第5話:姉との会談
今日、私は昨日葬儀の際に久しぶりの再会を遂げた姉と最寄りのファミリーレストランで落ち合う事になっている。
メールアドレスを交換したため、昨日の夜にメールを何通かしてそう決まったのだ。
だが、姉はメールを嫌がっていた。普通女性は電話よりもメールの方を好んでするものだと思っていたのだが姉は違ったようだ。
そんな理由から次回からは電話での会話となった。
しかしまた、姉も行動が速いものである。久し振りに再会して後日には犯人探しを手伝わせるなど普通はしない行動である。
普通ならばその事についての憎しみや哀しみを延々と語った後、暫くして事件についての概要を相談し、
その信頼できる人を協力させるものだというのに。
そもそも、その誘拐事件の犯人である私をその独断の捜査に協力させることが第一の間違いである。
姉にはしっかりとした洞察力や直感を持ってもらいたいものだ。
だがこうなってしまってはその捜査とやらに協力しなければならない。
下手をすればボロが出るか可能性があることから、姉には早いうちの捜査を諦めてもらいたい。
お互いのためにもだ。いや、得をするのは私だけか。
男はニヤけながら黒っぽいセーターを着込んだ。
「待ったかい?」
私は店に入り、テーブルに頬杖をついている姉に尋ねた。
「あ?、あぁ、そんなには待ってないよ」
私が店に来たことが分かると姉は頬杖をついていた左手を足元に下ろした。
「ハハ、ゆきねぇはあんまり変わってないね。昔からどこかで待ち合わせする時は必ず先に居て、
絶対に『そんなに待ってない』って言ってたよね」
私は昔の記憶を掘り返した。
「そうだったな、まぁそんな昔の事は覚えてないよ」
疲れたような声で姉は記憶を濁した。
「そうか、そういえばまだここ来て何も頼んでない?」
なにも並べられていないテーブルを見渡しそこにいきついた。
「そうだけど・・・何か頼もうかしら?」
「いや、料理はまだよそうかな。けどここに長く居座るだろうからドリンクバーぐらいは頼んでおこうかな」
姉はそれもそうだなと呟き、テーブルの端に設置されている呼び出しベルに手をかけた。
途端に店内にピンポンという音が響き、店の隅に設置されている細長い電光掲示板のに17という数字が点滅した。
まだ昼食前で客が少ないためかすぐさま店員が私達のテーブルに歩みよってきた。
その後店員はテーブルの呼び出しボタンを少し長めに押していた。
「はい、注文をどうぞ」
元気のよく通った声で、160cm弱ぐらいの可愛いめの店員がオーダーをとった。
「えっと、じゃあとりあえずドリンクーバーを二人分」
その注文に怪訝な顔を見せるわけでもなく、その店員は機械的に言葉を返した。
「かしこまりました。コップの方はドリンクバーコーナーに置いてありますのでご自由にお取りください」
そう言うとその店員はキビキビと歩いていき厨房に消えて行った。
私はしばらくその厨房の出入り口を眺めていた。
「へぇ、あんたああいうのが好みなんだ」
すかさず姉の鋭い一閃が突き抜ける。
「えっ、いやそう言う訳じゃないよ。ただしっかりしてるな・・・みたいな」
私は慌ててその事についてを弁解する。
「こういう人たちはみんなしっかりしているでしょ。それとも何、あの子は特別仕事が丁寧だっていうの?」
姉はテーブルに掛けている指先でタンタンと規則正しくリズムをとった。
「あ、いや、どうだろうね・・・じゃ、じゃあとりあえず飲み物取ってきます」
私はその場を逃げるようにドリンクバーコーナーへと向かった。
少し離れた所にあるドリンクバーに行くと、すかさずプラスチック製のコップをとりその中に氷を入れた。
やはりチェーン店なだけに飲み物の種類は普通であった。
そう言えば姉に飲み物の種類を聞くのを忘れたが、きっと昔から飲んでいたサイダーなのであろう。
そう思って私はそのボタンを押した。透き通ったサイダーはコップに注ぎこまれ、シュワという音と共に泡を発生させた。
もちろん私はコーラ派であるために迷わずそのボタンを押した。
姉のいるテーブルに戻ると、私はコップをそっとテーブルに置いた。
「あぁ、ありがとう」
姉は当たり前のようにサイダーを口に運んだ。
どうやら飲み物の種類はこれでよかったらしい。
「それじゃあ本題に入るけど、いいかしら?」
姉はコーラをごくごくと飲む私を冷たい目で見た。
「あ、いいよ。で、まずは静奈ちゃんのことだよね」
「そう、静奈の事。誰かがあんな事をしたのかについてね」
姉は遠くを見ているようであった。私の自宅にいる白雪を見るかのように。
「まずその事だけど、静奈ちゃんが連れ去られた現場には何か犯人に繋がる手掛かりみたいなものはなかったのかな?」
姉は頭の中の記憶を呼び起こし一呼吸置いて言った。
「その事なんだけど、警察の方が言うには何も無いそうなのよ。唯一あるとすれば、コンクリートに付着していた卵の黄身だそうよ」
たしかに、私はあの日、卵のパックを落として卵を割った記憶がある。だがあれからはどうやっても私にたどり着くことはできない。
「卵の黄身か・・・それじゃ手掛かりとは言えないかな。何かこれといったものがあるといいんだけどな」
私はまたコーラのコップに手をかけた。
「そうね、けど証拠は全くと言っていいほど見つかってないのよ。駐車場の防犯カメラは作動していたらしいんだけど、
映像を流しっぱなしにしていて録画をしていないためか、これといった証拠が残っていないよ」
姉は眉間に皺を寄せて悩ましい顔をした。
「そうなのか・・・ほんとに何か小さなことでも手がかりはないのか」
私は姉を手助けする心の優しい弟を演じ切っていた。
「けど、警察の調べでは男という事は特定できているらしいの」
その言葉に私の瞼がピクンと反応する。
「へぇ、警察もすごいね。けど、それは確たる証拠があって言ってることなのかな。それとも単に誘拐されたのが女の子だからかな?」
私はとりあえず警察側がどこまで把握しているか、情報を聞き出そうとした。
「いや、なんでも車の取っ手に付いていた衣服の繊維から男物の服というのが分かったから、そう断定したらしいの」
私はなるほどといった風にその時の事を思い浮かべた。
「そこまでできるのなら警察側は犯人が分かっているんじゃないか?しかし、ある理由から犯人に手が出せないとか」
私はテーブルに置かれているコーラを体に飲み下した。
「たぶんそれはないと思うわ。けどある理由から手が出せないっていうのには興味があるわね」
思ったよりも姉の思考は冷静であった。心をを熱くさせる何かを失ってしまったかのように。
「例えば、犯人が絶大な権力を誇る弁護士の息子であったりとか、はたまた有名な医師の息子であったりとかね」
「確かにそういうのもあり得るかもしれないけど・・・たぶんありえないわね」
「その根拠は?」
私はコップに入ってる氷を普段通りに噛み砕いた。
「根拠か・・・なんていうのかしらね、女の勘ってやつかしら」
私が思うに姉は、女の勘というよりも坂東深雪個人の勘が元々鋭いのだと思った。
「まぁたとえ話であって本当とは限らないけどね」
「そうね・・・そういえばあんたの家に警察は来たかしら?」
いつの間にか私の呼び名が『あんた』に変わっていることに違和感を覚えた。
「え〜っと、たしか来たはずだったよ。けど少し話したりしただけで終わったけどね」
そういえば、私が誘拐事件を起こして警察が私の家を訪ねてきた。
警察もまず初めに疑うのは、親族しかいないからであろう。だが先に手は打っておいたので白雪は見つからずに済んだ。
「やっぱり血が繋がっているから調べに行ったのかな。けどうちの家族じゃそんな事をする度胸がある奴はいないわよね」
姉は愉快そうにケラケラ笑った。
「そんな事言うなよ、そんなに弱っちく見えるか?」
私はあくまで演技に徹していた。
「そうかもね、体格は置いておくとして、少なくとも肝っ玉はちっちゃく見えるわね」
そう言うと姉は今まで手をつけていなかったコップに手をかけた。
「ほんとゆきねぇは毒舌だよな」
苦笑いしながら本音を洩らした。
「そうだったかしら、あんまり昔の事は覚えてないわよ・・・あの事を除けば」
急に姉の顔が険しいものに変わり、テーブルの周りの空気が何度か下がったように感じられた。
もちろん私には姉の言っているあの事というものを承知している。
「あの事ねぇ・・・出来れば、それについては控えてほしいかな」
そんなに奇麗な思い出という訳でもないので出来ればその事についての話は避けたかった。
「何言ってんの、けど今はさすがに抑えが利くのかしらね」
「あ、いや、そうだろうね。本当にあの時はどうかしてたのかな」
私は冷たい姉の前でただ笑うしかなかった。
天下の誘拐犯も実の姉の前では蛇に睨まれた蛙のようであった。
「まぁ、そのことはまた今度話そうかしらね」
そう言うと姉の表情が元の姉に戻っていた。
「あっ、そうだ、そろそろ料理でも注文しない?ちょっとお腹減ってきちゃったんだよね」
私は既に呼び出しベルに手を掛けていた。
「そうね、時間的にもそろそろ何か頼もうかしらね」
姉も承諾したことなので私は呼び出しベルのボタンを押した。
すると、思ったよりも早く店員が駆け寄ってきた。
それは先ほど自分達の所に来た可愛い店員さんではなく、バイトで急遽入ってきたような男子高校生であった。
「はい、えっと・・・ご注文をどうぞ」
まだ経験が少ないのか発した言葉には不安が含まれていた。
「じゃあ、このミラノサラミとハムのピザと・・・姉さんは何にする?」
姉はページをめくり、ある料理を指さした。
「私は採りたてきのこのスパゲッティ」
そう言うと店員は品名を繰り返した。
「それでは繰り返させていただきます。ミラノサラミのハムのピザが1つと採りたてキノコのスパゲッティでよろしいですね?」
「はい」
高校生の店員は今回はかまずに話すことができた。
やはり他の店員同様、この店員も厨房へと消えて行った。
「あっ」
私はその事に気をとられていてある事を忘れていた。
「どうしたの?急に」
「そういえばピザにWチーズを付けるのを忘れてたわ」
その後は、他愛のない談笑で終わり、この相談は別の日に持ち越されることになった。
はぁ、姉の事は置いておくとして白雪の今後はどうしたものか・・・
最近は物心が付き始めてきたから、もう始めてもいいものかな。
私は白雪の成長を一番の楽しみにしている、それはもう親以上の愛情になっている。
白雪は物事の良し悪しは分かっていないから何かを教えるのはとても簡単だ。
だから白雪、お前は私の愛玩人間になってもらうよ。
・・・、どう見てもサイ●リアです。
ということで今回は二人の会話のみです。
もう少し延ばす予定だったのにも関わらず短くなりました。
あまり量がありませんがここまで読んでくれてありがとうございます。
次回も頑張るんでまた今度。




