ヒットポイント3で生き残れ!
ちくしょう。
何がどうなっているんだ。
その人物は混乱の中にいた。
明滅する視界は光源が点滅しているわけでなく、自身の体調の変化からだ。
痛みは鈍いようでいて鋭いようでいて。要は認識を凌駕するほどの痛みなのだがどちらにせよそれが腹部から伝わる感覚であるということくらいはわかる。
地面に這いつくばって体中の汗腺から滲み出た脂汗を気にする余裕もなく、佐藤悠馬は腹部に痛みをもたらした元凶を見上げる。
薄暗い室内に光源と呼べるものは少ない。周囲を取り囲む男だか女だかわからないローブをまとった者たちの持つろうそくと、床に描かれた魔法陣らしきものの燐光だけだ。
その乏しい明かりの中、聳え立つ壁のような真っ黒なシルエットがいる。
それこそが悠馬に痛みをもたらした元凶だ。
まず体は大きい。
身長百八十センチ弱ほどの悠馬は背が高いともいえるが、そいつは二メートルを超えるほどだし横幅だって悠馬より一回りも大きい。太っているわけでなく分厚い筋肉で覆われているのだ。
つま先が羊のひづめみたいになっている足は筋肉質のために太ももは大きい。体毛のない人間のこれまた太い腕に、頭は山羊のようでねじくれた角が二本生えている。
上半身は男性で下半身が動物、頭は山羊。
どう見ても人間ではないそれはゲームに登場するような悪魔そのものだ。
悠馬は主観記憶では確かにゲームをしていた。
敵モンスターも、プレイヤーキャラでも目の前にいるような造詣をしたものは何度も見かけている。
だからゲームの中でワープポイントのような場所に飛び込んでこの場所へ来たときには、悠馬はまだゲームだと思っていた。
当然だ。
ゲームをプレイしていていきなり現実へいくなんて考えることなどないだろう。
だから目の前の悪魔がこちらに話かけてきたとき、イベントだろうなと思って黙って聞いていたのが間違いだったのだろうか。
「お前は誰だ」との問いに相手からしたら無視で返したようなものだ。
ゲームならそのまま進むかもしれないが、現実だと話を無視する嫌なやつだ。相手が悪魔だろうが人だろうがそう感じることは変わらないと思う。たぶん。
結果として殴られることとなったのだが、この時点で痛みを受けてようやく悠馬がこれはゲームでなく現実だと気づけたのは幸いだった。
どうせ気づくなら殴られる前がよかったが、仕方のないことだ。
ともかく、悠馬は殴られた事実よりゲームだとありえなかった痛覚が機能するのを体で文字通り感じてここが現実だということを気づけたのである。
「うあぁっ!」
今度は頭部への衝撃と痛みを感じて悠馬は悲鳴を上げながら吹き飛んだ。
悪魔のようなやつに蹴り飛ばされたのだと気づくことなく、悠馬は吹き飛ばされた場所で立ち上がることもできず崩れ落ちる。
朦朧とする意識のなか、カチリとなにかがはまるような感覚、ついで何か得体のしれないものが脳内をかき乱すような感覚に、悠馬はもはやなんともわからない悲鳴を上げる。
知識や感情の奔流、鋭い痛み、それらすべてがまざった奇妙な感覚と、それとは別個に冷静に思考する自分というなにがなんだかわからない状態に無我夢中で逃げ出そうと手足を動かし暴れまわる。
それは、はたから見れば駄々をこねているような無様さだが、本人は心というか脳が命じるままに逃げ出そうとしているだけでいたって真面目な動きである。
ともかくとして冷静な思考が、アイテムを使うという解を導き出す。
混乱する思考のほうは、アイテム? 何を言っているんだ、というある意味で冷静な感想をもらすが、体は冷静な思考に従い素直に動き出す。
アイテムボックスを開き、目当てのアイテムを見つけ出した冷静なる思考はそれを躊躇なく悪魔へと投げつける。
もっとも這いつくばってじたばた暴れていたので想定したほどにはうまく投げられず、生まれて一年と経たない子供が人生で初めてボールを投げたかの如き軌道を描いて飛んでいった。
これまた無様ではあったがアイテム自体は想像したとおりの効果を発揮する。
痛みも、今の状況も何もかもを吹き飛ばすかのような輝きと、生じた爆音と衝撃波が新しい痛みを生み出す。
悪魔の至近で爆発したアイテム、悠馬がゲームで作った爆炎玉はそのゲーム上のスペック通りに作動した。
室内であったことも多分に影響はあっただろう。
身を縮こまらせていた悠馬は知る由もなかったが、爆炎玉はその威力を遺憾なく発揮した。悠馬たちがいた家屋をまとめて吹き飛ばしたのである。