これが大人の実力です
母にそう言われた途端世界が止まったような感覚に陥った。
それまで絶えず感じていた車の振動が気にならなくなり、走馬灯の如く、脳内に広がる記憶の海を駆け巡りこの問への答えを探す。
まずハッキリ分かっているのは綾小路雅というキャラが飾らない君の本編に出てきた事はない。
名前すら出ていない。
めいに会うまで飾らない君の世界だと気づくことが出来なかったのはそれが大きな要因だ。
あくまで予想だが、俺は没キャラなのではないかと予想している。
理由は簡単に言えば、モブキャラと呼ぶには主要キャラに近すぎるって事と、俺が干渉するまで原作通りに世界が回っているとすれば、めいとの出会いは元々も原作に描かれていないだけで裏で起こっていたという事になる。
めいの幼なじみというポジションであれば、回想シーンに1回ぐらい出てきてもおかしくないし。
俺の行動次第で、ボツとなった飾らない君の世界に進む事になるのかもしれない。
つまり早くも原作の知識は役にたつ可能性が低くなる可能性が高いし、ボツになった展開に進むという事は、知っている原作より酷い内容だってある。
もちろんその逆でめいがそこまで酷い事にならず、これでは読者がスッキリしないとボツになった展開という可能性もあるので、原作外の行動が必ずしもマイナスになるとも言いきれない。
どちらにしろ今この場で決められる事では無い。
。
結局俺は今日は疲れたから難しい話は明日にしてくれと先延ばしにする選択を取ってしまった。
その日の夜はベッドに入った後も眠る事は出来なくて、頭を巡るのは母の言葉と、読んだ原作の内容。
そして脳裏に強烈に焼き付くめいの笑顔だ。
俺はあの子を破滅の未来から救って幸せにしたい。
幸せというのはもちろん王子とくっつけてあげる事だと思っている。
入学直前にある王子の誕生日パーティーで2人は出会う。
そしてめいは王子に惚れる。
だけど引っ込み思案なめいはアプローチ出来ないまま高校まで時間が過ぎてしまう。
気づけばヒロインと王子の距離が縮まってしまい、割り込む隙間がなくなる。
そしてめいは本格的にヒロインいじめを開始して、バレて破滅する。
その未来を防ぐのに1番効果的なのは?
そんなの簡単だ。
めいと王子を高校に入る前にくっつけおく事だ。
なんだよ、簡単じゃないか。
いじめが破滅に繋がるというのならそもそもいじめる必要がないようにすればいいだけだ。
腹が決まればやる事はただ一つ。
入学出来るように受験対策をやればいいだけ。
幸いこちとら二十数年分のアドバンテージがあるんだ。
入学まであまり時間がなくても何とか出来るはず。
翌朝。
執事によって食事の用意が完了している所に俺はそっとリビングに入った。
いつもの朝食の時間より少し遅いので、もちろん姉さんと母さんが揃って食べ始めている。
我が家は朝割と慌ただしいこともあって、基本食事は席についた順に食べ始めていいという暗黙の了解があり、揃って食事する事は夜ぐらいだ。
席に着くと何も言わずとも食事が出てる。
なんともありがたい環境だ。
今日はパンがメインらしい。
テーブルの上にはいくつもよく分からんどっかの国の文字か書かれたラベルの貼られた瓶がいくつか置いてある。
ジャムなんだけど毎回匂いで何かを判別しなきゃいけないのは困った所だな。
適当に、オレンジらしきジャムを塗りパンを食べていると、チラチラと視線が突き刺さる。
見てるのは、もちろん母さんだ。
「えっ何? 雅もしかしてママと喧嘩でもしたの? 2人揃って暗い顔して」
普段はアホでウザイ姉だがこんな時ばかりは、勘が鋭いらしい。
俺は特に答えることなくパンをかじり続けた。
喧嘩してない。
でも昨日余裕がなかったとはいえ母親に対して割と雑な対応したことは少し後ろめたさを感じてはいるのだ。
きっと母さんも俺の態度に同じような思いを抱いているのだろう。
だからお互いちょっと気まずい。
「美咲。早く食べないと遅刻しますよ? あなたはいつもいつもギリギリで、それでも紫苑の生徒ですか?」
虫の居所が悪かったのか母さんは普段怒らないような取るに足らない弄りに過剰に反応した。
というか今なんて言った?
「はぁ? 無理やり受験させといてよく言うわよ。私は滝華に行きたかったのに」
「姉さん紫苑学院の生徒だったの?」
喧嘩になりそうな雰囲気をぶちこわすように俺は驚き反射的に声を上げた。
紫苑学院は、まさにこれからめいが通うことになるであろう飾らない君の舞台だ。
エスカレーター式の学校で初等部から高等部まである。
そこに姉さんが通っていたとは初耳だった。
そこまで姉さんと会話する機会もないから小学生ってことしか知らなかったのだ。
「何、当たり前のこと言ってるのよ雅。喧嘩止めるにしてももうちょいやり方あるでしょ。でもありがとう。それからごめんなさい。ママ」
喧嘩は収まったが、またひとつ重要そうな情報を得てしまった。
食事が執事によって下げられて、姉さんが学校に行っても母さんと俺はリビングにいた。
もちろん昨日の話の続きをするためだろう。
答えは決まったが、正直に理由を言う訳にもいかない。
しかし理由もなく行くなんて言えば怒られそうだ。
腹が決まった事で、その理由を考えずに寝てしまった俺は、今それを必死に考えている。
「雅。昨日の事なんだけどねやっぱり」
ずっと言いづらそうにしていた、俺を見かねた母さんが口を開いた。
少し悲しそうな表情をしていたが、先程の姉の発言もあって無理強いするのは良くないと思っているらしく、続く言葉は恐らくなかった事にするというような発言だろう。
「ううん。行くよ」
その先を言われたら話が拗れそうなのでとりあえず遮り意思だけを先に伝えた。
「えっ?」
「昨日色々考えたんだけどめいちゃんが頑張ってるなら俺も頑張りたい」
間抜けな面になっている母さんに畳み掛けるように続ける。
深く考えさせてはいけない。
やり方としては詐欺とあまり変わらないが、ひとまず俺のやる事は紫苑学院初等部に入学する事、そして王子とめいを高等部入学までにくっつけてしまう事だ。
それがめいの幸せなのだ。
「そう。そうなのね。分かったわ直ぐに準備とお父さんにも連絡しておくわね」
ついでにちょっとの親孝行だ。
母さんの嬉しそうな顔を見て最後に慌てて付け足した。
受験まで約半年。
正直言えばハードスケジュールもいい所である。
基本小学受験、通称お受験は、高校の受験のように点数がすべてという訳ではないらしい。
両親を含めた面接や、行動観察や運動考察といった知識以外の面を重視するものが多いらしい。
俺が受ける紫苑学院はその中でも面接と行動観察の2つを重視するらしい。
なんだそれ?
全くイメージがわかなかった俺はそういうのを訓練してくれる対策塾のような所に入る事になった。
塾に入って最初にやらされたのは、ただ講師の指示を聞きその通りに動くというものだった。
例えば5人で1列を作って真っ直ぐ並んでとかそんな単純なものだ。
しかしこれが全然上手く出来ない。
というもの大抵の5歳児と言えば集中力が犬猫並にムラがある。
窓の外にバスが現れる度に突撃する男の子。
カッコイイ男の子をじっと見つめる女の子。
付き添いで来た母親の近くからずっと離れない女の子。
と集中力以前のやつもいてものすごく頭が痛くなった。
そしてついに。
「もー、なんどもならんでっていってるでしょ?」
「はぁ? なんでおまえみたいなブスのゆうこと聞かないといけないんだよ。べー」
「え? ううっ。ひどいっ。」
とまぁこんな感じで喧嘩が勃発。
女の子はブスと言われ大泣きし、何故か男の子の方も泣きだしその泣き声が新たな涙を呼び塾が大混乱。
講師が何とか宥める事で事なきを得たが、正直全く練習にならなかった。
喧嘩をした2人の親御さんは別室に連れて行かれた。
微かに聞こえるのは謝っている声。
再開する時には男の子はいなくなり、1列だけ4人の列を作らねば行けなくなり難易度が上がった。
真面目でやる気のある子達ばかりだが、4人の列に注意が行き過ぎてわちゃわちゃしはじめてしまった。
皆不安そうな顔を浮かべ、ぎこちなく何人かで集まっている。
講師は何やら紙にペンを走らせているので動かない。
恐らくどうなるか模擬試験をしているんだろう。
俺は黙って全体の流れを見ていた。
そして溢れて端でオロオロしている子の元に行き
「あそこの4人の所に行けば5人のグループがひとつ作れるよ」
と背中を押し、逆に6人いるグループから1人を引がして別のグループに送り付けさらに2つ5人グループを作り、仲良し3人のグループがあったのでそこに声をかけて4人のグループを作り、すべてのグループを作り座らせた。
講師がペンを止めると大きな拍手が響いた。
「皆さんよく出来ました。素晴らしいです。なんどもやっていますがこんなに早いのは初めてです」
という賛辞と共に今日の練習問題は終わった。
これで帰れる。
母さんの元に駆け寄り帰り支度をしているとそこに講師がやってきた。
「お疲れ様です。講師の先生」
「どうも綾小路さん。この後お時間よろしいですか? 雅くんの事でちょっと」
「ええ。構いませんよ。雅ちょっと待ってて、先生と話してくるから」
帰って来た母さんはなんとも嬉しそうだった。
車に乗り込み走り出すと、母さんは入学の打診をした時と同様に、唐突に話を切り出す。
「雅。おめでとう。紫苑学院の推薦状がもらえるって」
なんだかよく分からないが母さんが嬉しそうなのだからまぁいいか。
そんな事を思いながら車は家へと進んでいく。
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