を獲得しました。さらに心の要請に従いスクリーンショットとして光景を保存、いつでもご覧いただけます。さらに身体機能として血流の下腹部への集中を確認。よかったですね、機能に問題ないようです。あいての外見年齢が十二、三程度だという事実には目をつぶって差し上げましょう。それにしてもなかなかいい経験点ですね。あ、人生初生お○ぱいおめでとうございます』
というアイの言葉がうるさすぎ、外界の情報がまったく入ってこないのであった。
お湯につかったわけでもないのにのぼせるという初めての経験をしたものの、そちらに対する経験点は入らなかった。それはさておいて、ユーマたちはどうにかこうにか寝室へと向かった。もはや経験点とはなんぞやという疑問すら消し飛ばすほどに動揺している。
この時点でユーマが気づいていれば良かったのだが、先ほどの光景を再度確認するかどうか自身の中で葛藤していたため仕方がない。
要は余裕がなかった。
サシャと二人で寝室。
アイが『キタコレ!』とユーマの記憶から学んだ言葉を駆使して話しているが、部屋に入ったという今の状態ですらユーマは気づけていない。
ユーマの脳裏は白肌とピンク色に占められていたのである。
サシャが寄り添う形で入室しているのだが、そのことにも気づいていない。というか井戸から移動したことにすらユーマは気づけていなかった。
どうやらこの家の主というのは余計なものは置かない主義だったのか、部屋にはベッドが一つ、机には明かり用の油皿に椅子という殺風景な寝室である。
サシャに手を引かれベッドへと誘われた時点でようやくユーマは気づいた。
「はっ? へっ?」
かなり間抜けな声を出しているが仕方ない。ユーマの主観では井戸のところからいきなり室内へ移動していたのだから。
「ほんとうに大丈夫かお前は。ほら寝るぞ」
靴を脱いでそのままベッドへ潜り込んでユーマを一緒のベッドへ誘おうとするが、それをユーマはなけなしの理性をフル動員させなんとか踏みとどまる。
「い、いやサシャさん? 若い男女が二人でベッドというのは、す、少しばかり問題がございませんか」
「何言っているんだ? 体調が悪かったのだろう? 回復魔法は私には使えないが近くにいれば察して何か手を打てるかも知れない。さっさと寝ろ」
男女的なことなど一切考えていない様子のサシャにどう説明したものか、ユーマは言葉に詰まった。
サシャはどこからか調達してきたブラウスに着替えている。というかそれだけで下は何も着ていない。ブラウスが大きすぎて必要ないと判断したようだ。
窓から差す月光に照らされたサシャは美しかった。
薄いピンク色の唇はグロスでもつけているのかと思うほど艶めかしく、白い肌もさらに磨きがかかっている。
月の女神ですと紹介されれば思わず納得しそうな、そんな神秘的な光景だった。
『画像として保存しました』
なんていうアイの言葉も見惚れていたユーマには届かない。
そして惚けてしまったユーマはほぼ無抵抗のまま、サシャにベッドへと連れ込まれるのであった。