勘違い
城ヶ崎家から帰って来ると俺はすぐにノートに覚えている限りの事を書き出す事にした。
こうしておく事の理由は単純。
時が経てば忘れてしまいそうだから。
今の記憶力はまだ未知数だが、前世の記憶力の事を考えると後々曖昧になっていく可能性は高い。
「えーと、入学が高校1年で、ヒロインへのみんなからの嫌がらせが始まるのが入学してすぐ。それから屋上で王子と出会うのがそのすぐにあと。めいからが嫌がらせをし出すのは林間学校の少し前だから6月と」
いくつかうろ覚えなところもあるが、最初は概ね間違ってないはず。
破滅の未来を回避させ幸せににするとは言ったものの具体的に何から手をつけていいかは、全く分からな状態なので、とにかく情報を整理しつつ、次のめいとの接触に向けての行動指針を見つけたという狙いがある。
闇雲に全てを変える事が幸せに繋がるとは思っていないし、行動は慎重に行うべきだと思っている。
「おぼっちゃま、美沙様がお呼びです」
執事から呼び出しの声がかかり、1度作業を中断することになった。
なかなか珍しいこともあるもんだ。
基本うちの母親は放任主義なのか、あまりこう言った呼びつけみたいなことはない。
あるのは怒られるぐらいだが、今日は特にやらかした覚えはない。
「すぐに行く」
ひとまずノートを机の引き出しに仕舞い、部屋を飛び出し、使用人の案内に従って母親の部屋へと向かう。
とてもよく教育されているのかその間、急かす事も部屋に入ってくる事もなかった。
前世の親なら確実に10秒以内に返事をしないと即突入だっからこれはありがたい。
執事の案内でやってきた母の部屋は、扉からしてお金持ちの家って感じに溢れていた。
それもそのはず。
俺が住むこの家は漫画に出てくる金持ちの屋敷をそのまま再現した、2階建ての西洋風の作りで、ざっと見ただけで10部屋あった。
2階にも同じぐらいあると考えれば20部屋である。
それに1階と2階にトイレ、玄関からすぐの大きな扉の先に50畳程の大きなリビングが存在する。
長い長い廊下を歩きいくつもある扉の1つの前で立ち止まった。
その扉はよくあるシンプルな扉とは違い、いくつも模様が彫り込まれていて、庶民的に言えば高そうな扉だ。
そんな触れるのも気後れするような扉に容赦なくノックをして中にいる母を呼び出す執事。
うわぁこの人根性座ってるなぁ。
執事に妙な尊敬を抱きながらも黙って見守る。
「美沙様。おぼっちゃまを連れて参りました」
「そのまま通して頂戴」
許可を貰って入るとそこには相応しい調度品で溢れていた。
執務室という訳ではないはずなのだが、書類にまみれた机や、いくつもメールの通知のたまったパソコンを見るととても主婦の私室とは思えない。
一応うちの会社の副社長の地位にいるからまぁ当たり前ちゃ当たり前なのだが。
部屋に飾られているアイドルのポスターが唯一見慣れたもので安心する。
「ちょっと待っててね雅。これだけ片付けちゃうから」
黙って待っていると、キーボード打つ手を休ませず母はそう言った。
前世から立場が上な人の仕事を中断させて話を聞いて貰うのってなんか苦手なんだよなぁ。
そんな私的な理由から反応があるまで待っていたのだ。
声をかけるタイミングがよくないと嫌味言われたり露骨に機嫌悪くなるんだよなぁ上司って。
社会人の精神で待つこと数分。
最後のメールの送信が完了したのを確認するとパソコンをスリープモードに切り替え座っていた椅子をくるりと回転させこちらを向いた。
表情には疲れの色が濃く浮かんでいるが怒っている訳ではなさそうだ。
「ねぇ雅、今日めいちゃんと何をしていたかママに教えてくれないかしら?」
開口一番聞かれたのは今日の出来事であった。
意図が分からず口ごもる。
大人になったが故にこの先にお説教があるかどうかを考えてしまう。
事実だけ言えば俺は怒られるような事をした覚えはあまりない。
1つあるとするならお前何が楽しくて生きてるという発言だ。
もしあれにめいが傷つき後で告げ口したという低いながらも可能性もある。
もちろん歪みきった高校生のめいならともかく、歪み始めとも言える今はそんな器用さも知恵もないはずなので、ないとは思うが、わざわざ呼び出されその城ヶ崎家での話を聞きたがるという事は、悪いこととしか思えない。
心当たりがない以上無自覚にやらかしたと言うのが俺の中の回答だ。
慎重に答えるべきだと頭の中で警鐘が鳴り響く。
「何って普通に習い事の話を聞いただけですが?」
つい敬語になったしまった。
なんだかよく分からないけどやましい事があると敬語なってしまう。
「雅。お母さんはね本当の事が知りたいの。それは本当の事なの?」
ぐっと圧が強くなる。
母には俺の言葉が嘘だという確信があると言わんばかりに距離を詰め顔を近づける。
ギロりと睨む眼球はまさに恐怖の象徴。
少し幼い過去の記憶では、家にある大事な壺を壊した事を黙っていたのを自白させられた時もこの瞳に睨みつけられたのを思い出した。
この瞳は、綾小路雅にとってのトラウマらしい。
ずっと睨まれているとじわりと視界が歪む。
やべぇなんか泣けて来た。
精神がいくら歳をとっていても身体は子供。
涙腺はまだまだコントロールすることは出来ないらしく、次から次に涙が湧き出る。
瞳いっぱいになった涙はついに溢れて頬をつーと伝って床に落ちた。
2粒目が母の足に当たりストッキングのつま先の部分の色が変わる。
すると怒っていたはずの母は何故か慌てふためき俺の頭を撫でながら早口に捲し立てた。
「ごめんね。怖かったわよね。違うのよ、怒ってないの。むしろ褒めるために呼んだの。ほら泣かないの」
優しく落ち着く声で紡がれた言葉はすっと俺の耳に届き涙を止めていく。
鼻の奥に鼻水が詰まっているような違和感はあるが、涙が止まれば次は疑問が浮かぶ。
「褒めるってなに?」
涙でぐちゃぐちゃになりかなりの鼻声ではあったが、構わず話を進める。
泣いたのが恥ずかしいので早く終わらせたい。
そんな思いが俺を動かしている。
「それがね。さっき電話で、恵里香からえっと、めいちゃんのお母さんがね、雅くんと遊んだあと珍しくピアノのお稽古をやりたいって自分から言い出してすごく頑張ったらしくて何かあったのかって聞かれて」
チョコレートの効果すご過ぎないか?
多少やる気になってくれたらいいかぐらいで提案したことなのにそこまでやる気になってくれたとは思わなかった。
しかし効果が強すぎて逆に不審がられたわけなので手放しでは喜べない。
意外に子供の事ちゃんと心配していたのは良かったけどあんまり見ていない前提の提案だったりするから状況は良くないかもしれないな。
でもとりあえず、ちゃんと高そうなチョコレートを仕入れておこう。
しかしその事を素直に母に話して良いもなのだろうか。
めいの家にチョコレートがあまり出てこなかった理由が父親だけとは限らない。
実際めいが作中で、お菓子を食べたシーンはなかった。
ここで下手にそれを明かして、止められたりしては面倒臭い事になるのではないかと予想している。
チョコレート上げると約束した以上はきちんと上げないと人間不信になられたりしたら大変だ。
幼少期の行動は特にその後の人生に影響が出やすそうだし。
「だから普通に習い事の話を聞いただけだよ。めいちゃんは英会話が嫌いって話をしてて、他にも習い事沢山してて偉いねって話して」
子供の話し方などよく分からないけど出来るだけそれらしく見えるように取り留めのない事を繰り返す。
これも嘘ではないので何とかこれで勘弁してもらいたい。
「そうなのね。分かった。そう伝えておくわ」
とりあえずは信じて貰えたらしい。
そしてこの日はこれで終わり疲れった俺はそのままお風呂にはいって眠ってしまった。
翌日。
俺は眠い目を擦りながらも着替えを済ませリビングへと来ていた。
既に姉と母が席に着いている。
父は少し前に海外に作る新しい工場の下見だのなんだのって海外に行っていていない。
「おはよう雅」
「おはようございます母さん」
「ちょっと雅、可愛いいお姉ちゃんには挨拶ないの? お姉ちゃんそんなに冷たくされたら風邪引いちゃって学校行けなくなちゃうわぁ」
うわっ。うぜぇ。
前世で女姉弟がいなかった俺は多少幻想のようなもの抱いていたのだが、朝からそれは儚く打ち砕かれた。
まず距離感が近い。
まぁ姉弟だから当たり前なのだが、今の俺にとってすれば初対面みたいなものなのでもう少し大人しい方が良かった。
というかこの人うちの令嬢なんだよな?
どういう教育施したらこうなるの?
ちらりと後ろに控える執事を見ると頭痛がしているのか頭を抑えていた。
なんかごめん。
きっとあんたよくやってくれたんだろう。
うちの姉がすいません。
「もー美咲。食事の席ですよ。変なこと言って雅を困らせないでさっさと食べ切っちゃいなさい。そろそろ車でも遅刻するわよ?」
「あっ、いっけない」
「こら、はしたなくかきこまない」
終始こんな感じの母から姉への注意が飛び交う食事だった。
綾小路家の住人変なのしかいない説を提唱されそうだな。
食事を終えると俺には自由があるかと言えばそうではなく、すぐに家庭教師なる輩が現れた。
どんな事が起こるのかという身構えていたが、やることは至って簡単だった。
例えば、池にアヒルが3羽いました。そこに4羽友達が来ましたアヒルは何羽でしょう? といった問題だ。
当然答えは簡単。
「3羽のままです」
「どうしてそう考えたのかな?」
顔を引き攣らせながら家庭教師は尋ねる。
「だって問題には4羽の友達が来ましたって書いてありますが、アヒルとは一言も書いてませんよね? これって引っ掛け問題ってやつですよね!」
決まった。
あまり大人を舐めるなよ。
俺がその事実に気づいたのが余程驚きなのか家庭教師は肩をわなわなと震わせた。
しかしその動きをピタリと止めると深く深呼吸を始めた。
もしや家庭教師キレそうになったか?
これ引っ掛けじゃないのか。
これじゃあひねくれた子供が大人に嫌がらせしてるようにしか見えない。
「そうですねぇ。よく気が付きましたねぇ。じゃあこの4羽がアヒルだったらいくつになるのかな?」
「いや、7羽でしょ」
やべっ。
あんまり使われない幼児向けの口調につい素で返してしまった。
あー、固まってるよ家庭教師さん。
名前も何も知らんけど。
「よォーくできました。じゃあ次の問題は――」
だんだん家庭教師から人間らしからぬ声が混ざってきているのは気のせいだろうか?
まぁ子供に小馬鹿にされたら誰でもこうなるのような気もするし、なんとも言えないな。
「はい、今日はここまでです。大変よく予習してますね」
その日以来この家庭教師は来なくなり新しい人が来る事になったのだが一体何故だろう?
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