推薦試験1
紫苑学院における推薦は、楽して入学出来るというものではなく、一足先に試験を受けられるというだけだった。
もちろんメリットはそれだけじゃなく、学費の免除やら本来上級生しか入ることの出来ないサロンなる場所にも入ることが許されたりするらしい。
飾らない君の王子もよく人避けがてらにサロンに入り浸り、紅茶を飲むシーンが度々描かれていた。
高等部でサロンに入る条件は一定額の寄付金を学校に支払う事と言明されていたのだが、推薦試験を通ってしまえばその必要もないそうだ。
まぁどっちも金のあるような家庭にはメリットとは呼べないが。
なので俺は少し不満気な顔をしながら帰宅した。
推薦試験は、一般試験の2ヶ月ほど前。
半年あった猶予が2ヶ月減ったと考えばむしろデメリットじゃねと思うのだが、母さん的にはあの名門紫苑学院を推薦枠入学したというのはとても自慢になるようでもう早速親戚一同に自慢の電話を掛け始めていた。
「うわっ。帰ってきてからずっと電話かけっぱなしでママどうしたのよ、雅」
その様子にお調子者の姉さんも若干引き気味だ。
「推薦? って言うのが決まった」
「はぁああああ? 嘘でしょ?」
「ちょっと、美咲。電話中なんだから静かにして」
姉さんの絶叫と母の注意が屋敷に木霊した。
さすがに怒られた事で静かになったが、姉さんの俺を見る目はなんだか胡散臭いものに向ける疑いの目に変わった。
「何? 姉さん。なんか怖いんですけど」
「雅、本当は中身にオッサンでも入ってるでしょ? 着ぐるみみたいに」
そう言いながら俺の身体のあちこちを触り始めた。
服の中に手を入れまさぐるように手を這わせる。
まだ未熟さの残る柔らかい手が背中やお尻に容赦なく触れ撫で回す。
さすがにだんだんくすぐったくなって来て手首を掴んで背中から引き剥がそうとするが小学生の時ってなんでか女子の方がデカくて強い。
だからなかなか引き剥がそうにも引き剥がせない。
「中身にオッサンなんて入ってるわけないだろ。いい加減やめて」
「だって。そうじゃなきゃおかしいもん。私の時は絶対無理って言われたのに」
そう言いながら割と正解にちょっとびびったのは内緒だ。
結局このまさぐり大会は執事が止めてくれるまで続いた。
まぁ姉さんは姉さんで意地悪したいけど嫌われたくないようなそんな微妙な心境だったのだろう。
2ヶ月削られた事で週3予定の塾が、その倍近い週5に増え、推薦では運動考察があるという説明を受け、スポーツインストラクターなる人の指導も受ける事になった。
準備運動を済ませて挨拶。
「よろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします。まずは普通に走ってみて貰えるかな?」
この日のためだけに、わざわざ近所の廃校のグラウンドを貸し切る気合いの入れぶりで、ちょっと引いてる。
整備されてちゃんと白線も引かれていて、このグラウンドだけ見れば、廃校には思えない。
もちろんこれも張り切った母の指示。
使用人達総動員で草刈り、小石の撤去、白線引きのすべてを行わせていた。
おかげで家の方は人が少なく姉さんの用意が間に合わず遅刻してしまった。
言われた通り走り、記録を取る。
転生して初めてまともに走ったので記録はあまりに期待していない。
フォームなどの軽い注意を受け、それを修正してまた走る。
2ヶ月間雨の日以外毎日これが繰り返された。
なんか予想と全然違う。
こう言う転生って基本派手に色々変えたり、早いうちに原作キャラと接触したりとかがあるもんなんじゃないのか?
めいの様子を見る暇もない程に忙しくなった俺はそんな事を考えながら推薦試験までを過ごした。
11月。
すっかり日が落ちるのも早くなり寒さが身に染みるようになったその日、我が家、綾小路家ではかつてない程に張り詰めた雰囲気で夕食の時間を迎えていた。
明日ついに推薦試験当日。
わざわざ受験のために一時帰国してきた父の姿もあってより緊張している。
テーブルに置かれているのは、いつもの倍近い種類の料理。
父の帰国と俺の受験の2つで使用人達も張り切ったらしい。
とても美味そうな匂いが容赦なく食欲を刺激する。
もう何度ヨダレを飲み込んだか分からない。
今にもつまみ食いしそうな姉さんを母さんが止め父の言葉を待つ。
こうして家族がひさしぶりに全員揃ったんだ、家長にビシッと決めて貰いたい。
母さんはそう思っているらしくじっと父を見つめ、食事に手を付けない。
「雅。明日の推薦試験は父さん達も頑張る。だからお前も全力出し切ってこい。では明日に備えて、いただきます」
なんとも普通の言葉だった。
受験前日の家庭を覗けば多分結構な確率でこれに似た言葉をかけているんじゃなかろうか。
今の発言にもあるように小学生の受験の面接は基本大人とセット。
それは推薦でも変わらないらしい。
だからこそ唯一の不安はこの父親なのだ。
母さんと違い、昨日帰国した父は受験の対策が全く出来ていないはず。
頼むから面接で余計な事言わないでくれよ。
記憶にある限り俺が父親を話した機会はあまり多くない。
というのも俺が生まれる少し前から海外の方が忙しくなっていたらしい。
というか俺の父。何をどうしたら仕事しながらそんな俳優みたいな身体になるんだ?
「どうした雅? 父さんの顔がどうかしたのか?」
「いえ、なんでも」
そんな感じで多少距離感は掴めていないが、姉の時もこの2人は面接を突破しているんだ多分大丈夫だろう。
とりあえず信じて見ることにした。
仮に推薦が失敗しても一般試験は受けられるらしいし。
推薦試験当日。
車を降りた俺の目の前に飛び込んで来たのは、学校と呼ぶにはあまりに、大きな建物だった。
想像していた白い豆腐を組み合わせたような慣れ親しんだ校舎ではなく、大聖堂や城のようなヨーロッパ風の建物。
学校なのに屋根が尖ってる。
にもかかわらず1歩中に踏み込めば見慣れた廊下と下駄箱が置いてある。
ハッキリ言って違和感バリバリである。
初等部と中等部は3階の渡廊下で繋がっているということで、めちゃくちゃ広い。
ちなみに高等部は別の校舎。
サロンも中等部と高等部に1つずつあるらしく入学が決まれば中等部のサロンが使えるようになるらしい。
靴を履き替えると、階段の近くに保護者、受験生と別々の行き先を示す矢印の描かれた案内が貼られていた。
「じゃあ父さん、母さん。三者面談で」
「あぁ頑張れ!」
「えぇ行ってらっしゃい」
なんの躊躇いもなく2人と別れ、階段を上がる。
親と子を分ける意味はよく分からないが、ひとまず案内に従う他ない。
階段を上がり2階につくと、先程の案内ようなものを探すが、それらしきものは見当たらない。
剥がれてしまい落ちているわけでもないし、上に上がるような案内もない。
「うん。これもしかしてもう試験が始まってる的なやつか」
普通保護者と子供は1セットにしておいた方が面接がしやすいはず。
子供は知らない場所で1人きりにされるなんて絶対嫌がるはずだし。
となればわざとそういう状況を意図的に作っているとしか考えられない。
「だいたい職員室は2階にあるって相場が決まってるし。廊下を適当に歩けば見つかるだろ」
人気のない廊下を歩いていると、下の階から微かに人の声が聞こえてくる。
「やだよ。ママ付いてきてよ。怖いよぉー」
どうやら子供の声だ。
まぁこれが普通だわな。
試験開始1時間前から入れますなんて変な記述があるのはこういうわけか。
突き当たりを曲がると、やはりそこには職員室があった。
扉の隙間からは明かりが漏れていて、数名の話し声も聞こえる。
やっぱりそういう事か。
確信を持った俺は扉をノックしてから入室する。
「失礼します」
人が入って来たことで会話が止まり、教師達が一斉にこちらを向く。
そしてその中の1人が代表して俺に声をかけた。
「おや? どうしたのかな?」
すごく棒読みでとても緊張しているのが分かる。
見たところカップに入っているコーヒーもすっかり冷めているし、パソコンも画面は真っ暗。
明らかに残業しに来たわけではない事が分かる。
「その、受験で来たんですけど案内が途中で無くなっていて試験会場が分からなくて」
「あぁ。じゃあ案内してあげるよ」
「ありがとうございます」
男性教師のあとについて移動する。
3階に上がる階段で不意に声をかけられた。
「いやー随分しっかりしてるねぇ。さっき来た子もすごいけど君はその子よりもすごいよぉ」
「ありがとうございます?」
俺よりも先に来ている人がいる?
どんなやつなんだろうな。
興味を惹かれながら男性教師の案内に従って廊下を進み、露骨に中が覗けないようになっている教室の前で止まった。
「ここが、受験生の控え室です。中に入ったら一切喋らないようにお願いします」
軽い注意を受け扉が開かれると、そこにいたのは1人の少年だけだった。もちろん会ったことは無い。
だが、俺はこいつを知っている。
いや、考えて見れば、むしろここにいるのはこの世界ではこいつ以外にありえない。
御門龍星。
後に王子と呼ばれる、この紫苑学院の王であり幼なじみの未来の想い人だ。
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